【紹介】新型コロナ肺炎絡みの事情があって女装を余儀なくされる小説。新入社員研修で昔の友達と再会したら、彼は美しい女性になっていた。新型コロナ肺炎によってテレワークが極限まで活用されている企業では、性別の意識が希薄になりがちで、新しい形の恋愛が予想もできない速度で進展する。

オンライン新入社員
 新型コロナ時代の恋人の作り方

第一章 新型コロナ時代の新入社員

 僕の名前は柳沼やなぎぬま翔太しょうた。大手町にある外資系コンサルタント企業PWヤング・ジャパン、略称PWYJに勤めるサラリーマンだ。

「勤める」という言葉には語弊があるかもしれない。四月に入社して以来一度も出社したことがなく毎日オンラインで仕事をしているからだ。

 僕たちのような新卒の新入社員が「会社に来なくていい」と言われると困惑する。三月の下旬に会社から「入社式は開催しない」とのメールが届いた時には、ひょっとしたら採用が取り消されるのではないかとビクビクしたが「四月一日から自宅待機とするが給料は満額支払う」と書いてあったので安心した。

 三月三十日になって会社から真新しいノートPCが送られてきた。既にVPNがセットアップされており、その日に届いたメールに記されていたIDとパスワードを入れると、会社の社内ネットワークにログインできた。Windowsの画面には最小限のアイコンが配置されていたが、その中にSLACKという名前の見慣れないアイコンがあった。

 SLACKというソフトウェアの名前は聞いたことがあったが詳しくは知らなかった。アイコンをダブルクリックして覗いたがよく分からなかったので、ネットで初心者向けの解説を探して読んだりユーチューブで動画を見たところ、LINEをビジネス用に機能強化したようなコミュニケーションツールだと分かった。

 ZOOMのアイコンもあった。ZOOMはビデオ会議システムであり、就活の際に企業からの指定でビデオ面談をするのに何度か使ったことがあった。

 会社から届いたメールによると四月一日水曜日の午前九時十五分からオンライン入社式を開催し、続いて十時から新人研修を行うとのことで、二つのZOOM会議のリンクが記されていた。入社式と新人研修がビデオ会議形式とは、しまらない話だなと思った。二十五人もの新入社員を集めたビデオ会議だと社長や研修担当者には画面上に小さく映った新入社員の表情までは見えないだろう。まあ、何もせずに自宅待機で本やマニュアルを読まされるよりはマシかなと思った。

 それでも四月一日の朝は白いカッターシャツにネクタイを締め、黒のリクルートスーツを着てパソコンの前に座った。始業五分前の午前九時十分になったのを見計らって入社式のリンクをクリックすると既に大半の同期生がZOOM会議に「入室」していた。

 同期生の顔を見るのは初めてだった。メールで知らされていたのは総数が二十五名というだけで、大学ごとの採用数、中途採用が含まれているかどうか、それに性別すら知らなかった。もし僕以外の二十四人が全員女性だったらどうしよう、などと妄想したりしたが、ZOOMの画面で確認できた性別は男十六名と女八名だった。

 いや、女子に見える八名も全員が本当の女性だとは限らない。送られてきたPCに内蔵されているカメラが高解像度で、たった二、三センチ角の画像なのに表情まで読み取れるが、仮に男性が化粧をしてウィッグをかぶっていても判別できないだろう。今後在宅でのテレワークがずっと続いたとしたら、何ヶ月後かに顔を合わせたら女子だと思っていた同期生が男性だったということも無いとは言えない。勿論その逆もあり得る。

 それほどたるんだ気持ちで入社式に臨んだ僕の根性は社長の言葉によって覚醒させられた。

「数年後、諸君はコロナ世代と称されるだろう。バブル世代、ロスジェネ世代、ゆとり世代……過去にも世代をキャラクタライズする形容詞はあったが、コロナ世代は『特徴づける』という程度のキャラクタライゼーションとはわけが違う。今日は日本の変革第一日だ」

 キャラクタライズという言葉がカッコよく響く。特徴づけると日本語で言えば何でもない言葉だが、やはり外資系大手は違う。

「これまで日本のサラリーマンは給料とは会社に来ることの対価として支払われるものだと思っていた。それは大きな誤解だ。給料とは仕事をする対価として支払われるものだ。『仕事をする』とは何か? それも誤解されていた。これまでの日本のサラリーマンは仕事をするフリをすることに一生懸命になっていた。定刻までに出社してしてパソコンに向かって何となく働いているつもりになる。上司に呼ばれたら席を立って会話をする。仕事の合間には私事わたくしごとやらテレビで見たことなどについて雑談を交わし、ダジャレのひとつも言う。そして会議。その会議こそが『仕事のフリ』の最たるもので、無駄の塊だった」

 僕たちは会社勤めをしたことが無いのでピンと来なかったが、従来の会社での仕事には無駄が多かったということなのだろう。

「コロナ世代の『仕事』とは仕事そのものである。毎朝毎夕満員電車に揺られることはなく、ZOOMのリンクをクリックするだけで入社式が始まり、一分も待たずに企業のトップから直接本音で語りかけられる。入社式の後の新人研修も、研修施設やホールに移動することもなくその場で実施され、密度の濃い研修に即座に入ることになる。

 ビフォア・コロナのサラリーマンは、そんなやり方では人と人とのコミュニケーションが疎かになると言うだろう。それは彼らがコロナ世代のコミュニケーションの方法を知らないか慣れていないからだ。うちは社内のコミュニケーションはSLACKで行い、会議システム以外のツールはGスイートを使っているが、各国のグループ各社も同様であり、グループ内の全社員があたかも隣の席に座っているかのような感覚でコミュニケーションができる。ちなみにSLACKでは二十四名までのビデオ会議が可能だが、ZOOMの方が使い勝手がいいので十名前後より多い場合には社内でもZOOMを使っている。

 同じグループ内の同僚や上司との雑談やダジャレもSLACK上でのテキスト、ボイス、ビデオいずれでも可能であり、会社として制限はかけていない。チャット相手以外に漏れ聞こえる恐れは無くモニターもしていない。従来と異なるのは、チャット相手以外の人達の心を乱すことがなく、チャット自体が自ずから簡潔になるということだ。ZOOMでグループ内の同僚や上司との飲み会もできるし、その気になれば一対一で恋話こいばなやデートさえも可能だ。勿論、私的な目的でSLACKを使うことを推奨するわけではないが。

 従来のサラリーマンが通勤時間を含めて十二時間かけてやっていた『仕事』を六時間でこなし、余った六時間を新しい事への挑戦と自分の能力の向上のために使う。それがコロナ世代の新人類だ。

 将来ワクチンが開発されて人口の一定数以上がウィルスに対する抗体を獲得すればテレワークにこだわる必要は無くなり、会社に来る頻度は増えるかもしれない。しかし、ビフォー・コロナの状態に戻るわけではない。世界は既に変わったし、更に変化の度を速めるだろう。諸君は最も有効かつ効率的なやり方によって成果を上げることを求められる。その手法を君たちが樹立し、手本となって欲しい。以上がコロナ世代の諸君へのはなむけの言葉だ」

 思っていたより厳しそうだ。新型のノートPCを家に送りつけて来るだけの事はある。会社は僕たちをコキ使うつもりだ。気を引き締める為にショック療法的な言い方をしている部分はあるだろうが、うかうかしては居られない。

 社長のスピーチを聞きながら二十四人の同期生の顔を観察したが、皆が僕と同じように緊張しているようだった。同じ大学から辻村恵理那が入社したことが分かってうれしかった。辻村恵理那はゼミは違ったが大学のミスコンで三位になったことがあり、学年の男子で知らない人はいない美人だ。僕はミスコンで辻村恵理那に投票したが、もしショートヘアでなければ優勝していたのではないかと思っている。

 もう一人、明らかに見たことがある顔があった。早坂美紀という名前が表示されていたが、どこの誰なのか思い出せなかった。

 新人研修が始まり、まず配属の発表があった。

 僕は企業再生部門を統括する浅間SCの部下の一人である佐藤ACのグループに配属になった。SCすなわちシニア・コンサルタントが部長でACすなわちアソーシエート・コンサルタントが課長と思えばよさそうだ。早坂美紀と辻村恵理那も佐藤ACのグループの配属になったのは嬉しい偶然だった。

 次に二十五人の新入社員が一人二分以内で自己紹介をした。出身大学名は自己紹介に含めないようにと人事部のマネージャーから言われた。この会社は東大出身者が半数近くいるはずだが、学閥とは無縁な社風であるということを強調したいようだ。

 八人の女性のうち辻村恵理那を筆頭にして四人が美人の部類に入り、残りの四人はよくて平均という感じだ。八人全員が緊張していて殆どが「私は男子と対等に戦うつもりです」的なオーラを出していたが、辻村恵理那と早坂美紀には女性らしい優しさが見て取れた。僕が彼女たちと同じグループに配属されたのは非常にラッキーだと思った。

 自己紹介の後に十分間のトイレ休憩があった。紅茶でも飲もうと思って立ち上がった時、早坂美紀からDMが入った。DMとはSLACK上で特定の相手に対してチャットをしかけることだ。早坂と一対一でのビデオ通話が始まった。

「柳沼君と一緒の会社に入れてラッキーだったわ。よろしくね」

「えーと、どこかで確かに見たことがある顔なんだけど、早坂という名字の人は頭に浮かばないんだ。申し訳ない。合コンか何かで一緒だったのかな?」

「合コンで三、四回ほど一緒だったことがあるわ」

「同じ女子大との合コンに三回も行った記憶は無いよ……。だいたい、合コンで何度も一緒になった相手を忘れるはずがないんだけど」

「女子大ねえ……。柳沼君、もう一度私の顔をよく見て」
と言って彼女はカメラに顔を近づけた。

「ゴメン、喉まで出かかってるんだけど思い出せない」

「F女学院との合コンの時に柳沼君がオナラをして私が『クサーッ』と言ったのを覚えてない?」

「お、お前……まさか藤村幹夫じゃないよな!」

「やっと思い出してくれたのね。養子に行って苗字が変わったのよ。戸籍上はまだ早坂幹夫だけど、会社では美紀で通してもらった。戸籍上の性別が変わるのは少し先になる」

「藤村が女装していたとは……。もしかして、下半身も女装してるのか?」

 彼女は立ち上がってパソコンから離れ、全身像が画面に映った。上半身は就活スーツの黒いジャケットにブラウスだったが、下半身はジャケットとは全くマッチングしない裾が足首まである赤いスカートをはいていた。

「肌寒くてお尻が冷えそうだったからゆったりとしたウールのスカートにしたのよ。でも、女装という言葉は使わないで。私は女子社員として勤務しているんだから、他の人には私の性別の秘密を洩らさないでね。お願い」

「分かったよ。しかし、合コン仲間の藤村が女になって現れるとはショックだな。声が前よりも高くなったような気がするけど、音声変換装置か何かを使ってるの?」

「失礼ね。これは私の地声よ。種を明かせば、下を手術するために入院していた病院で喉も直してもらったんだけど」

「えーっ、下を手術って……アソコを取っちゃったの!?」

「ほんと失礼だわ。私はれっきとした女性よ。その気になれば柳沼君とアレもできるってことを忘れないで」

「そ、それだけは勘弁してくれ」

「私は自分より背が低い男性には興味が無いから心配しないで。柳沼君の友達にはなってあげるけど彼女にはなれない」

 まるで彼女になってくれと僕の方から頼んだような言い方をされてカチンと来たが、藤村は本当に女になってしまったようなので言い返すのはやめておいた。それよりも何故藤村が女になったのか、いつから計画していたのかを質問したかった。僕と藤村が合コン仲間だったのは一年生から二年生にかけてだった。合コンでの藤村は心から女の子が好きな普通の男子に見えた。あるいはそんなフリをしていただけなのかもしれないが……。三、四年生の時に大学で顔を見かけた記憶が無いのは、三年に入ってすぐ女装を始めたからなのだろうか? これほどインパクトがあるニュースなら友達の間で広まったはずだが、藤村が女になろうとしているという話は聞こえてこなかった。

 休憩時間が終わったのでDMを切って、新人研修のZOOM会議に戻った。

 人事部のマネージャーから「メンター制度」に関する説明があった。

「当社にはメンター制度があります。豊富な知識や経験を持つ先輩が『メンター』すなわち信頼できる相談相手となって若手社員をサポートする制度です。

 業務上の実務的なアドバイスを求める相手は職場の上司や指導員となるわけですが、これに対してメンターは業務に直接関係しない先輩社員の中から選びます。業務やキャリア形成、仕事に関する考え方や社会人としての在り方に至るまで幅広い助言を求めることができます。

 メンターの由来はホメロスの叙事詩オデュッセイアに登場するメントールという賢者です。メントールは国王の息子に良き指導者、良き理解者、良き支援者としての役割を果たしました。その他、歴史的に知られているメンターとしては、ヒンズー教や仏教におけるグル、古代ギリシャの少年愛、中世のギルドにおける師弟関係などがあり、元々は『師匠』の概念だったのですが、近年になってコンサルティング会社が若年離職の防止手法として年代層が近いメンター制度を流行らせたようです。

 メンターに対してアドバイスを受ける側の人間をプロテジェと呼びます。当社では、原則として三年~十年の歳の差がある者どうしをメンター・プロテジェとしてマッチングしています。尊敬できる先輩、生き方を真似したいと思えるような人、親身になって考えてくれそうな人……そんな人をメンターとして持つことができれば幸いです。

 先輩社員の側から見れば、ただでさえ忙しいのに、どうして新人の世話を押し付けられるのかという気持ちになるかもしれません。しかし、当社では昇格の評価基準として若手を育てる能力を重視しており、好ましいメンター・プロテジェ関係を築いている人物がJC(ジュニア・コンサルタント)、AC(アソーシエイト・コンサルタント)、SC(シニア・コンサルタント)の階段を上ることができます。

 すなわち、皆さんにも先輩社員にも『選ぶ権利』があり、双方とも『提案権』があります。直訳するとプロポーズする権利です。公開プロフィールに『募集中』であることを示すイチゴのアイコンが表示されている人相手に対して提案権を行使することができます。公開プロフィールを見て選んだ人にSLACKでいきなりDMを送ってもいいですが、SLACKには『メンター・プロテジェ募集中』というチャンネルがあり、そこに書き込んでもいいし、ZOOMで実施するお見合いパーティーのお知らせもそのチャンネルで告知しているので、時々のぞいてみてください」

 メンターという言葉は聞いたことがあったが、詳しい意味は知らなかった。募集中のイチゴマークとか、マッチングとかお見合いパーティーという楽しい企画を用意してくれるとは、遊び心のある人事部だなと感心した。うちの会社が就活市場で人気がある理由がわかった気がする。

「質問があれば受け付けます」

「はい、お聞きしたいことがあります」
と手を挙げた人が居た。画像の枠が黄色になったので、白鳥陽菜ひなという女性だと分かった。

「募集中のイチゴマークが男女間の誘いに悪用される心配はないでしょうか?」

 小さな画像で見る限り、この場でそんな質問をしても非難されないレベルの女性だった。

「可能性は十分にありますが、提案を受けた時点で断れるし、メンター・プロテジェ関係になった後も解約できます。人事部は解約については事情をモニターしており、メンター制度を男女交際のツールとして悪用する事例は特にメンター側にとって人事評価上のマイナスポイントとなります。その意味で、メンター側にとって若手の異性への提案権の行使は両刃の剣となるので慎重を期す必要があります。皆さんの側では人事部や職場の上司が『駆け込み寺』となるので、さほど心配する必要はないと思います」

「よくわかりました」
と白鳥陽菜が言った。その時参加者の一人がクシャミをして、その男性の画像の枠が黄色になった。ZOOM会議では下手に音を出すと目立つので注意が必要だ。

「他に質問はありませんか?」

 坂本雄一という男性が挙手した。

「メンター、プロテジェとも募集中ならイチゴマークということですよね? ということは、入社四年目の社員は新入社員のメンターになれるし七年目以上の先輩社員のプロテジェにもなれるから、公開プロフィールにイチゴマークのついた入社四年目以上の社員は両刀使いというか、微妙な立場にならないでしょうか?」

「男女関係を連想していませんか? 理屈ではその通りですが、実際には入社後一年以内にメンターを見つけるので、入社四年目以上の社員に対して先輩社員が提案権を行使することはまずありません。新入社員以外の社員や途中入社社員がメンターを探す場合は『メンター・プロテジェ募集中』チャンネルに明示的に書き込みをすることになります」

 この坂本という男は新入女子社員をナンパしようと声をかけた入社四年目のジュニアコンサルタントが、アソーシエイト・コンサルタントの中年女性から「私のプロテジェになりなさい」と逆ナンパされるようなシチュエーションを頭に描いてこんな質問をしたのだなと思った。ZOOMでの会議だと誰がどんな発言をしたのかを大勢が冷静に聞いているので、不用意な質問をするのは危険だ。

 メンター制度には魅力を感じた。まるで婚活のマッチング・アプリのようにワクワクさせる要因がある。早く使ってみたいものだ。

 それから会社の歴史、経営理念、長期計画、過去五年間の売上・利益の推移、人事制度などに関する詳しい説明があった。普通ならメモを取りながら聞くべきところだが、今回の研修で使用された資料はSLACKの「新入社員研修チャンネル」で何時でも見られるようになっているので、聞くことに神経を集中することができた。

 午後四時を過ぎて疲れを感じ始めたころの休憩時間に早坂美紀からDMでテキストメッセージが入った。

「今日の研修が終わったら飲みに行かない?」

 昔の合コン仲間の藤村と旧交を温めたいという気持ちは少しはあったが、女性になってしまった今、一対一で誘いに乗ることには躊躇いを感じた。しかし断るのも角が立つ……。僕が返事をする前に美紀から次のメッセージが入った。

「辻村恵理那さんと私と柳沼君の三人なんだけど」

 僕は即座に返事した。

「行く! でも、コロナのご時世なのに入社式と新人研修をオンラインでやったあとで都心で飲みに集まるのはまずいんじゃないかな」

「バカねえ。リアルじゃなくてZOOMでの飲み会よ。パソコンの前で飲み食いしながらおしゃべりするのよ」

「それはいい考えかも」

「じゃあ午後六時半スタートということで恵理那と柳沼君にインビテーションを送っておくわね。服装はカジュアルで」

 僕は急に元気が湧いてきて、残り一時間余りの研修を余裕で乗り切った。男ならだれでも声をかけたくなる辻村恵理那をいち早く誘うとはなかなかの凄腕だ。女同士だから声をかけやすいのかもしれないが、藤村を見直した。今後は彼女が藤村幹夫だったことは忘れて、早坂美紀として認めてやろうと思った。

 

 五時半に新人研修が終わって「退社」した。僕は背広を脱いでジーンズとポロシャツに着替え、近所のファミマに行って缶ビールと幕の内弁当を買ってきた。ファミマの幕の内弁当は鮭、玉ねぎ・つくね、海老天、コロッケ、厚焼玉子、煮物などが少しずつ入っていて、僕には丁度いい。ファミマでチンしてもらうのではなく、家に帰ってから電子レンジにかけるのが美味しく食べるコツだ。

 六時二十五分に弁当をチンしてパソコンの前に座った。ZOOMに入室すると辻村恵理那と早坂美紀は既に来て僕を待っていた。僕と美紀はビールで、恵理那は赤ワインで乾杯して飲み会が始まった。

 各々、何を食べているのかを見せ合った。美紀はほか弁で買ってきたスペシャルのり弁、自宅住まいの恵理那はお母さんが作ってくれたシチューとフルーツサラダだった。

「これはシュクメルリという鶏肉とガーリックソースの濃厚シチューよ。グルジアという国の郷土料理なんだって」

「知ってるわ。一月に松屋でシュクメルリ鍋定食を食べて病みつきになったのよ。二月で終わっちゃったから残念だった」

「うちは父が松屋で食べて気に入って、テイクアウトで買ってきたのよ。父のリクエストで母がクックパッドで調べて作るようになったの。にんにくがたっぷり入っているから女子は人前では食べにくいけど、ZOOM飲み会なら大丈夫ね」

 恵理那は大匙に取ったシュクメルリをレンズの前まで持ってきて僕たちに見せてから、自分の顔を近づけてシュクメルリを口に入れた。潤った赤い唇と完ぺきな歯並びの口が大写しになってドキドキした。恋人でもない限りこれほど近くで恵理那の口を見ることはできない。ZOOM飲み会の醍醐味を実感した。

「松屋のシュクメルリ鍋の広告は見たけど近くに松屋が無くて、食べる機会がないままに終わっちゃったんだ。僕も食べたかったな……」

「じゃあ、うちで今度シュクメルリを作るときに柳沼君の分も作ってくれるように母に頼んでおいてあげる」

「ありがとう! でも、ZOOM飲み会で僕の分だと言って見せてくれるだけじゃないだろうね?」

「アハハ、それいいかも! もし通勤が始まっていたらタッパーウェアに入れて会社に持っていってあげてもいいし、テレワークが続きそうなら柳沼君と美紀にうちに来てもらってもいいわ」

「それならテレワークが続けばいいのに……」
と本心が口から出た。リアルな付き合いなら恵理那レベルの女性の実家に呼んでもらえるのはプロポーズした後になっても仕方ない。初めて会話をした日にここまで親密になれるとはコロナさまさまだと思った。ビデオでのデートだとお互いに異性という意識が希薄になって、関係が急速に進展するのかもしれない。

 会話をリードしたのは美紀だった。僕なら聞きにくい個人的なことまで質問して恵理那の懐にどんどん入っていく。男として経験を積んだ合コン・テクニックが効いているのかもしれないが、ズケズケとした感じはせず、恵理那は嫌がらずに自然に答えていた。女同士はすぐに親友になれると聞いたことがあるが、実際に美紀と恵理那のやり取りを見ていると、男同士の関係とはだいぶ違うなと実感した。まあ、美紀は男であることを捨てたからこそ恵理那のような魅力的な女性と簡単に親しくなれるわけであって、捨てたものと得たものを比べると、どちらがいいとは言いきれない。いや、よく考えると今の美紀にとって美女と友達になるのは、僕がイケメン男性と友達になるのと同じことだから、全く羨ましくないことだ。

 最も得をしたのは僕だった。美紀は恵理那にするのと同じ質問を僕にもしたので、まるで三人が女同士の友達になったかのような親密な関係になれた気がした。藤村幹夫が美紀になってくれて僕はラッキーだった……。

 八時になって恵理那に家族から声がかかり、ZOOM飲み会は一時間半でお開きになった。


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