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ファッション研究会のスカート男子プロジェクト

【内容紹介】男子が女子大生にされてしまうTS小説。主人公の男子大学生は通学路の公園で自転車を押して歩く20歳前後のぱっとしない男性が女子高生の制服のようなプリーツスカートをはいているのとすれ違う。所属している「ファッション研究会」でスカート男子を見たと自慢したところ、部長が面白いアイデアを提案した。

第一章 スカート男子との遭遇

 ゴールデンウィークが明けて二日目の火曜日、爽やかな朝の光に桜並木の薄緑の葉が透けて見える朝だった。一昨日までの東北旅行で見慣れていた満開の桜並木との格差が今更のように感じられて、南北に長い日本の四季の移ろいが色とりどりであることに思いを馳せた。

 人間も日本の自然と同じく色とりどりだと実感する出来事があった。毎朝通学のために通る香住公園で、僕は驚くべき人物とすれ違った。それは二十歳前後のやや大柄な男性で、オシャレっ気が皆無のショートヘアに黒縁の眼鏡、トレーナーのジャケットに紺のショートパンツをはいているように見えたのだが、近づくとショートパンツではなく、高校の制服のようなプリーツスカートをはいていた。それも、パンツが見えそうなほど短いスカートだった。

 スカート男子だ!

 僕は凍り付いた。もし彼がスリムで色白で身のこなしが柔らかだったら「アッチ系の人か」で済んだはずだったが、全くそういう気配はなく、どちらかと言えばダサイ、ごく普通の学生風の男だった。

 言わば最もスカートに似つかわしくないタイプの男性だったのに、何故か全く不自然さを感じさせなかった。ショートパンツではなくミニのプリーツスカートだと分かったのは、彼が歩くと裾が左右に揺れたからだった。

 僕はポケモンGOをしながら歩いており、すれ違ってからスマホのカメラを立ち上げようとしたが、丁度たまごが孵化したためアプリの切り替えに手間取り、後姿を写真に収めることはできなかった。後で考えると、もしシャッターを切ってシャッター音に気付いた彼が振り返ったら非常に気まずいことになっていたはずだった。写真を撮れなくてよかったと思った。

 早く誰かに話したくてたまらなかった。三十分ほどで大学に到着し、友達を探したが、そのビッグニュースを分かち合えそうな友達は見当たらなかった。

 僕は海浜幕張にある大学の外国語学部の学生だ。四月に入学したばかりで、連休を除くと、まだ三週間そこそこの大学生活しか経験していない。第三志望の大学だったが、入ってみると自由で風通しの良い校風で、外国からの留学生も大勢いて国際的な雰囲気がとても気に入っている。大きな声では言いたくないが男女比率が一対三で圧倒的に女子が多く、何かにつけてチヤホヤされて居心地が良かった。

 入学直後に様々な部活の入部勧誘を受けたが、その中で一番美人が多い印象を受けたファッション研究会に入部した。特にファッションに興味があるわけではなく、僕の頭の中では女子との楽しい交流の場という位置づけだった。

 昼休みに弁当を買ってファッション研究会の部室に行った。部室には親友の砂川康太を含む七、八人がたむろしていたが、砂川は三人の女子に取り囲まれて話に夢中のようだったので、一人で座って弁当を食べていた部長の須黒珠樹に話しかけた。

「須黒部長、聞いてください。今朝、香住公園でスカートをはいている学生風の男とすれ違ったんですよ!」

「ほおーっ、それは興味深い。オカマの朝帰りとすれば、幕張方面で男と一夜を過ごしたオカマが、習志野方面の自宅に帰宅するところだったと考えられるわね」

「もっと真面目に聞いてくださいよ。女性的な感じが全く無いごく普通のがっしりした男性がスカートをはいて歩いていたんです」

「スカートといってもいろいろあるけど、どんなスカートだった?」

「女子中の制服みたいな、紺のプリーツスカートでした。長さはこのぐらいしかないミニでした」
 僕は自分の股の十センチほど下を手で示した。

「制服みたいなスカートということは細かいプリーツじゃなくて、幅がやや広いプリーツということね」

「ええ、プリーツの幅は七、八センチぐらいだったでしょうか」

「実に興味深いわ!」

「本人の顔に後ろめたい表情や恥ずかしそうな様子は全くなくて、かといって自慢げでもなく、非常に自然な感じだったので圧倒されました。『たまたま今日はショートパンツの代わりにミニのプリーツスカートをはいてきた』って感じだったんです」

「ついにその時が来たのかな……」

「その時が来たってどういう意味ですか?」

「近代ファッション史において、男性のスカート着用の素地は今から五十年以上前に始まったのよ。アメリカで一九六〇年代に流行したヒッピースタイルを含むユニセックスは反戦運動と絡んで爆発的に広まって、男性のロングヘアが当たり前のファッションになった。それが第一波と言えるかな。一九八〇年代には欧米の男性ポップスターがスカート・スタイルを確立したけれど、少数の男性にしか広まらなかった。日本では一九九〇年代後半にメンズ・スカートを実践する男性が出現して、少数派ファッションとして定着してきた。私はそろそろ爆発してもおかしくない頃だと思っていたのよ」

「そう言えば、以前セーラー服オジサンが駅前に出現したと言って話題になったことがありましたよね」

「それはちょっと違うわ。中年男性がJC・JK用のセーラー服を着るのは単なる女装、多くの場合変態性の異性装よ。私が話題にしているのは、男性装のひとつの選択肢としてスカートが流行する可能性があると言うことよ」

「最近よく話題に出るLGBTも関係するんでしょうか?」

「うーん……、それは微妙ね。MTFのトランスジェンダーなら女性の服を着ることが当然だというのがLGBTの立場よ。でもそれは女性が女装をするのと同じであって、自己表現としてのファッションとは趣が違うんじゃないかな。まあ、自由な自己表現が可能になることがファッションの基本だから、セクシュアルマイノリティーの人たちが自分が認識する性別に応じたファッションで自己表現をすることも、私たちの話題に含めてもいいという気はするけど」

「男性だからズボンが当然、女性だからスカートが基本、というような固定観念を打破することで、幅広い自己表現が可能になるわけですね」

「そうね。ファッション研究会としては、時代の潮流をいち早く感じ取って、大学の内外に発信したいところね。男性のスカート・ファッションについては、男性らしさの表現としてスカートという選択肢を提供することと、固定的な性別概念を打破する手段として男性にもいわゆるフェミニニティーを許容するということの、二つの側面を意識する必要があると思うわ」

 部長と僕の会話は部室に居た部員たちの興味を引いたらしく、気づかないうちに数人の部員に取り囲まれていた。

「学園祭のテーマにすればいいかもしれませんね。ファッション研究会の去年までの出し物は女性ファッションが中心でしたが、スカート男子をテーマにすれば男女両方の学生が興味を持つでしょうね」

「スカート男子のファッションショーをやりましょうよ。学内で募集して、自薦・他薦のモデルを出演させましょう」

「マッチョな男性がスコットランドのキルトをはいてステージに立てばカッコいいでしょうね」

「スリムでスポーティーなイケメン男性が、上はセーター、下はブルー系のミニのプリーツスカートというのもいいですね」

「フェミニンな草食スカート男子も含めましょうよ。同時に、女性モデルにはスポーティ路線とフェミニン路線の両方を着せて、男女ごちゃ混ぜの舞台にすれば、性別の制約のない世界を表現するファッションショーになるんじゃないですか?」

「それ、グッドアイデアね」

「今から大学内でコンセプトの発信を開始すれば、秋までには相当な認識が広がって、ひょっとしたら流行になるかもしれない。インパクトのある話題だから、新聞、雑誌やテレビに取り上げられて注目を集めることも期待できる」

 部長と女子部員三人からどんどんアイデアや意見が出された。僕は今朝の驚きの見聞をとにかく誰かにしゃべりたかっただけだが、その相手として部長を選んだことを後悔した。ファッション研究会の学園祭のテーマとしてスカート男子のファッションショーが提案される結果になるとは予想外の展開だった。

 他の男子部員も迷惑そうな表情をして沈黙を保っていた。僕を含む男子部員が元々女子学生のために作られたファッション研究会に入部したのは、女性のファッションに対する知識や感度を高めることによって女性から見て好感度の高い男性になりたかったことと、単純に女子の多い部に入ってハーレム的な環境を味わいたかったからだ。男性のスカートファッションに関わるつもりなどこれっぽっちも無かったし、百歩譲って大学内でモデルを募集してファッションショーを主催することに協力するのは仕方ないが、何かのとばっちりで「お前もモデルをやれ」と言われたらどうしようという恐怖心があった。しばらく部室には来ない方が賢明かもしれない。

「じゃあ、木曜日の定例部会で話し合って具体的なプランを決めましょう。私からメールを流しておくけど、男子部員には全員出席するように念を押しておかなくちゃ」

 さらに、部長は僕たち男子部員を見回して付け加えた。
「君たちも必ず出席してね。部会をずる休みした男子部員には欠席裁判でモデル役を割り当てるわよ」

 さすが部長。僕たちの考えていることはお見通しなのだ。

 午後の講義は砂川康太と一緒だった。砂川は受験番号が僕のすぐ後で、受験当日に何度か言葉を交わし、四月一日の入学式の日に再開して仲良くなった。お互いに何となく居心地の良さを感じる相手で、ファッション研究会にもお互いに誘い合って一緒に入部した。

「部長に話したのはまずかったかもな。ファッションショーの出演者を募集して応募者が出てくればいいが、もし誰も応募してこなかったら、必ず俺たちにお鉢が回って来るぞ。俺、人前でスカートをはかされるのは絶対にイヤだから」

「今朝の出来事を砂川君に話そうと思っていたら、女の子たちと話し込んでいたから、暇そうにしていた須黒部長に話しかけてしまったんだ。失敗だったなあ……」

「どちらにしても観音寺は言い出しっぺだから責任を取らされるよ。上級生の女子から見て観音寺はスカートが似合いそうに見えるから、お前が逃れられないことは百パーセント保証するよ」

「やめてくれよ! 僕が女装した写真がミスターK大ビューティコンテストの参加者とか書かれてネットに流れでもしたら、僕が十八年間積み上げてきたクリーンなイメージが台無しになる。もし中学や高校の友達からオカマ呼ばわりされることになったら、僕はどうすればいいんだ? 結婚できなくなるよ」

「そんなに大げさに考えることじゃないさ。観音寺がどうしてもイヤだと言って断れば、部長たちも無理強いはしないだろう」

「そりゃそうだね。部長たちがスカート男子のファッションショーとか言って宣伝しても、結局は白い目で見られてギブアップする可能性の方が高いよね。その時点で普通のファッションショーに衣替えをすればいいんだ」

 冷静になって考えると実現性が低い話に思えてきた。木曜日の定例部会でも冷ややかな意見が出るだろうと思ったので、さほど心配はしていなかった。

第二章 ファッション研究会の部会

 二日間が忙しく過ぎて木曜日の午後の授業が終わり、僕は軽い気持ちで部室に行った。

「それでは定例部会を開催します。メールでお知らせした通り今日の議題は秋の学園祭で男性のスカートファッションをテーマとした催し物を行う件です。メイン・イベントとしてスカート男子を中心としたファッションショーを実施し、それに向けて男子用スカートのデザイン、コーデと、モデルの募集を進めて行きます。山西副部長、具体的なプロジェクト推進体制について説明をお願いします」

「はい。まず、男性のスカート・ファッションをテーマとしたファッションショーということで、『幕張スカダンコレクション』略称MSCと名付けたいと思います。MSCの準備と推進のために三つのチームを立ち上げます。
 ひとつはファッションショーのスケジュール、シナリオを含めて詳細を企画、クリエイト、プロデュース、運営をする『MSC実行チーム』です。
 二つ目は、MSCについて情報宣伝し、モデルを募集・採用する『MSCマーケティングチーム』です。
 三つ目は、モデルに着せる衣装のデザイン、縫製、コーデを担当する『MSCデザインチーム』です」

「チームの責任者を決めて、チームごとに詳細な計画を練っていくべきと思いますが、どなたか手をあげたい方はいませんか?」
と部長が全員を見まわした。

「マーケティング・チームを任せていただきたいと思います」
 副部長の山西陽子が手を挙げた。

「デザインをやってみたいと思いますが、責任者ではなく、チームの一員にしてください」
と四年生の堂島澄香が言った。

「私も」
「私も」
と数人の女子が手を挙げた。

「実行チーム長には演劇部の経験のある山形早紀さんが適任と思うんだけど、引き受けてもらえないかな?」

「ファッションショーの実行チームの責任者というのは私には荷が重すぎます。部長がチーム長になるのが一番だと思います」

「私は統括責任者として三人のチーム長と一緒にやっていくつもりよ。MSCの実施当日にはマーケティングチームやデザインチームに所属している人たちも総出でショーの運営に協力してもらうことになるから、私が山形さんと共同で運営に当たる形になると思うわ」

「分かりました。じゃあ、実行チーム長を引き受けます」

「デザインチーム長はファッション研究会のトップデザイナー、榊原夕菜さんを差しおいては考えられないわ」

「お世辞はありがたいんですが、男性用のスカートのイメージが湧きません」

「デザインは部員全員から徐々に上がって来るはずよ。私もおぼろげながらイメージが出来つつあるけど、試作したら実際にモデルに着せてみて、試行錯誤でデザインを確立していけば良いと思うわ」

「じゃあ、モデルの募集を急ぐ必要がありますね」

「募集をかけても現時点で手をあげる男子学生は出てこないと思う。当面は自前のモデルでデモを実施することによって学内の認識を高めるのが得策よ。きっと注目が集まって話題になるから、募集をかけるのは九月ごろがベストじゃないかな。それまでに自分もやってみたいと手をあげる男性が出てきたら、デモに加わってもらってもいい」

「まさか、自前のモデルって僕たち男子部員の中から選ぶつもりじゃないでしょうね?」
と三年生の日室隆司が部長に聞いた。

「男子部員の中から特定の人をモデルとして選任するんじゃなくて、デモ段階では男子部員全員がモデルになるのよ。従来ファッション研究会で男性の部員は能力を発揮する機会が少なかったけど、今回は圧倒的な存在価値があるわ。まさにあなたたちが主役なのよ」

「俺はダメですよ。三年生にとっては就活が始まる年なんですから、部活で女装していたなんてことがバレると就活で致命的な障害になりかねません」
 日室はムキになって拒否の態度を貫いた。

「そんな狭い了見の会社には就職しない方が良いんじゃない?」

「現実問題としてそうは行きませんよ。人生がかかってるんですから、就活にマイナスになることはできません」

「日室君の言うことにも一理あるわね。残念ながら日本の会社は保守的で頭の固いオヤジたちが経営しているもの。三年生と四年生は希望者のみということにしましょう」

「一年生と二年生は全員スカートをはけってことですか!?」
と二年生の陣内恭一が憤慨した様子で質問した。

「そうよ。陣内君、砂川君とスカダンの提案者である観音寺君の三名は、モデルとしてマーケティングチームに所属してもらいます。デザインや試着のためにデザインチームに協力したり、MSC当日は実行チーム長の指揮下でモデルとして頑張ってもらうことになるわ」

「僕、スカダンの提案者じゃないですよ」
と僕は手を挙げて誤りを指摘した。

「観音寺君が火曜日にスカート男子とすれ違ったことを私に話したことで計画がスタートしたんだから、提案者以上の存在よ」

「でも、男がスカートをはくことを僕が提案したみたいな言い方はしないでくださいよね」

「観音寺君、命令されてイヤイヤやるんじゃなくて、自ら進んでパイオニアになろうと思わなきゃダメよ!」

「そんな……」

「三年生と四年生の男子は実行チームのメンバーになって、イベントの企画と運営に携わる。それなら就活でもアピールできるネタになると思うわ」

「そりゃそうですね、確かに」
と氷室が満足そうに言った。

「他の女子部員も、どのチームに入るのかを決めてね」

 デザインチームを希望する女子が多かったが、須黒部長と榊原夕菜が上手に交通整理をして実行チームとマーケティングチームにも割り振った。

「ほぼ所属が決まったみたいね。後でメンバー表をメールで送るけど、チーム構成は大体こんな感じよ。

  • 【実行チーム】山形早紀チーム長、女子三名、男子二名。
  • 【マーケティングチーム】山西陽子チーム長、女子三名、男子モデル三名。
  • 【デザインチーム】榊原夕菜チーム長、女子六名

 念のために言っておくけど、自分の所属チーム以外の事はしなくてもいいということじゃなくて、全員が協力して実行に当たるのよ。三人のモデルさんは早速忙しくなるし、注目を浴びて色々大変だと思うから、皆でサポートしましょうね。

 じゃあ、これから各チームに分かれて適宜打ち合わせをしてから解散とします。各チーム長から毎週木曜日の定例部会で進捗状況の報告をお願いします」

 モデルを押し付けられた陣内、砂川と僕の三人はマーケティングチームの打ち合わせに加わるため、山西チーム長のところに行こうとしたが、デザインチームの榊原チーム長が山西に声をかけた。

「モデルさんたちをデザインチームに貸してくれない? 目の前にモデルがいる方がデザインのイメージが浮かびやすいし、採寸もしておきたいから」

「いいわよ。マーケティング計画を作る段階では、特にモデルの男の子たちにお願いする仕事はないから、デザインチームに預けるわ」

 榊原は部室の右奥のミシンが置いてある場所に行って「デザインチームの人たち、集合してください」と声を上げた。

 四年生は榊原夕菜と堂島澄香だけで、三年生二名、二年生が二名と、一年生は僕と同じ高校出身の市瀬美香が居る。榊原を含めて女子七名のチームだ。

「モデルさんたちの採寸をしながら各自デザインを頭に描くことから始めようか? 年の順で二年生の陣内君をトップバッターにするわよ。陣内君、服を脱いで真ん中に立って」

「裸になるんですか!」

「裸になりたければなってもいいけど、パンツははいたままでいいわ」

 陣内はカッターシャツとアンダーシャツを脱いで上半身裸になり、しばらく戸惑った様子で立っていたが、榊原に促されて靴を脱ぎ、ジーンズパンツも脱いでトランクス一枚になった。トランクスの中央が滑稽なほど前に突き出ている。

「ファッションモデルがデザイナーやスタッフの前で下着姿になるのは普通の事なのよ。いわば仕事なんだから、エッチなことを想像するのはやめてよね」

「エッチな想像なんかしてないですよ。身体が勝手にこうなるんだから仕方ないじゃないですか」
 恥ずかしさで顔が真っ赤だ。いつもクールな陣内らしくなかった。

 陣内は見るからにオシャレな、身長約百七十五センチのイケメンで、均整の取れた体型だ。市瀬美香に聞いた話だと、ファッション研究会は毎年一人はイケメン男性を強力に勧誘しており、女子の入部勧誘のための看板にしているとのことだった。美香が勧誘された時にも陣内が入っている集合写真を見せられたらしい。

「今年は砂川君の勧誘に成功して本当によかったわ」
と当然のように美香に言われて、ムカッときた。

「あの時、部長が砂川君に声をかけたところ尻込みしていたから、砂川君の親友の観音寺君を入部させて、改めて砂川君に攻勢をかけたのよ。私は観音寺君がどんなタイプの女性が好きなのかと部長から聞かれたから、観音寺君は背の高い女性が好きと思うと答えておいたわ。観音寺君の彼女の志保も背が高かったから」

「志保とは友達だけど、彼女ってわけじゃないよ」

 志保とは卒業式以来一度も会っていない。模試では千葉大医学部がB判定だった秀才だが、入試で失敗して予備校に通っている。

「あの時突然、山西さん、三好さん、鈴本さんという三人の長身美女に取り囲まれて学食に連れて行かれたのはそういう背景があったからなのか。僕は砂川君をおびき寄せるための餌だったんだ……。僕以外の男子部員が四人とも背が高くてイケメンなのは偶然じゃなかったんだね」
 惨い真実を突然告知されて意気消沈した。

「そんなに落ち込まないで! 観音寺君はブサイクというほどじゃないし、背が低い男性でも性格が良ければ我慢するという女性もいないわけじゃないから」

 美香が僕を慰めようとして言っているのは分っていたが、美香の一言一言が僕を打ちのめした。

 陣内の採寸が終わり、砂川がブリーフ姿になった。身長百八十三センチで筋骨隆々の砂川の肉体に七人の女性の熱い視線が注がれ、彼女たちが息を飲む気配が僕にまで伝わってきた。砂川は競泳用水着のようなタイトなブリーフをはいていて、股間の巨大なものがブリーフの中で彫刻のように浮かび出ている。陣内と違って砂川には恥ずかしそうな様子は見えなかった。どっしりと構えていられるのは、それだけ自分の身体に自信があるからなのだろう。

「スコットランドのキルトか、ローマ戦士のスカート、どちらも似合いそうだわ」
 榊原が溜め息交じりに言った。

「私も同じことを考えていました」

「陣内さんをスコットランド兵、砂川君をローマ戦士風にするのがいいんじゃないですか?」

「逆じゃないかな。整い過ぎた男性にキルトを着せるとホストみたいに見えちゃうかも」

 七人とも同じような衣装をイメージしているようだ。

 ファッション研究会に勧誘されたのが砂川を釣るための餌としてだったと知って委縮していた僕は、陣内と砂川の後に自分の貧相な身体を晒さなければならないシチュエーションになって劣等感にさいなまれていた。僕のアソコは惨めなほど萎んでしまって、ついているのかいないのか自分でも分からないほどだった。

「観音寺君、背を伸ばして。モデルは笑顔が大事よ」
と榊原に叱咤された。

「観音寺君、ファイト!」
と美香。

 頭囲、首回り、肩幅、胸囲三ヶ所、腕回り、ウェスト、ヒップ、太股、足とメジャーで測り、縦方向の高さも測定された。

「百六十五、六センチかなと思っていたけど、裸足になると小さいのね。百六十一ぐらいかな?」

「いえ、百六十三です」

「うそおっしゃい」

「正確には百六十二・七センチですけど」

「肩幅が狭いし、頭囲と顔の長さも女子並みだわ」

「胸が無い以外は私たちと変わらないわね」

「ということは女性ものならどんな服を着せても大丈夫だからデザインするのは楽ね」

「それは違うんじゃないかな。MSCが目指すのは男性を女装させることじゃないわよ。男性にスカートという選択肢を与えることによって、男性のファッションを自由で豊かなものにするのよ。陣内君や砂川君と違って観音寺君にはフェミニンな衣装を着せることもできるけど、レースのパーティ・ドレスを着せて、女性と美を競わせるのでは意味がないわ。毎日着られるようなカジュアルで自然なスカートをデザインすべきだと思う」

「ということはOLの通勤着みたいなイメージですか……」

「ちょっと違うわ。もっと自然で、スカートだと言われればスカートだと分かるけど、言われなければ今まで通りの観音寺君に見えるような服は無いかな?」

「ワイドパンツみたいな?」

「違う違う。ワイドパンツを観音寺君にはかせるとドレッシーすぎて、『コレ』みたいになる」
 榊原が右手を左頬の横に立ててオカマのサインをしたので皆が笑った。

「そうそう、この話の発端は観音寺君が通学中にスカート男子とすれ違ったことだったわよね?」
と、急に話を僕に振られた。

「はい、香住公園で、紺色の短パンをはいたパッとしない学生風の男が近づいてきたと思ったら、よく見ると女子中高生の制服のスカートみたいだったのでズッコケました」

「それよ、それ!」
と榊原が叫んだ。

「紺の制服のプリーツスカートこそは、私たちが一番見慣れたスカートよ。私も中学高校の六年間、紺のプリーツスカートを毎日はいていたわ。ウェストを折り返すことによってミモレ丈からミニまで変化をつけられる。これからの季節は開放的なミニのプリーツだと涼しいし、エアコンで寒ければ裾丈を長くすればいい。慣れれば全速力で走るのにも邪魔にならないほどスポーティだし、重い生地だから風が吹いてもめくり上がりにくい。それに、紺のプリーツスカートは組み合わせられるトップスの幅が広くて着こなしやすいわ」

「灯台下暗しというか、素晴らしいアイデアですね」

「でも、制服のスカートをはかせるだけだったら、デザイナーとして出番がありませんね」

「出番は大ありよ。モデルの個性を生かすコーデをクリエイトするのがデザイナーの仕事よ。トップスだけじゃなくて、靴、サンダル、ソックス、それに学園祭の頃には寒くなっているからタイツの色や柄を含めて、無数の組み合わせがあるわ」

「私たちが三月まで毎日実践していたコーデに自由度が加わるというわけですね。面白いわ。私にやらせてください」
 美香が手を挙げた。

「私、高校時代はデブでウェストが観音寺君と同じだったから、私のスカートを月曜日に持って来る。母が受験用にと言って三年の冬に新しいスカートを買ってくれたのでおニュー同然なのよ」

 四年生の堂島澄香が榊原に提案した。堂島は山西が僕を入部勧誘したときに取り囲んだ三人の長身美女の一人だった。

「堂島さんのスカートは観音寺君には少し長すぎるかもしれないけど、折り返せば着られるわよね。古い方のスカートは捨てちゃったの?」

「いいえ、両方とも置いてあるわよ。古い方といっても、全然テカっていなくて、十分着られるわ」

「これから秋まで毎日着るものだから、両方とも提供してくれると観音寺君も助かるわ」

「ちょ、ちょっと待ってください。毎日部室でスカートを試着しなきゃならないんですか?」

「試着じゃないわよ。そのスカートで毎日大学に通って授業に出るのよ。観音寺君の姿を見て自分もやってみようという男子学生が出てくるだろうというのが、山西さんが言っていたマーケティングの考え方よ」

「そんなはずはありません。山西さんに確かめてきます」

 僕は部屋の反対側の隅でチームミーティングをしている山西のところに走って行って、男子モデルはいつどこでスカートをはかなければならないのかについて質問した。

「さっき私が言ったことを聞いていなかったの? デザインチームで衣装の用意ができたら、その日から秋のファッションショーまで毎日その衣装で授業に出るのよ」

「マジですか? でも、通学もスカートみたいなことを榊原さんが言ってますけど、それは間違いですよね?」

「その衣装次第だと思うわ。キャンパス外で奇抜な衣装の着用を強いるのはモデルにとって酷だから」

 僕はそれ以上質問しても自分の得にならないと思ったので引き下がった。

「山西さんは何と言っていたの?」

「榊原さんと同じような酷いことを言ってました」

「うふふふ。そんなに気を落とさないで。モデルさんたちが困らないように私たちがサポートしてあげるから」

「制服だけじゃなくて、高校時代に着ていたシャツとかセーターなんかも色々持ってきてあげるわね。今の私には大きすぎて着られないから」
 堂島澄香が優しく言いながら僕の肩に手を置いた。

 肩を触られて首筋がジンジンした。入部の勧誘で三人の長身美女に取り囲まれた時、堂島に背中を軽く触れられてジーンと感じたことを思い出した。ファッション研究会の部員の中で、僕の理想の女性像に一番近いのは堂島だった。どんな形にせよ堂島と親しくなれるとは「超」が着くほどラッキーだ。しかも、堂島の方から近寄って来てくれて、堂島が来ていた服を僕に着させようとしている! 考え方次第では夢のような話だと思った。

「ありがとうございます、と言うべきかどうか……」

「すぐに慣れるわよ。きっと観音寺君に似合うと思うから楽しみにしていてね。月曜日の昼休みに部室に来られる?」

「は、はい!」

 堂島は榊原に呼ばれて、マーケティングチームと打ち合わせに行った。

 美香が僕にニヤニヤとした視線を向けていた。

「観音寺君ってホント単純よね。憧れの堂島さんに言われたら何でも『はい』なんだから」

「誰が憧れと言ったんだよ?」

「観音寺君を見ていたら堂島さんに憧れていることは一目瞭然よ。志保と少し似ているけど、志帆よりも美人で、大人の女性の魅力があるもの。堂島さんも観音寺君の事を気に入っているみたいだし」

「本当?」

「自分の高校時代のスカートを好きじゃない男の子にはかせようと思うわけないじゃない。普通なら気味が悪いと思うわよ」

 僕は思わずニヤついてしまって、美香に冷やかされた。

 ほどなく部会はお開きになり、僕は砂川と部室を出た。


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