【紹介】超自然的な力によって女性化させられる小説。千葉家裁で性別の誤認の訂正審判が短期間に七人も行われた。異常を感じた探偵が当事者から事情聴取を実施し、超自然的な性別の転換が起きたらしいことを突き止め、潜入調査に乗り出す。

潜入調査員
 女装探偵の秘密

第一章 カラスなぜなくの

 子供の頃の記憶で今でも鮮明に覚えていることがある。小学校五年生の夏休みに母の実家に一週間ほど泊まりに行った時のことだ。

 一歳上の従兄の貴大たかひろも遊びに来ており、貴大と一緒に朝から晩まで遊びまくった。貴大はいたずらっ子で大人を小ばかにしたような発言が多い悪ガキだった。元々気が弱くておとなしかった僕は貴大の真似をすることにドキドキとした歓びを感じていた。

 三日目の午後に祖母から、
貴大たかひろそら、夏休みの宿題は済ませたの?」
と聞かれた。僕はまだ宿題を半分ほど残していたので口ごもっていると、貴大が、
「カラスなぜなくの、カラスの勝手でしょ」
と歌い始めたので、僕も一緒に「カラスの勝手でしょ」と唱和した。

 大人から注意されて「勝手でしょ」などと言うべきでないことは分かっていたが、誰でも歌っている歌なのでつい声を合わせてしまった。

 祖母は悲しそうな表情になり、何も言わずに立ち去った。僕は貴大の真似をしたことを後悔した。

 その時、隣の部屋で座ってテレビを見ていた大叔父おじちゃんから呼ばれた。祖母と同い年だが京都大学を出た変わった人で皆から敬意を込めて「おじちゃん」と呼ばれている。僕は大叔父おじちゃんのお気に入りだと自負していた。

そら君、ここに来なさい」

 普段とは違う厳しい口調だったので「カラスの勝手でしょ」について叱られるのだと直感した。言い出したのは貴大で僕は真似をしただけであり、僕だけが叱られるのは割に合わないと思ったが神妙な面持ちで大叔父おじちゃんの前に座った。貴大は何食わぬ顔で台所の方へと逃げて行った。

そら君、今の歌についてちょっと話がある」
 やはりそうか……。僕は強い叱責を覚悟した。

「ごめんなさい。あの歌は誰でも歌っている歌で、本気じゃなかったんだ……。後でお祖母ちゃんに謝るよ」

「『カラスなぜなくの、カラスの勝手でしょ』という歌詞の意味を分かっているのかどうか、そら君に確かめておきたかった」

「意味は分かっているつもりだけど……」

「目を閉じて思い浮かべてみなさい。そら君が道を歩いていたら、しくしく泣いているカラスに出くわした。『どうして泣いているの?』と聞いたところ『泣くのは私の勝手だ』と言われた。そら君ならどう思う? せっかく心配して声をかけてあげたのに『泣くのは私の勝手だ』とは酷くないか? もしそのカラスが女の子で『放っといて。今は誰とも話したくないから』と言うのなら気持ちとして理解できるが『勝手でしょ』と突き放すのはよくないな」

「確かにおじちゃんの言う通りだ。この歌はできるだけ歌わないようにするよ」

「おじちゃんはその歌が大嫌いなんだ。『カラスなぜなくの? 私の勝手でしょ』ならまだ許せるが『カラスの勝手でしょ』はあまりにも酷い。『私』ではなくカラス全体に対してそんな質問をするなと言うのは、『あんたはカラスじゃないんだからカラスのすることに口を出すな』という気持ちの表れだ」

「そこまで考えたことはなかったよ」

「大衆芸能に新風を吹き込んだコメディアンとしてドリフターズの功績は認めるが、人間どうしが共感することを拒絶し、差別や分断を助長するこの歌を子供たちの間に広めた罪は大きい」

「そこまで言わなくても……」

「みんなが歌っているから自分も歌うことで、知らず知らずのうちに危険思想に染まってしまう。非常に怖いことだ。何事も自分の頭で考えることが大事だ」

「分かった。僕、反省してる」

「ところで、カラスなぜなくのという歌の続きを知っているか?」

「『カラスなぜなくの? カラスは山に、可愛い七つの子があるからよ』だよね」
と僕は歌って答えた。

「七つの子とは小学生かな?」

「七歳なら小学一年生か二年生だよね」

「カラスは長生きする鳥だが寿命は十年から二十年だ。七歳のカラスといえば大人だぞ。人間で言えば三十代。それを可愛いと言うのは変だろう」

「あ、分かった! 七歳じゃなくて、七羽のカラスの赤ちゃんがいるんだ!」

そら君、よく思いついたね。カラスが一度に育てるひなは四羽までと言われているから七羽だと多すぎるが、沢山の子供が家で待っているという意味かもしれないな。もしくは人間に例えて小学校に入ったばかりの子供がいるという意味で七つの子と歌ったのかのどちらかだ」

「面白いね! 質問があるんだけど、どうして『七つの子がいるからよ』ではなくて『七つの子があるからよ』にしたのかな?」

「試しに『七つの子がいるからよ』と歌ってごらん」

 言われた通り「可愛い七つの子がいるからよ」と歌ってみた。

「なんか変だ! 『いるからよ』が不自然に強調された感じになるし、歌いにくい」

「『が』の母音が『ア』だから唱歌にするには『ア』の母音で始まる『あるからよ』の方が自然だと作詞者が考えたのだろう」

「何でもないと思っていた歌でも考えれば考えるほど色んな面白いことが出てくるんだね!」

「考えることの楽しさを分かってくれたか。じゃあ、この『カラス』とは家に残してきた七歳の子供のことを想って泣いている人のことだとしよう。その人とは男か、それとも女か?」

「子供のことを思い出して涙を流していたんだから、きっとお母さんだよ」

「おじちゃんは父親だと思うな。山奥の家に家族を残して遠い町まで出稼ぎに来ている父親だ。安酒屋で一人でお酒を飲んでいると、七つの子の顔がふと頭に浮かんで泣いてしまった」

「その男の人は泣き上戸じょうごだったんだね」

「母親ならよほどの事情がない限り七歳の子を家に置いてはこない。短い間ならおばあちゃんに子供を預けて出てくることもあるだろうが……。母親が自分のお腹を痛めた子のことを想って泣く場合には、もっと情念のこもった悲痛な叫びをあげるんじゃないかな。父親と母親とでは子供に対する情念が根本的に違うんだよ」

 僕はその説明には納得できなかった。夕方、家の近くでカラスがカーカーと鳴くのを聞いて赤ん坊の声とそっくりだと思ったことは何度もあるし、お母さんが子供に会えないことを嘆き悲しむ声としても十分あり得るのではないだろうか。大人の男の人が泣く声としては似つかわしくない。

 しかし、大叔父おじちゃんが真剣な顔をして悲しそうに言っていたので、僕はそんな反論をすることは差し控えた。もしかしたら昔大叔父おじちゃんは小さい子供を残して家を出て辛い想いをしたことがあるのかもしれないと思った。

「僕、お祖母ちゃんに謝りに行ってくるね」
と言って立ち上がると、大叔父おじちゃんは満足そうな表情でうなずいた。

 祖母のところに行って「さっきはごめんなさい」と言うと、祖母は優しい微笑みを浮かべ何も言わずに僕を抱きしめてくれた。目に熱い涙が出てきて、貴大が逃げたことへの不満と後悔はあとかたもなく洗い流された。

 その日以降、友達が歌っていても「カラスの勝手でしょ」に声を合わせたことはない。あの時、貴大に声を合わせなかったら大叔父おじちゃんの話は聞けなかったし、祖母から抱きしめられもしなかった。「カラスの勝手でしょ」はトラウマとしてではなく、子供に対する男女の感情や愛情表現の違いを印象付けるエピソードとして僕の心に刻まれたのだった。


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