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あの頃の私はおてんばだった

【内容紹介】レズビアン女性の相手役としてMTF(元男性)が登場する小説。北インドの貧しい農家の娘として生まれ男権社会の辛酸を嘗め尽くしたアーバは2人目のレズの恋人の中に本当の愛を見出す。レズビアンMTF三部作の2番目の作品。

第一章 おてんば娘

 四月の蒸し暑い日だった。

 樹々の花が開花し、マンゴーが熟して、動物たちは交配を始めた。私は六百五十CCの愛機ロイヤル・エンフィールドに跨って村の道路を疾走している。こんな田舎町では女性が大型バイクをする光景にはある種の畏敬の視線が向けられる。

 取るに足りない田舎娘から著名な女性写真家になるまでの私の人生は、畏敬の視線に値するという自負を私は持っている。そして私の成功はネハという女性のお陰だった。


 私はハリヤナ州の小さな村で生まれた。黄金色の芥子畑、絵のように美しい学校、そして牛や羊が佇むのどかな光景が広がる村だった。私の家は貧しくて、掘立て小屋のような家に両親と五人の子供が住んでいた。そのうち二人が男の子、私を含む三人が女の子で、私は末っ子だった。

 私たちの村では強固な家父長制が守られており、うちの家もその典型だった。父に全ての権限が集中していて、男性が尊ばれ、女性は価値がない存在と見なされていた。母は一日中家事をしたり畑で働き、父に対して質問をする権利すら与えられていないように見えた。

 私の二人の兄は、姉や私とは全く異なる扱いを受けていた。兄は私立の英語学校で学び、良い服を着て、牛乳や卵などの栄養価が高い食べ物を与えられた。姉と私は公立学校に通い、服は二着だけ、食べ物はロティ(パン)とダール(ひよこ豆のカレー)だけで、たまに野菜か果物を一切れ食べさせてもらえた。

 母に「私も牛乳と卵が欲しい」とせがんだことが何度かあった。すると、母が私に返事をする前に父からビンタが飛んで来た。

「お前は一体どういうつもりだ?」
と父は私を折檻しながら怒鳴った。
「牛乳や卵はお前のお兄ちゃんたちのためのもので、お前たち女が食べるものではない!」

 私はしょっちゅう叱られたり叩かれたりしたので、どうしてカンヤ・プジャンの祭りの日だけは大人たちが女の子を崇拝するかのように大事に扱うのだろうと不思議に思っていた。

 大きくなってから知ったことだが、カンヤ・プジャンとは「処女を崇拝する」という意味で、ナヴラトリ・フェスティバルの際に実施される行事だ。その日だけは私の両親を含む村の大人たちが、晴れ着を着てマリーゴールドの花を着けた少女たちをドゥルガ女神の化身として崇拝する。私たちにとって、足をきれいに洗われて美味しいものを食べさせてもらえる夢のような一日だ。翌日から、私たち女の子は徹底的に軽視されて、男の子だけが大事にされる毎日が再開する。

 私は「じゃりン子」だったので、特に親から愛情を注がれなくても結構幸せだった。毎日元気に登校し、授業が終わると悪ガキ仲間とつるんだ。モヒット、アディチャ、ラフール、ヴィヴェックと私の五人組で、私は農民の娘が着る麻のフロック(ワンピース状の服)を着ていたが自分も悪ガキの一人と思っていた。私は活発に走り回るのが好きで、女の子のような遊びには全く興味がなかった。

 五人のギャングは一人一人性格が異なっていた。モヒットは遊びの計画を立てるのが得意で、従順なアディチャはモヒットが立てた計画の実行役、ひょうきんもののラフールは冗談を言いまくり、ヴィヴェックは大人しく親切で気が利く子だった。私は五人組のリーダー格で四人の男子は私の指示に従って遊んだ。

 五人で木に登ったり、洞窟を掘ったり、流れをせき止めてダムを造ったり、泥をこね回す毎日だった。夢中になったのはギリ・ダンダというクリケットに似た遊びで、ギリと呼ばれる短い棒を地面に描いた円に置き、打者がダンダと呼ばれる長い棒でヒットして遠くに飛ばすと点が入る。

 男の子と遊んでいる所を父に見つかるとしこたま殴られた。女の子は女の子らしく振る舞い、台所で母を手伝えといつも言われた。しかし、私はそんなことにはめげずに、スキを見て家を抜け出しギャング仲間と遊んだ。ヴィヴェックは私のしょぼんとした表情に気付くと「どうかしたの?」と声を掛けてくれた。私は他の人に対しては平静を装っていたがヴィヴェックにだけは父から受けた酷い仕打ちについて打ち明けた。ヴィヴェックは私の言うことに辛抱強く耳を傾け、同情と励ましの言葉をかけてくれた。私が普段家でどんな扱いを受けているかを知っているので、時々コップに牛乳かバターミルクを入れて持って来たり、ゆで卵を二、三個くれた。ヴィヴェックのお陰で力を盛り返して五人のギャングの首領として活躍できたのだった。

 私が十一歳の時にグアヴァの実を摘もうとして気に登ったが、掴んだ枝がぽきんと折れて三メートル下の地面に落ちた。ドサッと落ちて受身もむなしく倒れたが、その時に膝をしこたま擦りむいてしまった。

 痛かった。ギャングの子分たちはポカンと口を開けて私を見ていた。ヴィヴェックだけが優しい灰色の目に痛みと共感を滲ませているのを見て私は元気づけられた。ヴィヴェックは学校カバンから水筒を出して傷をきれいに洗ってくれただけでなく、自分が着ていたシャツを引き裂いて包帯代わりに傷の上に巻いてくれた。

 モヒット、ラフールとアディチャは動揺したのか私とヴィヴェックを放ってどこかに遊びに行ってしまった。私は彼らの後姿を睨みつけた。

「私たち抜きで遊びに行くなんてどんなつもりなんだろう!」
と私は悪意を込めて吐き捨てるように言った。
 ヴィヴェックは怒った様子もなく笑い出した。
「アーバの怒った顔はすごく可愛いね」

 突然意外なことを言われて頬がカーッと熱くなるのを感じた。恥ずかしくて頬が燃えるようだった。恥ずかしさが私の怒りに拍車をかけた。

「ウルサイ!」
と私はヴィヴェックを一喝した。
「黙らないとボコボコにするわよ!」

「分かったよ、プーランデビ」
とヴィヴェックが笑いながら言った。

 プーランデビとは自分を輪姦した二十二人の男を虐殺した有名な女盗賊で、国会議員として活躍した後暗殺されるという壮絶な人生を送った女性のことだ。プーランデビも貧しい生まれで私にとってヒーローのような存在だったので、ヴィヴェックにプーランデビと呼ばれて煽てられた気がした。

「アーバの可愛さを褒めるのは、結婚してからにするよ」

「け、け、けっこんですって!」
と私は素っ頓狂な声を出してしまった。

「そうだよ、アーバ。大好きなんだ。すごくきれいだから。大人になったら結婚しようね」

 普通の女の子なら喜ぶところなのだろうが、心の中で苛立ちと怒りが爆発しそうになった。そもそも私は結婚という概念自体が大嫌いだった。

「バッカじゃないの?! 私は誰とも結婚なんかしないわよ。大人になったら弁護士か警察官か何かになって自分の力で生きて行くわ」

 ヴィヴェックはとても悲しそうな表情になった。
「でも、誰がアーバの面倒を見るの?」

「自分の面倒は自分で見るわよ」

 私はまだ痛いのを我慢して立ち上がった。

「さあ、遊ぼう」
と走り出すとヴィヴェックもついて来た。

 

 十五歳の時に初経があった。

 その日を境に私の人生は一変して自由が奪われた。

 私は麻のフロックを捨てて大人しいサルワール・カミーズ(膝丈のチュニックにパンツとショールを組み合わせたパンジャビ・ドレス)を着て登校することを強いられた。サルワール・カミーズでは走るのもままならないし、生理のある大人の女性になった私にとって男の子と会いに行くことは完全に問題外になった。親が引き続き私を学校に通わせてくれたのはまだ幸運な方だった。

 初経以来ギャング仲間と会えなくなったことが一番寂しかった。時々ヴィヴェックからクリケットをしようと誘いがかかり、その度に加わりたいと思ったが我慢して断った。ある日、誰も周囲に居なかった時にヴィヴェックから誘われて、少しだけと思ってクリケットに加わった。運が悪いことに兄二人がクリケット場の横を通りかかり、私がバットを振っているところを目撃された。兄たちは怒鳴りながら駆けて来て私をクリケット場から引きずり出した。私は家に連れて帰られてベルトでお尻をしばかれた。

「なんてことをするんだ! このバカ女め!」
と兄のパワンに怒鳴られた。
「お前はもう子供じゃないんだぞ」

「今度あいつらと遊んでいるのを見つけたら目ん玉をくり抜くからな」
と下の兄のムケッシュに脅された。

 その夜、ヴィヴェックが窓の下まで忍び寄って慰めに来てくれた。ヴィヴェックはあれから私が兄たちからボコボコにされたことを聞きつけて、私が大丈夫だったかどうかを心配していたのだった。

「僕が誘ったためにこんなことになって、ごめんね。僕は本当に軽率だった」
と彼は目に涙を浮かべて言った。

「気にしないで。ヴィヴェックにも予想がつかなかったんだから、謝ることは無いわ」

「それでも、ゴメン」

 ヴィヴェックが済まなさそうな目をしているので私こそ申し訳ないと思った。ヴィヴェックが私のことを好きなのは確かだ。でも、私はヴィヴェックを恋人ではなく親友だと思っていた。それよりもヴィヴェックと話をしているところを父か兄に聞きつけられたら大変なことになるので、今すぐ立ち去ってくれとヴィヴェックに頼んだ。

「分かったよ。そういうことなら帰るよ。でも、僕がいつもアーバのことを思っているということだけは知っておいてね」
とヴィヴェックが悲しそうに言った。

「普段アーバと話をするのはとても難しくなった。学校で話しているところを誰かに見られたら、そいつが君のお兄さんに告げ口をするかもしれない。今日分かったけどクリケット場も危険だ。この村の中ではお父さんやお兄さんの目を完全に逃れられる場所は無いよ。本当に悔しいな。アーバと話しできないと寂しいよ」

「私もヴィヴェックと話が出来なくて寂しいわ。以前の私に戻りたい……」

「ああ、こんなつまらない制約からアーバが逃れられる日が来ればいいのに!」
とヴィヴェックが嘆いた。

「くだらないことを言わないで。女の子なんだからどうしようもないってことは分かってるでしょう」

「諦めることはないよ。でも、少なくとも頻繁に会うのは難しいから、君のことを思い出せるものを何かもらえないかな」
とヴィヴェックが言い出した。

 私はステンレスの指輪を外してヴィヴェックに渡した。

「じゃあ、この指輪をあげる。お願いだからもう帰って」

 ヴィヴェックは私から指輪を受け取ると、渋々立ち去った。

第二章 結婚という至福

 二〇〇一年の六月の朝、私は雨の中を傘をさして学校に行った。その日は第十二年次(日本で言うと高校三年)の卒業試験の合格発表の日だった。合格したら法学部に進んで弁護士になるのが私の目標だったが、警察官になってもいいかなと考えていた。

 学校に行くと快い驚きに包まれた。私の得点は七十パーセントで、第一種合格だった。六十パーセント以上だと第一種合格となり、大学や世間での扱いが異なる。十七歳の私は「ヤッター」と跳ねまわりたい気分だった。私は元ギャング仲間の男子たちに自慢しようと探し回った。話したり遊んだりしなくなってから長い期間が過ぎたが、今でも友達という意識があった。まずアディチャを見つけて七十パーセントで合格したと自慢したところ、ちょっと悔しそうな顔で自分は五十パーセントで第二種合格だったと言っていた。
「ヴィヴェックは九十五パーセントだったそうだぞ」
とアディチャから聞いて私の親友がクラス一位で合格したことを心から嬉しく思った。

 第一種合格だったことを両親と兄弟姉妹に報告しようと家路を急いだ。家に帰ると、両親と兄たちが見たことのない女性と話をしていた。彼女は背が低く太っていて、かなりの年配らしく髪の毛が薄かった。私が居間に入って来たのに気付くと、彼女はいやらしい目つきで私に微笑みかけて自分の横に座るようにと勧めた。

 私は躊躇したが、両親からもその女性の横に座るよう合図があったので、嫌々隣に腰を下ろした。彼女は私を値踏みするような目でジロジロと見てから両親の方に向いて言った。

「とてもきれいなお嬢さんですね。出る所は出ているし引っ込むところは引っ込んでいます。女は曲線美が大事ですから」

 まるで女の身体を売り物として点数をつけるかのような言い方に、私はムカムカと腹が立った。

「肌はミルク色で色白だし、黒くて長い髪もきれいに手入れされていますね。うちの甥も喜ぶでしょう。私はこの縁談に賛成です」

 縁談という言葉を聞いて背筋が凍り付いた。

 両親は喜びに顔を輝かせていた。
「そういうことなら出来るだけ早く結婚させましょう。上の二人の娘も嫁いだので、この娘も早く嫁に出したいと思っていたところです」
と父が言った。

「それじゃあ、結婚式は木曜日ということにしましょう」
と言ってその女性は去って行った。

 私は両親を睨みつけた。

「あの女の人は誰なの?! どうして私を牛や羊みたいに値踏みしたの? 木曜日に結婚させるって、まさか私の事じゃないでしょうね?!」

「言うまでもなくお前の縁談だ」
と父がきっぱりと言った。
「あの女の人は花婿の伯母さんに当たる人だ。お前は明々後日の木曜日に結婚式を挙げるんだ」

 私はヒステリーになりそうだった。

「私は結婚なんかしないわ。今日学校で発表があって、卒業試験は第一種合格だったのよ。法学部に行かせて」

「女は勉強ができるとろくなことにならない」

「それよりも、花婿って誰なのよ」

「マノジ・プニアだ」

「えーっ! まさか、あの酔っ払いと結婚しろと言うの?!」
と私は叫んだ。自分の耳が信じられなかった。

「気でも狂ったんじゃないの? 私は死んでもあんなクズとは結婚しないわよ」

「口を慎め、女のくせに!」
と父が怒鳴った。
「マノジがやっている食料品店は繁盛している。あの男と結婚すればちゃんと食べさせてもらえる」

「食べさせてもらう必要はないわ。私は自分で食べていくから。絶対に結婚はしない!」
と私はヒステリックに叫んだ。

 父が私の頬を平手で叩いた。私はショックで口もきけなかった。

「こいつを部屋に閉じ込めておけ」
と父が兄たちに命令した。

 母は私の味方をしてくれるだろうと思って助けを求める視線を送ったが、母は何も言わずに目を逸らした。うちの家では女が男の判断に口を差し挟むことは許されていなかった。

 二人の兄に両手を掴まれて部屋に引っ張って行かれた。彼らは私をベッドに押し倒して出て行き、ドアの外から鍵をかけた。私はドアをドンドン叩いて出してくれと叫んだが、誰も助けに来てくれなかった。

 その日も、翌日も、翌々日も、何も食べさせてもらえなかった。木曜日の朝に母が部屋に来て私に赤いサリーを着せ、お化粧と宝石で私を飾り立てた。何か食べさせてほしいと頼んだがコップ一杯の水しか与えられなかった。

 空腹を通り越してフラフラで考える力も無い状態で、気が付いたら家の前庭に作られた結婚式の祭壇まで連れて来られていた。そこに「未来の夫」の痩せたいまいましい姿を見て、逃げ出したい気持ちに駆られた。マノジは二十代後半で、粗野で爬虫類のような不健康な赤い目をした男だった。彼は明らかに酔っぱらっており身体が左右にふらついていた。マノジのお兄さんと思しき男性とその奥さんが、マノジがバランスを崩して倒れないように左右から支えていた。太鼓腹をした司祭が水でも飲んでしっかりするようにと花婿を諭した。

 私はふらふらしている花婿の傍に立たされた。司祭が結婚の証しのネックレスであるマンガルストラをマノジに手渡し、マノジがそれを私の首に掛けた。司祭が聖なる婚姻の誓いを宣言し、腹ペコで立っているのがやっとの私はふらふらしているマノジと一緒に聖なる火の周囲を七周させられた。

 その後でやっと食べ物を与えられたが、まだフラフラしていた。お輿こしに乗せられて新郎の家に連れて行かれ、私は正式にマノジの妻になった。

 今思い出すと、信じられないほどの人道無視かつ男尊女卑な極悪非道だが、私が生まれ育った村では、娘が親の決めた相手に嫁ぐのは当たり前の事であり、女の子には意見を通す権利が無いどころか、自分の意見を持つ自由さえ与えられていなかった。

 マノジは小さな一戸建ての二階に住んでおり、その家の一階にはお兄さんのゴパル夫婦が住んでいた。ゴパルは三十代のがっしりとした男性で、奥さんのチャルは二十代後半のぽっちゃりとした愛想の良い女性だった。義兄夫妻には二人の幼い子供たちが居た。

 不本意な結婚だったが仕方なく新しい役割を果たすことにした。相手はマノジだが新妻は新妻だ。毎日サリーを着て、ジュエリーを着けて、きれいにお化粧をして過ごすのも悪くないかもしれない。サリーを着てマノジが運転するバイクの後ろに横向きに座り、マノジにしがみついてブンブンぶっ飛ばせば気も晴れるだろう。そして道端にバイクを停めてもらって夫にピーナツと綿あめを買ってもらう……。

 そんな甘い結婚生活の夢は結婚式の夜に打ち砕かれた。夫は私の身体から衣服を引き剥がして私を残忍にレイプした。二人の将来を語ったり愛を約束してくれることは一切なかった。マノジに身体中を意地悪く噛まれて、私が痛みのあまり声をあげると、それが彼を興奮させて更に強く噛まれた。あまりにも強く長い間犯されて死ぬかと思った。

 翌朝、傷だらけの身体をシャワーで洗ってから、お茶と朝食を用意した。無作法な夫はあっという間に朝食を平らげると店へと出勤した。夫が去った後、兄嫁のチャルが私を訪ねた。チャルは私の顔を見た瞬間、昨夜何が起きたのかを理解した。

 チャルは済まなさそうに、そして恥ずかし気に俯いた。

「マノジを許してあげて。マノジは少し乱暴だけど……私の主人も同じなの。でも、そのうちにマシになるわ。子供が出来てからゴパルは以前ほどは私を強くぶたなくなったもの」

 私は黙って頷いた。チャルは憐れむような目で私を見て、熱いお茶を飲ませてくれた。

 彼女はタオルをお湯に浸し、私の全身に温湿布をしてくれたばかりか、コチコチに凝った首筋をもみほぐしてくれた。柔らかで同情に満ちた指でやさしくマッサージされたおかげで私はずっと気分が良くなった。

 私の身体と心は夕方までには夫の夕食の為に凝った料理ができるほど回復していた。

 マノジは私が作った料理をウィスキーで腹に流し込んでから、デザートを出すようにと私に言いつけた。バスマティ米をサフロン入りのミルクで炊いてカシューナッツとピスタチオを散らしたライス・キールを作ってあったので、自信を持ってマノジに出した。

 マノジはライス・キールを一口食べると、ペッと吐き出して、怖い目で私を睨みつけた。私は恐怖に震えた。

「このバカ女めが! 砂糖をまるまるひと瓶使ってキールを作ったのか? 俺を糖尿病にするつもりなのか?」

 彼は私の所に来て乱暴な手で髪の毛を掴んだ。髪を強く引っ張られて私は痛みに叫んだ。

「とんでもありません。申し訳ございませんでした。どうかお許しください」
 私は夫の足にしがみついて許しを請うた。つい先週まで高校に通っていた十七歳の私にとって、夫は兄と父を合わせたよりも怖い存在だった。

 マノジは無慈悲で、私の「間違い」を糺すために身体中に痣ができるまで折檻した。打ち負かされて衰弱した私は何も食べずにベッドまで這って行って横たわった。

 明け方になって、焼けるような刺激に目が覚めた。サディスティックで粗野な夫が私にタバコの火を押し付けていた。

 慈悲を懇願したが、やめてくれなかった。マノジは私が気を失うまで虐待を続けた。


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