禁断のインスピレーション(TS小説の表紙画像)

禁断のインスピレーション
 今日から私の妻になりなさい

【内容紹介】レズビアン女性の手で女性化させられるTS小説。主人公は卒業間近のイギリス人男子高校生テオだが34歳の女流作家アリシアの第一人称で書かれており、アリシアの視点でテオの女性化が描かれる。彼女は17年前にレイプされ、恋人だった女友達を失った過去がある。その女友達と似たテオに出会って恋が芽生える。

 原作:Feminized for Inspiration
 著者:Yulia Yu. Sakurazawa
 日本語版作者:桜沢ゆう


第一章 受賞と結婚

 彼氏いない歴三十四年の私の人生にテオが入り込んできたのはつい最近のことだ。

 私は十七歳の時に書いた短編小説がマイナーなミステリー小説のコンテストで銅賞を受賞してから、大学時代、そして就職後も創作活動を続けている小説家だ。昨年、大手文芸誌のコンテストで大賞を受賞したことで新進気鋭の女流作家として注目されるようになった。大賞作品の印税だけでなく、過去に出版済みの小説十数作品の売上も急激に伸びたので、それまで勤めていた会社を退職し、女流作家として生計を立てるようになった。

 アリシア・ティンリーというペンネームは私の本名だが、知名度が一気に高まったのは、今年出版した小説「失われた冒涜ぼうとく」が著名な文学賞であるブルックナー賞の候補作品にノミネートされてからだった。昨年の文芸誌のコンテストで大賞を受賞した作家がブルックナー賞の候補に挙がったことで、新聞や雑誌から取材を受け、活躍する女性に関するテレビのノンフィクション番組で私の姿がたった二、三分だが放映された。

 最終的に三月末にブルックナー賞の発表があり、私の「失われた冒涜」が受賞の栄誉に輝いた。それから二週間ほどは新聞雑誌の取材やテレビの出演依頼が相次いで目の回るような忙しさだった。

 テオと出会ったのは四月十五日にミラノのホテルで開催されたブルックナー賞の受賞記念パーティーの会場だった。そのパーティーには十人の一般参加者枠があり、ネットで受け付けた千人を超える応募者の中から抽選で十名が選ばれ、テオもその一人だった。

「僕、先生の小説は全部読みました」
 グレーのスーツにネクタイ姿で、赤みがかった金髪をした美しい少年がグリーンの目をキラキラと輝かせながら私を見上げて、よどみのないイギリス英語で言った。

「君に先生なんて呼ばれるとオバサンになった気がするから、アリシアと呼んで」

「えっ、そんな……。じゃあ心の中で『先生』と付け加えながらアリシアと呼ばせていただきますね。僕は十七歳ですから、アリシアの丁度半分です。七月に十八歳になりますけど」

 十五歳ぐらいかと思ったのに大人の入り口の年齢だと聞いて意外な気がした。飾り気がなく、優しくて甘い声だった。男性の声を聞いてそのような安らぎを感じたのは初めてだった。杏仁豆腐を連想させる白い肌と小さな赤い唇が私の目からたった数十センチ先にある……。

「僕の名前はセオドア・ウィズリーです」

「テオと呼んでいいかしら?」

「はい、先生。じゃなかった、アリシア。友達からもテオと呼ばれています」

「テオはミラノの高校生なの?」

「いえ、シルミオーネの高校です」

「イタリア人じゃないわよね?」

「イギリス人です。五年前にイタリアに渡って来てシルミオーネに住んでいるんですけど、去年父がロンドンの本社に転勤になったので、僕を残して家族は帰国しました。僕は来年の四月にはイギリスの大学に進むつもりなので、それまでに帰国します」

 イタリアの年度は九月に始まるが、イギリスは四月からなので、半年の空白があるのだ。

「イギリス人にしては小柄ね」

 私は女性としては長身で百七十六センチあるが、今日は九センチのハイヒールを履いてきたので普段より背が高い。テオは私の目の高さしかなかった。

「平均よりは少し低いですけど、そんなに小さくはないです」
とテオはムキになった表情で言った。紅潮した頬はまるで桃のようで、食べてしまいたい衝動に駆られた。
「百六十七センチです。やっぱり小さいのはお嫌いですか……」

「私の昔の恋人も百六十七センチだったわ」

 そう言うとテオはパッと顔を輝かせた。

「テオのメールアドレスを教えてくれる?」

「はい、先生。電話番号とメールアドレスとワッツアップのIDを今すぐ送ります」

 私がワッツアップのIDを教えるとテオはあっという間にワッツアップで連絡先を送ってくれた。

「じゃあ、また連絡するかも」
と、思わせぶりに言ってその場は別れた。

 ほんの二、三分間の会話だったが、それは心躍る時間だった。テオは私がこの人生で手に入れることをほぼ諦めていたものをすべて持っていた。美しさ、優しさ、そしてそばにいるだけで得られる安らぎ。私に話しかけてきた時のキラキラと輝く目、ムキになった時の表情、自分が私の昔の恋人と同身長と知った時のうれしそうな顔……。地球上にそんな男性が何人も存在するとは思えない。そのうちのひとりが私の手の届く距離に来たのは奇跡だと思った。

 きっとテオと結婚することになるという予感がした。三十四歳の名の知られた作家が十七歳の高校生との結婚を意識することが不自然だということはよく分かっていた。

 テオには私の昔の恋人と似ている点が沢山あった。周囲から妨害されなければ今も一緒に人生を送っているはずの恋人だった……。

 その時司会者から呼び出され、私は壇上で記者たちからインタビューを受けた。テレビ局の記者から「ご両親にひと言」と聞かれて私はカメラのレンズを見ながらこう答えた。

「私がブルックナー賞を取れたのはお父さんのお陰です。お父さん、あなたがいなければこの小説は書けませんでした」

 私は子供の頃から男性が苦手だった。

 初経があるまで性別というものを意識していなかった。学校でも、下校してからも、男の子と一緒に遊んでいたが、男の子が好きだったからではなく、彼らがしたいことと私がしたいことが一致していたからだ。私と同程度にサッカーが上手な子は一人か二人いたが、私は常にスターだった。

 第二次性徴が始まった時に、特に絶望を感じたわけではない。私は母と似ていたので大人になったら母のような外見になるのが当然と思っていたし、毛むくじゃらで腹がポッコリと出た父の裸を見ると身震いするほどの嫌悪感を感じた。それまで遊び仲間だった男の子たちの身体の変化は、彼らが将来私の父と同じような身体に向かうことを示唆していて、とても気の毒だと思ったし、かかわりたくない気がした。

 そして、私は十三歳の時に恋をした。相手はリア・コスタという同級生の女の子で、赤みがかった金髪とグリーンの目をした、繊細な造りの美しい顔立ちの少女だった。学校では休み時間も昼食もトイレに行くのもいつも一緒で、二人で下校するとお互いの部屋に入り浸った。

 ある日、彼女の家でベッドの縁に座っておしゃべりをしていたらうとうととしてしまい、目が覚めるとリアの唇が私の口をふさいでいた。それが私のファースト・キスで、頬から太ももまでジンジンして戸惑ったのを覚えている。それから私たちは会うたびにお互いを求め合う関係になった。

 やがて母に現場を見つかり、こっぴどく叱られた。母が父に告げ口をして、父は私にびんたを食らわせた後で髪を掴んで引っ張り倒して足で踏みつけた。二度と同じことをしたら髪を剃って丸坊主にすると脅された。保守的なクリスチャンの家だったので、両親にとってショックだったということは理解できる。父は私が十三歳という若さで肉体関係を持ったことと、その相手が女性だったという二つの点に(多分後者をより強く)激怒したのだった。

 私のリアに対する気持ちは父の叱責と脅しの結果、却って強くなった。父のお陰でリアと私はより慎重かつ巧妙に逢瀬を重ねるようになり、高校を卒業するまでの四年間、私たちは密かに絆を深め合った。

 あの事件が起きたのは卒業式の日の午後、二人が時々デートに使っていた廃工場の事務室だった。私がリアにキスをしながらリアの制服のスカートのホックを外してスカートがするりと床に落ちた時、黒い目出し帽をかぶった若い男がナイフを左手に部屋に入ってきた。私は同級生の男子ならある程度対等に渡り合える自信があったが、その男の体格は規格外で、ナイフを見て、刃向かえば殺されると直感した。男は私たちの足をはらって床に転がしてから、私を後ろ手に縛りあげて口にタオルを押し込み、私が見ている前でリアを犯した。リアは泣きながら抵抗したが全く歯が立たず、男のおぞましいものを奥底まで突き立てられた。

 私は自分の無力さに絶望した。男が入ってきた時に敵わないと思っても椅子でも棒でも振り上げて立ち向かうべきだった。そうしなかった自分に腹が立った。目の前でリアを犯されるぐらいなら、立ち向かって殺された方がマシだった。

 リアが犯された後、更に恐ろしいことが起きた。その男はリアが見ている前で私を犯したのだった。私はリアに対して彼氏のような立場で、リアを一生守る覚悟でいたし、リアもそのつもりだったと思う。自分が男性に対してこんな形で力なく屈服する時が来るとは考えたことが無く、無残な敗北の姿をリアに晒している自分が耐えられなかった。

 男は高笑いを残して立ち去り、リアは私を後ろ手に縛っていたロープを解いた。私とリアはお互いの股間からこぼれ出る粘液を見て、抱き合って泣いた。警察に届けることはできなかった。警察に届ければ必ず両親が呼ばれて、私とリアが廃工場の事務室で逢瀬を重ねていたことが露見してしまう。私たちは一刻も早くあの男の体液を身体から洗い流したくて各々の家に帰った。

 帰宅すると廃工場で経験したのとは別の種類の、更にショッキングな事態が私を待っていた。私は自分の部屋に戻る前に浴室に入って身体のあらゆる隙間まで汚れを完全に洗い流したが、夕食は殆ど喉を通らず、誰とも口を聞かずに自分の部屋に戻った。しばらくして父がノックもせずに私の部屋に入ってきて私に言った。

「お前が女だということは、今日よく分かったはずだ。大学に行ったら色々な男性と友達になって視野を広げて将来の伴侶を探しなさい」

 それを聞いて、一瞬、父が何を言いたいのか理解できなかったが、まもなく恐ろしいことに気付いた。父は私がレイプされたことを知っている……。

 その点について確認するため、私は可能な限り平静を装い、声を震わせないように言った。

「よく分かったわ。今日のは教育的指導だったということね」

 父は痴呆めいた微笑を浮かべて「分かればいい」と言ってうなずいた。これでリアと私を犯したのは父が雇った男だったと分かった。なんと、父は娘に自分が女であることを分からせるためには、チンピラの精液を自分の娘の身体の中に注入させることさえ厭わなかったのだった。父にとって女同士が交わるというのはそれほどの悪行だったということだろう。

 父に犯されたのと同じだと思うと、私の愛するリアを犯させた父に対する殺意が湧いてきた。私は立ち上がって父に体当たりして部屋の外へと突き飛ばし、中から鍵を締めた。

 翌日から父とは一切口を聞かなくなった。父がしたことを母が知っているのかどうかはその時は判断できなかったが、少なくとも私たちをレイプさせることを事前に承知していたわけではないのは確かだと思った。母は明らかに抑うつ状態にあった私に対して、問い詰めることなく何かにつけて気遣ってくれた。母親が自分のお腹から生まれた娘が暴漢にレイプされることを事前に容認するはずがない。もし後で父から聞かされていたとしたら、そんな男性を夫として寄り添わなければならない母は気の毒だとしか言いようがない。

 四月から私は大学に進学し、アルバイトをするようになった。すぐにでも家を出て一人で住みたかったが、経済的に無理なので家で寝起きしたが、父とは視線を合わせず会話もしなかった。

 リアに会いに行きたかったが、なかなかその勇気が出なかった。リアと私をレイプさせた真犯人が自分の父であることをリアに言うべきかどうか判断できず、犯人の家族である私はリアに顔を合わせる勇気が無かった。リアに会って全てを話そうと決心したのは大学が始まって最初の土曜日の朝だった。

 リアに連絡を取ろうとしたが、電話に出ず、ワッツアップにもメールにも応答が無かった。リアの家に電話をするとお母さんが電話に出た。

「リアは昨日の夜亡くなったの。寝る前にお風呂に入ったのに出てきた気配が無かったから私が気になって見に行ったら手首を切って死んでいた。アリシア、どうしてもっと早く会いに来てくれなかったの?!」
と言って電話の向こうでリアのお母さんが泣きじゃくった。

 レイプされたことのトラウマで自殺したのか、私が疎遠になったことを苦にして自殺したのかは分からなかった。

 葬儀の日に見た棺の中のリアの顔は不自然なほど安らかで微笑んでいるようにさえ思えた。

 それから何日も眠れない夜が続いた。リアをレイプした真犯人は私の父だったが、リアを自殺に追いやったのはすぐにでも慰めに行くことを怠ったこの私かもしれないという思いが私を責め続けた。

 人間とは強いもので、二ヶ月もすると私は普通に大学に通ってまるで何事もなかったかのように生活が送れるようになった。男女とも友達はできたが、誰とも深い付き合いはしなかった。

 私をデートに誘う男友達も何人か現れた。私のように背が高くボーイッシュな体格で性格も男っぽい女性に魅力を感じる男性は意外に多いのだ。

 そんな時には、
「ごめん、他に好きな人がいるから」
と言って断るのが最も手間がかからない撃退方法だった。そうすれば私がその男性を好ましいかどうかを評価する立場にないことが相手にも理解できるので無難だし、浅い友達のままでいることができる。

 それに、好きな人がいるというのはウソではなかった。リアが死んでから何年間もの間、私は自分の恋人はリアだけだと本気で思っていたからだ。

 口には出さなかったが、男性と友達以上の関係になる気はなかった。父やあのレイプ犯人と同じ性器を股間にぶら下げているということが「男性」の定義であり、そのカテゴリーの生き物と裸で身体を合わせることは一生あり得ないというのが正直な気持ちだった。

 大学の女友達の中にはリアに負けないほどの美人や、リアと同じように透き通っているふわふわした肌を持った女性や、優しかったり話していて面白い人もいたが、全てを兼ね備えている人はいなかった。仮にいたにしても、その人が女同士の愛を受け入れる可能性は低いはずだった。

 私の体格や性格のせいで、そして気づかないうちに放つオーラがあるのかもしれないが、私に抱かれたくて近づいて来る女性は何人も居た。大学四年の時に一度だけそんな女性を抱いたことがある。真っ白な肌、髪は赤みがかったブロンドでグリーンの目をした新入生で、一瞬リアが生き返ったかのような錯覚を覚えた。でも、ベッドの中で私は失望した。リアと似ていたのは外観だけで、何の安らぎも感じさせない薄っぺらな女性だった。リアのような人はこの世界には居ないし、リアは二度と帰ってこないのだと思い知らされた夜だった。

 そんなことがあってから、私は自分が一生伴侶を得られない運命にあると自覚するようになった。

 ブルックナー賞の受賞記念パーティーの翌日、テオにワッツアップでメッセージを送り、金曜の夜にシルミオーネで一緒に食事をすることを提案した。テオが住むシルミオーネはミラノから車で約一時間半ほどの距離なので夕食を終えてから家まで帰れないこともないが私はホテルを予約した。シルミオーネはテルメ(温泉)で有名なローマ時代からの保養地で、ガルダ湖に突き出た半島にある旧市街は私が好きな場所のひとつだった。

 金曜日の午後、湖畔に面したホテルにチェックインして、テオが来るのを待った。彼は黒のタイトパンツにゆったりとしたストライプのシャツという姿でホテルのロビーに現れた。受賞記念パーティーで会った時には髪をハードジェルでバック気味に決めてスーツにネクタイという姿だったが、今日は長めのボブをパウダーワックスでふわっとさせたヘアスタイルだった。赤みがかったブロンドの髪がテオの笑顔のはにかみを更に魅力的に見せていた。

「すみません、遅くなっちゃって」
 私を見上げるテオの瞳は澄みきっていた。微かな若い男性特有の汗の臭いがボディーソープの香りと混じって私の胸をときめかせた。テオは高校の授業が終わってから自分のアパートに帰って、私と会うためにシャワーを浴びてきたのだろう。

――テオは私に抱かれるつもりで来てくれた……。

 ホテルのレストランで食事をして、そのまま部屋に連れて行った。三十四歳の女が男子高校生を一対一で夕食に誘うこと自体が軽率であり、部屋に連れて行くのは犯罪的と言われても仕方がないことは自分でも認識していた。でも私は倫理的な行動基準を失うほどテオに魅かれていた。

 テオは何の抵抗もせず、さりげなく自然に身をゆだねてくれた。テオは男性であり解剖学的には父やあの男と同じものを持っていたが、それは本質的に異なるものだった。それが女に挿入することにより支配権を確立するための道具だと認識している男性は多い。でもテオのそれは私から喜びを与えられ支配されるために存在していた。

 テオは男性でありながら男性ではなかった。テオの心と魂はリアと同じぐらい女性だった。彼は自己本位ではなく、私の微かな感情の変化、衝動、私自身でも気付かないレベルの恐怖の芽生えを理解することができた。独占欲を出さずに人を愛する能力を持っていた。

 彼はベッドの上で恐れることなく私に身を預け、私はリアの時と同じように持って生まれた支配欲を気兼ねなく発揮することができた。私に言われた通り後ろ手に緊縛されたり、お尻をベルトでしばかれたり、言葉で奴隷扱いされることも厭わなかった。

 テオが生まれつきマゾヒスティックで被支配欲が強いのか、作家としての私を崇拝しているから言う通りにしてくれたのかは定かではない。ただ、テオにとって大事なのは自分がどうされたいかということより、私が何をしたいかということなのだと感じられた。

 私は土曜日の朝テオにプロポーズした。

「本当に僕なんかでいいんですか? 僕はアリシアが少しでも気持ちよく感じられるためなら何でもします。一生そばにいられるだけで幸せです」

 テオはまだ十七歳なので入籍するには親の承諾が必要だった。しかし、年齢が倍の私としてはテオの両親の承認を得る自信は無かった。テオは七月十日の誕生日に自分の意志で結婚できる年齢に達するので、その日を待って入籍することにした。

 私はミラノのアパートを引き払い、シルミオーネにある小さなヴィラを購入して移り住んだ。

 二人のママゴトのような同居生活がスタートした。

第二章 デザイアの誕生

 テオは毎朝早起きをして私と自分の朝食を作り、食べ終えると学校に行く。授業が終わるとまっすぐ帰宅して私のために夕食を作ってくれる。食事の後で食器をシンクに運ぶのを私が手伝おうとすると「アリシア、僕の役目を奪わないで」と言って、手伝わせてくれない。全自動洗濯機から乾燥済みの衣類を取り出して畳むことも、掃除機をかけることも自分の役目だと信じ込んでいるようだ。

「ご両親がロンドンに引っ越す前もテオは家事を手伝っていたの?」

「ううん、自分の食器はシンクまで運んだけど、それ以外の手伝いはしなかったよ」

 二人だけとはいえ一戸建ての家での家事の量は相当なものだ。全部自分でやろうとすると勉強に差し支えるのではないかと思って、折に触れて手伝おうとしたが、テオは私には家事をさせたくないと思っていることが分かった。

 テオが鼻歌を歌いながら楽しそうに家事をしている様子を見て、「まあいいか」と思った。私は子供の時から家事が嫌いだったので、ついテオだけに家事をさせるのが当たり前のような感じになった。

 卒業の日が近づき、高三の授業が終わるとテオのサービスは益々手厚くなり、私にとっては至れり尽くせりの状況になった。テオは七月十日に十八歳の誕生日を迎え、親の承認なしで結婚できる年齢になった。イタリア人でないテオが私と結婚するには結婚具備証明書を取得して認証を受ける必要があり、その手続きは専門の業者に任せることになっていたが、七月十日がその手続きの開始日になった。実際に市役所に結婚申請に行くのは結婚具備証明書の認証後となり、市役所に結婚を申請して十二日間の公示期間を終えた後にやっと正式に結婚できることになる。

 でも、私達は七月十日に夫婦になろうと決めていたので、夕食の席でお互いの左手の薬指に金の指輪をはめた。その時からテオは私の奥さんになった。

「家事なんて、大体でいいのよ。そんなに朝から晩まで家の中で仕事を作り出したら、大学に行けなくなるわよ」
 テオはイギリスの大学に入るつもりだと聞いており、もしそうなったら私も一緒にイギリスに行って住もうかなと考えていた。

「お願い、アリシア! 僕は家事が楽しくて仕方ないんだ。アリシアがゆったりとくつろぐ姿を見ると、すごく幸せな気持ちになる。だから、僕の好きなようにさせて」

「それはいいけど、学業も大事よ。四月にはイギリスの大学に入るんでしょう?」

「アリシアのそばにいてお世話をするのが僕の幸せだから、やっぱり大学はイタリアにしようかな。今年はもう間に合わないから一年浪人して来年の九月から行けばいいよ」

「そんなに甘い考えだと、結局大学には行けなくなるわよ!」

「僕はアリシアと一緒に居られるなら高卒でも全然構わないんだ。でもアリシアは有名な知識人だから、夫が高卒だと格好がつかないということなら、通信教育で大卒資格を取れないかな?」

 テオから崇拝されるような目で見られるのは快感で、最近私はそんな視線に慣れてしまっていた。テオに上から目線で接するのはよくないことだと分かっていたが、テオもその方が居心地がよさそうだった。

「私はテオが大卒でも高卒でも気にしないけど、テオには私との会話について来られるように勉強して欲しいのよ。いいわね?」

「はい、アリシア。僕、一生懸命勉強するから、色々教えてね」

 思わず抱きしめて頭を撫でると、テオは目を閉じてネコのように満足そうな表情になった。

 私は新聞社から連載の仕事を引き受けていたが、丁度その仕事が一段落した時に出版社から電話が入った。ライアン・ロビンソンという「失われた冒涜」を担当した編集者だった。

「アリシア、もう一度ブルックナー賞を狙いませんか?」

「えっ、今年受賞したばかりなのに?」

「ブルックナー賞の二年連続受賞をターゲットにした小説を出版するということで話題を集められます。三万五千ポンドでいかがですか? 前金で二万五千ポンド、出版時に残額をお支払いするということで」

「三万五千ポンドですか! そんなにいただけるのなら……。で、どんな小説を書けばいいんでしょうか?」

「それはお任せします。なんてったってアリシアは一匹オオカミですから。すごいものを書いていただけると期待しています」

 私は思わず不安のため息をついた。ロビンソン氏はわざと曖昧な言い方をしている。私としては出版社から具体的な課題を示してもらった方が楽だ。そうすれば書いた後で文句を差しはさまれることもない。その旨を率直にロビンソン氏に言った。

「アリシア、心配しないで。アリシアなら突飛な面白い題材を思いつくことが出来ますよ。ただ一点だけ注意していただきたい。アリシアの他の小説と同じように、リアリスティックで臨場感のある作品にするということです。その点さえ押さえれば必ずヒットします」

 リアリスティックな小説……。それは分っている、というか、それが私のスタイルだ。私は身の回りで現実に起きた事を小説として描くという主義を通している。勿論、私が書くのはノンフィクションではなく小説なので登場人物の名前や設定は現実とは異なっているが、本質は変えない。それが私のユニークなセールスポイントであり、そのお陰で優れた作家が大勢いる世界でブルックナー賞を取れたのだと思っている。

 作家には当然想像力が備わっているから、実際に目の前で起きていない事を小説に書くのは簡単だ。現実には起きそうにないことでも登場人物を意のままに動かせばよい。一方、現実世界で起きることには現実世界の様々な制約があるから登場人物の動きもその分窮屈になる。だからこそリアリスティックな小説になるのだ。

 私の小説のカスタマー・レビューで最も多いコメントは「まるで目の前で起きているかのようでした」とか「自分が主人公になった気持ちになって最後まで一気に読みました」というものだ。小説の第一章の段階で読者を主人公に共感させて最後までガッチリと離さない。それが私が常に目指している路線だ。

「ロビンソンさん、分かりました。今度の小説は私の他の作品に負けないぐらいリアルな作品に仕上げることをお約束します」

 心を新たにして書斎に戻り、ラップトップを立ち上げた。私の同業者は小説の原稿を書くのに高価なマインドマップ・ソフトだとかアウトラインプロセッサ―を使っているらしいが、私が使うのはマイクロソフト・ワードだけだ。類義語が右クリックするだけで表示される。スペル・ミスとか、文法的に直した方が良い箇所などは波線で示してくれるし、原稿を書きながら検索したりウィキペディアなどで調べてきた部分に外来語があれば右クリックで翻訳される。私のように外国語(私の場合はイタリア語)で生まれ育った人間が英語で文章を書く場合にはマイクロソフト・ワードさえあれば大丈夫だと思う。

 パソコンはヒントを与えてくれるし、下調べにも力を発揮してくれる。私の大学時代ならシルミオーネの街で起きたエピソードを書きたければシルミオーネに来て下調べする必要があった。例えば私がミラノから車を走らせてホテル・デジレに行く時に起きた事を表現するには、今ならグーグル・マップで道を辿って3Dアイコンをドロップすれば、どんな道を走って、どんな角を左折するかということまで見分できる。下調べを容易にしてくれるという観点では、私はグーグルに毎月何百ユーロか払ってもいい気がする。

 しかし、何を書くかは自分で考えなければならない。私はマイクロソフト・ワードで新しいファイルを作成し、一行目に「題名」、二行目に「著者 アリシア・ティンリー」と書いてから、キーボードに指を乗せて目を閉じたり、マイクロソフト・ワードとグーグル・クロムの間を時々切り替えながら頭を巡らせる。

 でも、三行目はまだ空白だ。キッチンから流れて来る音が気になり始める。テオが料理している音だ。私のことを考えながら昼食を作るのに夢中なのだ。ハミングしたり、まるでダンスをしながら打楽器を叩いているのかと思わせるような包丁の音が聞えて来て、私は思わず微笑む。あれがテオの世界なのだ。今の自分が幸せで、思い悩むこともせず、私のために家事をするのが楽しくて仕方がない十七歳の子供……。そんなテオに羨望さえ感じることがあった。

 一時間以上ラップトップに向かっていたが三行目は空白のままだった。私は台所に行って冷蔵庫の中のレモネードの瓶を口飲みした。レモネードが好きな私のためにテオがいつも切らさないようにしてくれている。テオはラザーニャを作るためにホイップしているところだったが、瓶から口飲みする私を見上げて「悪い子ね」とでも言いたげにニヤッと笑った。

 テオは目にかかりそうになっている前髪をフーッつと吹き飛ばしてから、右手の人差し指で鼻の先を触った。それはテオが私の気を引きたい気分になった時にする動作だった。私はこの場でテオの服を脱がせて寝室に引っ張って行きたいという衝動に駆られたが、レモネードの瓶を冷蔵庫に戻してから、何も言わずにテオに微笑んだ。

 私の仕事中は口をきいてはならない。それが二人の間での決まり事だった。会話をすれば気が散って仕事が進まなくなるからだ。

 書斎に戻って机の前に座ると、インスピレーションが湧きあがった。

――そうだ。今見たばかりの人を主人公にしよう。目の前に最高の題材が立っていることに気づかない私がバカだった。私の理性を失わせそうになるほど美しく、コケティッシュで、愛すべき少年が、二十四時間私に付きまとっている。私の可愛い奥さんを主人公にした小説を書くのだ。

 主人公の名前としてパッと頭に浮かんだのがDESIREだった。欲望という意味の単語をそのまま名前にしてデザイアと名付けよう。ググったところ、デザイアという名前はさほど稀ではなく、二〇一七年に米国で生まれた女の子のうち十万人に七人がデザイアと命名されたことが分かった。

 デザイアのキャラクター設定は瞬時に思い付いた。デザイアは男の子として生まれるが、子供の時から自分は女の子であり、女の子の服を着て女の子として暮らすのが当然だと思っている。両親も、近所の人も、学校も、男なのだから男らしくすべきだと主張するが、デザイアはそんな義務を拒絶する。名前の通り欲望に従って、なりたい自分になろうとして行動する。デザイアはイタリアの最新ファッションに敏感で、ちょっと近くの八百屋に野菜を買いに行く時でも歌手がテレビ出演する時のように丹念に服を選ぶ。

 誰にも束縛されず、自分にとって楽しい事をして、生きたいように生きる。料理をしたり、お菓子を焼いたり、子供とホップスコッチのゲームをするのが好きだ。ローラースケート、スカイダイビングなどのアドベンチャー・スポーツが趣味だ。

 デザイア、それは太陽の光、そしてひとひらの雪……。

 外観をどうすべきか? リアリスティックな小説にするといっても、テオと同じ外観にする必要は無い。デザイアのキャラクター設定としてベストなものを考えるのが小説家の役目だ。

 どんな髪の毛にしようかな……。ストレートか、ウェーブがかかっているか? 笑い声は、小川のせせらぎのような低いつぶやきにするか、それとも小鳥がさえずるような高い声がいいだろうか? 普段の声はハスキーか、蜜のように甘い声か? 瞬間的に恋に陥るタイプか、それともじっくりと愛をはぐくむタイプか? 

 目を閉じるとデザイアのイメージが頭の中にぼんやりと浮かび、それが段々精細になってきた。デザイアの身長は百六十七センチ。細身で、そんなにフェミニンではない。目の色はグリーンで、陶磁器のように真っ白な肌、燃えるような赤身がかったブロンドの髪。全体像が出来上がり、頭の中で私はデザイアを手元に呼び寄せた。近くで彼女の顔を見てショックを受けた。それは私のテオその人だった。

 確かにデザイアについてのインスピレーションを与えてくれたのはテオの存在だったが、テオ自身をトランスジェンダー女性のモデルにしようと思ったわけではなかった。でも、今私の頭の中に出来上がったデザイアはテオそのものだった。

 テオには申し訳ないが、テオを観察しながら小説を書けば私にとっては楽だ。私がしょっちゅう観察していたらテオは何があったのだろうかと思うだろうが、テオをモデルにトランスジェンダー女性を書いていることは秘密にしておこう。

 デザイアがどう感じ、どう考え、どう行動したかをつぶさに表現できなければ小説は書けない。私は性格も外観も男っぽいが、男性になったことがないので、想像でしか書けない。元々想像で書くのは苦手だし、私の強みはリアリティーを前面に出すことなのに、主人公の外観だけを現実の人物から借りて来るというのでは片手落ちだ。

 ブルックナー賞に輝いた「失われた冒涜」は主人公の親が教育的指導と位置付けた暴行を受けた主人公の第一人称で語った小説だった。私はロビンソン氏に対して、どの小説にも負けない程リアルな作品にすると約束した。中途半端な姿勢では約束は果たせない。

 考えれば考える程、頭の中が混乱し、私の良心が邪魔になった。どうすればいいかというアイデアは、すぐそこにあるのに、喉元に詰まって言葉に出来なかった。頭の中が真っ白になった。

 私がデザイアの小説を書くための解決策は一つしかあり得ない……。

 テオと一緒に住むようになってから、私は自分の仕事に関してテオの意見を聞いたことがなかった。いや、私はずっと一匹オオカミとして仕事をしてきたし、仕事のことで他人に相談したいと思ったことが無かった。今私の頭の中にあるアイデアを実行に移すことについてテオに相談を持ち掛けるというのは非常に難易度が高いことだと思った。私はそれとなくあいまいな質問をしてみることにした。

 キッチンに行くとテオは玉ねぎをスライスしていた。

「ねえ、テオ。次の小説はトランスジェンダー女性を主人公にしようと思うんだけど、どう思う?」

「トランスジェンダー女性って、インターセックスの事?」
 テオはピンと来ない表情で私をチラッと見て言った。

 ピント外れな一言を聞いて、可愛くて仕方ない気持ちが湧き出てきた。テオは優しくてイージーゴーイングな性格だが、非常に賢い人の部類には入らない。

「違うわ。トランスジェンダーとインターセックスは別なのよ。トランスジェンダー女性というのは、男性の身体で生まれたけど、脳の構造が女性と同じだと思えば分かりやすいわ」

 テオは突然声を上げて笑い出した。

「だからジミーは女の子の服を着たがっていたんだ!」

 ジミーというのはテオがイタリアに引っ越してくる前の友達の名前のようだ。

「女装をする人全員が本気で女性になりたいとは限らないのよ。ちょっとの間だけ女性の服を着てロールプレイしたいだけの場合もあるから」

「ちょっとの間だけロールプレイ? どうしてそんなことをしようと思うのかなあ?」

「例えば、結婚相手の女の人に頼まれて、喜ばせるためにやるとか……」
と言って私はウィンクした。

「待ってよ、アリシア! まさか僕に女装をしろと言うんじゃないよね?」
 テオは笑いながら言った。

「ちょっとの間だけでいいのよ」

「困っちゃうなあ……」

 まだテオは笑っていた。テオが躊躇う理由が分かった気がした。敬虔なキリスト教徒の家で育ったから、性的にキワドイことはしてはいけないと思っているのだ。まあ、私も敬虔なキリスト教徒の家に生まれたのに、今はキワドイことが大好きだから、テオも殻を打ち破ってやれば大丈夫だろう。

「お願い。私の仕事ために女装して欲しいの」

「アリシアのためにそうして欲しいのなら、言う通りにするよ。でも、一度だけだよ」

 私はテオを寝室に連れて行った。私が黒いトルマリンのネックレスを探している間、テオは黙って待っていた。私はテオの蒼白くて長い首にネックレスをつけて、その美しさに息を飲んだ。

 テオの新しい魅力をそのネックレスが主張していると思った。私はそのネックレスに合わせて服を選ぶことにした。

 オレンジ色の綿のクレープのスカート、キャンディーピンクのノースリーブのトップを持ってきて、テオに裸になるように言った。テオは言われた通りにジーンズと白のティーシャツを脱いで、ブリーフだけの姿になった。

 私はクスクス笑いながらテオがピンクのブラとパッドをつけるのを手伝った。テオを風呂場に連れて行って腕と足をワックス脱毛した。シートを剥がすとテオは「イテッ!」と叫んだ。

「女の人はこんなに痛いことを毎月のようにやってるの?」

「毎週よ。慣れたらどうってことないわ」

 手足がツルツルになったテオを連れて寝室に戻り、白いハイヒールを履かせた。テオの髪の毛と同じ色のエクステンションをつけさせた。私は思わず息を飲んだ。テオは私の頭の中のデザイヤとそっくりだった。

 次は顔のメイクに取り掛かった。テオの可愛い目の周りにアイシャドウをたっぷりと使い、ライナーを使ってアイメイクを仕上げた。頬にはチークを走らせてテオの美しい彫像のような頬骨を強調した。元々ぷるるんとしている唇にはラスティ・オレンジの口紅を塗った。

 小さな真珠のイヤリングとミント・グリーンのスカーフを着けさせ、白のバッグを持たせた。改めて頭からつま先までを見て、私が完成させたばかりの作品を鑑賞した。そこに立っているのはまぎれもなくデザイアその人だった。

 長い間、私はデザイアをじっと見つめていた。心臓がドクドクと音を立てているのを感じる。呼吸が激しくなって胸が大きく前後している。額には汗が出てきた。汗がしたたり落ちそうなほど下唇が濡れてきた。コチコチになった乳首が木綿のブラウスに当たる感触が生々しい。パンティーが濡れている。自分の身体がいつになく興奮していることに驚いた。

 私はレイプされて以降一度もオーガズムに達したことは無かった。あの男がしたことは余りにもむごく野蛮で、十分な歓びを感じられない身体になってしまっていたのだ。

 テオと一緒になってからはベッドの上でテオを支配することである程度の歓びは感じていたが、今の私の状態はそれとは別次元だという気がした。デザイアになったテオを見ているだけで、私はびしょびしょに濡れている。

 テオの顔を見ると、頬が真っ赤になって、目も熱があるのかと思うほど赤くなっている。テオはこれ以上ないほど戸惑っているだけでなく、興奮しているのだと推測できた。スカートの真ん中にできたテントを見て私の推測が正しいことを確認した。

 私はデザイアの前に立ってキスの雨を降らせた。軽くて優しいキスをするつもりだったが、デザイアを目の前にしてつい情熱に火がついてしまい、激しいキスになった。彼女の唇をこじ開けて舌を深く突っ込んだ。彼女もそれを望んでいることが唾液の甘さに感じられた。舌を喉まで挿し入れると彼女は小さなうめき声を上げ、腕を私の首に回してぶら下がるかのように抱き返してきた。

 私の舌はデザイアの口の中を動き回った。デザイアの舌が抵抗して、一対一の決闘になったが、私の舌が勝利を収めた。私は彼女の柔らかな赤毛を両手で激しく掴んで、アゴから下へとキスを走らせた。彼女は気が狂ったかのように興奮していた。彼女は私が服を脱ぐのを手伝い、私は黒のスポーツブラと黒のパンティーだけの姿で彼女と向かい合った。

 私も彼女が服を脱ぐのを手伝ってブラとブリーフだけの姿にした。まるで初めて彼女の体を触るかのような手つきで身体の隅々までまさぐった。彼女の下半身にある口を指で探し当てて彼女が歓喜の呻きを上げるまで責めた。デザイアのうめき声は、低く、ハスキーで官能的だったが、まるで音楽のようだった。私はその声をもっと聞きたくて我慢できなかった。

 私は棚からディルド―を探し出して自分の腰に装着し、デザイアーの奥深く侵入した。デザイアから出て来るうめき声があまりにも原始的で動物のようだったので、私は狂ったようにデザイアを攻め続けた。

 その時、デザイアは私がベッドに仰向けになるように体位を入れ替え、私の腰からディルドーを外して、自分のブリーフの中にあるものを、滴っている私の中に挿入した。

 私が女神、彼女が奴隷になったり、逆になったりしながら、二人はもつれ合った。デザイアと私の間で役割を固定化する必要がなかった。自分の欲望のままに動くのがデザイアの本質だからだ。

 私達のプレイは夜明けまで続いた。

 仕事に取り掛かった。頭に湧き上がったデザイアとペイシャンスの性交シーンを書き始めた。ペイシャンスとはデザイアの結婚相手の女性の名前だ。

 私が小説を書く時に第一章から順を追って書くことは滅多にない。まずコアになる幾つかのシーンを思いつくままに書き、それらをつなぎ合わせて全体を組み立てるのが私の癖になっている。パッチワーク・キルトと同じ作り方だと言える。

 シャイでありながら欲望のままに動くデザイアのベッドの上での様子を書くのに多くのページ数を費やした。彼女は支配する側にもされる側にも簡単に切り替えられる人物だ。悪賢くてゆがんだ微笑で私を誘惑したかと思うと、キスを浴びせるだけで狂ったように興奮する。デザイアは相手を興奮させることも抑制することもできるし、また触媒になることもできる。

 時計を見ると午後二時になっていた。書くのに没頭して時間が過ぎたことに気づかなかった。昨日は三行目さえ書けなかった私の指先から機関銃のように単語が発射され続けた。

 それまでに書いた原稿を読み直してみた。校閲の余地がないほど完璧でよどみのない文章だった。

 テオがもう少しデザイアを続けてくれればいいのにと思った。


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