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デライラの誕生
目覚めると、私は昨日殺した女になっていた。
原作:The Birth of Delilah
He took her life. Now he has to live it.
原作者:Yulia Yu. Sakurazawa
Delilah(デリラ、デライラ)は、旧約聖書の士師記に登場するペリシテ人の女性で、サムソンの妻である。サムソンを裏切ってペリシテ人に売り渡したといわれる。
第一章 監視する者
赤いキャビアの生々しい粒が、磁器の皿の上で塩水を滲ませていた。それはまるで無数の血走った小さな眼のようであり、ソファに寝そべる男はそれを儀式めいた仕草もなく貪り食っていた。男はボールジーと呼ばれていた。おそらくは自ら勝ち取り、今では王冠のように戴いている名前だろう。彼は身体の重みで軋む革張りのソファに横たわり、シルクのバスローブ一枚という、かろうじて文明人であることを示す格好をしていた。そのローブもだらしなく結ばれており、はち切れんばかりの肉体の前には申し訳程度の結び目となっていた。
彼はスモークサーモンの上にレモンを絞り、酸っぱい雫が光を捉えてはピンク色の身に吸い込まれていく。そしてそれを一切れ丸ごと口の中にねじ込んだ。
「ハンター、まだかかりそうか?」唾と魚の身が彼の唇から飛び散る。「妻が帰って来るまでには、ここを綺麗にしときたいんでな」
綺麗に、か。常に何かを溢しながら生きている男にしては、面白い言葉の選択だ。「この部屋はこれで最後のユニットです」。俺の声は平坦だった。見すぎてしまった人間特有の、訓練された単調な声だ。梯子の上で身体を伸ばし、天井と壁が交わる隅にワイヤーを這わせる。カメラは小さな白い半球体。家庭という神殿に祀られる、瞬きひとつしない神だ。汗が背筋を冷たく伝っていく。ペントハウスの空気は、冷房の匂い、高価な革製品の匂い、そしてもうひとつ――微かな花の香水の匂いで満ちていた。妻の残り香だ。
階下では、ボールジーが大理石のコーヒーテーブルの上で現金を数え始めた。彼の咀嚼音のほかには、パリっとした紙幣の音だけが響いている。「よしよし。だがティファニーに見つかった時の言い訳がまだ思いつかねえな」。彼は脚を大きく広げた。その空間、その中にあるすべてに対する、無意識の所有権の誇示だ。その時、俺は彼がそのニックネームで呼ばれる所以を理解した。見事なものだった、それは認めよう。ローブの影の中で、まるで二つの休火山のようにぶら下がっていた。嫉妬か、あるいは嫌悪か――何かが腹の底で渦を巻くのを感じた。俺は目を逸らし、作業に集中した。
今朝まで、その名前は彼の見た目全体から来ているものだと思っていた。固く握られた拳のような顔貌に、剃り上げられた頭。襟元から蛇のように這う刺青。その圧倒的な存在感。用心棒から身を起こし、ナイトクラブチェーンのオーナーにまでのし上がった男。奇妙な繊細さを持つ、成り上がりの悪党だ。俺の棺桶サイズの事務所に押し掛けてきた時、彼はもし今日中に仕事を終えられるなら、通常の倍額を現金で払うと言った。「『ミスター』はよせ」と彼は唸った。「そいつは白人様の呼び方だ。有色人種には似合わねえ」
最後のワイヤーを繋ぎ、プラスチックのカバーをはめ込む。監視の眼は消え、建築の一部と化した。信頼がかつて存在した空間の空白を縁取り、それにレンズを与えるのが俺の仕事だ。ティファニーは決して見つけられないだろう。だが、嫉妬深い夫という生き物は常に安心を必要とする。彼らが金で買っているのはカメラじゃない。免罪符だ。
「疑われているのは彼女の方です」。使い古されて滑らかになった台詞を口にする。梯子から降りると、金属の冷たさが手のひらに心地よかった。「もし見つかっても、正直に言えばいい。自分の財産に目を光らせておきたいだけだと。彼女に隠すことが何もないなら、腹を立てる理由もありません」
「その通りだ!」ボールジーは頷き、その視線は過去のどこかを彷徨っていた。「俺の財産だ。道端で売春してたガキだったんだぜ、あいつは。だがケツがな…芸術品だった。その場でポン引きと話をつけてやった。俺がした中で最高の投資だ。ドブからステージに引き上げてやった。クラブで最高のダンサーだった。だから分かってるはずだ、自分の立場をな。大金は俺がもたらしたんだ」
「その通りです」と俺は言い、道具箱の蓋を閉じた。カチリという音は、終焉の響きだった。ここでの俺の仕事は終わった。俺の「大金」である現金の山を見る。かつて信条を持っていた頃の自分の一部が、慣れ親しんだ羞恥心を感じていた。「いいですか」と俺は、自分でも驚くほど不意に口を開いた。「奥さんをスパイするなんて…後味の悪い商売ですよ」
彼の眉が顰められ、暗雲が立ち込める。
「ですが」と俺は素早く続けた。「俺の経験上、女が浮気をしている時、彼女たちは嘘で要塞を築きます。真実に辿り着くためには、時にはその壁の下を掘るしかない」
彼の顔に笑みが広がった。「ハンター、あんたはとんでもない哲学者だな!」彼は俺の背中を叩いた。その一撃で俺の身体はよろめいた。「痛い目に遭って学んだんですよ」と言いかけたが、その言葉を飲み込んだ。それは別の人生、別の男に属する言葉だった。
俺の眼に一瞬よぎったためらいを、彼は見逃さなかったのだろう。彼の口調が真剣なものに変わった。「もし何か、何かあったら言えよ。力になる」
ボールジーのような男の助けが必要になるシナリオなど想像もできなかったが、俺は頷いた。「どうも。感謝します」
金の受け渡しを済ませる。分厚い封筒をポケットにしまい込み、ドアに向かった。かの有名なティファニーが帰って来る前に、ここからずらかりたかった。かつて俺の自由の象徴だった小さな赤いクーペは、椰子の木陰に停めてあった。だがマイアミの太陽は空を横切り、今や車は溶鉱炉と化していた。黒い革のシートがジーンズ越しに尻を焼く。顔の汗を拭うと、安堵の波が押し寄せてきた。また一つの仕事が終わった。ドラマはない。ただのクリーンな取引だ。
車を走らせると、夕陽が空をオレンジと紫色の打撲痕のように染め上げていた。ハイウェイでは、ラッシュアワーの交通がパニックに陥った動脈のように脈打っていた。高層ビル群が、アスファルトの上にアメーバ状の光の反射を滲ませる。デジタル時計が七時三十二分を示していた。いとこのルーとの約束に遅れている。
視線がハイウェイの上にそびえ立つ巨大な広告塔に吸い寄せられた。仕立ての良いスーツを着た男が、俺がカメラのために作り上げた自信に満ちた笑みを浮かべて、こちらを見下ろしている。髭は整えられ、両手の親指を立てている。フレンドリーだがプロフェッショナル。スローガンが太字で叫んでいた。「疑いがあるなら、先に行動を。今すぐサーベイランス・エイド社へお電話を」。二年前、離婚した後の俺は、彷徨うことを忘れた幽霊のようだった。今や、俺はゲームの頂点に立ち、広告塔の顔だ。それでも、その勝利は虚しく、古いコーヒーのような苦い後味を残していた。
人に訊かれれば、俺には答えがあった。セキュリティと安心について、のらりくらりとした、専門家ぶった答えだ。だが真実は、腹の底に隠したガラスの破片だった。俺は女というものへの――あるいは、かつて重要だったただ一人の女への――信頼を失い、その瓦礫の上にビジネスを築き上げたのだ。
携帯が震えた。ルーからの不在着信が三件。ようやくパブの駐車場に車を滑り込ませると、熱いコンクリートの上でタイヤが抗議の声を上げた。八時五分前だった。ルーはもうそこにいた。花柄のシャツに短パン、ビーチサンダルという、悪趣味の塊のような格好で。彼は必死に手を振っていた。
「おい、ハンター、急げ!」彼の訛りの強いオーストラリア英語が響く。「姉ちゃんたちが待ってるぜ! まるで約束の地カナンだ!」
彼はネオン・リザード・パラダイスという名のバーへと先導した。入り口のそばで、赤いカクテルドレスを着たブロンドの女が煙草を吸っていた。その踵は凶器のように見えた。もし全員があんな感じなら、と俺の中の古い自分が囁く、今夜は収穫があるかもしれないな。
俺の唯一の収穫は、ボールジーの空調の効いた墓所で昼から夢見ていた、氷のように冷たい小麦のビールだけだろう。そう確信していた。彼が食べるのを見てから、レモンは抜きで頼むと決めていた。
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第二章 敗残者の約束の地
ネオン・リザード・パラダイスは楽園というよりは、鉢植えの植物が置かれた煉獄だった。巨大な陶器の鉢に植えられたレモンとオレンジの木が部屋の中央を仕切り、今宵の儀式のための指定区域を作り出している。十個の丸テーブルが円形に配置され、その惑星を待つ孤独な小さな太陽系のようだった。壁際の薄暗いボックス席からは、バーの常連客たちが、動物園で新種の動物を観察するかのような怠惰な好奇心でこちらを見ていた。
「見ろよ。イケてる熟女だらけだぜ、みんな飢えてる」とルーが囁き、花柄のシャツを短パンにねじ込んだ。その仕草は、服装の持つ絶望的な雰囲気を強調するだけだった。やめろ、戦いが始まる前から敗北を告げているようなものだ、と言いたかったが、俺は黙っていた。俺は彼のウィングマンであって、仕立て屋ではない。それに、バーが俺を呼んでいた。
黒い革とシルクとレースだけで構成されているかのような女が待つ小さなテーブルで、俺たちは受付を済ませた。彼女はゴシック趣味でふくよかで、巨大な眼鏡は彼女の眼を二つの黒インクの池のように拡大していた。彼女は俺たちに番号札を渡した。俺は九番、ラッキーナンバーだ。ルーは七番。俺たちはもはや人間ではなく、恋愛という方程式の中の整数と化した。
「お一人様五分です」と彼女は集まった希望者たちに告げた。その声は低く、芝居がかった抑揚があった。「会話の後、イエスかノーにチェックしてください。もし双方のイエスが揃えば、紳士は淑女の連絡先を受け取ることができます」。彼女は俺たちに向かって瞬きを繰り返した。その長い睫毛は、囚われた二匹の蝶のように震えていた。俺は彼女が俺にイエスをつけるかもしれないと思うと、冷たい恐怖がよぎった。彼女のコンバットブーツは、深刻なダメージを与えられそうだった。
席に着き、入り口にいたブロンドの女を部屋の中から探した。彼女は十三番で、一人でマティーニを飲んでいた。グラスの中のオリーブが、一つの緑色の眼となってこちらを見つめている。
けたたましい、ブリキのようなベルの音が鳴り、最初のローテーションが始まった。俺がここに来ることに同意したのは、ルーの年に一度の孤独への急降下が、見ていて痛々しくなってきたからだ。彼は社交性のない会計士で、その組み合わせは悲劇的な意味で彼を愛すべき存在にしていた。彼にはウィングマンが必要で、他にすることのなかった俺がその呼びかけに応じたのだ。自分自身への期待はなかった。もし棚ぼたでセックスにありつけるなら拒まない。だが、俺は狩りをしていたわけではない。狩りへの信頼は、とうの昔に死んでいた。
最初の相手は、小人症の看護師で、患者の病状をうんざりするほど詳細に語った。次は回復期のセックス依存症の女で、まるで痒いハイエナのように身体をぴくつかせ、俺が面白いことを言おうとしていない時でさえ、俺が言うことすべてに笑った。それから、孫を産めと両親にせっつかれている、失恋した精肉店の女。彼女の後は、あまりにも内気で、申し訳なさそうな微笑みとかろうじて聞き取れるほどの囁き声でしかコミュニケーションが取れないように見える司書が来た。
俺は退屈していた。心が覆いをかけ始めるのを感じた。それは、長年他人の問題を聞き続けるうちに完成させた、自己防衛メカニズムだった。俺は分を数えた。一つ一つが、運ばなければならない小さな灰色の石のようだった。ついに十三番のテーブルに着くまでの、その時を。
ようやく彼女のテーブルのベルが鳴った時、俺は彼女を間近で見た。彼女は仮初めの玉座に座る女王のように、その細い脚を組んでいた。彼女の瞳は驚くほど緑色で、シーグラスの色をしており、肩にはそばかすが星座のように散らばっていた。美味そうだな、と古いタイロが、俺の耳元で亡霊のように囁いた。
「パトリシアです」と彼女は言った。その微笑みは武装解除させるような、薄暗い光の中の白い閃光だった。それは練習された微笑みではなかった。本物だった。
「タイロだ。タイロ・ハンター」と俺は答えた。彼女の誠実さに合わせる必要を感じたのだ。ほんの一瞬、広告塔の商品ではなく、一人の人間になるために。「今夜はどうだい?」
彼女はマティーニを一口飲んだ。「そうね、未治療のPTSDを抱えた退役軍人に、三人の元妻を持つ銀行家、それに、あなたの、ええと…かなり熱心な…いとこの後では、勉強になったと言えるわね。あなたが私を元気づけてくれるかもしれないわ」
「俺の相手も…」 クソみたいなブスばっかりだ、と亡霊が囁いた。俺はそれを黙らせた。「…興味深い連中だったよ」と俺は言い終えた。「あんたみたいな人が、どうしてこんなイベントに来るんだ?」その質問は意図したよりも直接的だったが、俺は純粋に興味があった。俺はウェイトレスを呼び、もう一杯ビールを頼んだ。
「私は二人の子持ちのシングルマザーなの」と彼女は、落ち着いた声で言った。「夫はイラクで亡くなったの。五年前。しばらくすると、家の中の静けさが…うるさくなってくるのよ。責任、孤独、リストはご存じでしょ」
「つまり、パパ探しってわけか」。その言葉は、皮肉っぽく、鋭く、口から滑り出た。俺はすぐに彼女の顔にそれが見て取れた――シャッターが下り、彼女の緑色の瞳の温かさが霜へと変わった。彼女は身を引き、俺たちの間に小さく、冷たい距離を作った。俺は、ゲームが始まる前に負けていたのだ。
ビールが来た。歓迎すべき中断だった。俺はそれを長く一口飲んだ。
「タイロ、それはかなり悪意のある言い方じゃない?」と彼女は、冷たい声で言った。
「すまない」と俺は言った。そして、そう思っていた。「あんたの言う通りだ。ただ…俺の仕事柄、稼ぎ手必死で探してる女たちを見てるんでね」
「私には仕事があるわ」と彼女は言い、顎をわずかに上げた。「私は十分に有能な稼ぎ手よ、ご心配なく」
「何をしてるんだ?」俺は尋ねた。会話をより安全な岸辺へと導こうとして。
「ソーシャルワーカーよ」
「ああ」。なんてキャリアだ、と俺は思った。他人の不幸を吸収することに費やす一生。
彼女は俺の心を読んだようだった。「元々の計画じゃなかったの。私の学位は考古学なのよ。でも、仕事のほとんどは長期の旅行が伴うし、子供たちを何ヶ月も置いていくわけにはいかないでしょ。だから今のところ、ソーシャルワーカーはちょうどいいの。人を助けるのは好きよ。それが…本物だって感じられるから。あなたは?」
「小さなビジネスをやってる。ビデオ監視のな」
彼女の目は認識の色で大きく見開かれた。「ああ! あなたが広告塔の人ね!」彼女はブロンドの髪のほつれた一房を耳にかけた。そして初めて、俺は彼女の微笑みが、大金をかけたような輝きを持っていることに気づいた。どうして苦労しているソーシャルワーカーが、そんな完璧な歯を手に入れられるんだ?「つまり、スパイカメラを売ってるのね」
「そうは呼ばないがな」と俺は、守りに入るように言った。「クライアントはたいてい、疑いを持ってる男たちだ。真実を知る方がいいと思ってる。後からよりは、早くにね」
「でも、そのカメラで女性のプライバシーを侵害してるって思わない?」
「女に隠すことが何もないなら、問題はない。男の心を落ち着かせるだけだ」。俺はボールジーに言った台詞をオウム返しにしたが、今、彼女の知的な視線の下でそれを聞くと、それは薄っぺらく、空虚に響いた。
「私はあなたとはまったく意見が合わないわ」と彼女は言った。その微笑みは完全に消え去っていた。フェミニストの独演会が始まるぞ、と俺は思い、ビールの残りを飲み干した。「信頼が土台であるべきよ。カメラを設置しなければならないなら、その関係は既に壊れているわ。あなたが間違った相手を選んだからといって、すべての女が浮気者だと決めつけることはできない」
「それがお前らの性なんだよ」と俺は、アルコールが俺の苦々しさの角を鋭くしながら、どもるように言った。「悪いが、それが真実だ」
「くだらないわ」
俺たちの間に、敵意に満ちた、分厚い沈黙が落ちた。俺には彼女の顔が容易に読めた。このデートは大失敗だ。俺もがっかりしていた。彼女は掘り出し物、この必死な者たちの動物園における、稀な発見のように思えた。だが、彼女もまた、二言三言で男を裁く準備のできている、鋭い爪を持つ思想家の一人に過ぎなかった。
ベルが鳴った。救済だ。俺たちは二人とも、一言も交わさずに次のテーブルへと移動した。
第三章 過去の亡霊
スピードデートの残りの時間は、いくつもの顔とテキーラの霞の中に溶けていった。俺は会話への興味を完全に失い、返事は単音節の唸り声になった。もはや参加者ではなく、自分自身の緩慢な破壊を観察する傍観者でしかなかった。ショットを一杯あおるごとに、向かいに座る女たちの姿は歪んでいき、彼女たちの希望や不安は、俺が黙らせてしまいたい不協和音のハミングと化した。俺の言葉は鈍器と化し、何人かの女を泣き出しそうな状態にして席を立った。どうでもよかった。
「どうだった?」とルーが訊いてきた。その顔は希望に満ちた、どこか必死な光沢を帯びていた。
「どうでもいい」と俺は呟いた。言葉が口の中で分厚く、異質なものに感じられた。「ここの女は高慢ちきか負け犬のどっちかだ。もう一杯いこう」
ルーは、根っからの楽天家らしく、結果を確認しようと言い張った。ゴシックの女は紙の束の上に屈み込み、そのペンは納棺師のような几帳面な優雅さで動いていた。彼女は顔を上げ、黒い蝶のような睫毛を震わせた。
「残念ですわ、紳士方。今夜はどなたの淑女からも興味を示されなかったようです」。彼女は俺たちに、深遠で芝居がかった同情の眼差しを向けた。「本当に不思議ですこと。これほど素敵な殿方が相手だというのに」
ルーは顔を赤らめ、神経質に笑った。俺は彼を後押ししてやることにした。「俺たちにもさっぱりだ。だが、いとこが言ってたが、あんたがゲームに参加してなかったからじゃないか?」
「俺はそんなこと――」とルーは小声で言いかけたが、ゴシックの女のくすくす笑いが、彼の中のスイッチを入れたようだった。彼は胸を張り、彼が言うところの「捕食者モード」に切り替わった。
「彼に言ったんですよ」とルーは、突如として声を張り上げた。「もし女たちが全員あなたのように魅力的だったら、俺はすぐにでも自分の魅力を見つけられたのに、ってね」
その光景は耐え難いものだった。彼の下手な口説き文句に背を向け、バーの空いているスツールを見つけた。視界が二重になり、カウンターの後ろのボトルがコーラスラインのように揺れていた。もう一杯テキーラを頼んだ。ゴールドを。一度飲み始めれば、もう降り口はない。
肩を叩かれ、忘却の淵から引き戻された。パトリシアがそこに立っていた。彼女の緑色の瞳には、俺には名付けようのない何かが揺らめいていた。後悔、だろうか。
「さっきは、決めつけるようなことを言ってごめんなさい」と彼女は言った。「あなたのことを何も知らないのに。結論に飛びつく権利なんてなかったわ」
俺は彼女の非の打ちどころのない首筋、滑らかな肌の広がりを凝視した。忘れていたはずの、鋭い記憶が蘇る。クララ、俺の元妻が、昔の家のキッチンに立っている。彼女は泣いていた。その顔はまだらに赤く、腫れ上がっていた。俺は怒鳴っていた。何を言った? 自分が完璧だと思ってるんだろう?黙って出て行けると思ってるのか?
パトリシアの声が、記憶を断ち切った。「私、持っているものの価値が分からないような女じゃなかった。ただもう一度幸せになりたいだけ。女だって感じたいの」
アルコールと記憶が、腹の底で毒蛇のようにとぐろを巻いた。「その願い、叶えてやれると思うぜ」と俺は言った。低い唸り声だった。その言葉は、キッチンで怒鳴り散らしていた男に属しているように感じられた。
「家、近くなの」と彼女は言った。その声は共犯者のような囁きに落ちていた。彼女はためらいがちに息を吸う。「子供たちは、お泊まり会なの。私のところで、仲直りのパイプでも吸わない?」
「いい考えだ」と俺は言った。出口に向かう途中、ルーに目をやった。彼は、大柄な黒い天使との舌の戦いに没頭しており、嵐に飲み込まれる小舟のようだった。彼は幸せそうに見えた。
パトリシアのアパートは小さく居心地がよく、ラベンダーと、何か焼きたてのパンのような温かい香りで満ちていた。それはかつて俺が破壊した生活の匂いだった。彼女は俺にコニャックを注ぎ、隣に座った。俺は目を閉じたが、部屋が回り始めた。クララがまたそこにいた。その顔は涙で濡れていた。あなたは絶対に幸せになれないわ、タイロ。やり方を知らないもの。あなたが知っているのは、ものを壊すやり方だけよ。
股間への優しい感触が、俺を記憶から引きずり出した。パトリシアの長く、優雅な指が俺のベルトをまさぐっていた。彼女はハイヒールを脱ぎ捨て、俺の前に跪いた。その動きは熱心だった。
「そのままでいい」と俺は焦れたように言った。声は荒々しかった。彼女のブロンドの髪を掴み、頭を俺の股間に引き寄せた。彼女は咳き込んだが、俺は構わず口の中に押し込んだ。ジッパーの金属的な味が、彼女の唇の柔らかさとの奇妙な対比をなしていた。俺は彼女の髪に手を絡め、頭を上下に動かした。俺が支配していた。俺がリズムを決めるのだ。
もうすぐだというところで、俺は彼女を引き上げ、床の上の四つん這いにさせた。彼女の赤いレースのパンティは既に湿っていた。それを脇に引き裂き、指を一本ねじ込んだ。彼女は濡れて準備ができており、その筋肉は俺の周りで収縮した。彼女は身体を前後に揺らし、その髪は顔の周りで荒々しいたてがみとなり、爪はカーペットを引っ掻いた。
「さあ、女神様に相応しいファックをしてやるよ」と俺は唸り、彼女のパンティを完全に引きずり下ろした。彼女をソファに投げつけた。その小さな胸が、軋む布地に押し付けられる。後ろから無理やり身体を押し付けようとした時、彼女は身を捩った。
「やめて」と彼女は言った。その声は小さかったが、断固としていた。「そんなやり方は嫌」
「一体何が問題なんだ?」俺は尋ねた。怒りが熱く、素早く込み上げてきた。「さっきまであんなに感じてたじゃないか」
「感じてたわ」と彼女は言い、身を引いた。彼女は半裸で、その肌は薄暗い光の中で青白かった。「でも、あれは…愛し合うことじゃない。ただ…奪うだけよ」
「今すぐ出ていけ、この汚い豚!」彼女は叫び、ついに涙がその眼から溢れ出した。「あなたは優しくされる価値なんてない! 女を娼婦みたいに扱うんだから!」
「ああ、そのワニの涙にはうんざりだ!」俺は吐き捨てた。苦々しさが舌を覆った。コニャックのボトルを掴み、それを飲み干した。
彼女が震える指で俺を指差すと、俺は叫んだ。「俺を指差すな、このクソ女!」俺は彼女の手を捻り上げると、彼女は純粋な痛みの叫び声を上げた。
「今すぐ出て行かないなら警察を呼ぶわよ!」彼女はヒステリックに金切り声を上げた。
背後で玄関のドアが閉まる音は、銃声のようだった。吐き気で胃がむかつきながら、階段をよろめき降りた。通りはぼやけた水彩画のようで、街の灯りは互いに滲み合っていた。車のキーが手から滑り落ち、歩道にカチャンと音を立てた。俺は暗闇の中、それを探してコンクリートの上を這い回る、一匹の虫だった。パトリシアを呪った。クララを呪った。地球上のすべての女を呪った。
エンジンが唸りを上げて始動した。俺は記憶を頼りに運転し、ハンドルと格闘しながらタイヤが縁石を擦った。世界は、赤い光とぼやけた形の敵意に満ちた風景だった。家の前の芝生の上に車を停めた。私道から数インチも外れていた。ガレージのそばの自動照明が点灯し、俺がドアに向かってよろめくと、その光が目を眩ませた。
茂みからの物音が、俺を立ち止まらせた。ガサガサという音に続いて、低い呻き声。アライグマか? 酔った頭が音を処理しようと苦闘する。ポテンティラの茂みの枝を、震える手で押し分けた。
突然の防犯ライトの光の中で、俺はそれらを見た。男と女が、裸で、泥の中で絡み合っていた。男は女の上におり、その腰は狂ったような、動物的なリズムで動いていた。俺を見ると彼は凍りつき、その眼は野生の恐怖で見開かれていた。彼の下にいる女は泥まみれで、そのボロボロの服はビニール袋の巣のそばに積まれていた。彼らは二匹の交尾する豚以外の何物でもなかった。
「汚い浮浪者が」と俺は吐き捨てた。その夜の怒りが、ついにその標的を見つけたのだ。「獣みたいにファックしやがって」
「すみません、旦那様、本当にすみません!」男はどもりながら、ズボンを引き上げた。彼はいくつかの袋を掴むと、後ずさりした。
女は純粋なパニックの叫び声を上げた。「このサイコと一緒に置いていかないで!」
「刑務所には戻れねえんだよ、デライラ!」男は叫んだ。その声は走り去ると共に既に遠ざかっていた。「二度とごめんだ!」
彼は暗闇の中に消えた。デライラという女は、茂みの中に震えながら取り残され、その眼は懇願していた。「行かせてください、お願いします」
この薄汚いクソ女が、と俺は思った。彼女の泥に汚れた顔が、クララの涙に濡れた顔と重なり、そしてパトリシアの怯えた顔と重なった。純粋な、蒸留された怒りの赤い旗が、俺の心を覆った。俺は彼女の足首を掴み、茂みから引きずり出した。彼女は蹴り、叫んだが、俺の方が強かった。
俺は彼女の肋骨を蹴った。彼女はボールのように丸まり、咳き込んだ。俺には、破壊すべき腐った肉片しか見えなかった。
次の蹴りは彼女の頭に当たった。声にならない叫びが唯一の反応だった。
最後の一撃は背骨に向けられた。彼女の頭が横にだらりと垂れ、身体から力が抜けた。彼女は意識を失っていた。嵐の後の、クリーンで静かな凪のような、深遠な安堵感が俺を包んだ。アドレナリンが血管を駆け巡り、再び生きている実感を与えてくれた。
俺は家に走り込み、ドアに鍵をかけ、ブラインドを閉じた。冷蔵庫からウォッカのボトルを半分空にした。色とりどりの斑点が目の前で踊り、そして床が俺を迎えに急上昇してきた。意識が完全に途絶える寸前、俺はそれを聞いた――遠くから、次第に高まる慟哭のような音。百万マイルの彼方から、俺の知覚に流れ込んでくる、サイレンの音だった。
第四章 鏡の中の他人
虚無を貫いた最初のものは、痛みだった。それは鋭く、執拗なもので、頭蓋骨にゆっくりと釘が打ち込まれるようだった。二番目は音。俺自身の頭のどこか内側から響いてくるかのような、低く、リズミカルなビープ音。瞼はまるで接着剤で封じられたかのようだった。一呼吸ごとに新たな苦痛が走り、肋骨の間に残酷な突きが入れられる。俺は無理やり目を開けた。
向かいの壁に、巨大な亀裂が蛇のように這っていた。漆喰の中に凍りついた、灰色の稲妻だ。あんなものは以前にはなかった。
泥のように重く、緩慢な俺の心が、データを組み立て始めた。消毒液の匂い。シーツの、ざらついた、殺菌された感触。病んだ身体と、俺自身の尿のかすかな底流の匂い。ここは俺の寝室じゃない。病院だ。
腕と鼻からチューブが蛇のように伸び、この覚醒した悪夢へと俺を繋ぎ留めている。毛布を持ち上げた。そこにある脚は、俺のものではなかった。それは痩せこけた、痣だらけのもので、その先には小さく、骨ばった足首と、まったく見慣れない足があった。太腿は、かつての俺の腕ほどに細かった。そしてその間、俺自身の見慣れた身体があるべき場所には、ピンク色の外陰部があり、そこは短くカールした茶色い毛で小綺麗に覆われていた。
「俺に何をした?」出てきた声は、俺のものではなかった。それは甲高い、細い金切り声、俺の喉から発せられた他人の絶叫だった。
隣のベッドの老婆の目が、恐怖に見開かれた。「落ち着いて、お嬢さん、落ち着いて」と彼女は囁き、その手は胸元で落ち着きなく動いていた。
「落ち着きたくなんかない!」俺は叫んだ。自分自身の声の高さが、新たな恐怖の波となって押し寄せた。「一体全体、俺に何が起こったんだ?」
看護師が部屋に駆け込んできた。そのゴム底の靴がリノリウムの上でキュッと鳴る。彼女は俺の肩に手を置き、ベッドに押し戻した。「動いちゃだめです」と彼女は言った。その声はしっかりしていたが、不親切ではなかった。「あなたは病院にいるんです。昨夜、運ばれてきました」
なぜ、なぜ、なぜ? その問いが頭蓋骨の内側で打ち鳴らされる。俺の身体は取り替えられ、誰か他のものと交換されたのだ。全身手術?移植?思考は狂気の沙汰だったが、それしか思いつかなかった。あらゆる感触が間違っている。痛みさえも、外国語のようだった。
「鏡をもらえないか?」俺は尋ねた。乾いた喉に言葉が引っかかった。
「ええ、私はウィスキーコークが欲しいわ」と看護師は言った。その口調はてきぱきとして、事務的だった。「今は、先生がいらっしゃるまでじっとしていてください」。彼女は尿の匂いに顔をしかめ、濡れたスポンジで俺を拭き始めた。俺の新しい性器へのその感触は陵辱であり、屈辱的な親密さが血管にパニックの波を送った。俺は自分のものではない何か、ほとんど意のままにならない何かの中に閉じ込められていた。
彼女は俺を片側に転がし、次にもう片側に転がして、手慣れた効率の良さでシーツを交換した。屈辱が怒りへと凝固していく。
「俺に何をしたんだ?」俺は再び叫んだ。その音は肺から引き裂かれるように出てきた。「何をしたんだ?」
俺の周りで、合唱が始まった。他のベッドから、他の女たちが――老いも若きも、それぞれに壊れた女たちが――俺の言葉を繰り返し始めた。その声は低く、悲しげな詠唱となった。「何をしたの?」
「落ち着かないなら、鎮静剤を打ちますよ」と看護師は警告した。ついに彼女の忍耐が切れたようだった。
俺は飛びかかり、彼女の制服の正面を掴んだ。俺の新しい、見慣れない爪が彼女の首を引っ掻いた。「説明しろ」と俺はしゃがれ声で言った。「さもなければ、殺す」
「あらそう、この薄汚いクズが」と彼女は唸った。そのプロフェッショナルな態度は消え去っていた。「警備! 警備を呼んで!」
制服を着た二人の男が、無表情で現れた。彼らは俺の腕と足首を掴んだ。その握力は鉄の万力のようだった。俺は蹴り、叫び、悪夢から抜け出そうともがいた。「目を覚ましたい! 目を覚ましたいんだ!」俺は叫んだ。その言葉は、俺の最後の、必死の祈りだった。
そして、腕に鋭い針の感触。強力な鎮静剤が血管に流れ込み、世界が暗転し始めた。絶望は麻痺するような恐怖に変わり、そして窒息するような、静かな無へと変わった。
次に目覚めた時、白衣の男がベッドのそばに立っていた。医者だ。
「気分はどうですか、デライラさん?」彼は尋ねた。その声は穏やかで、プロフェッショナルだった。「数時間、意識がありませんでしたよ」
「このデライラが誰なのか分かりません」と俺は言った。唇は痺れ、乾いていた。「俺の名前はタイロ・ハンターだ。なぜ誰も信じてくれないんだ?」
医者は小さなライトを俺の目に当てた。「負った脳震盪によるものかもしれません。カルテにはありませんが、以前に精神科の施設に入院したことはありますか?」
「ない」
「誰に殴られたか、何か記憶はありますか?」
「自分が誰なのかさえ分かりません」。嘘は簡単に出てきた。もし彼らに俺が狂っていると思われたら、決してここから出られないだろう。
「それは残念だ、デライラさん」と彼は言った。その口調は、疲れた同情で和らいでいた。「なぜなら、そんなことを言い続けると、もっと長くここにいなければならなくなりますから。それと、もう暴れるのはお勧めしません。あなたの健康のためになりません」
俺は手首をさすった。物理的な拘束はなくなったが、俺の内なるもの、この身体に俺を閉じ込めている拘束はまだそこにあった。俺は正気を保とうと、込み上げてくるヒステリーの波を押し殺そうとした。
「しっかりしなければなりません」と医者は主張した。「明日、気分が良ければ退院できます。しかし、もう一度騒ぎを起こせば、残念ながら精神科の施設に移送せざるを得ません。分かりましたか、デライラさん?」
俺はゆっくりと、意図的に頷いた。
「よろしい。では、誰に襲われたか思い出せますか?」
俺は首を振った。「鏡をもらえませんか?」
彼は溜息をついた。長々とした、苛立ちの音だった。「何です、その鏡への執着は? 分かりました、いいでしょう」。彼は引き出しからプラスチックの裏打ちがされた小さな鏡を取り出し、俺に手渡した。「驚かないでください。少し…まあ、いくつか痣と目の周りの隈があります。すぐに消えますよ。治すことに集中してください」
俺は震える手で鏡を持ち上げた。
俺はこの女の顔を知っていた。昨夜、俺の防犯ライトの厳しい光の中で見たばかりだった。彼女のブロンドの髪は汚れた、もつれた糸のように垂れ下がっていた。その青白い肌には、暴力のロードマップである引っ掻き傷と切り傷が交差していた。だが彼女の瞳は…氷のように青く、その周りを縁取る暗い痣によってより一層明るく、反抗的な、根源的な力で輝いていた。それは痛々しく、非難するような眼差しであり、俺に向けられていた。
正義なんてものがあるのか? その思考は、胃の腑に落ちる冷たい石のようだった。それとも俺は、ただ自分自身の良心と戦っているだけなのか?
問いが俺の心に列をなす、静かで、嘲笑うような陪審団。俺はそれらに立ち向かうには疲れすぎていた。俺にできるのは、自分の鏡像を凝視することだけだった。数時間前に俺が打ち砕いた顔が、今や俺のあらゆる感情を反響させていた。恐怖と敗北、怒りと絶望――それらはすべて、デライラの顔貌に書かれていたが、それらはタイロの感情だった。人生はグロテスクなホラーショーと化し、その観客は俺一人だった。
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