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合コンはB案で

【内容紹介】男性サラリーマンが一般職OLとして働く羽目になるTS小説。新入社員の遠山涼(僕)は同じ課の2年先輩の一般職の恵子から当日の合コンに誘われる。4対4の合コンで相手は社外だが「ひとりドタキャンが出たので代わりに出て欲しい」と言われた。合コン相手の4人は全員女性であり、8人のうちで僕一人が男性とのこと。合コンにはA案とB案があり、今日の合コンはB案とのことだった。「B案とはビーアン、つまりレズビアンの隠語よ」と聞いて驚く。最近、合コン相手の男性の経済レベルが落ちすぎたので、高収入の女性を相手にしたB案の合コンが流行っているらしい。女医、弁護士、公認会計士の女性が来るとのこと。そんな不自然な結婚には興味が無いと断ったが、費用は全額相手持ちと聞いて、まあいいか、と気軽に参加した。「ただより高いものは無い」という言葉があるが、僕が一体どうなるのかは小説を読んでのお楽しみ。

第一章 全てはマイナス金利のせい

「マイナス金利っていやよねえ」
 突然、向かいの席の鎌田恵子が言い出した。

「僕が銀行に預けている金額はたかが知れているから、金利がマイナスになってもどうってことないけど」
 そう答えると、恵子からバカにしたような表情が返って来た。

「うちの男性社員の発想ってその程度なのよね」
 うんざりした、という口調だった。

「マイナス金利になってから、利息は減るし、株価は下がるし、ボーナスも減ったし、殺人事件や、不倫事件も増えて、ロクなことが無いわ」

「瞬間的に円安になった後急激に円高が進んだのは予想外だったし、株価はそんな円高に加えて原油安と中国経済の不振のあおりを受けて下がったんじゃないかな。うちの会社の業績はマイナス金利が始まる前から悪化しているし、殺人事件や不倫事件とマイナス金利は関係が無いよ」

「男性って後付けの屁理屈を言うばかりで現状打破が出来ないのよね。日本の未婚男性の平均収入は低下の一途だし、それでも正社員ならまだギリギリ食べていけるけど、不安定な身分のサラリーマンが増えているわ。医者、弁護士、公認会計士などの高給取りの専門職領域は女性に浸食されて、男性の地位はどんどん低下している。そんな現状が分かってるの?」

「それほどお先真っ暗には見えないけどな。まあ、男性全体の状況が悪化した方が、僕は相対的にマシなポジションになるから結婚戦線には好都合かな、えへへ」

「セコイわね、最低! でも実際のところ、最近合コンしても相手はそんなレベルの男性ばかりなのよね。たまに結婚適格のレベルの男性を見つけても殆どが既婚なんだから。ホント、マイナス金利って最悪!」

「マイナス金利とは全然関係ないんだけど……」

「世の中の流れとしてはモロに関係しているわよ。うちの会社の男性って皆、木を見て森を見ずって感じだわ」

「結局のところ、鎌田さんは何が言いたいわけ?」

「社内どうしで合コンが成立しなくなってから久しいわ。私たち女性社員にとって、うちの会社の男性社員は結婚対象とは考えられなくなったってことよ。最近は社外の合コンも相手のレベルがどんどん低下して魅力が減ってきた。これは、と思う男性が複数出て来た時には、結局アソビだったというのが最近の実態よ。だから合コンというシステムそのものが危機に瀕している」

「じゃあオーネットにでも登録すれば。それとも、合コンしたい男性のグループが無くなったのなら、女性相手に合コンすればどう? 渋谷区で同性パートナーシップ条例もできたし、そのうち同性婚もできるようになるかもしれないから」
 恵子との議論に嫌気が差して、投げやりな話をしてしまった。その時、成瀬課長、菅原課長代理と土井里奈が会議を終えて席に戻ったので、恵子と僕はパソコンに向かって仕事に没頭しているふりをした。

 その日の四時過ぎに課長と菅原課長代理が来客で席を外した時、お茶出しから返って来た恵子に「ちょっと来て」と呼ばれて、給湯室に引っ張り込まれた。

「ねえ、遠山君、ちょっと折り入ってお願いがあるんだけど」

「何だよ、一体」

「合コンなの。一人急に来られなくなって困っているのよ。今日の夕方、空いていないかな?」

「火曜日に合コンかあ。そりゃあ、空いてはいるけど、鎌田さんが男性の参加者を探しているということは社内の合コンなんだろう? どこの部の誰が来るのかを聞かないと二つ返事は出来ないな」

「社内じゃないわ。相手は社外で四対四よ。総務部の松本美乃里さんが急に来られなくなったからピンチヒッターが必要なのよ」

「変わった合コンだね。両方の側が男女混成なの? でも松本さんの代わりに僕が出ることになったら、男女のバランスが崩れるじゃない。男性五対女性三の合コンなんか参加するのはお断りだ」

「違うんだってば。合コンはA案じゃなくて、B案の方よ」

「B案の合コン? 何、それ?」

「知らないの? B案をカタカナで書くとビーアンでしょう。ビアンな合コン、つまり女性対女性のレズビアンな合コンなのよ。私の周囲でB案に興味がある女性は私を含めて四人しかいないから、仕方なく遠山君に代役を頼むわけ」

「ま、ま、まさか、僕に女装をしろというの? 絶対に嫌だよ。死んでもイヤ」

「遠山君ったら、面白いことを言うわね。BLコミックか何かの読み過ぎじゃないの? 女装しろなんてひとことも言っていないわよ。そのままの服装で参加してくれればいいのよ。合コンする相手は高収入の専門職の人たちで、遊びかもしれないけど若いOLと合コンしてみたいということなの。四人全部が真性のレズビアンじゃなくてバイセクシュアルの人もいるらしいわ。だから、男性特有のニオイが全くしない遠山君なら受け入れ可能なのよ。相手の幹事の方に遠山君の写真を添付してメールで打診したらOKが来たから大丈夫」

「ひどいよ、勝手に僕の写真まで送るなんて。言っとくけど、僕ずっと年上のオバサンたちとの合コンにお金を使うつもりは無いよ。今月はもうギリギリなんだ」

「言ったでしょう。相手は高収入の人たちなのよ。合コン代は全額負担してくれるの」

「へえ、そうなんだ」

「美味しいものがタダで食べられるわよ。高級なワインも飲めるし」

「えへへ、どうしようかなあ」

「これだけ頼んでもし断られたら私と土井さんからどんな目に会わされるか知らないわよ。土井さんは遠山君の上司だから人事考課で最低点をつけられるかもよ」

「土井さんは立派な人だからそんな公私混同をするわけがないよ。でも、土井さんがレズの合コンのメンバーに入ってるなんてショックだなあ。まあ、そこまで頼まれたら仕方ない。参加するよ」

「お互いチャンスだから頑張ろうよ。この会社で一生働いて社会の底辺で過ごしたいの? 大体、遠山君みたいなヤワで単純な子が厳しい競争に勝ち抜いて出世できるはずがないじゃない。立派なお医者さんか弁護士さんの女性に見初められれば、経済的に不自由のない人生を送れるわよ。私たちの場合は同性婚と言う壁を乗り越える必要があるけど、遠山君は男性だから気に入ってもらえれば簡単に妻の座が手に入るのよ」

「僕は人に頼って生きる人生なんて考えてことがないし……」

「発想を変えて、今日から妻の座を目指しなさい! 遠山君のお先真っ暗だった人生が、バラ色になるのよ。はっきり言って、遠山君は顔は可愛くてもチビで貧相な体格だから男性としての魅力度は男性百人のうちひいき目に見ても下位五レベルよ。でも、奥さんを欲しがっているような生活力のある女性から見ると、可愛い顔をしていて小顔で華奢で性格も従順な遠山君はトップ十%に入るかもしれないわ。今日から、人生逆転よ!」

 恵子が僕を乗せようとして繰り出す言葉のひと言ひと言が僕を滅入らせた。でも一度OKと言ってしまったことだし、タダで美味しいものを食べさせてくれるという魅力には抗いがたいものがあった。

「分かった、何時にどこに集合すれば良いの?」

「五時半に出られるようにしといて。詳細はメールを流すから。遠山君、もし今日の合コンで見初められなくても、今後B案の話があったら遠山君も呼んであげるわ」

「ありがとう。マイナス金利だし、頑張ろうね」

 半分イヤミのつもりでそう言ったら、恵子から
「やっとマイナス金利の意味が理解できたのね。でも、頭の良い女性には遠山君のそんなおバカなところが却って気に入られるかもしれないわ」
と言われた。

第二章 B案な合コン

 鎌田恵子からメールで知らされた集合場所は六本木のフジフィルムスクエアの前だった。僕はメールを見てすぐ、上司の土井里奈に
「今日は用があるので五時半に失礼します」
と課長にも聞こえる声で言っておいた。里奈は
「分かった。私も約束があって五時半に出るけど」
と僕に答えた。

 五時半終業だから、わざわざ事前に報告する必要はないのだが、成瀬課長と菅原課長代理の耳に入れておかないと、終業直前に急ぎの用を言いつけられる可能性がある。また、一般職の恵子と違って総合職の里奈と僕は五時半丁度に席を立つと白い目で見られるのではないかという恐怖感を持っている。総合職は遅く残るのが当然だという暗黙のルールが感じられるのは、うちの会社の体質の古さを象徴しているのかもしれない。

 僕は恵子の次に席を立ち、里奈に
「お先に失礼します」
と一礼をして退出した。部屋を出る時に振り返ると里奈も席を立とうとしていた。恵子と里奈は更衣室へと姿を消し、僕はトイレでカッターシャツを整えてネクタイを絞め直し、手櫛で髪を整えた。
 集合場所に着いたのは僕が一番で、恵子と里奈が数分後に別々に到着した。最後に隣の部の細川有希が来た。有希は里奈と同期で入社三年目の総合職だ。一般職の恵子は短大卒で三年目だから、年齢は僕と同じだ。有希と里奈は普段はパンツスーツで颯爽とした感じのことが多いのに、今日は軽い素材のフェミニンなワンピースを着ている。香水の匂いがマチュアーな女性の色香を引立てていて、うっとりとさせられた。恵子は白のニットのトップスに膝丈のフレアースカートで普段以上に清楚な感じだった。

「松本美乃里さんがドタキャンになって合コンがお流れになりかけたのが、遠山君のお陰で救われて本当に良かったわ。ありがとう遠山君」
 上司の里奈に言われて、
「いえ、僕なんかでお役に立てれば」
と控えめに答えた。

「あら、遠山君ったら里奈の前ではブリッコなのね。私に対してはブツブツ言ってたくせに」
 恵子に暴露されて、余計なことを言うやつだと腹が立った。

「土井さんは鎌田さんにとっても上司なのに里奈と呼び捨てにしてもいいの?」

「里奈と有希と私は同期だから仕事を離れたら三人は同格よ。遠山君だけが二年下なんだから、後輩らしくしなさい」
 恵子の言うことはメチャメチャだが部分的に理屈が通っているので反論しにくい。

「遠山君の服装、ちょっとチャラいわね。B案の合コンに行く服装の基本は清楚、控えめ、フェミニンよ。遠山君は男だからフェミニンは無理だけど、もう少し清楚で控えめな服装にしないと、私たちとアンバランスになるわ」

「だって、会社に来るまで合コンに行くなんて思いもしなかったんだから仕方ないだろう」

「次回からそうしなさいとアドバイスしてるんじゃない。今日は清楚で控えめに見えるように振舞うだけでいいわ」

「遠山君は普段から清楚で控えめだから大丈夫よ」
と里奈が助け舟を出してくれたので僕は
「ほら見ろ」
と恵子を見返した。

「もっとも、遠山君みたいに清楚で控えめな子が、うちの会社の総合職として通用するかどうかは全く別問題なんだけど」
と里奈が付け加えたので、恵子と有希が大笑いした。例え冗談でも考課権のある直属の上司に言われるとズシリと重い。

 恵子が先導してイタリアンっぽい外観のレストランに行った。受付で
「榎本さんの名前で六時半から個室が予約されていると思いますが」
と恵子が言って、僕たちは個室に通された。合コン相手のグループはまだ誰も来ていなかった。

 左右に四人ずつが対面して座る八席のテーブルだった。基本がレズの合コンだし僕はいわばオマケの存在なので、手前の端に座ろうとしたが「白一点で座が和むから真ん中に座りなさい」と三人から言われた。結局、奥から細川有希、土井里奈、僕、鎌田恵子の順に座ることになった。

「お店の名前はトラットリアだけど内容的にはリストランテなのよ。先方の幹事の榎本飛鳥さんから連絡を頂いてネットで調べたら高いから驚いちゃった。うちの会社の男性なら合コンには使えないような高級なお店みたいよ」
 恵子の説明を聞いて、B案の合コンも捨てたもんじゃないなと思った。

「榎本飛鳥さんってどんな人なの?」

「三十二歳の産業医で大手企業数社と契約されているらしいわ。年収はこのぐらい」
と言って恵子は指を二本立てて見せた。

「三十二歳で二千万! すごいわねえ」
と里奈と有希が夢見るような表情で言った。

「出張は多いけど基本的に九時~五時の仕事なんだって。勤務医と違って家族と一緒に夕食を食べられる職業らしいわ」
と恵子。

「それはマイナス要素ね。毎日ちゃんとした夕食を作らなきゃならないとは」
と有希が言った。

「そうするだけの価値があるでしょう。二千万よ、二千万」
と里奈。僕は自分の上司がそんな打算を持って合コンに来ていることにガッカリした。

「遠山君、B案の良さが分かったでしょう? 遠山君が必死に働いて幾らになると思う?」
と恵子に言われて
「僕は頼まれて今日だけタダメシを食べに来ただけだよ。皆さんと違って女性の稼ぎに頼って生きていくつもりなんて百ないから」
と答えた。里奈と有希から冷ややかな視線が返って来たので「しまった」と思った。二歳年上の総合職の二人に対して言うべきではないことを口にしてしまった。口は禍の元だ。

「そんな方とどうやって知り合えたの?」
 話題を変えようとして恵子に質問した。

「榎本飛鳥さんは私の高校時代の親友の元彼なの。その子が『元彼の飛鳥さん』と言うから男性かと思っていたら、三月ほど前にその子がデートしている所にバッタリ出会って紹介されたの。相手が女性だったからびっくりしたわ。その親友は看護師なんだけど、結局は榎本さんの先輩のお医者さんと浮気して妊娠しちゃったのよ」

「まさか、レズで妊娠だなんて……」
と僕は息を飲んだ。

「遠山君って本当に面白いわね。浮気相手のお医者さんは勿論男性よ。とにかく、親友は出来ちゃった婚で先月結婚したのよ。その結婚式に来ていた四人が今日の合コンの相手ってわけ」

「へえ、じゃあ鎌田さんの親友は結婚式に元彼を招待したんだ! 旦那さんは単に年上の女友達を招待したと思っていたんだろうね」

「彼女は両刀使いで付き合いが広い子だからレズ友も多かったの。だから結婚式には高収入女性が四人も招待されていたのよね。私はその四人と同じテーブルで、最近合コン相手の男性のレベルが落ちたという話をしていたら、榎本飛鳥さんからB案の合コンの誘いを受けたのよ」

 その時、部屋のドアが開いて四人の女性が入って来た。僕たちは立ち上がって四人を迎えた。

「榎本さん、今日は一人ドタキャンになってバタバタしてしまって申し訳ございませんでした」
 恵子が四人の中で一番背の高いグレーのパンツスーツの女性に言った。

「女の子よりも女の子らしい男の子を連れてくると聞いていたから楽しみにしていたのよ」
 榎本と呼ばれた長身の美人は恵子にそう言ってから僕に視線を向けた。

 恵子がそんないい加減なことを言って榎本を説得したのだと知ってまた腹が立った。

「写真以上に清楚で控えめな感じね。リョウ君というお名前なの?」
 榎本が近寄ってきて声を掛けられた。低くて落ち着いた声が僕の頭の高さから聞こえた。一度も近くで接したことがないような大人らしい響きが、声だけでなく身体全体に漂っていた。僕の心臓は飛び出しそうなほど高鳴り、胸が締め付けられる気がした。
「は、はい。僕、涼しいと書いて、リョウと読みます」
 緊張で顎が震えた。

「うふふ、そんなに緊張しなくていいのよ。もっとリラックスしてね、涼」
 いきなり涼と呼び捨てにされて、息が止まりそうだった。僕は勇気を出して伏せていた眼を上げて、その女性を見上げたが、もう彼女の目は僕の頭越しに有希たちに向けられていた。

「みんな席に座って待っていてくれる? 私たち、席順を決めるから」

 四人は部屋の隅でボソボソと話しをした後、ジャンケンをしていた。誰がジャンケンに勝ったのかは見えなかったが、どの席に座るかをジャンケンで決めたようだった。あの榎本さんが僕の前に座ってくれたらいいのに……。

 祈るように待った。榎本が僕の前に来て腰を掛けた時、喜びがジーンと体を包んだ。榎本はジャンケンに負けて仕方なく僕の前の席に座ることになったのだろうか、それとも勝って僕を選んでくれたのだろうか……。

 イケメンのウェイターが飲み物のオーダーを聞きに来た。榎本が「私に任せてくれる?」と言ってワインリストを吟味した。赤と白を一本ずつオーダーした。

「じゃあ、私の方からご紹介させてください。奥から細川有希、土井里奈、遠山涼、そして私は鎌田恵子です。里奈、有希、恵子は入社三年目、涼は新入社員です。私は短大ですので年齢は涼と同じです。ちなみに里奈は営業第二部の総合職で涼と私の上司にあたりますので普段は私も涼も土井さんと呼んで敬語で接しています」
 相手の女性たちが軽い笑い声を洩らした。続いて奥から簡単に自己紹介した。里奈の次に僕の番が来たが緊張してコチンコチンだった。

「遠山涼です。福島の高校を出て東京の二流大学を卒業しました。秋まで内定がひとつも取れなくてフリーターになるのを覚悟していたのですが最後に奇跡的に今の会社に入ることが出来ました。六月末までは試用期間ですが、上司の土井さんが悪い点をつけなければ晴れて総合職として安定した仕事に就いて親を安心させることができます。土井さん、よろしくお願いいたします」
と言って里奈の方を向いてお辞儀した。相手の四人の女性に受けると期待しながら冗談を言ったのに、冷ややかな視線を浴びてしまった。こういうのを「スベる」と言うのだろう。

「それだけなの? 私たちへの自己紹介というより里奈に対する挨拶だったわよ。もっと自分のことをしゃべりなさい」
と榎本に言われた。できない部下を叱る上司のような口調で美しい大人の女性に言われて意気消沈したが何とか発言を続けた。

「ええと、僕は二つ上の姉と一つ下の妹がいて、三人はとても仲良しです。趣味は小説を読んだりテレビドラマを見るのが好きです。ええと、そんなところです」

「要領を得ないわねえ。じゃあ私の方から質問させて。男の子なのに、今日はどうしてこの合コンに来たの? 年上の女性に支配されたいという願望が強いの?」
 榎本からズバリと聞かれて耳の付け根まで真っ赤になった。

「ち、違います。鎌田さんからどうしてもと頼まれて、もし断ったら酷い目にあわすと脅されたんです。それに、お金を出さなくても美味しいものが食べられると聞いて……」

 四人が大声で笑った。恵子が
「涼、変なことを言わないでよ」
と僕に白い目を向けた。

「もう一つ質問していいかな。この合コンってそもそも結婚相手を探すことが目的なのよ。私たちが若くて従順な女の子と出会いたいと思っていることは想像できるでしょう? もし私たち四人のうちの誰かが涼を気に入ったら、会社を辞めて専業主夫として主人の身の回りの世話をすることになるわけだけど、その覚悟があって合コンに参加したと考えて良いの?」

 四人の視線が僕に集まっている。もし僕が全くそんなつもりは無かったと答えれば座が白けるのは確実だ。僕は助けを求めて恵子の方を見た。

「涼はノーマルなんですけど、毎日一緒に仕事をしていると潜在意識では女性に支配されることを望んでいることが分かります。だから涼を誘ったんです」

「そ、そんな。僕の潜在意識がどうして分かるの?」

「要するに、私たちのアタック次第というわけね」
と真剣な目でもう一度聞かれて「は、はい」と答えてしまった。四人の女性がどっと笑った。

「私も質問していいかな」
 榎本の横、里奈の前に座っている女性が口を開いた。

「これがレズの合コンだってこと、分かってるわよね。涼は誰かに気に入られた場合には手術を受けることになる可能性があるけど、それでもいいのね?」

「手術って、何の手術ですか?」

「本当に分からなくて質問しているの? レズの合コンではブリッコは嫌われるのよ。まあいいわ。女になる手術よ」

 僕は怖くなって首を小さく横に振った。

「要するに、私たちのアタック次第なのよ。そうよね、涼」
と榎本が助け舟を出してくれた。

「は、はい」
と小さな声で答えて俯いた。四人の女性が興味深そうに僕を見つめている。ずっと年上で社会的地位のある四人の女性の前に晒されて、僕はまな板の上で料理されるのを待つ鯉の気持ちが分かった。ただほど高いものは無いというのはこういう事を言うのだろう。僕はこの合コンに来たことを後悔した。

「まだ私の自己紹介が残っていますよ、皆さん!」
 恵子が叫んで話題を変えてくれたのでほっとひと息をつくことが出来た。

 恵子に続いて相手の女性の自己紹介が始まった。

 一番奥の有希の前に座っている女性は公認会計士の今泉千恵美だ。大手の会計事務所に勤務しており、この中では最年長の三十七歳だ。僕の母が四十三歳だから六歳しか違わないことになる。背は僕ぐらいしかないが肩幅が広くて男性のようなショートカットだ。もし僕が今泉と結婚すると言い出したら母が激怒するだろうなと思った。幸い、今泉は僕には全く興味が無い様子で、有希と里奈の方ばかりを見ていた。理知的で大人っぽく、それでいてフェミニンな女性が好きなのだろう。今泉を見ていると外観も雰囲気も正真正銘のレズという迫力が感じられる。

 里奈の前に座った女性は眼光の鋭い美人で星有美子という名前の産業医だ。榎本と同じ医大の同期生とのことだった。先ほど「手術」に関する質問で彼女に追い詰められた僕は、まともに視線を合わせるのが怖かった。星は自分が真性のレズだと信じて三十二年間生きて来たのだと言った。
「男性が傍に来ると虫唾が走るんだけど、涼の近くに立ってもそうならなかったから自分でも驚いてる」
と突き刺すような目で僕を見ながら言ったので、僕は背筋に悪寒が走った。僕とは十センチ差だが、もしこの人と結婚したらどうなるのだろうと考えると怖くなった。榎本の次に背が高いだけに怖さを差し引いても僕にとってはドキドキする女性だ。

 僕の正面の榎本飛鳥は僕から見ると四人の中で一番の美人だった。エキゾチックな顔の造りという点では星有美子の方が上かもしれないが、榎本は理知的で、それでいて面白いことを探しているような目の輝きがある。身長は四人の中で一番高く、百七十二、三センチぐらいだろうか。自分より十センチも背の高い女性と結婚すれば後ろ指を指されるかもしれないが、もし榎本と結婚する場合は僕が奥さんの立場になるわけだから、榎本がずっと背が高くても自然かもしれない。年収二千万円と聞けば両親や姉妹は驚くだろうが、結婚に賛成してくれるだろうか……。

「ご質問があればお答えします」
と榎本が言ったので僕は「ハイ」と手を挙げた。

「先生、ご兄弟はいらっしゃいますか?」

「痛いところを突かれたわね。私は一人っ子よ。だから私と結婚したら最終的には舅姑の下の世話までしてもらうことになる」

 下の世話と言われて、この合コンの意味の重さを感じた。

「同居、ということでしょうか?」

「そうね、同居して舅姑に虐められる覚悟のある人を私の奥さんにしたいと思ってる。でも、現実問題として父は五十代半ばの現役サラリーマンだし、二人とも当分はピンピンしてる。同居するのは二十年後からという感じかしら」

 榎本の答えを聞いて僕はほっと胸をなでおろした。

「他にも質問はあるんじゃないの?」
 榎本が僕を見て聞いた。

「あのう、先生は元々女の子がお好きなんですよね? 男でも我慢していただけるんですか?」

「それ、涼をもらう気があるかどうかという質問?」
と聞かれて僕は再び真っ赤になってしまった。

「あるわよ、とても」
と榎本はストレートに答えた。今にも心臓が止まるかと思った。
「性器が気になったら手術で取れば良いだけだもの。それに、レズカップルでは人工授精の精子の提供者を確保することが問題になるけど、涼の場合はその点がメリットね。涼の精子で私のお腹から産まれた子を涼が母親として育てれば良いんだから」

 気になったら手術で取ればいいだけと言われて逃げ出したくなった。

「ごめんごめん、これは私が一対一で涼を口説く時に言うべきことね。片桐さん、お待たせしました」

 最後に自己紹介したのは端っこで恵子の正面に座っている片桐昭子だった。片桐は国際的な弁護士事務所に勤務する三十五歳の弁護士だ。特許訴訟が専門とのことで、見るからに頭脳明晰そうな人物だ。グレーのツーピースを格好良く着こなしている。高そうなスカートスーツだった。恵子は片桐が気に入ったらしく、片桐が一言しゃべるたびに心から尊敬しているという仕草で片桐を見上げていた。僕は恵子の様子を見ていて、これと思った相手には、こんな風に接するべきなんだなと勉強になった。片桐も恵子が気に入った模様で、恵子の仕草を一生懸命に見ていた。僕の方にもチラチラと視線を投げかけていたが、それは珍しいものを見る視線であり、結婚の対象、あるいは性的対象としての興味は無さそうだった。

 結局、四人の賢い女性がジャンケンで決めただけのことはあり、向かい合った席の二人が、それぞれ合コンを楽しんでいるようだった。特に奥の端の有希と今泉公認会計士のカップルはこの場で結婚宣言してもおかしくない程親密で、手前の端の恵子と片桐弁護士のカップルもそれに近い状況に見えた。

 僕たち残りの四人は榎本と星が同期の産業医として共通の話題が多いこともあって四人で会話をした。里奈はニヒルな感じを漂わせた星を気に入っているようだったが、榎本にもチラリチラリと色目を投げているのが見て取れた。

「君たち、料理はできるの?」
と星が質問した時、里奈はその質問を待っていたかのように
「普段は忙しくて料理をする機会は少ないんですが、得意な料理は肉じゃが、きんぴらごぼう、コロッケ、ロールキャベツというところです」
と答えた。うちの課で僕の歓迎会を開いてくれた時には、料理は全くできないし、するつもりも無いと言っていたのに、何という変わりようだと呆れてしまった。

「男性の好きな手作り料理ランキングに出てきそうな料理はみんなできるんだね」
と星が少しイヤミっぽく言ったので僕が「ぷっ」と吹き出したところ、里奈に睨みつけられた。

「涼は何を作れるの?」
 星が僕の胸元から額までを解剖するように視線を走らせた。

「僕は今日まで奥さんになろうと思ってなかったので料理はほとんどしたことがありません。一つだけ得意なのはボルドー風のシチューです。卒業旅行でフランスを回った時に教えられたんですけど、ボルドーは元々貧しい地域で、ジャガイモ、玉ねぎ、にんじんと豚肉を、安い赤ワインで煮込んだシチューが郷土料理らしいんです。ワインで煮込むなんて贅沢に聞こえますけど、ボルドーでテーブルワインは水より安いらしいです。福島の実家に帰省した時に二回だけ作りましたけど、家族全員が美味しい美味しいと言って食べてくれました。姉と妹にせっつかれて作り方を教えましたから、今は姉と妹の自慢の料理になってるんです」

「そうなんだ。涼は奥さんになる素質がありそうだな」
と星が言った。

「ボルドー風シチューか。今度食べさせて欲しいなあ」
と榎本が言った時、僕は里奈に完全に勝ったと感じた。

「榎本先生も星先生も一人暮らしなんですよね? いつも食事はどうされてるんですか?」

「私は会社のまかない付きの寮に住んでいるから、食事の心配はいらない」
と星が先に答えた。

「お医者さんなのに寮住まいですか?」

「榎本さんと違って私は大企業の社員として週四日勤務してるから、サラリーマンに近い勤務形態なんだ。残りの三日はバイトに行くか、休むか。気楽な稼業だから、放っておくとこのままズルズルと独身ババアになりそう。男が嫌いで出会いも無い。そんなときに榎本さんの元カノだった女の子と知り合ったりして、自分も現状を打破したくなったんだ。正直、早く結婚して家庭を持ちたいと思ってる。何でも言うことを聞いてくれて身の回りのことを全部してくれる若くてきれいな奥さんが欲しい」
 僕をその候補と想定しているということが星の視線の中に感じられた。

「土井さんはまさにピタリですね」
と僕は里奈を持ち上げた。里奈は全くそんなタイプではないと思ったが、今日の合コンで里奈の恨みを買いでもしたら困ったことになるので、良い機会だと思った。

「榎本先生は毎日外食をなさってるんですか?」

「私は複数の企業と契約しているから仕事ついでに接待される機会が多いのよ。地方の事業所に行くことも多いから、泊りがけの出張も結構あるわ。普通に一人で食べるのは週二ぐらいかな。定食屋に行ったり、コンビニ弁当で済ませたり。ごくたまに寂しくなるとナースを誘ってステーキとかを食うこともある」

「何だか、働き盛りの男性サラリーマンみたいですね」

「あははは。でも笑い事じゃないわ。その通りだもの。ナースを飲みに連れて行ってお持ち帰りすることもあるけど、相手の下心が見えて気が重くなるのよ。それならまだ合コンの方が気持ちがすっきりする」

「榎本先生がナースをお持ち帰りされるんですか……」

「そりゃそうよ。私が抱きたいのは女性だもの。私が男の子を抱きたいと思ったのは高二の時以来かな。学園祭で劇をやった時にお姫様の役になった男子が好きになった時だけ。でもプラトニックで終わったから、男の子を抱くのは今回が初めてということになるわ」

 もう榎本は僕を抱くつもりなのだ。ストレートな表現を聞いて、心臓がバクバクと音を立てた。

「でも、実際にチンチンを目の前にして嫌悪感がしないかどうかは、やってみないと分からないわ。とにかく涼を抱いてみたい」

 僕は心拍数と血圧がピークに達して、耳の中でキーンと音がした。

「涼、先生に抱いていただいて万一嫌悪感がしなかったら付き合っていただけるということなら、良いお話しじゃない?」
 里奈がまるで邪魔をするかのようなタイミングで口を挟んだので、僕は里奈を蹴飛ばしたくなった。だいたい「万一嫌悪感がしなかったら」というのは嫌悪感がする方が当然のようであり、僕に対して失礼だ。

「嫌悪感と言う言葉は失言だった。涼みたいな綺麗な子を抱いて嫌悪感が出てくるはずが無いもの。でも私は根っからのレズだから、若干の違和感を感じる可能性は否定できない。その場合は手術を受けてもらったら違和感は間違いなく消えると思う。胸は女性ホルモンで少しずつ大きくなるのを楽しみながら待ちたいな」

 僕はどう答えていいか分からずオロオロするばかりだった。これは殆どプロポーズだ。抱いて気に入れば付き合うし、違和感があれば性転換手術を受けさせると榎本は言っているのだ。違和感がないことを祈りながら抱いてもらおうかな……。僕はそんなつもりで合コンに来たのでは無いのに、実際にこんな美人女医から迫られるとグラッと来てしまいそうだ。でもちょっと待て。すらりとした美人女医と結婚できると言っても、それは普通の結婚ではない。僕は榎本の奥さんとして家事や子育てをして、ご両親の世話までしなければならない立場になるのだ。友達に自慢できるどころか、バカにされるのがオチだ。親も嘆くだろう。喜んでくれそうなのは姉と妹ぐらいだ。

「涼、私を見て」
 榎本に言われて、僕は背筋を伸ばして榎本の目をしっかりと見た。

「私は涼をひと目見て抱きたくなったの。涼は私のことが好き? それとも嫌い?」

「ぼ、僕は、榎本先生を見ると心臓が飛び出しそうなほどドキドキして胸が熱くなります」

「じゃあ、抱かせて」

 唇が小刻みに震えて頭の血管がはち切れそうになった。女性からこんなことを言われるのは生まれて初めてだった。それもまさに僕のタイプの飛びっきり美しい長身女性に。僕は「はい」と答えようと口を開いた。

 僕がその答えを口に出そうとした時に榎本が先にしゃべった。
「今すぐに返事しろとは言わない。私にとっては簡単だけど、涼にとって重大な意味があることはよく分かってる。男としての人生を捨ててもらうことになるんだものね。よく考えてから返事してくれればいいわよ」

「は、はい、榎本先生」

「隣はドラマチックな展開になってるみたいだから、私も真似しようかな」
と少しお道化た様子で星がため息混じりに言って、テーブルの上で里奈の手を握った。
「里奈、私と付き合って」

 里奈の心臓のバクバクと言う音が僕にも聞こえる気がした。
「はい、星先生。よろしくお願いいたします」
 里奈の胸から歓喜の波動が伝わって来た。僕も自分の事のようにうれしかった。

 どんなテレビドラマよりもドラマチックな二時間が終わった。恵子の提案に従って、僕たちは相手の四人全員と電話番号とメールアドレスを交換した。

「後は各々が意中の人と直接やりとりしてくださいね」

 僕はそれまで恵子はどちらかというと見かけはきれいでも浅薄な女性と言う印象を持っていたが、合コンを取り仕切る様子を見ていて、間違いだったと気づいた。恵子は僕たち四人の状況をちゃんと把握した上でスムーズに全体を取り仕切っている。有希は今泉公認会計士との関係に熱中しているだけで他の三人のことは全然かまっていない。里奈は僕の上司なのに足を引っ張るようなことを言ったりして、とても自分本位な人だと思った。僕は恵子ともっと親密になりたいと思った。

 レストランの前で散会になった。二軒目には行かず、四人の先生方と、四人の若い会社員の二手に分かれた。別れ際に榎本から
「また私の方から連絡するわね。おやすみ、涼」
と言われて額にキスされた。心臓をバクバクさせながら
「おやすみなさい、榎本先生」
と深くお辞儀をした。他の三組のカップルもそれぞれの作法で別れを告げ合った。

「こんなに濃い合コンって滅多にないわよ。恵子、色々ありがとう」
 四人だけになってから有希が礼を言った。

「本当にクォリティーが高い合コンだったわね。もうA案の合コンなんて考えられないわ」
と里奈。

 僕の頭は恵子にお礼を言うべきかどうかさえ判断できない程に混乱していた。

「四人ともお持ち帰りされてもおかしくない状況だったのにあっさり別れちゃったのは残念ね。特に涼の場合は抱かせてと言われたときに『ハイ』と答えていればセレブな人生が確定していたのに」
 恵子は片桐弁護士との話に集中していたのかと思っていたが、知っていたので驚いた。

「簡単にOKできるわけないだろう。先生も仰ってたけど男としての人生を捨てろという話だよ」

「そんなもの、涼にとってどれだけの意味があるの? 変なプライドなんか捨てちゃいなよ」

「僕は男なんだよ。男性らしく生きることを『変なプライド』というわけ?」

「寝る前に鏡を見てよく考えなさい。男の人生だの何だのと言ってたら涼は損するだけよ。だからB案の合コンに誘ってあげたのに」

「あのねえ、榎本先生は抱いてみて違和感があったら手術すると仰ったんだよ。おチンチンを取っちゃうつもりなんだよ。女性ホルモンで胸を膨らませるとも仰ってたし」

「自分の人生とおチンチンのどちらが大事なのか分からないんだったら勝手にすれば」
と恵子に突き放された。

 アパートに帰って湯船に首までつかりながら、もし先ほど抱かせてと言われたときに「ハイ」と答えていたら今頃どうなっていただろうかと考えた。榎本のアパートにお持ち帰りされるか、ホテルに連れて行かれて、今頃は裸にされているだろう。そして榎本が違和感なしと判断したらその場で結婚を申し込まれていたかもしれない。

 あの時、どうしてすぐに「ハイ」と言わなかったのだろうと悔やまれた。いや、僕は今にも「ハイ」と言うところだったのに、榎本が「すぐに返事しなくてもいい」と言い出したのだ。榎本は本気なのだろうか? 今日レストランですらりとした長身美女が部屋に入って来た時、僕の心臓は止まりそうだった。その人から抱かせてと言われるなんて一生に一度あるかないかの幸運なのに、一瞬でも躊躇するとは僕はなんてバカなことをしたのだろう。

 恵子の言う通りだ。

 もし今度チャンスが巡って来たら絶対にためらうことなく即座に「はい」と答えようと心に決めた。


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