阿波の踊り子
就活編
編み笠に揺れる性
【内容紹介】京都大学4回生の主人公は合唱団の女友達に紹介されたミス武庫川女子大の美女に失恋し、失意のまま鳴門市の実家に帰省する。高校時代に憧れていた女性と再会し一緒に阿波踊りで一緒に踊ろうと誘われ、生涯忘れられない女踊りを体験する。事情があって女装するTS小説。
第一章 山村亜美
僕たちが大学に入学した年には大卒の就職戦線は既に売り手市場と言われており「まあ僕も大丈夫だろう」程度に構えて大学生活をエンジョイした。今年は更に売り手市場化が進んだ模様であり実際に就活を経験してみると拍子抜けするほど楽だった。
エントリーシートを出し始めたのは四月に入ってからだったが、どんどん面接の誘いがかかって、面接に行った四社全部から早々に内々定が出た。関西では京都大学の学生は別格の扱いを受けられる。担当者との面接に行くとすぐに人事部の管理職クラスが出てきて、二回目の面接では複数の役員が座っている部屋に通され、その日のうちに内々定が出るのが普通だ。S重工の場合は初めて企業訪問した日に役員面接まで行って内々定をもらった。
こんなことを言うと鼻持ちならないヤツと思われるかもしれないが、京大生に決定的なアドバンテージがあるのは役員面接の手前までであり、役員面接を通るかどうかは本人次第だ。
一流半から二流大学の学生で超一流企業の役員面接まで漕ぎ着ける人には「尖がった何か」があるものだ。何が尖がっているかというとそれは色々で、溌溂としていたり、圧倒されるほど押しが強かったり、夢を感じさせたり、言うことにセンスが溢れていたり、見るからにスポーツマンだったり、人類が絶滅してもこいつだけは生き残るだろうと思わせほどの生命力があったり、あるいは超イケメンの好青年だったりする。
一方、同じ企業の役員面接に来る京大の四回生はそのどれにも属さないか、その種の傾向はあっても目立つほどではない学生が殆どだ。面接をする側の役員は「しょぼくれた男だが今年は採用難だし京大だから採っておこうか」と思って内々定を出す場合が多く、余程しょぼくれていたり、どうしようもない変人だったり、「こんなヤツとは関わりたくない」と思わせる何かがない限り、数社に一社からは必ず内定をもらえる。
客観的に見て、僕はもし京大生でなければ役員面接まで辿り着けないタイプの学生かもしれないと思う。押しは弱いし、体育会系ではないし、声は小さく、小柄で軟弱そうな体格だし、性格が控えめすぎると人からよく言われる。しかし、ひとたび役員面接に出れば京大の後ろ盾がなくても百パーセント合格すると僕は自負している。
大企業の採用担当者や人事部長が応募者を選考する基準と、役員が人を見る目は異なる。役員は自分にない輝きを持つ学生に弱い。僕は役員になる人が持っていない種類の輝きを持っているようだ。
まず、天性の柔軟性。僕は物事をありのままに受け入れる能力を持っていて、「右に進もう」と思っていても友達が「左に行こう」と言えば笑顔で心から「そだね」と言って左に進むことができる。このような側面は会話にも表れて、相手の突っこみや攻撃を苦労なくしなやかに受け流せる。家族に言わせると頼りなくて優柔不断ということになるのだが、役員には「しなやかでさりげない男性」として意外性をもって受け止められるようだ。役員はそのような意外性に接すると得難い才覚だと感じる人が少なからずいる。その時点で僕は勝利を手にする。
勿論、それが通用するのは役員の手元の履歴書に京都大学と書いてあるからかもしれない。「こいつは本当は頭がいいのだ」という先入観を持って僕を見るから得難い才覚と受け止めるのであって、二流大学の学生が同じ行動をすればマイナス評価になる可能性が高いのではないかとも思う。
天性の柔軟性と並ぶアドバンテージは見栄えの良さだ。僕は身長は平均より数センチ低いが身体全体のバランスが良くてすらりとした清楚な印象を与える。そして顔がいい。自分でこんなことを言うと反感を買う恐れがあるが、僕は百人に一人というレベルの美少年だと自負している。本来二十一歳なら美少年という言葉は使わないはずだが、僕を見ればその用語が適切であることがわかる。役員の目には、就活戦線を勝ち上がって大企業の役員面接の場に現れたそうそうたる男子大学生の群れの中にポツンと立った僕が稀有な存在として輝いて見えるのだ。
若干冗長でナルシスト的な説明をしてしまったが、とにかく僕はあっという間に大手一流企業四社から内々定を得て就活を切り上げた。
一流半の大学の就活生が「自分は二十社から内々定を得た」などと言って自慢するのに遭遇することがあるが、あれは愚の骨頂だと思う。どうせ一社にしか就職しないのだから、万一の場合の抑えを含めて三社から内々定をもらえば十分だし、更に一社追加して四社から内々定を得た僕は万全だったと言える。最も行きたい会社一社と、その次に行きたい会社からの内定さえあればいいのだ。
まあ、就活向きの学生が、役員面接を突破した時の快感を繰り返し味わいたい気持ちはわからないでもない。しかしそれでは「猿マス」と同じだ。猿に自慰行為を教えると死ぬまでし続けると言われるが、それと似ていると思う。
「人生経験を積むためにいい機会だ」と言う人も多いが、僕は本質的に就活は嫌いだ。僕自身はたまたま就活向きの特性を備えているからいいのだが、そうでない人は何十社も受けて全部蹴られたり、希望する職種に就けなかったりする人が少なからず居る。極めて主観的な評価基準によって人の人生が一方的に決定づけられるのはアンフェアだと思う。
僕が四社しか内々定を得なかったのには別の理由がある。僕は関西での勤務を希望しており、その希望を配慮してくれる企業以外は応募の対象から外したのだ。S重工は登記上の本社が大阪にあり、社長は「東京本社」と呼ばれる東京の事業所に常駐しているが、大阪の本社が経営の中枢の一翼を担っている。S重工の場合は役員面接で「希望通り大阪本社に配属する」と明言してくれた。
「将来、ニューヨークなど海外重要拠点での勤務を経験させることになるが、入社後数年間は大阪で働いてください」
それは僕にとって理想的な条件であり、その一言でS重工への入社を決意したのだった。
僕は徳島県鳴門市の出身で事代主神社の近くで生まれ育った。親が商店主で忙しかったこともあり、僕はおばあちゃん子だった。祖母が昨年から入院しており、僕が帰省する度に「鈴之助と会えるのもこれが最後かもしれない」と言われる。京都に帰るバスの中で祖母の言葉を思い出して涙ぐんでしまう。
実家は高速鳴門というバス停から徒歩十分そこそこの距離にあり、金曜日の午後四時四十分京都駅発の高速バスに乗れば、午後七時半には実家に到着して家族と夕食も食べられる。梅田のS重工本社勤務になればドア・トゥ・ドアで実家まで二時間半しかかからなくなるので、必要ならいつでも帰ることができるようになる。
僕は精神的に親に依存するタイプの子ではなく、実家に頻繁に帰りたいとは思わない。いつか祖母との別れの日が来るという不可避的な現実が僕の心の中に鎮座しており、考えないようにしていても、祖母に会いに帰りたいという気持ちの発作に時々襲われる。病床の祖母にもしものことがあったら……。すぐに高速バスに乗れたとしても死に目に会える保証は無いし、間に合ったとしても生命の炎が消えようとする祖母の手を握って「お祖母ちゃん、大好きだよ」と言う声を聴いてもらうことができる保証も無い。僕が祖母を大好きなことは僕が言わなくても祖母自身が誰よりもよく知っている。そして祖母が死の間際に最後に思い浮かべるのが僕の顔だということは僕が一番よく分かっている。
だから、東京の会社に就職したところで実際問題として決定的な不都合が生じるわけではないのだが、やはり僕は出来る限り祖母に近いところに住みたかった。
関西に住みたい理由が去年の秋にもうひとつ増えた。それは祖母の場合と違って「関西に住まなければならない理由」だった。三回生の秋の学園祭で知り合った彼女が「関西の男性としか結婚させない」と親に言われていたからだ。山村亜美は夙川に生まれ育ち、自宅から武庫川女子大学に通学している。僕は会社員として給料をもらうようになり次第、正式にプロポーズをして一、二年以内に亜美と結婚するつもりだ。
京都大学の十一月祭は関西最大級の大学祭と言われており、吉田のキャンパスが四日間女性たちで賑わう特別な期間だ。普段は大学の敷地内に大学関係者以外が足を踏み入れることは禁止はされていないにしても歓迎はされないので、構内は圧倒的に男性比率が高い学究的な空間という雰囲気が漂っている。十一月祭は関西の女子大学生や若い女性にとって京大生と仲良くなる絶好のチャンスと言われており、大勢の女子が押し寄せて女性だらけの夢のようなキャンパスと化すのだ。
僕は合唱団に所属しており、去年の十一月祭の時は合唱団が運営するチャットスペースにたむろして、訪れる女子たちを目の保養にして過ごしていた。
誤解のないように説明しておく必要があるが、僕が所属しているのはかの有名な京大合唱団ではなく、京大ハイメイト・コーラスという小ぶりなサークルだ。京大合唱団は団員を京大生に限定しておらず、女子は京都女子大や京都精華大学など学外の人が多い。これに対してハイメイトは男女とも京大生限定で構成されている。京大の男子学生で合唱をしたい人は学外の女性との出会いを求めて京大合唱団に入りたがる傾向が強いので、ハイメイトの部員は男女がほぼ同数だ。
京大の女子学生が例えば京女の学生と比べて美しくないということは決してない。むしろ頭脳の明晰さは顔つきにも反映されるはずであり、顔の3D画像をAIで解析すれば京大の女子の方が京女の学生よりも美人の比率が高いという結果になるのではないかと僕は推測している。しかし、毎日ハイメイトの女子部員を見慣れた目で、十一月祭を訪れる女子大学生の今を花咲く姿を見ると、その差は歴然としている。勿論、十一月祭を訪れる外部の女子はそれなりの服装に身を包んで来るわけであり、普段着の京大女子と比較するのはフェアではないのだが、外部女子の方が明らかに垢抜けていてキラキラと輝いている。
言い方を変えると、ハイメイトの女子部員はちゃんとメイクをすればそこそこ美しくなる素材でも、平気で素顔で部室に来るし、いつも同じ事務服のようなパンツとか、ウェストがゴムで微妙に長いスカートをはいていていたりする。野暮ったいとは言わないが、異性を感じさせない服装や言動の人が多いのだ。
山村亜美が去年の十一月祭でハイメイトのチャットスペースに姿を現した時、全身に鳥肌が立ったことを鮮明に覚えている。白いレースのワンピースの上にタータンチェックのストールを羽織った亜美の姿は周囲の雑踏の全てを粉々に砕き、点描のような背景に浮き上がって見えた。柳のようでいてふくよかな肢体と遥か遠くを見ているような表情が衝撃的に美しかった。
僕はその時、同期でハイメイト・コーラスの仲間である深津真凛と向かい合って丸テーブルの前に座り、会話するともなくスマホをしていた。真凛はハイメイトの部員の中で最も異性感の無い女子で、その日も膝に穴の開いたジーンズパンツとメンズのセーターという恰好だったが、膝の穴はデザインではなく実際にすり切れてできた穴だと僕は思っていた。
驚いたことに山村亜美は僕の方へと歩いてきた。反射的に微笑むと亜美も天使のような微笑を返してくれた。夢を見ているのではないかと思った。
「真凛、久しぶりね」
と亜美が言わなければ、彼女が僕をナンパするために近づいたと勘違いしたところだった。
「うわぁ、亜美じゃない!」
真凛が気付いて立ち上がり、二人は手を取り合って再会を喜んだ。
「去年の同窓会で会った時に真凛が合唱団に入っていると言っていたから京大合唱団の旗を見つけて聞きにいったのよ。そうしたら、深津真凛さんはハイメイト・コーラスの部員だと言われたから、何人かに道を聞いてやっとたどり着いた。見つけられてよかったわ」
「メールをくれれば時計台まで迎えに行ったのに」
「私ごときが京大の人を呼び出すなんて恐れ多いわ」
「ミス武庫川女子大のくせして何言ってんのよ。亜美を見たら京大生の男子は足元にひれ伏すわよ」
「ミス武庫女は去年の話よ。今年は候補にも挙がらなかったわ。花の色、移りにけりな、って話よね。真凛みたいに才色を兼ね備えたイケメンの足元にも及ばないわ」
「才色を兼ね備えたイケメン? 私にとって最高の賛辞だわ! ありがとう。亜美みたいな美人から言われるとワクワクする。亜美、時間はあるのよね? この向かいにある模擬店のコーヒーがすごく美味しいんだけど、ごちそうさせてもらっていい?」
真凛は亜美の肩に手を回して連れ去った。部屋を出るときに亜美は僕の方をチラッと見てさりげなく会釈をしてくれた。その笑顔が稲妻のように僕の胸を貫いた。「胸キュン」という言葉があるがそんな生易しいものではなく、ドッキューンと心臓を撃ち抜かれた感じだった。僕はその瞬間に山村亜美に恋をした。
真凛の友達なら後で頼んで紹介してもらうことができる。僕にとって真凛は親しい友達だが、一応女性なのだから他の女性との仲を取り持ってほしいと頼むのはビミョーかもしれない。でも、真凛が僕を好きなはずがないから気を悪くはしないだろう。異性感がゼロの真凛だから頼むことができる。
それにしても美しい女性だった。せめて後姿でも写真に撮ればよかったと後悔しながら亜美の姿を思い出していると、真凛が一人で戻ってきた。
「もう帰っちゃったの?」
と僕はため息をついた。
「板東君、空いてる? 私たちと一緒にコーヒーを飲まない? 亜美が板東君に興味があるみたいなのよ。今、付き合っている女性はいないよね?」
「付き合いのある女性は深津さんだけかな」
「くだらない冗談を言わないで! 亜美みたいな美人はタイプじゃないの?」
「あの人を見てドキドキしない男が京大に何人いるかな」
「じゃあ来て。相思相愛ってことで」
イヤミっぽい言い方が少し気になったが、夢見心地で真凛について行った。
僕が近づくと亜美は座ったまま上目遣いで僕を見てから恥ずかしそうにうつむいた。
僕も恥ずかしくて赤くなっていたかもしれない。照れ隠しで「ご指名ありがとうございました」と言いながら座った。
「何よ、こんな美女に対して上から目線で」
「とんでもない。お客様から指名をもらったキャバ嬢の心境でお礼を言ったつもりだよ」
「アハハハ、板東君ならキャバ嬢の心境もありかな。でも、ミス武庫川女子大がどれほどすごいか分かってるの? 武庫女は短大を含めると一万人もいるのよ。亜美は去年その中でナンバーワン美女に選ばれたんだから。そんな人からご指名を受けたことをありがたく思いなさい」
「やめてよ、真凛。京大も一万人ぐらいよね? さっき板東さんを見てあまりの美しさにショックを受けたから紹介してほしいと頼んだのよ。私にとって一万人に一人の美しさよ」
「同じ一万人でも京大は女子を含めた人数ですからね。まあ、男子とみなしても差し支えない女性も多いですが」
と再び照れ隠しで言った。
「そんなことを言ってるとハイメイトの女子部員から総スカンを食うわよ。私自身は男子にカウントされても一向に構わないけど」
深津真凛が自分の外観を卑下する発言をするのを聞いたことがなかった。それほど真凛は亜美の美しさを評価しているということだと思った。
こうして僕は元ミス武庫川女子大の山村亜美と付き合い始めたのだった。
***
夙川は西宮市の西端にあるが、亜美が住んでいたのは芦屋市の一部と言ってもおかしくない場所だった。僕は当時東京の地理を全く知らなかったが、東京出身の京大生が「芦屋の友達の家に行ったら田園調布と白金を足して二で割ったような高級住宅街だった」と言うのを耳にしたことがあった。亜美は自分の父親が会社を経営していると言っていたが何をする会社かはよく知らないようだった。中流家庭で育った僕にとって金持ちのお嬢様を彼女に持つことは、あまり歓迎すべきことではないが、結婚の障害にはならないだろうと思っていた。
亜美は僕を「鈴之助さん」と下の名前に「さん」を付けて呼んでくれた初めての人だった。時代劇のような名前だと言われることはあるが、僕は鈴之助と言う名前が大好きだ。家族は単に鈴之助、または「鈴之助ちゃん」と呼ぶ。一人だけ親戚の叔母さんに僕を「鈴ちゃん」と呼ぶ人がいたが、母が「鈴ちゃんは女の子の名前だから、鈴之助ちゃんと呼んでください」と言って、その叔母さんからも鈴之助ちゃんと呼ばれるようになった。家族以外からは板東さん、板東君、板東と呼ばれ、一部の親しい友達からは鈴之助と呼び捨てにされる。亜美から「鈴之助さん」と言われると、僕たちはもうすぐ結婚するんだなという気持ちになってしまう。
阪急夙川駅で落ち合ったのは一回目のデートだけで、二回目からは亜美が京都に来てデートをした。片道一時間半もかけて京都まで来てもらうのは心苦しかったが、亜美はもっと京都を知りたいと言って譲らなかった。阪急電車の四条河原町駅の出札口で落ち合い、そこから亜美が行きたい場所に案内した。
もう一週間早く出会っていたら紅葉を一緒に見られたのにと思うと残念だった。京都の紅葉は毎年十一月祭の四日間にピークを迎えると僕は思っている。京大に隣接する吉田神社の境内を真如堂へと抜けると紅葉の真っ只中に出る。二回目のデートで亜美を真如堂に連れて行ったが、木々はもう冬の装いになりかけていたのが心残りだった。
「来年は十一月の第一週に寂光院に行って、第二週は貴船、第三週に嵐山、そして京大祭の日に真如堂に行こうね」
と提案した。
「北から南へと京都の紅葉狩りをするなんてロマンチックだわ」
と亜美はうっとりとした表情でつぶやいた。
京都に住む学生の場合、行ったことがあるお寺の数は大したことがない。いつでも行けるという気持ちがあるのと、学生にとっては拝観料がバカにならないからだ。京大生の場合、本部と農学部の間を走る今出川通りがそのまま銀閣寺参道につながっているし、なぜか誰でも哲学の道が好きで、哲学の道を散策するついでに銀閣寺に行ってみようという人も多いので、五百円の拝観料を払ってでも全員が銀閣寺に行く。
僕は雪が降ると必ず銀閣寺に行くことにしている。京都の冬は底冷えするが、積もるほど雪が降ることは数えるほどしかない。慈照寺銀閣のくすんだ色の建物と落ち着いた美しい庭園は雪で薄化粧するとほれぼれするほど美しいので、カメラを首にかけて写真を撮りに行くのだ。
亜美が何はさておき寺社仏閣に行きたいという気持ちは分からないでもない。僕のささやかな人生経験からすると、美しい女性は京都のお寺が好きだ。千年の悠久の時を感じながら凛とした空間に身を置いて自らが被写体になるのは、取り立てて美人でなくても若い女性なら誰でも好きだと思う。きっと、亜美にとって僕に写真を撮られることは快感だったはずだ。それは僕の被写体になる時の亜美の表情を見ればわかる。
僕と一日お寺巡りをすれば少なくとも数百枚の写真の被写体になれる。京都のお寺という、美人にとって理想的な背景の中で彼女の最高の瞬間を僕がフルサイズの愛機で切り取った写真だ。スマホやコンデジで撮った数百枚とは訳が違う。
父は写真が趣味で、大学の合格祝いにソニーのα7というフルサイズ一眼カメラをプレゼントしてくれた。父がアマゾンで注文したのはα7のボディーだけだった。レンズなしではカメラとして役に立たないのでどうするのだろうと思っていたら、父が自分の父親、すなわち僕が生まれる前に亡くなった祖父から大学入学祝に買ってもらったコンタックスRTSというカメラに付いていたレンズを、特殊なマウントアダプターを使ってα7に装着して僕にくれた。カールツァイスというドイツのレンズメーカーが製造した標準レンズで、今でも伝説の名レンズと呼ばれているとのことだった。
期待に反して僕が写真部ではなく合唱団に入ったので父はがっかりしたと思う。でも、僕は父の気持ちを感じていたので、自分の部屋でα7に触ってはカメラと写真について理解を深めようと努力したし、機会があるたびにα7を首にかけて外出した。フルサイズCCDのα7と伝説のレンズは素晴らしい組み合わせのはずだが、別々のメーカーが四十年を隔てて製造したものなので、マニュアル操作しかできないという重大な欠点があり、僕自身が被写体に応じて絞りを設定し、手で焦点を合わせてシャッターを押す必要があった。
僕は既にその不便さを克服し、自由自在に使いこなせるようになっていた。残念なのは他の観光客に頼んで亜美とのツーショットを撮ってもらったり、亜美に頼んで僕の写真を撮らせることが非常に困難だということだった。完全手動操作のカメラを扱える人は稀だし、亜美は写真を撮られるのが好きだったが写真を撮ることには興味がなさそうだった。
亜美とのデートは、付き合い始めて間もない十二月は毎週末だったが、一月は二回、二月と三月は一回ずつで、その後も月一回のペースだった。亜美は週末によく用が入るタイプの女性で、お互いに都合が合う日はそんなに多くなかったし、やはり往復三時間以上かけてはるばる出かけてくるのは大変だったからだと思う。京都と西宮で遠距離恋愛と言えるかどうかは分からないが、僕は遠距離恋愛でも苦にならなかった。京大生は傾向として素朴でロマンチックなので遠距離恋愛向きではないかと思う。
結局、七月までに十二回のデートを重ねて、約八千枚の写真を撮った。その中で僕とのツーショットはセルフタイマーを使って撮影した八枚だけだった。
忘れもしない七月十二日の夜、亜美から電話があった。僕が次のデートのすり合わせをしようと思って亜美にLINEを送った直後の電話だった。どうして電話なのだろうと胸騒ぎがしたのを覚えている。
「もう会えない」
「えっ、どういうこと?」
「これまでいろいろありがとう」
「本気で言ってるんじゃないよね? 僕は亜美が好きなのに……」
「お見合いをして結婚することになったの。だからもう他の男の人とは会わない」
「待って! とにかく会って話を聞かせて」
「でも……」
「頼むから、最後に一度だけ会って! この電話が最後だなんて納得できない!」
「分かったわ。でも、最後にちょっと会うだけよ。明日の夕方、梅田まで来られる?」
来られないという答えになるはずがなかった。亜美はロイヤルホテルのレストランに午後七時に来るようにと一方的に指定して電話を切った。
間違いであってほしいと願った。明日レストランで会ったら「ひっかかったわね、あれは冗談よ」と言ってほしい……。でも、亜美はそんなめちゃくちゃな冗談を言う人ではない。真面目で、少なくとも僕に対しては慎み深かった。
涙がぼろぼろと出てくる。イヤだ、こ んなの嫌だ。当然結婚するつもりだったし、亜美もそのつもりだと思っていた。先月宝ヶ池に行った時も幸せそうな表情で被写体になってくれたのに……。
それにしてもいつ見合いをしたのだろうか? 結婚を前提として付き合っている僕という彼氏がいるのに見合いをするとはひどい。いや、結婚を前提とした付き合いと思っていたのは僕だけで、亜美にとっては本命ではなかったのかもしれない。だから月に一度しか会ってくれなかったのだ。僕は単なる「おさえ」の位置づけだったのか……。
どう考えても納得がいかなかった。S重工の内々定をもらった時
「大阪の会社に就職することになったから関西で住めることになったよ」
と報告したら喜んでくれた。そうだ、その前のデートの時に
「私は一人娘だから関西の人としか結婚できない」
と再度言われたのだった。だからあの時僕は亜美と結婚の約束をしたつもりになっていた。
もしかしたら本当は僕と結婚するつもりだったのに親から無理やり見合いをさせられて、一回り年上の太った金持ちと結婚させられるのかもしれない。明日の夜、とにかく僕はどんなに亜美を愛しているかを訴えて結婚を申し込むしかない。
気持ちを奮い立たせようとしたが、悲しみと絶望が繰り返し押し寄せて一晩中泣き続けた。
一睡もできずに夜を明かし、翌日は泣きはらした顔で大学に行ったが講義に出ても何も耳に入らなかった。一度アパートに帰ってシャワーを浴びてから阪急電車で大阪に向かった。
七時にホテルのレストランに行くと亜美は既に来ていて壁際の席に座っていた。僕の姿を見ると彼女は何事もなかったかのように微笑みを浮かべて胸の前で手を振った。亜美が「冗談だった」と言うかもしれないと本気で思った。
向かい合って腰を下ろし、僕がコーヒーを注文すると亜美はいきなり本題に入った。
「お正月にお見合いをさせられたの。私はイヤだったんだけど、父からどうしてもと頼まれて初詣のついでに会ったの。父の大学の同窓生の息子さんなんだけど、私をすごく気に入ったみたいで猛烈にアタックされて、先週婚約しちゃった」
「いくらお父さんの頼みでも好きでもない人と結婚するなんて! 僕じゃダメなの?」
「お見合いに行ったのは嫌々だったけど、会ってみたら私のタイプの人だった。東大の医学部を卒業して東京の大病院に勤務しているお医者さんよ。身長は百八十以上あるし、竹内涼真を男っぽくしたようないい男なの」
あっけにとられて次の言葉が出なかった。半年以上も二股をかけられていたのだ。亜美が関西の人としか結婚できないと言ったから関西の企業に絞って就活したのに、既に東京在住の人と見合いしていたとはどういうことだろうか! 僕は東大より京大の方が格上だと思っているが、S重工の新入社員では経済的に医者には太刀打ちできない。
何よりもショックだったのは僕を前にして百八十センチ以上で男っぽい男性を「私のタイプ」と言い切る無神経さだった。僕とは真逆のタイプではないか! もともと去年の十一月祭で僕にモーションをかけたのは亜美の方だった。僕を見てあまりの美しさにショックを受けたから真凛に紹介してほしいと頼んだと言っていたのを鮮明に覚えている。
「自分は亜美さんのタイプの男だと思っていたけど、そうじゃなかったんだね」
「タイプよ、とても。でも、結婚相手の男性と、一緒に遊ぶ男の子は別だから」
もう何も話すことはなかった。亜美にとって僕は一緒に遊ぶ男の子という位置づけだったのだ。京都を案内させて八千枚の写真を撮らせるのに都合の良い存在だったということだ。
とても食事が喉を通る状況ではなかった。
「分かった。僕、諦める」
失礼とは分かっていたが、そう言って僕は席を立った。
亜美が勘定書きを持って追いかけてきてレジで二人分のコーヒー代を払う間、僕は財布を出そうともしなかった。後で考えると男として最低の態度だった。
「半年余りのお付き合いだったけど、とてもいい思い出になった。どうもありがとう」
と真顔で言えるほど亜美はふてぶてしかった。
「どうぞお幸せに」
と精一杯のイヤミを言った。
「板東君もお幸せに。私、前から思っていたんだけど、板東君には真凛みたいな女性が向いてるんじゃないかな。あ、余計なことを言っちゃったかも。じゃあね」
それなら最初から声をかけないでくれ、と言いたかった。真凛が僕に向いているという言葉は、捨て台詞としか思えなかった。
むかっ腹が立ったが、四条河原町行きの特急電車に乗って窓の外に流れる夜景を見ていると、無性に亜美が恋しくなって目に涙が溢れた。僕が失ったものはとてつもなく大きかった。僕は永久に元の自分に戻れないだろうと思った。
第二章 深津真凛
土、日と泣き明かしたが、月曜日には授業に出られるまでに回復していた。教授がしゃべっていることは耳に入るし意味も理解できるのだが、僕とは無関係な話をしているように感じられた。心の真ん中にポカンと穴が開いていて、自分が自分とは思えなかった。
それにしても人間とは強いものだ。亜美から電話で別れ話をされたのが木曜の夜、大阪で会ったのは金曜の夜で、その時はもう自分は生きている価値がないと感じたし、四条河原町で電車を降りてから道を歩いていて正面から自動車が迫ってきても避けようとは思わなかった。二日半経った今、心は空虚でも僕はちゃんと食事をして、赤信号では止まり、授業に出て、泣きもせずに普通の顔をして大学構内をたむろしている。泣いていないのは涙が枯れたせいでもあったが、時が経つにつれて心も身体も徐々に元通りになろうとしている。ひょっとしたら二、三週間もしたら普通に笑えるようになり、二、三ヶ月経てば亜美のことを忘れて、他の女性に恋をすることができるようになるのかもしれない。
火曜日の朝の授業が終わり、西部講堂の食堂でカレーと納豆の昼食を食べていると、深津真凛から声をかけられた。
「ここ、空いてる?」
真凛は僕の返事を待たずに、トレイをテーブルに置いて僕の対面の席に座った。
「亜美から聞いたわ。残念だったわね」
悪気がないとは分かっていたが「残念だったわね」と言われて「うん残念だった」と答えられるような問題ではなかった。「深津さんがあんな女を紹介するからだ」と文句を言いたかったが、いくら消耗していても僕はそんなことを言う人間ではない。
「こんなことを言ったら怒るかもしれないけど、板東君に合ったタイプの子じゃなかったかもしれない」
僕はさすがにムッとして
「山村さんから別れ際に、僕には深津さんみたいなタイプが向いてると言われた」
とイヤミのつもりで言った。亜美が僕にそう言ったということを、きっと真凛は聞かされている。
「何それ。私をナンパしてるつもり? 悪いけど、今は男女交際とか興味ないの。就活はほぼ決着がついたから、社会に出て実力を発揮することに集中したい」
そう言えば真凛は就活が本番に差し掛かったところだった。それなのに僕のことを気にかけて話しかけてくれたのだ。
「そうか。先週、就活で東京に行ってきたんだっけ。内定をもらったんだね。おめでとう」
「まあ、内定をもらったことイコールおめでとうになるような会社ではないけどね」
謙遜と恥じらいが混じった表情で真凛が言った。
「何という会社なの?」
「まだ社名は言いたくない」
「どうして? 今年は売り手市場だから京大卒で顔もスタイルも抜群の深津さんなら引く手あまたじゃないの?」
「どうしてそこに顔とスタイルが入ってくるのよ」
と真凛は怒った口調で言った。僕は半分以上お世辞で言ったのに、当然の事実と受け止められたうえで腹を立てられたのでは割に合わない。
「女性は美人だと就活で得をするというのは常識じゃないか」
「板東君はもう少しまともな感覚の人かと思った。がっかりだわ」
「美人と言ったのに何を怒ってるんだよ。失恋した僕を慰めようとして話しかけてくれたんじゃなかったの?」
「あ、そうだった!」
真凛はおどけた様子で頭を掻いた。少し白けていたものの僕たちは顔を見合わせて笑った。
「電機大手のS社との役員面接のために東京に行ったんだけど、高校のバスケ部の先輩で東大に行った雪村さんという人がS社に就職したのを知っていたから、アドバイスを聞こうと思って個人的にメールでアポを取っておいたのよ。役員面接は上手くいったんだけど、その夜雪村さんと食事をした時にショッキングな話を聞かされたの。雪村さんは八月にS社を辞めて九月から中堅企業に転職するということだった」
「S社は就活人気ランキングでもトップクラスだよ。ブラックな会社とは思えないけど、転職の理由は何なの?」
「セクハラの連続というか、日常的に差別を受けたんだって」
「信じられないなあ……。分かった。すごくブサイクとか? それに東大卒の女性は気位が高いから」
「また私をがっかりさせることを言う。S社は板東君みたいな男ばかりがのさばっている会社だったということかな」
「変に絡まないでよ。まあ、就職する前に実態が分かってよかったじゃないか。その人と会わなかったら深津さんも同じ目に遭ったかもしれないんだから」
「まあね。もし何も知らずに就職していたらと思うとゾッとするわ」
「で、その話と、中堅企業の内定がどうつながるの?」
「雪村さんの転職先の会社に私も就職することになったのよ。雪村さんがその場で社長に電話して私を紹介してくれた。驚いたことにその半時間後に社長が私たちのいる飲み屋まで来てくれたのよ! 感激したわ。その社長も東大卒でS社に入社したけど、女性の扱いに幻滅して退職した人なんだって。退職後まもなく起業をして、十年で従業員二百名の立派な会社に育て上げたのよ。すごいわ」
「高学歴女性が三人意気投合したってわけか。そのシチュエーションなら入社は断れないよね」
「高学歴女性という言葉でひとまとめにするところに板東君の視野の狭さが表れてる。私の意識としては、三人の共通点は自分で自分の道を切り拓く気概があるということよ。それに社長と雪村さんは東大バスケ部つながりで、私も高校までバスケをしていたから、二つ目の共通点はバスケ部よ」
「体育会系の女性三人か。どうせ僕は体育会の経験は無いから仲間には入れないね」
「悪いけど坂東君が私たち三人の仲間に入るのは不可能よ。私たち三人にはもうひとつ共通点があるの。三人とも身長が百七十以上なのよ」
と深津は顎を上にしゃくって勝ち誇ったように言った。
「異性の身体の欠点を指摘するのはセクハラだよ」
「それも聞きかじりのセクハラ論よね。女性が自由に力を発揮できる職場環境という話題について板東君と話すのは時間の無駄みたいだわ」
真凛が僕に腹を立てているポイントがつかめなかったが、女性には誰でも理屈が通らなくなる時期があるから、いちいち反論することは控えた。
「雪村さんがS社で受けたセクハラとは実際にどんなものだったの?」
「典型的な女性差別よ。まず、入社の日から東大卒の女性として特別扱いされる。同じ職場の配属になった男性は新入社員として厳しく扱われるのに、雪村さんは事あるごとに持ち上げられる。役員や部長からわざわざ声をかけられるし、毎日のように『東大卒の女性』とか『モデル系美女』とか『才媛』とか言われる」
「それがどうしてハラスメントなの? 僕から見ればうらやましい限りだけど」
「社長が雪村さんの話を聞いて、自分も同じ気持ちだったと言っていたわ。私たちは同期の社員と同じ土台で競いたいのよ。女性であることとか、出身大学とか、身長や外観ではなく、仕事をする能力によって認められたいのよ」
「女性であることで認められやすくなる状況がどうしていけないの? モデル体型の美女だから目立つということなら、それを武器にして自分をアピールすればいいじゃないか。競争社会を生き抜くためには、自分が周囲の人より秀でている点を冷静に分析して、自己アピールに活用すべきだと思うよ」
「女性であることを『自分が周囲の人より秀でている点』と考えるべきだと言うの? 役員や部長が女性の部下を褒める言葉には通常、言外の意が含まれている。女性なのに東大を出ている、女性なのにこの会社で男性と同等に扱われている、男性にひれ伏すべき立場の女性を自分は寛大にも持ち上げてやっている。つまり、女性は男性より下であるという意識が前提となっているのよ」
「それ、被害妄想じゃない? 僕のように本質的に男性より女性の方が賢いと考えている人も多いと思うよ」
「板東君の場合はたまたま日常的に自分より頭が良くて背が高い女性と接しているからそう思うのかもしれないけど」
「暗に自分のことを言ってない?」
「暗にじゃなくて事実を言ってるんだけど。今は可愛い系でいじられる側の板東君でも、就職したら男性が支配する企業風土に染まって、同じように考え、行動するようになるんだわ」
「こう見えても僕は芯がブレないからどんな環境に放り込まれても女性を下に見るようには絶対にならないと言い切れる。でも僕っていじられキャラだと思われてるの?」
「可愛い系と言われて否定しなかったのが板東君らしいわ」
と腹の立つ前置きをしてから真凛は話を続けた。
「これは殆どの女性が経験するらしいんだけど、入社後の歓迎会ではその席で一番偉い上司の横に座らされる。同期入社の男性は末席に座らないと叱られるのに」
「さっきの繰り返しになるけど、それは女性であることのメリットだよね」
「でも、お酌をすることを当然のこととして期待されているのよ」
「そりゃあ、偉い人にしてみたら、男からお酌をされるより若い女性に『どうぞ』と言ってもらった方がうれしいよね。そのぐらい我慢しなきゃ」
「お酌を二、三回するだけで終わるなら我慢もするさ。実際には上司は徐々に増長してきて性的な話題を出したり、胸や太ももまでは手を出さないにしても肩や手にタッチしてくる。社長も雪村さんも入社直後の歓迎会でタッチされたそうよ」
「お酒が回ってつい手が出ちゃったということか。でも、二人ともそれだけ美人だったという自慢にも聞こえるけど」
「もうちょっとマシな人かと思っていたけど、板東君にこんな話をした私がバカだった。S重工に就職して、そのうちセクハラで訴えられればいいんだわ」
真凛は心から落胆したという表情で立ち上がり、まだ半分も食べていない昼食のトレーを持って別のテーブルへと移動した。そこまで腹を立てるとは思っていなかったので真凛の冷淡な仕打ちに当惑した。真凛との会話を思い出すと、確かに無神経な発言もしたかもしれないが、今日の僕は失恋して身も心もボロボロなのだから多少の失言は許してほしいと思った。
それと同時に、まだ内定段階なのに将来受けるセクハラについて考えすぎてS社を蹴って中堅企業に就職することにしたとは驚きだった。就職先の選択という人生で極めて重要な問題に関して、感情に任せて軽率な行動に走るとは、真凛も所詮女性だったということだ。
いや、今の表現はちょっとセクハラ気味だったかもしれない……。
***
その日から真凛は口をきいてくれなくなった。ハイメイトの部室で顔を合わせると視線を逸らして部屋の反対側に行ってしまう。一週間経っても真凛の僕に対する態度に変化はなかった。どうしてそれほど怒るのか信じられない気持ちだった。
「この間はごめんなさい」と謝りに行こうかと何度か思ったが、真凛のことだから「どの点についてごめんなさいなの?」と問い詰められつと思った。その際に僕が言えそうな返事は「無神経な発言で深津さんを傷つけたこと」ということになるが、「具体的にどの発言が無神経で、私がなぜ傷ついたの?」と聞かれたら返事に窮することになる。正直なところ、自分が真凛に何を言ったのか、よく思い出せなかった。
真凛に疎遠にされて、僕がハイメイト・コーラスで真凛以外に何でも話せる友人がいないという現実に気づいた。入部した頃は面白くて面倒見のいい先輩が沢山いたし、同期の部員も何人かいた。毎年先輩が卒業して、同期の部員は一人減り二人減りで真凛と僕だけになった。勿論、下の学年に感じのいい部員は大勢いるのだが、僕は自分より若い人から敬語で話しかけられるのはどうも苦手で、先輩から可愛がられる方が心地よかった。
真凛に異性としての興味を抱いたことは一度もなかった。正直なところ真凛に女の子らしい魅力は皆無に近い。僕は本来背の高い女性に魅力を感じるタイプで、真凛は百七十センチ以上あって顔も美人の部類だが、言動とか雰囲気に女性らしさがないから、僕にとっては男友達のようなものだ。いつもジーンズ・パンツと、カジュアルというよりはファッション的な見地での工夫が感じられないシャツやセーターを着て登校する。スカート姿になるのは合唱団の公演の時だけだが、まるで性同一性障害の女子高生が意に反してスカートを強制されているかのような雰囲気が漂っていた。
コーラスでの話し相手を失って、寂しいというより居心地が悪かった。こういうことは時が解決してくれるものであり、夏休みが終わるまでには真凛の機嫌も治っているだろうと期待した。
京都での最後の夏だったが、夏休みは鳴門の実家で過ごすことにした。京都の町のそこここに亜美との思い出が詰まっているので、京都には居たくなかった。とりわけ四条河原町界隈から鴨川べりにかけての一帯は歩くのも辛かった。夏休みが終わったら、卒業するまでの半年間を耐えれば、四月からは大阪のS重工の独身寮に住むことになるから、亜美との思い出の呪縛から逃れることができる。S重工は一般職社員に美人を採用することで知られている。亜美には及ばないにしても可愛い女の子と出会って新しい恋を見つけられるかもしれない。
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