津波に飲まれた性別
(幽かな友人・私を愛した幽霊)
【内容紹介】「僕」は小学校6年で両親を亡くし過去の記憶を失ったまま山梨の祖父母の養子として育つ。千葉の大学に進学して小6の同窓会案内が届き、福島の小学校の理科室で20人のクラスメートと懐かしい出会いを果たしたが、祖父母からクラスメートは全員が津波に飲まれたと聞かされる。不思議な魅力のあるTS小説。
第一章 同窓会通知
梅雨のはざまの曇り空の朝、眠い目をこすりながら学園通りを歩く。ポロシャツが汗に濡れてべっとりと背中に貼りつく。できるだけ汗をかかないようにと、歩く速度を落とすが、衿元を吹き抜ける風が途絶えると却って蒸し暑さを感じる。
アパートから大学の門までは歩いて十分かかる。キャンパスで僕にとって重要度が高いフードコートまではアパートから徒歩十五分で、キャンパス内の最も遠い体育館までは下手をすると二十五分もかかる。
千葉は地獄かと思い始めたのはつい一週間前のことだった。それまでは住みやすくていい場所だと思っていた。僕は山梨県北杜市の高校を出て千葉大学に進学し、三月末に稲毛区のアパートに引っ越して来た。八ヶ岳連峰のふもとから、わざわざ京浜工業地帯に移り住むというのは考えるだけでもぞっとしなかったが、千葉大を受験して合格してしまったのだから仕方ない。
実際に来てみると千葉は意外にいいところだった。勿論、交通量が半端ではなく、北杜市で言えば国道二十号線のような道路があちこちに走っていて騒音だらけだし、歩道を歩いていると身体から数十センチの距離を自転車がビュンビュン通り過ぎるのでおちおち歩きスマホもできない。しかし、三月の末から四月、五月、六月にかけては桜が散った後も藤、紫陽花、花菖蒲、薔薇と、季節の花々が咲き乱れる。北杜市の花は山裾の清々しい空気の中で可憐に咲いていたという印象だったが、千葉では北杜市よりずっと大きい花が鮮やかな原色で華やかに咲く。
三月末に千葉に移って来た時に感じたのは千葉が南国だということだ。単に関東地方の南部にあるというより、伊豆とか、紀伊半島とか、四国とか九州の並びだという気がする。だから花もこんなに元気に咲くのだろう。
僕は花が好きで、道端にきれいな花が咲いていると立ち止まってスマホに収めるし、ショッピングセンターやDIYストアに行くと花屋の前から離れられなくなる。花の香りに包まれている時が一番心が休まる。友達にそう言うと女みたいだとバカにされるが、花が好きなのは生まれつきなのだから放っておいて欲しい。
千葉には広い公園があちこちにある。五月の連休はお金も無いので千葉を徒歩で探検した。といっても、房総の低山を踏破したのではなく、稲毛区のアパートから浦安にかけての一帯を歩き回った。千葉大学から数キロの範囲には公園は少なめだが、西隣の美浜区から習志野、船橋にかけては、湾岸道路の北側に公園地帯がずっとつながっている。しかも公園を歩く人の数が少ないので一時間歩きスマホをしていても人にぶつからない。
公園の横の湾岸道路を越えた南側の地域は好きではない。海までは数百メートルから千数百メートルの距離しかなく、基本的に元々海だったのが埋め立てられて出来た平地だ。暗い海の色が頭に浮かぶと落ち着かなくて、得体の知れない恐怖を感じる。だから湾岸道路から南には行かないようにしている。友達から幕張メッセに行こうと誘われた時には断ったし、ディズニー・シーには行きたいとも思わない。
大学の正門の手前のモスバーガーに入って、ちょっとぜいたくだが野菜バーガーとコーヒーを注文した。昨夜寝る前に着信したメールのことが気になっていて、落ち着ける場所で読み直したかったのだ。
「こんにちは、勝田敏明です。
震災から六年余りが経過しましたがいかがお過ごしですか。
八月十三日に六年三組の同窓会を開催することになりました。
母校の理科室で正午に開始します。
地図が必要な方はこちらをクリックしてください」
小学校の同窓会の案内メールだった。お盆は山梨の実家で過ごすつもりだったが、勿論同窓会に行くことはやぶさかではない。ただ、僕は小学校時代のことを全く覚えていないし、勝田敏明という名前も記憶になかった。
北杜市の中学時代の記憶は豊富で、思い出深いことも多い。とりわけ、中二の時に行った九州への修学旅行は、密かに憧れていた鈴東美織とバスが隣の席になって、その時の胸の高鳴りが鮮明に記憶に残っている。
小学校六年の終わりごろに父母が急死して、一人ぼっちになった僕は北杜市の祖父母に引き取られて、板東静香から折野静香に変わったのだった。戸籍上は祖父母の子供だが、おじいちゃん、おばあちゃんと呼んでいる。
板東静香だった時のことを僕はほとんど覚えていない。父母の名前さえ知らないし、顔を思い出そうとすると、目鼻口の無いのっぺらぼうが頭に浮かんで、怖くなって頭の中からかき消す。
一度勇気を出して祖母に、
「僕のお母さんってどんな人だったの?」
と質問したことがある。その時、祖母は困ったような表情になったが、すぐに微笑んで僕をじっと見つめて答えた。
「静香を生んだのは私の一人娘の恭代よ。でも、静香のお母さんはこの私。死んだ人のことは忘れて私をお母さんと思ってね」
少し乱暴な理屈ではないかと思ったが、死んだ父母のことを思い出そうとするのは、祖父母に対して申し訳ないことなのだと悟った。それから死んだ父母のことは考えないようにしている。
小学校の時の思い出は皆無ではなく、断片的なシーンが頭に浮かぶことがある。何度も出てくるのは学校の朝顔の記憶だ。地面から二階の手すりに張られたロープに絡みついて伸びる朝顔の蔓と、明るい藤紫色の花を時々鮮明に思い出す。
もうひとつ、よく頭に浮かぶのは芝桜が広がる光景だ。目の前に広がるなだらかな斜面は赤みがかったピンク色の芝桜のカーペットで覆われている。今も、ほのかな甘い香りが漂っているかのように感じられる。それがどこなのかは不明だ。
不可解な思い出もある。幼稚園か小学校低学年の、目がぱっちりとした愛らしい男の子に関する、聴覚を伴う記憶だ。その男の子が僕を見上げて目を輝かせながら言う。
「お姉ちゃんをイジめた源治君の家に行って、玄関にオシッコをかけてきたんだぞ!」
喉風邪をひいているようなハスキーな声が僕の心を妙に揺さぶる。
ところが僕には姉も弟も居ないから、その男の子が身内でないことは確かだ。源治といういじめっ子の名前にも心当たりはない。姉を虐めた源治君の家の玄関で立ちションをかけて仕返しをして来たと自慢する、子供っぽくてバカバカしい言葉が、どうして鮮明に頭に残っているのか、全く分からない。
勝田からのメールに記されていた地図のリンクをクリックすると、グーグルマップが表示された。そこは福島県の北部で、スマホをスワイプしてその地点を拡大表示したところ小学校だった。僕はこの小学校を卒業したようだ。
「僕はおじいちゃんとおばあちゃんの家に来るまでは福島に住んでいたのか」
とひとり言を言った。つい声にだしてしまうほど新鮮な発見だった。板東静香は福島の少年だったのだ。
そう言えば僕は自分がどこから来たのか、考えようとしたことが無かった。折野静香は祖父母の長男であり、その前のことを考えるのは祖父母に失礼だと思っていたからなのかもしれないが、とにかく考えたくもないし知りたくもなかった。祖父母も昔のことには触れなかったので、僕は小学校時代のことを無意識のうちに記憶の闇に追いやろうとしていたのだろうと思う。
覚えてもいない同窓生に会うためにはるばる福島まで行くことに迷いはあったが、興味の方が大きかった。自分が少年時代を過ごした場所に行ってみたかったし、小学校の友達にも会ってみたかった。勝田からのメールには要点だけが記されていたが、淡々とした語り口に尖ったものは感じられない。どこからか僕のメールアドレスを探し当てて案内を送ってくれたということは、勝田も僕に会いたいと思っている可能性が高い。
それにしても、僕がメールアドレスを始めて取得したのは中二の時で、祖父が僕の安全のためにドコモのガラケーを買ってくれた時だった。それは僕が折野静香になった後のことだ。その上、勝田のメールは僕が大学進学祝いにスマホを買ってもらってから取得したGメールのアドレス宛てに送信されていた。小学校卒業以来何のコネクションもなかった勝田がどうやって今のGメールのアドレスを知ったのか、考えれば考えるほど不思議だった。
福島の小学校の同窓会に行くことは予め祖父母に言わない方がいいと思った。祖父母には、夏休みに友達と東北に行くことになったので山梨に帰るのは八月十五日になるとだけ言っておいた。
第二章 懐かしい顔
八月十三日の朝、僕はデニムパンツに半袖の紺のサマージャケットを着て七時過ぎにアパートを出た。ワクワクする気持ちだった。
小学校を卒業してから六年半も会っていない友達を見てお互いに分かるだろうか? 仮に僕の方からは思い出せなくても、友達が僕を見て覚えていてくれたらうれしい。自分が福島のその小学校に通っていたという過去の確かな裏付けになる。
小六の僕は中一の時の写真に写っている僕とほぼ同じ外観ではないだろうか。中一の僕はまだ子供で今より二十センチ近く小さかったが、そのころから顔には殆ど変化が無いように思える。きっと皆は僕のことを思い出してくれるだろう。
秋葉原で山手線に乗り換えて上野まで行き、東北新幹線の自由席に乗った。東北新幹線に乗るのは初めてだった。山梨に住んでいるので長野、新潟、富山方面は何度も行ったことがあるし、バスで日光に行ったこともあるが、東北に行った記憶は一度もない。
大宮を過ぎると一時間余りで「仙台」と車内アナウンスがあった。自分が福島の出身だと分かった今、東京から福島に行くのにいきなり宮城県の仙台市までノンストップというのは割り切れない気もする。改めてスマホで地図を見ると僕の小学校は宮城県に近い場所にあることを実感した。
仙台駅でいわき方面行の普通列車に乗り換え、一時間ほどで常磐線の北相馬駅に到着した。それは無人駅で、下車した客は僕一人だった。同窓会が始まる正午まで、まだ半時間ほどある。
真上からの強い日差しが肩に照り付ける。右手を目の上にかざして見上げると、空には雲一つない。見慣れた千葉の空とは青さが段違いだ。抜けるように透明な北杜市の空の青さとも違っていて、このまま時間が過ぎて夜になったら青いまま真っ黒になりそうな青だった。
駅を出ると荒涼とした平地が広がっていた。地図で見ると海岸線までは数百メートルしかないが、その向こうにある海はここからは見えない。グーグルマップを見ながら農道を進む。一本道だ。土埃に目を細めながら黙々と歩くと、海の音が聞こえ始める。波が打ち寄せる音だ。冷たい海水の感触の予感で首筋がジーンとする。
木立に半分隠れていた黒いコンクリートの塊が木々の隙間から見えてくる。あれが小学校だ。僕の見知らぬ母校……。
木立を過ぎて左折する時に爽やかな冷気を感じ、目を閉じて大きく息を吸う。上半身にジーンとした感覚が広がり、ワクワクとした気持ちで校門を入ると、好ましい白壁の三階建ての校舎が忽然と姿を現した。
海からの微かな波音の中にセミの声が響いて、静けさが強調される。周囲に人は見当たらず、人の声や気配は無い。
僕はこの場所を知っている。
スマホをジャケットの内ポケットにしまって建物の中へと足を踏み入れる。同窓会のある理科室までどう行けばいいかは目を閉じていても分かった。
理科室のスライドドアを右に開けると、二十人ほどの男女が既に集まっていた。
「あっ、静香だ!」
と声を上げて男性が駆け寄った。
「山梨から来たのか? いや、千葉からだったかな? どっちにしても遠いところから大変だったな」
「それほど大変でもなかったよ」
と事実とは異なる返事をする。覚えているような、いないような顔だった。
「勝田だよ。忘れたの?」
「勿論覚えているよ。勝田敏明君だろう? メールありがとう。僕のメルアドがどうやって分かったの?」
勝田がまだ僕の質問に答えないうちに、僕は七、八人の男女に取り囲まれていた。
「静香、久しぶりね。なつかしいわ!」
「顔は小六の時と同じだわ。髪型以外はちっとも変わってないわね」
その二人の女子の顔には確かに見覚えがある。でも、名前は思い出せない。
「大学に入ってから髪をツーブロックにしたんだ。自分ではこの方が大人っぽいし男らしくて爽やかな感じになったと思ってたんだけど」
「似合ってるわよ、とても。でも、どうしてそんな恰好をしているの?」
「え、そんな恰好って?」
二人の女子は顔を見合わせてから、周囲に立っている男子に同意を求める視線を送った。
「いつから男っぽいヘアスタイルと服装をし始めたんだ?」
と勝田がすっきりしない言葉で僕に聞く。
「ヘアスタイルは大学に入ってからだよ。服装は特に意識はしていなかったんだけど……。高校までは毎日制服だったし」
「そうか、板東は大学に入ってからそんな恰好をするようになったのか」
「僕は苗字が板東から折野に変わったんだ。だから今は折野静香。両親が亡くなって、お母さんの実家に引き取られたから苗字が変わったのであって、親が離婚したわけじゃないよ」
勝田は気まずそうな顔をして言った。
「それは言われなくても知ってるけど、どうしてそんなふうになったんだよ?」
「え、意味が分からないんだけど、僕って何か変?」
「静香は髪を長くしてスカートをはいた方が似合うと思ったまでさ」
勝田からいらだった口調で言われて、頭に血が上った。僕が男としては小柄で身体の造りも華奢なのは確かだが、それだけに髪型も服装も立ち居振る舞いも男らしいと思われるように気を付けている。一瞬、自分が小学校時代にはオカマっぽい少年だったのではないだろうかという疑問が頭をかすめた。
「お前、喧嘩を売るつもりか!」
ただならぬ雰囲気に驚いたのか、勝田と僕は全員に取り巻かれていた。
「まあまあ、二人とも気を鎮めろよ」
と眼鏡をかけた五分刈りの男子が割って入った。
「人それぞれだから、どうでもいいじゃないか。せっかくの六年半ぶりの再会なんだから昔に戻って仲良くしようよ」
「そうよ、そうよ」
と女子たちが口を合わせた。
「悪かった」
と勝田が先に謝ったので僕も、
「ごめん」
と頭を下げた。
「あ、会費をまだ払っていなかった」
「会費はゼロだよ。皆が家から果物やお菓子やジュースを持ち寄ったから」
「ごめん、僕も何か買って来ればよかった」
「遠くから来てくれただけで十分さ」
「ええと……この眼鏡をかけた人の名前はなんだっけ?」
「おいおい、静香、俺を覚えていないのか?」
「ごめん。顔は分かるんだけど、僕って名前をすぐ忘れちゃうタイプだから」
「川辺源治だよ」
「ああ、川辺源治君ね、思い出した!」
正直な所、どの友達を見ても名前は頭に浮かばなかったが、顔は覚えていて、小六の時の顔もはっきりと頭に浮かんだ。僕は一人一人に名前を質問して回り、十分も経たないうちに全員の顔と名前が結び付いた。
喉が渇いたので食べ物を置いてあるテーブルまで行って、オレンジジュースを紙コップに入れた。そのテーブルには高級そうな最中や個包装のおかき、きれいな箱に入ったお菓子の詰め合わせなど、十八、九歳の人が持ち寄るには高価すぎるお菓子が並んでいた。
僕はお腹が空いていたので「バター最中」と書かれたお菓子の袋を開けて食べた。こんな美味しいお菓子があったのかと驚いた。もう一つ食べたいところだったが、友達の手前それは我慢して「馬陵ゆべし」を食べた。
「静香はいいわね。私は食べるとすぐ太るから美味しいお菓子が目の前にあっても手を出せないわ」
と横に立っていた杉原典代が僕に言った。
「気にせずにどんどん食べてね。地元のお菓子を食べられるチャンスだから」
と酒井恭子が笑う。
「僕なんかアパートで一人で住んでいるから、食べられる時にはどんどん食べて、お金が無くなったら水だけで我慢しているよ。あ、これは冗談だけど、アハハハ」
恭子と典代は他の女子三人が机を囲んで話しているところに僕を引っ張って行った。僕は小六時代の自分を思い出すために男子と話をしたかったが、恭子と典代の強引さには敵わなかった。
女子五人に囲まれて小学校時代の話をしていると心が浮き浮きしてきた。
「勝田君と川辺君は今は真面目そうな顔をしているけど、スカート捲りの常習犯だったのよね」
と純子が言った。
「今なら下手をすれば親が学校に呼びつけられるぞ。勝田君たちは実際に女の子のスカートに手をかけてサッと捲ったの?」
「違うわ。あの二人が得意だったのは、私たちの足元で転んだふりをして、床に寝転んだ状態で私たちのスカートの中を見上げるのよ」
「ご苦労なことだ。でも、見られても減るもんじゃないから」
「何言ってるの。静香も川辺君に泣かされて家に帰ったくせに」
「シーッ、純子! その話はやめて」
と恭子が割って入った。
恭子と純子の様子を見て僕は悟った。勝田と同じく、女子たちも小六の時の僕に、ひ弱で女っぽい少年というイメージを抱いているようだ。
気まずい沈黙があったが、純子が場を繕おうとするかのように快活な口調で言った。
「窪田君は来ていないのね」
五人の女子の視線が僕に集まった。
「今日来なかったのは窪田大介君だけみたい」
と恭子。
「窪田君って誰? 同じクラスの男子なの?」
「覚えてないの? 静香はあれ以来窪田君と会っていないの?」
「小学校時代の友達に会うのは今日が初めてだよ。窪田君ってどんな人?」
「勉強もスポーツもよくできて面白い子よ。静香が名前も覚えていなかったと聞いたら窪田君はがっかりするでしょうね」
「僕と親友だったという意味なの?」
「まあ、そんな感じかな」
「窪田君の写真は持っていないの?」
「ないわ」
と五人が首を横に振った。
「窪田君のためにも顔ぐらいは思い出してあげてよ」
「分かった。小学校の卒業アルバムが山梨の実家にあるはずだ。明日実家に帰るつもりだから、探してみるよ」
僕がそう言うと恭子と典代が悲しそうな表情になったのが気になった。
五人はお互いのことについて熟知しているようで、僕が山梨に行ってからどうしていたのかを聞きたがった。五人とも中学のことに興味があるようで、様々な質問を浴びせかけられた。
「静香の中学は制服があったの?」
「勿論さ。近所の小学生は私服を着てるけど、中学と高校は制服だったよ。どこでもそうじゃないの?」
「うちの小学校はセーラー服だったわよ。覚えてないの?」
「へぇー、そうだったんだ。知らなかった」
「夏は白で冬は紺のセーラー服よ。スカートは紺のプリーツ」
「そうだったのか。女子全員が同じスカートだから川辺君も床に転ぼうと思いついたんだね」
「静香の中学はセーラー服?」
「違うよ。チェックのスカートとブレザーだった。制服がセーラー服の学校は少ないんじゃないかな」
「素敵! やっぱり関東の学校は違うわね」
「普通山梨は関東には入らないんだけど」
「チェックのスカートってプリーツの広さはどれくらい?」
「プリーツの広さ? ああ、スカートのギザギザの幅を聞いてるのか。そんなの僕には分からないよ」
「ホックとポケットが左についてるのよね?」
「女子の制服を着たことが無いから、細かいことを聞かれても答えられないよ」
中学の昼食は給食だったのか、お弁当だったのかという質問から始まって、クラスの人数、部活のこと、男女の交際についてまで、ありとあらゆる質問が出て、僕は一生懸命思い出しながら誠実に答えた。五人がどうして他府県の中学生活についてそこまで知りたがるのか想像もつかなかった。
五人ともうっとりとした表情で憧れの目をして僕の話に聞き入っていたので、福島の田舎の人たちから見ると山梨県は関東に並ぶ「都会」と思い込んでいるのではないかと思った。
「おい、俺たちにも静香を貸してくれよ」
と別のグループの男子が来て、僕は別の一角に連れていかれ、お菓子を食べながら、恭子たちの時と同じような話をした。彼らの質問の中心も中学生活についてだった。七、八人の男女が憧れの視線を向けて僕の話を食い入るように聞いている。
大勢の友達が僕の話に聞き入るというシチュエーションは滅多にないことなので、僕も夢中になって話した。それまで僕自身の頭の中には中学時代がそれほど素晴らしいものだという印象はなく、特に中一の時の記憶にはあやふやな部分も多かった。今日の同窓会のお陰で、自分の中学時代がとても誇らしいものに思えて来た。
「もうすぐ日が暮れる」
と誰かが言った。学校の建物の陰が校庭の端まで伸びている。掛け時計は午後六時を指そうとしている。
「校歌を歌おう」
勝田の号令で輪になって小学校の校歌を歌う。頭の中にピアノの前奏のメロディーが浮かび、全員が一小節目から正確に同じ高さの音に合わせたのは驚異的だった。僕たちは歌詞を完全に覚えている。
「皆で片付けましょうね」
と女子が言って、黒の大きなビニール袋に紙コップやお菓子の包装を放り込み、誰ともなく机を拭き、床を掃いて、理科室は数分後にはきれいになった。
「来年も会おうね」
「さようなら」
「静香、また来てね!」
声を掛け合って、誰からともなく理科室を後にした。
僕は去りづらくて佇んでいたが、勝田がぐずぐずしているのを見つけて近づいた。
「勝田君、この二十一人でLINEのグループを作ってくれない? てか、もしかして僕以外は既にグループに登録されてるの?」
「ライン? それ何?」
「え、勝田君はLINEを知らないの?! そうか、福島ではまだガラケーのメールしか使わない人が多いのか……」
そう言った後、田舎の人をバカにしているように聞こえなかっただろうかと心配になった。
「ああ、連絡方法のことを言ってるんだな。次回以降も同じようにメールで知らせるから心配するな」
「この同窓会って年一回だけなの? お盆は山梨の実家で過ごしたいから、同窓会はお盆の前か後の方がありがたいんだけどな。春休みにしてくれたら更に助かる」
「全員が集まれるのはお盆の時だけだよ。来年も八月十三日になると思う」
「せめて十一日か、十二日にしてくれない?」
「それは無理な相談だ。俺たちは毎年集まるつもりだけど、静香は来られる時にだけ来てくれればいいよ」
「分かった。じゃあ、来年もメールを待ってるね」
「じゃあな」
と言って勝田は足早に立ち去った。気が付くと全員が居なくなっていた。あっと言う間だった。
窓の外は赤黒い色に染まっている。既に日は落ちてい る。僕は怖くなって勝田の後を追いかける。
玄関から走り出ると、既に勝田の影は消えていた。
ひんやりとした風が首筋を撫でていく。夕暮れの墓地に一人で取り残されたような気分になって肩がブルブルッと震えた。
真っ暗になる前に駅に着かねば。僕は小走りで駅を目指した。
常磐線の無人駅には誰も居なかった。
暗さと人気のなさに内心震えながら列車を待つ。幸い、数分後に岩沼行きの列車が到着し、安堵して乗車した。
右側のドアのそばに立ってガラス越しに景色を見る。真っ暗な海に向かって広がる荒涼とした平地を見ていると怖くなる。
目を閉じると二十人の友人たちの顔が順に頭に浮かび、暖かい思い出に身体全体を包まれる。
岩沼経由で仙台駅に到着し、東京行きの新幹線に乗り換える。座っていると今日一日のことが頭に浮かぶ。それは現実感の乏しい記憶だったが、バター最中の味も、恭子の手を握った時の暖かさも、今起きたばかりのように鮮やかだった。
僕以外の二十人はお互いのことを隅から隅まで知っていてとても親しそうなので羨ましかった。それにしても僕が小六の時にはオカマっぽい少年だったらしいことを知ってショックだった。特に恭子たち女子からもそう思われていたのが悔しい。
そうだ。来年の同窓会には裏をかいて女装をして出席したら皆はあっけにとられるのではないだろうか。しかし、駅から小学校までの間には何もないから女性の服装に着替えるとしたら仙台駅のトイレしかない。いや、もし仙台駅の男性用トイレの個室で女装をしたら、トイレから出る時に大騒ぎになりかねない。新幹線のトイレなら男女兼用だから、新幹線の中で着替えるべきだろうか……。
そんなことを考えているうちに新幹線は東京駅に到着した。総武線地下ホームへと歩いて千葉西駅を目指した。
アパートに着いたのは午後十一時を過ぎたころだった。
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