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デライラの誕生

目覚めると、私は昨日殺した女になっていた。

原作:The Birth of Delilah
He took her life. Now he has to live it.
原作者:Yulia Yu. Sakurazawa

Delilah(デリラ、デライラ)は、旧約聖書の士師記に登場するペリシテ人の女性で、サムソンの妻である。サムソンを裏切ってペリシテ人に売り渡したといわれる。

第一章 監視する者

赤いキャビアの生々しい粒が、磁器の皿の上で塩水を滲ませていた。それはまるで無数の血走った小さな眼のようであり、ソファに寝そべる男はそれを儀式めいた仕草もなく貪り食っていた。男はボールジーと呼ばれていた。おそらくは自ら勝ち取り、今では王冠のように戴いている名前だろう。彼は身体の重みで軋む革張りのソファに横たわり、シルクのバスローブ一枚という、かろうじて文明人であることを示す格好をしていた。そのローブもだらしなく結ばれており、はち切れんばかりの肉体の前には申し訳程度の結び目となっていた。

彼はスモークサーモンの上にレモンを絞り、酸っぱい雫が光を捉えてはピンク色の身に吸い込まれていく。そしてそれを一切れ丸ごと口の中にねじ込んだ。

「ハンター、まだかかりそうか?」唾と魚の身が彼の唇から飛び散る。「妻が帰って来るまでには、ここを綺麗にしときたいんでな」

綺麗に、か。常に何かを溢しながら生きている男にしては、面白い言葉の選択だ。「この部屋はこれで最後のユニットです」。俺の声は平坦だった。見すぎてしまった人間特有の、訓練された単調な声だ。梯子の上で身体を伸ばし、天井と壁が交わる隅にワイヤーを這わせる。カメラは小さな白い半球体。家庭という神殿に祀られる、瞬きひとつしない神だ。汗が背筋を冷たく伝っていく。ペントハウスの空気は、冷房の匂い、高価な革製品の匂い、そしてもうひとつ――微かな花の香水の匂いで満ちていた。妻の残り香だ。

階下では、ボールジーが大理石のコーヒーテーブルの上で現金を数え始めた。彼の咀嚼音のほかには、パリっとした紙幣の音だけが響いている。「よしよし。だがティファニーに見つかった時の言い訳がまだ思いつかねえな」。彼は脚を大きく広げた。その空間、その中にあるすべてに対する、無意識の所有権の誇示だ。その時、俺は彼がそのニックネームで呼ばれる所以を理解した。見事なものだった、それは認めよう。ローブの影の中で、まるで二つの休火山のようにぶら下がっていた。嫉妬か、あるいは嫌悪か――何かが腹の底で渦を巻くのを感じた。俺は目を逸らし、作業に集中した。

今朝まで、その名前は彼の見た目全体から来ているものだと思っていた。固く握られた拳のような顔貌に、剃り上げられた頭。襟元から蛇のように這う刺青。その圧倒的な存在感。用心棒から身を起こし、ナイトクラブチェーンのオーナーにまでのし上がった男。奇妙な繊細さを持つ、成り上がりの悪党だ。俺の棺桶サイズの事務所に押し掛けてきた時、彼はもし今日中に仕事を終えられるなら、通常の倍額を現金で払うと言った。「『ミスター』はよせ」と彼は唸った。「そいつは白人様の呼び方だ。有色人種には似合わねえ」

最後のワイヤーを繋ぎ、プラスチックのカバーをはめ込む。監視の眼は消え、建築の一部と化した。信頼がかつて存在した空間の空白を縁取り、それにレンズを与えるのが俺の仕事だ。ティファニーは決して見つけられないだろう。だが、嫉妬深い夫という生き物は常に安心を必要とする。彼らが金で買っているのはカメラじゃない。免罪符だ。

「疑われているのは彼女の方です」。使い古されて滑らかになった台詞を口にする。梯子から降りると、金属の冷たさが手のひらに心地よかった。「もし見つかっても、正直に言えばいい。自分の財産に目を光らせておきたいだけだと。彼女に隠すことが何もないなら、腹を立てる理由もありません」

「その通りだ!」ボールジーは頷き、その視線は過去のどこかを彷徨っていた。「俺の財産だ。道端で売春してたガキだったんだぜ、あいつは。だがケツがな…芸術品だった。その場でポン引きと話をつけてやった。俺がした中で最高の投資だ。ドブからステージに引き上げてやった。クラブで最高のダンサーだった。だから分かってるはずだ、自分の立場をな。大金は俺がもたらしたんだ」

「その通りです」と俺は言い、道具箱の蓋を閉じた。カチリという音は、終焉の響きだった。ここでの俺の仕事は終わった。俺の「大金」である現金の山を見る。かつて信条を持っていた頃の自分の一部が、慣れ親しんだ羞恥心を感じていた。「いいですか」と俺は、自分でも驚くほど不意に口を開いた。「奥さんをスパイするなんて…後味の悪い商売ですよ」

彼の眉が顰められ、暗雲が立ち込める。

「ですが」と俺は素早く続けた。「俺の経験上、女が浮気をしている時、彼女たちは嘘で要塞を築きます。真実に辿り着くためには、時にはその壁の下を掘るしかない」

彼の顔に笑みが広がった。「ハンター、あんたはとんでもない哲学者だな!」彼は俺の背中を叩いた。その一撃で俺の身体はよろめいた。「痛い目に遭って学んだんですよ」と言いかけたが、その言葉を飲み込んだ。それは別の人生、別の男に属する言葉だった。

俺の眼に一瞬よぎったためらいを、彼は見逃さなかったのだろう。彼の口調が真剣なものに変わった。「もし何か、何かあったら言えよ。力になる」

ボールジーのような男の助けが必要になるシナリオなど想像もできなかったが、俺は頷いた。「どうも。感謝します」

金の受け渡しを済ませる。分厚い封筒をポケットにしまい込み、ドアに向かった。かの有名なティファニーが帰って来る前に、ここからずらかりたかった。かつて俺の自由の象徴だった小さな赤いクーペは、椰子の木陰に停めてあった。だがマイアミの太陽は空を横切り、今や車は溶鉱炉と化していた。黒い革のシートがジーンズ越しに尻を焼く。顔の汗を拭うと、安堵の波が押し寄せてきた。また一つの仕事が終わった。ドラマはない。ただのクリーンな取引だ。

車を走らせると、夕陽が空をオレンジと紫色の打撲痕のように染め上げていた。ハイウェイでは、ラッシュアワーの交通がパニックに陥った動脈のように脈打っていた。高層ビル群が、アスファルトの上にアメーバ状の光の反射を滲ませる。デジタル時計が七時三十二分を示していた。いとこのルーとの約束に遅れている。

視線がハイウェイの上にそびえ立つ巨大な広告塔に吸い寄せられた。仕立ての良いスーツを着た男が、俺がカメラのために作り上げた自信に満ちた笑みを浮かべて、こちらを見下ろしている。髭は整えられ、両手の親指を立てている。フレンドリーだがプロフェッショナル。スローガンが太字で叫んでいた。「疑いがあるなら、先に行動を。今すぐサーベイランス・エイド社へお電話を」。二年前、離婚した後の俺は、彷徨うことを忘れた幽霊のようだった。今や、俺はゲームの頂点に立ち、広告塔の顔だ。それでも、その勝利は虚しく、古いコーヒーのような苦い後味を残していた。

人に訊かれれば、俺には答えがあった。セキュリティと安心について、のらりくらりとした、専門家ぶった答えだ。だが真実は、腹の底に隠したガラスの破片だった。俺は女というものへの――あるいは、かつて重要だったただ一人の女への――信頼を失い、その瓦礫の上にビジネスを築き上げたのだ。

携帯が震えた。ルーからの不在着信が三件。ようやくパブの駐車場に車を滑り込ませると、熱いコンクリートの上でタイヤが抗議の声を上げた。八時五分前だった。ルーはもうそこにいた。花柄のシャツに短パン、ビーチサンダルという、悪趣味の塊のような格好で。彼は必死に手を振っていた。

「おい、ハンター、急げ!」彼の訛りの強いオーストラリア英語が響く。「姉ちゃんたちが待ってるぜ! まるで約束の地カナンだ!」

彼はネオン・リザード・パラダイスという名のバーへと先導した。入り口のそばで、赤いカクテルドレスを着たブロンドの女が煙草を吸っていた。その踵は凶器のように見えた。もし全員があんな感じなら、と俺の中の古い自分が囁く、今夜は収穫があるかもしれないな。

俺の唯一の収穫は、ボールジーの空調の効いた墓所で昼から夢見ていた、氷のように冷たい小麦のビールだけだろう。そう確信していた。彼が食べるのを見てから、レモンは抜きで頼むと決めていた。