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女性上司の妻になった男

【内容紹介】夫婦関係が逆転し、夫は女装して奥さんになることを強いられるTS小説。主人公の本郷咲良は23歳の美少年系で国際営業部の2年目社員。直属の上司は小芝玲央という元ミス東京で1位を逃した35歳の長身美女で、超一流大学卒、TOEICも920点。最年少課長になるのも近いと噂されるエリートだった。咲良の部下は新入社員の藤丘慶子。帰国子女でちょっと生意気。大学は小芝玲央の後輩で英語はペラペラ、小芝と同じく長身の美女で、話していても賢いのがミエミエ。咲良は、数年もすれば慶子の方が自分の上司になって自分は慶子に敬語でしゃべる羽目になるのではないかと内心気が気ではなかった。主人公がいずれは慶子にこき使われる立場になりそうなことは一目瞭然。だが、そんな単純な話では終わらない。最後までやきもきさせられる長編エンターテインメント・サスペンス。

第一章 美しすぎる上司

 うちの会社には七不思議と言われていることがある。

 その一つは公式の七不思議で、社長が今年の抱負として年始に披露したものだ。二十年前の創立以来、うちの会社が赤字になったのは三回だけだが、赤字の翌年は必ず記録的な黒字を達成したそうだ。
「これは当社の七不思議であり、業界では都市伝説とも言われている」
と社長は胸を張って全社員を鼓舞した。社員の二十人に十九人は
「なあんだ、つまんない」
と思ったはずだが、表情には出さずに黙って聞いていた。

 七不思議の中でも非公式な不思議には結構興味深いものがある。その代表が僕が所属する部の小芝怜央に関する不思議だった。小芝は超一流大学卒で学生時代にミス東京の一位を惜しくも逃したことがあるスーパー美女だ。バドミントンでインターハイに出たというから、まさに文武両道だ。三十五歳になっても独身で浮いた噂は全く無いし、過去に社内外に彼氏がいた形跡も無いらしい。百七十三センチの長身でもあり、男性が気後れして声がかかりにくいという不利があるのかもしれないが、性格は明るくサッパリとしていて非の打ち所がない。しかも営業成績は群を抜いており、TOEICも九百二十点で、近々最年少で課長かニューヨークの部長になるのではないかと噂されている。

 小芝怜央にはレズビアン説も流れていた。性格の良い美人に男っ気が無い原因としてレズビアン説には説得力があるが、小芝が女性と付き合っているとか、うちの会社の女子社員が小芝に誘われたという形跡は全くない。運輸管理部の吉澤美津子という三十代前半の女性が
「忘年会の後で小芝さんとカラオケに行った時に肩に手を回されてドキッとしたことがあったわ。小芝さんってレズっ気があるんじゃないかしら」
と言っているのがレズビアン説の発信源らしい。しかし吉澤美津子は派生BLコミックのファンで長身美女に憧れている亜流腐女子という噂がある。吉澤の顔と名前が結びつく人は
「あれは吉澤さんが夢を語っているだけだ。小芝さんがレズなら他の女性を誘うだろう」
と言っている。レズビアン説がガセであることはうちの部の人なら誰でも分かっていた。

 僕はそんな清廉潔白な小芝が課長代理をしている海外営業第二課の入社二年目の総合職社員だ。小芝のアシスタントのような立場であり、去年までは社内で勉強をしながらもっぱら電話番をしていたが、二年目になって小芝の客先訪問にも連れて行ってもらえるようになった。

「本郷君、良かったわね。頑張って行って来てね」

 僕が初めて小芝に連れられて客先訪問することになった時、小芝と同期入社で海外営業第二課の一般職をしている柳原浅子に励まされた。柳原はうちの課でお姉さんというよりはお母さんのような存在で、僕は入社した時からずっと柳原に可愛がられている。

 営業第二課の総合職は五十歳の温厚な能上課長、小芝課長代理、二十八歳の毒島五郎、二年目で二十三歳の僕と、入社したばかりの藤丘慶子の五名だ。藤丘慶子は一浪で十月生まれだから実年齢は僕より五ヶ月上だ。小芝と同じ超一流大学卒で小芝並みの長身だ。中学から高校にかけて親の転勤の関係でニューヨークに住んでいたので英語力は小芝に負けないほどらしい。慶子は一年上の僕に対して少なくとも表面的には敬意を払って敬語で話してくれるが、小芝が僕と慶子を連れて客先を訪問する時とか、エレベーターに三人で乗ったり、立ち話をする時には、十センチも身長が高い小芝と慶子が僕の頭越しに話をするので僕は居たたまれない気持ちになることが多い。

 ある日、小芝と僕の二人で午後四時に渋谷の客先を訪問し、五時半ごろに客先のオフィスを出た。小芝が
「今日は帰社せずに、直帰しようか」
と僕に言ってから、課長に電話して直帰する許可を取った。

「本郷君、これから空いてる? たまには晩メシでもご馳走するわ」

「はいっ、ありがとうございます」
 上司と言っても小芝はミス東京クラスの美人だ。そんな女性と一対一で食事できるなんて夢ではないかと思った。

 小芝が連れて行ってくれたのはイタリアン風のワインレストランだった。

 赤のハウスワインのデカンタと「今日のお勧めアンティパスト」がテーブルに届いて、とりあえず乾杯した。仕事を離れて向かい合う小芝には普段とは違う魅力が感じられて、何も言葉を交わさなくても胸がドキドキした。

「本郷君、今日は折り入ってキミに相談があるの。個人的なことなんだけど聞いてくれる?」
 突然そんなことを言われて天にも昇る気持ちだった。

「何でしょう。小芝さんから個人的な相談を受けるなんて光栄です。ご遠慮なくおっしゃってください」

「ありがとう。じゃあ、言い難いけど言うわね。実は、明日、富山から両親が上京するの。本郷君に私のフィアンセとして両親に会って欲しいのよ」

 僕は驚きの余り椅子からずれ落ちそうになった。頭に血が上って、こめかみにドクドクと脈が打つのが感じられた。

「も、もしかして、それはプロポーズなんでしょうか」
 胸の高鳴りを押さえながら小芝の目を見て聞いた。小芝は僕の真剣な表情に気づき、大きな目で僕を見た。徐々に小芝の表情が緩んで微笑が浮かんだ。次の瞬間、小芝は「プッ」と吹き出した。

「ごめん。説明不足だったわね。実は、私が三十五歳になっても彼氏の気配もないことを心配して両親が見合い写真を送って来るんだけど、私が全く興味を示さないから、私がレズじゃないかと心配しているのよ。両親からしょっちゅう電話がかかって来てうるさくて仕方ないの。だから、本郷君が去年入社してから付き合い始めて、最近結婚の約束をしたということにして両親に紹介したいのよ。ね、いいでしょう?」

「小芝さんの婚約者の役なら光栄ですけど、本当に僕なんかで良いんですか? もっと年齢が近くて、背の高い人じゃないと、ご両親も本気にしないと思いますけど」

「私は昔から年下で可愛い系の子が好きで、両親もその点はよく分かっているのよ。だから両親が送ってくる見合いの話も、その手の男性が多いんだけど、レベルが低すぎてお話しにならないの。レベルが数段違う本郷君を両親に見せれば、私が何故これまで見合いを断ってきたのかが一目瞭然だから、当分静かになると思うわ」

「レベルが数段違うだなんて……」
 僕は恥ずかしさと誇らしさで自分の顔が紅潮するのが分かった。

「やってくれるのね」

 元気に「はい」と答えて大きく頷いた。テレビドラマや小説の世界なら、こんな経緯で婚約者の代役を引き受けた場合には、それがキッカケで恋が芽生えたり結婚することになるというのが最もよくあるパターンだ。僕にもチャンスが回って来たと思った。

 小芝はテーブルの上で僕の両手を掴んで
「ありがとう、恩に着るわ」
と言った。

 会社では駆け出しの僕が、十二歳も年上のエリート上司と恋に落ちるという筋書きに若干の不安が残るのは否定できない。普通に考えると僕と小芝ではどう見ても恋人同士として釣り合わない。身長は小芝の方が十センチも大きい。もし僕たちが付き合っていることが会社の人に知られたら逆転カップルと噂されるのは確実で、僕は婦唱夫随願望とか、専業主夫志望とか、倒錯チビなどと言われて後ろ指を指されるのがオチだ。結婚しても僕が小芝にタメ口をきくことは考えられないから、一生敬語で話すことになるだろう。でも僕は耐えられる。背の高い女性は僕の憧れだし、こんな美人と一緒になれれば実家の両親や高校時代の友達に対しても自慢できる。

 小芝との夢のような時間があっという間に過ぎた。

「両親とはこのレストランで集合する約束なのよ。本郷君と私が一緒に店に入って来る姿を見せたいから、先に私のアパートに来てくれる? 私のアパートで一緒に入念なリハーサルをしておきたいから、午前十時ごろ来てくれるとありがたいわ。土曜日に早起きさせて申し訳ないけど十時で大丈夫かな?」

「勿論です。午前七時でも八時でも大丈夫ですよ」

「じゃあ十時に来てね。私のアパートの場所はグーグルマップのリンクを送っておくわね」

 小芝が勘定を済ませてくれた。女性と食事をして全額払ってもらうのは生まれて初めてだった。いくら収入に二倍の開きがあっても、一緒に食事をして小芝に払ってもらって良いのだろうか? でも小芝は自分が払うのが当たり前のように振舞っていた。もしこの話が発展して今度は恋人としてデートをしようということになったら、少なくとも割り勘で払いたいと意思表示をすべきかなと思った。

 満たされた気持ちでアパートに帰り、翌日の仮想デートを楽しみにしながら眠りについた。

第二章 偽装のカップル

 土曜の朝、早起きしてスーツとカッターシャツにアイロンをかけた。朝シャンをしてからハード気味のジェルをつかって男っぽい髪型を作った。買い置きしていた新しいトランクスと半そでシャツの上にカッターシャツと濃紺のスーツを着て赤系統のネクタイを締めた。鏡の前に立つと、絵に描いたような若手ビジネスマンが出来上がっていた。これなら小芝のご両親に、見合い写真より数段上の違いを見せつけることが出来そうだ。一番底の高い革靴をクリームを付けたスポンジで磨いた。

 電車に三十分ほど乗って、スマホを頼りに小芝のアパートに辿り着いた。それはテレビのCMにも出てくるブランドのマンションだった。入口で小芝の部屋番号を入力すると「はーい」と小芝の声が聞こえた。「本郷です」と言うと玄関の自動ドアが開いた。「流石、格が違うマンションだな」と感心しながら自動ドアを通ってエレベーターで七階まで行き、小芝の部屋の玄関のボタンを押した。

「おはよう、入って」
 テレビドラマに出てくるようなしゃれたデザインのリビングルームに通された。

「一人暮らしにはちょっと広すぎるんだけどね」
という小芝の言葉を聞いて、「もうすぐあなたと二人暮らしになるから」と示唆された気がした。

「せっかく背広にネクタイで決めてきてくれたけど、着るものは私が用意してあるのよ。着替える前にシャワーとシャンプーをしてもらっていいかな?」

「僕、朝シャンをして来ましたけど」
と言うと
「髪についたムースを落としてほしいの」
と言われて、
「はい、分かりました」
と答えた。小芝の家でシャワーを浴びるというのはドキドキものであり、歓迎すべき状況だと思った。将来付き合い始めたら「一緒にお風呂に入りましょう」と言われるのだろうか。

 風呂にはTSUBAKIのシャンプーとコンディショナーが置いてあった。毎晩小芝が使っているシャンプーを僕が同じ風呂場で使うのだ。ウキウキしながらシャンプーをして、普段は使わないコンディショナーも使った。風呂場の床の排水口に引っかかっていた僕の抜け毛を指で取り、風呂場の外のゴミ箱に入れてから洗面所で指を洗った。小芝が用意してくれていたバスタオルを使って身体を拭いた。
「ヘアドライヤーでブローしておいてね」
と声をかけられて、言われた通りにした。僕の髪はマッシュだが髪の毛の量が多いので整髪料を付けないと髪が女性のようにふわふわに広がってしまう。

「すみません、整髪料を持ってきてないんですけど」
と叫んだところ
「そのままでいいわよ。私が仕上げをしてあげるから」
と言う小芝の声が聞こえた。

 僕が風呂の手前の床に畳んでおいたはずの服が見当たらないので探していると、
「バスタオルを腰に巻いてリビングに来て。あなたの着る服はこちらにあるから」
と声が掛かった。僕はバスタオルを腰に巻いた。上半身が裸の姿を小芝に見せるのだと思うとドキドキして、おへその下に不自然な盛り上がりが出来てしまった。

「早く来てね」
と声がかかり、僕は両手で前の膨らみを覆いながら居間に行った。

「今日はちょっと事情があって、本郷君には私が用意した服を着てもらわなきゃならないのよ。勝手を言って申し訳ないけど私の我がままを聞いてくれる?」

「勿論です。小芝さんが用意された服ならどんな服でも喜んで着させていただきます」
と答えた。

「じゃあ、あれを着て」
 小芝が指さしたのはソファーの上に置かれたワンピースと下着だった。小芝が後で着替えようとして置いてあるのかと思っていた。

「あれは小芝さんの服でしょう。僕のはどこですか?」

「あれを本郷君が着るのよ。我がままを聞いてもらってごめんね」

「ちょっと待ってください。僕に女性のフリをしろと仰るんですか?」

「違うわよ。私の婚約者の役だから当然男性として両親に会ってもらう訳よ。でも、どうしてもこの服を着た姿じゃないと駄目なのよ」

「そんな無茶な。着ると約束した後で恐縮ですけど、ちゃんと理由を説明してください」

「そりゃそうよね。説明を聞かなきゃ納得できないわよね」
と言って小芝は説明し始めた。

「私がレズじゃないかと両親が疑っているという話をしたわよね。両親は私の行動を探るために私立探偵を雇って調べさせたのよ。私もうかつだったんだけど、私が金曜の夜に若い女性を連れてアパートに帰って、土曜の朝にその女性がアパートから出て行く写真を撮られたのよ。その写真をレズの動かぬ証拠として親から突き付けられたわけなの」

「女性の友達が一泊した写真だけを証拠にレズと言うなんて、ご両親も乱暴ですよね」

「そうでもないのよ。土曜の朝、玄関でディープキスをしている写真と、ご丁寧に動画まで撮られてしまったから」

「ま、まさか。小芝さんはレズだったんですか?」

「一言で決めつけないでよ。私は性別で人を差別するような人間じゃないわ。女でも男でも好きと思った相手が好きなのよ」

「バイセクシュアルなんだ……」
 僕はため息をついた。

「本題に戻りましょう。僕がその服を着なきゃならないという説明をまだうかがっていません」

「そのワンピースはキスシーンの時に沙羅が来ていた服なのよ。元々私が買い与えた服だから、先週沙羅が出て行った時には置いて行かせたの。本郷君に代役を頼む理由は本郷君が沙羅とそっくりだからよ。顔もスタイルも」

「先ほど僕は男性としてご両親と会うと仰いましたよね。その服を着るという事は女性に化けるという事になりませんか? そこらへんがどういう風につながるのかが呑み込めないんですけど」

「こんな簡単な理屈が分からないかな? 親は私がレズで写真の女と肉体関係にあると思って乗り込んでくるのよ。ディープキスの証拠まで抑えられてる。レズ疑惑を逃れる方法は一つしかないわ。『確かに写真の人と一夜を過ごしました、でもその人は男性です』と開き直るわけよ。良い考えだと思わない?」

 自分のアイデアに酔っている感じはあるが、確かにグッドアイデアだ。僕が男性であることを知った両親は出鼻をくじかれて引き下がるしかない。

「レズ疑惑を解くアイデアとしては有効だと思います。でも、普通の親なら、娘の婚約者が女装して現れたらドン引きしますよ」

「それは私に任せておいて。私の親はそんじょそこらの親とはちょっと違うんだから。まあ楽しみに私の劇作家兼主演女優としての才能を見ていてくれればいいのよ」

「協力するんですから詳しいシナリオを僕にも教えてくださいよ」

「筋を知ってしまうと素人の俳優はどうしても意識して不自然な演技をしてしまうものよ。ぶっつけ本番の方が驚いたりオロオロしたりする表情が自然に出るから観客に対する訴求力が上がるの。プロデューサー兼ディレクターの私だけが筋を知っている状況がベストだわ」

「僕はこんな恰好をして驚かされたりオロオロさせられたりするんですか……?」

「さあ、準備にかかりましょう。まずそのペチャンコの胸を何とかしなくちゃ」

 小芝は肌色の円盤状のゴムのようなものをベトベトした感じの裏側を上にしてソファーの前のガラステーブルの上に置いた。

「シリコンのヌーブラを三枚重ね盛りするのよ」
 小芝は僕の脇の下から乳首にかけ皮膚を無理やり引っ張るような感じで一枚目のシリコンゴムを貼りつけた。

「お乳の真ん中に貼るんじゃないんですか?」

「これは私が長年かけて完成させた超絶テクニックよ。一枚目は乳首がやっと隠れるぐらい横にずらすのがコツなの。二枚目は厚いのを真ん中に貼る」
 そう言いながら小芝は僕の両胸にベトッとしたシリコンゴムの円盤を貼りつけた。小芝もヌーブラで胸を大きく見せているのだろうか? 

「最後の仕上げがこれよ」
 ずっしりとしたなまめかしい疑似オッパイのような三枚目のシリコンゴムを全体を覆うように貼りつけ、中央方向に引っ張ってホックで留めた。その上に熱いパッドが内装されたブラジャーをすると、僕の上半身は本物の女性のようになった。

「すごい……」
 僕は自分の胸を見下ろして息を飲んだ。胸がドキドキして下半身がムズムズしてきた。

「その場でピョンピョンしてみてごらん。絶対に落ちないから安心よ」
 言われた通りに、トントンとジャンプしたところ、胸が上下に揺れた。引っ張られる感じが生々しくて、本物のオッパイが自分の胸に生えたような錯覚に陥った。

「私もあなたほどじゃないけどペチャパイだから、このヌーブラ・テクニックが無ければミス東京には出られなかったわ」

「そうだったんですか……」

「だから相手はオッパイが大きめの子が好きなのよ」

「やっぱり、レズだったんですね……」

「私のことはどうでも良いから、ブラとおそろいのショーツをはきなさい。でも、気持ち悪いものが真ん中に突っ立ってるわね。折るとか切るとか、何とかならないの?」

 自分の胸や女性物の下着に興奮して、僕のおへその下の棒は滅多にないほどギンギンに立っていた。小芝がその棒を忌まわしくて汚いもののような言い方をしたので驚いた。性別で人を差別はしないとか言っていたが、男性を嫌悪しているのは明らかだ。小芝は真性のレズだったのだ。僕はガッカリして気持ちが萎えてしまった。小芝に対する気持ちが覚めると同時にギンギンだった棒がだらりと下がって小さくなった。

「おしっこしてきなさい。しばらくトイレに行けないから、水分は出来るだけとらないようにしてね」

 トイレから帰ってくると僕のおチンチンは小さくなっていた。小芝は数十センチの長さの布張りの強力なガムテープの端を僕のおへその下に貼ってから、僕のおチンチンをお尻の方に引っ張りながらガムテープで固定した。最後に余ったガムテープの端を力任せにお尻の上の方まで引っ張り上げてしっかりと貼りつけた。

「これで絶対に外れないわ」

「これでは本当におしっこは不可能ですね。洩れそうになったらどうしましょう」

「我慢してもらうしかないわね」

 その上にブラジャーと同じデザインのショーツをはいて、さらに太ももからおへその上まである強固なガードルをはかされた。さらに黒の補正タイツを二枚重ねにしてはいた。

「これだけ重ねたらレイプ犯に誘拐されても大丈夫よ。脱がすのに何分もかかるから、アハハハ」

 スリップを着て、その上にワンピースのドレスを着た。

 次に小芝は僕を洗面所に連れて行き鏡の前でブローしながらブラシで髪を整えた。前髪を写真の女性と同じように目と眉の間で切りそろえると僕の顔の感じがガラリと変化した。髪の裾を少しカットして完成だ。僕は写真の女性そっくりになった。

「これじゃあ別人だとバレるわ」
 僕は完璧だと思ったが小芝にとっては不十分なようだ。

「やはり眉がポイントね」

 小芝は毛抜きとハサミで僕の眉をしばらく弄っていた。鏡の中の僕は昨日までの僕ではなくなっていた。女性らしい細い眉になると顔の性別が変わるのだと知った。

「どうしましょう。明後日こんな顔で会社には行けません」
 僕は泣きそうだった。

「明日は明日の風が吹く。今日の会食だけに神経を集中しなさい」

 小芝がこれほど独りよがりで自分勝手なレズ上司だったとは……。

「私のサラが戻って来たのね」

 小芝は僕の肩に手を置いて、それまで見せたことのない愛情に満ちたまなざしで僕を見下ろした。右手で後頭部を包まれ、小芝の唇が近づいてくると背中が蕩けるような気がした。甘い、美しいキスだった。腰からお尻を撫でられて太ももから胸が電気のしびれによって優しく覆われた。胸を揉まれると、ヌーブラで盛り上がった胸が僕の本当の胸であるかのようにジリジリと感じた。

「咲良はサラとも読めますけど、サクラが正しいんです」
 男性の場合は咲良と書けばサクラとしか読まないのに……。サラは女の名前だ。

「サラ、私のサラ」
 小芝は僕の抗議を無視して愛撫を続けた。僕はもうサラでいいと思った。

「こんなことはしていられないわ。今夜ゆっくり愛し合いましょうね」

 小芝は僕を離して僕に化粧水と乳液を使わせた。洗面所の鏡の中の僕の後ろに立つ小芝の姿はスラリとして女神のようだった。僕は今夜この人に抱いてもらえるのだったら何をしてもいいと思った。小芝はBBクリームを僕の顔に薄く延ばし、アイメイクとチークを手早く施した。小芝のプロのような手つきで仕上げられた僕の顔はますます写真の女性に似てきた。小芝はもう一度僕をサラと呼んで後ろから強く抱きしめた。

 その時、僕はハッと気づいた。小芝は僕を抱いているんじゃなくてサラという女性を愛撫しているつもりなんだ。

 僕がリビングのソファーで半分放心して待っていると、小芝が黒のパンツスーツに着替えて戻ってきた。細長い美しいシルエットを見て僕は思わず立ち上がった。

「サラ、愛してるわ」

 小芝の甘い声を耳元で聞いて胸が熱くしびれた。でも、「本郷君」ではなく写真の女の名前で呼ばれたことが悲しかった。小芝が愛しているのは写真の女であって僕ではない。それでも僕は
「小芝さん、大好きです」
と心の底から言った。

 写真の女が置いて行ったというハイヒールは僕の足に寸分たがわずフィットした。役人が持ってきたガラスの靴に足を入れた時のシンデレラのように誇らしい気持ちだった。小芝の肘に腕を差し込んで恋人同士のように歩いた。今日の僕は小芝の恋人というだけではなく婚約者の役なのだ。

 初夏の風がスカートの中を吹き抜ける。オブラートのように軽いプリントのフレアースカートがふわりと舞い上がったので、思わずスカートの前を両手で抑えた。レストランの黒っぽいガラスに小芝とサラの姿が映っている。例えレズを毛嫌いする人でもうっとりさせるほど完璧なカップルだ。

「ガラスの中を覗かずに私の目を見て。奥の席から両親が私たちを見ているのよ。私の首に腕を回してキスしなさい。リップが崩れないように気を付けてね」

 あの写真の女として両親の見ているところでキスシーンを演じるのには抵抗があった。でも小芝とキスできることの喜びの方が遥かに魅力的だった。

「今私とサラが愛し合う現場を見せることで両親は写真の女がサラだということに何の疑いも抱かなくなるわけよ。さあ、本番よ」
 小芝は僕の手を引いてレストランに入った。

「小芝ですけれど」
 受付の女性に言うと
「はい、お連れ様がお待ちです」
と言って奥の静かなコーナーにあるテーブルに案内された。

「お父さん、お母さん、お久しぶり」
 六十前後の身なりの良い夫婦の視線は小芝ではなく僕に向けられていた。何か忌まわしいものを見るような視線だった。

 僕が「本郷サクラと申します。花が咲くの咲に優良の良と書いてサクラと読みます」と自己紹介をしようと口を開きかけた時、小芝が
「これが私の婚約者のサラよ」
と言ったので僕はただ
「よろしくお願いいたします」
と言ってお辞儀をした。隣のテーブルの中年のカップルが大きな口を開けて小芝と僕を繰り返し見比べていた。

「あなた、人前で何てことを言うの!」

 眉間に皺を寄せたお母さんが押さえた声で叱るように言った。

「お母さんったら、サラが可哀想よ。サラは背広にネクタイに着替えたいと言ったけど、私が普段の姿を親に見せたいからと言って無理やりこの恰好で来させたんだから」

「服装の問題じゃないでしょう。こんな女の子が男装して来たら益々目立って世間に恥をさらすだけよ」

「もしかしたら、お母さんたち誤解してるんじゃないの? 私、生まれて初めて結婚したいと思える男性を見つけて、一生懸命にアタックしてプロポーズしたのよ」

「だ、男性ですって? このお嬢さんが男性なの?」

 お母さんが声を押し殺して聞いた。

「サラは私の会社の部下なの。去年入社して私の課に配属された二十三歳の男性よ。本名は本郷咲良。花が咲くの咲に優・良の良と書いてサクラと読むんだけど、咲良はサラと読める。見かけが女の子みたいだから小さい時からサラと呼ばれていたんだって。私の好みの顔だったからチャンスを見てナンパしたんだけど、その時にキスしようとしたら吐き気がしたのよ。こんなに可愛い顔の男の子でも、近づくと吐き気がしたの。やっぱり私はレズとして一生を送るしかないんだと自殺を考えたわ。でも思い直して試しにサラにお化粧させて女装させてみたの。サラは凄く嫌がって逃げようとしたけど私が力ずくで女装させたのよ。そうしたら全然吐き気がしないじゃない。それで会うたびに無理やり女装させて私好みに調教したのよ」

「あなた、それじゃあ犯罪じゃない……」

「犯罪を犯すより自殺した方が良かったとでも言うの?」

「そんなことは言ってないわよ。サラさん、ごめんね。娘が酷いことをしてしまって」

 僕は小芝のストーリーの奇抜さにただ驚き圧倒されていたが、お母さんから謝られてどう返事したらいいのか困惑した。助けを求める視線を小芝に送った。

「サラが女装することを嫌がったのは当初四、五回だけよ。サラの潜在意識に隠れていた女性化願望が段々開花してきて、最近は骨の髄まで女になって来たわ。サラは今はまだ会社では男性として働いているけど、早くOLの制服が着られるようになりたいと言っているのよ。近頃はサラと会うたびに制服を着たいとせっつかれて私も困ってるのよ」

「本当なの、サラさん?」
 お母さんはまだ半信半疑のようだった。自分に女性化願望があるなどと言われて肯定したくなかったが、テーブルの下で小芝に足を強く蹴られたので、
「はい、最近は男性の服装で働くのが嫌で嫌でたまらなくなってしまったんです」
と苦しそうに答えた。

「あなた、玲央が連れてきたのが女性じゃなくて良かったじゃない。これで小芝家を断絶させずに済むわ」

「し、しかし、どう見てもサラさんは女性にしか見えないぞ。娘が嫁を連れて来たら親戚やご近所にどう説明すればいいんだ?」

「私たちの常識を押し付けて娘が自殺したら元も子もないわ。孫の顔が見られるだけでも良しとしましょうよ」

「そ、そうだな……」

「分かってくれてありがとう、お父さん、お母さん」

「無条件で許可するとは言っていないわよ。とにかく子供を早く作ってちょうだい。これが絶対条件よ。それから、こんなサラさんが背広にネクタイで働くというオカマみたいにな状況は一日も早くやめさせて欲しいわ。サラさんが男装すれば玲央が吐き気がするということは一生女性の姿で居てもらうことになるわけよね。それなら早く紛らわしいことはやめて三百六十五日、二十四時間きっちりと女性として過ごしてもらいなさい」

「分かったわ。月曜日に人事部に行って相談してくる」

「ま、待ってください。私はまだ実家の親に小芝さんとのことを話していないんです。もし私が女装していると知ったらショック死すると思います」

「サラさん、あなた玲央と一緒になりたいんじゃないの?」

「はい、勿論そうです」

「それなら目先に不安や不満があっても乗り越えなきゃ。玲央を信じてついて行くのよ」

「はあ……」

「じゃあ、これで合意成立ね。進展があり次第連絡するから、お父さんお母さんは安心して富山に帰ってちょうだい」

「そうするわ。もし、これがお芝居じゃないと証明されたらね」

 お母さんの言葉に心臓が止まりそうになった。やはり小芝から頼まれて僕がお芝居をしていることがバレたのだ。僕の言動に不自然なところがあったのだと思う。後で小芝から叱られて二度と相手にしてくれなくなるだろう。でも、小芝と両親の話が現実的な方向に進み過ぎて、僕も抜き差しならない破目に陥らないか心配になっていたので、正直なところほっとした気持ちもあった。

「今の話で納得できるのはサラさんが本当に男性だった場合に限るわ。玲央のことだから女性を連れて来て『この人は実は男性だ』と嘘を言ってこの場を凌ごうとしているということも十分あり得るもの」

「あははは、私って信用無いのね。いいわよ、お母さん、自分で確かめてみれば?」

「サラさん、おトイレに一緒に来てちょうだい」
 僕はお母さんについて女子トイレに入った。

「スカートをめくってちょうだい」
 僕は両手でスカートの裾を肩の位置まで上げた。お義母さんは僕の股の下を指で触ったが、わずかに盛り上がっているだけだったので
「ほら、やっぱり。ゴムか何かを挟んであるだけじゃない」
と言った。
「もっとよくご覧ください」
 タイツを太ももまで下ろすにはお母さんの力だけでは無理だったので僕が手を貸した。二枚目のタイツも下ろしたが、
「どこにおチンチンがあると言うの?」
と言われた。

 僕は仕方なくガードルを下ろした。ショーツからはみ出してお腹からお尻に荷造りテープが貼られているのが見える。

「なにこれ? 割れ目にゴムのソーセージのおもちゃか何かを乗せて、その上にガムテープを貼ってあるだけじゃないの」

「全部剥がしたら見えますから」

「こんな茶番に付き合ってる時間は無いわ」
 お母さんは吐き捨てるように言ってトイレから出て行った。

「ま、待ってください」
 僕は仕方なくガードルを上げて、渾身の力でタイツを一枚ずつおへそまで持ち上げた。

 テーブルに戻ると立ち上がって帰ろうとする両親を小芝が必死でなだめようとしているところだった。

「サラ、どうしてちゃんと中まで見せなかったのよ」
 まるで僕のミスのせいであるかのように言われた。

「お母さん、嘘じゃないから、もう一度よく見てよ。お願い」

 小芝は何とかお母さんをなだめることに成功した。先に小芝と僕がトイレに行き、二分後に来てもらうことになった。僕は小芝についてトイレに入った。

 小芝はしゃがんで僕のタイツをすごい力で引き下ろし、ガードルも難なく下ろした。ショーツを下げてから「もっと足を拡げなさい。太ももをくっつけたままじゃ荷造りテープを剥がせないから」と言われたが、補正タイツ二枚と厚手のガードルで引き寄せられた足は少ししか広げられなかった。

「仕方ないわね」
と言ってからおへその下を引っ掻いて何とか荷造りテープの端を剥がし、一気に真下に引き下ろした。

「ヒェーッ!」
 荷造りテープの接着力が強すぎて、どんな拷問よりも強い痛みが走った。殆どの毛が荷造りテープに貼り付いたまま抜けてしまった。小芝はお尻の方に手を回して、荷造りテープを後方に引っ張ろうとした。

「ま、待って、あれが抜けちゃうから引っ張らないでください!」
 僕の叫びもむなしく、小芝は荷造りテープを一気にお尻の上まで引きはがした。前を剥がされたときの三倍の痛みが僕に襲い掛かった。あれが抜けたのかと思った。皮が剥がれて血だらけになっていないかと下を見たが、幸い傷は無かった。ここ数年で見た中で最も萎えて縮んだ状態のおチンチンが惨めにぶら下がった。

 お母さんがドアをノックして入って来た。
「どう、お母さん。ついているでしょう」

 お母さんは指でおチンチンをつまみ上げ、上下左右に引っ張って本物であることを確かめた。

「これ、女性の身体に何かをアロンアルファでくっつけたんじゃないの? 形も不自然だし、こんなに小さい大人のおチンチンがあるはずがないわ」

「どんなに貧相でも本物は本物なのよ」
 小芝は母親の往生際の悪さに辟易していた。

「仮に本物だとしても、こんなおチンチンでは到底子供は出来ないわよ」

「どこまでケチをつければ気が済むのよ」
 手を洗ってトイレを出て行くお母さんを小芝は追いかけた。僕は便器に腰かけて膀胱一杯になっていた尿を放出した。

 僕がテーブルに帰ると、小芝と両親の議論に決着がついたところだった。
 お父さんが合意内容を総括した。

「結論としてお前は今度の連休に沙羅さんを家に連れて来る。その際に沙羅さん本人が戸籍上男性であることを示す確実な証拠として戸籍謄本と運転免許証を持参する。そして子供を作る能力があることの証明として、沙羅さんの本名が記載された冷凍精液の保管証の原本を持参すること。もう一つ、沙羅さんが男女紛らわしい生活から足を洗ったことの証拠として、お前の会社の女子事務員の制服を着て、女性と書かれた社員証を持ってくること。この条件で合意したと考えていいんだな?」

「その通りよ。その条件を満たせば、二度と私の人生に文句を付けないと約束してくれるのね」

「約束しよう。お前はサラさんと結婚して幸せになれば良い」

「小芝さんちょっと待ってください。来週中に女子社員の社員証を取るのは無理じゃないですか……」

「私に任せて黙ってついてきなさい」

 小芝がその気になれば一般職の制服を誰かに借りることはできるだろう。でも社員証の偽造は万一バレたら懲戒ものだ。小芝にとってもリスクが高すぎる。この場でこれ以上は議論できそうにないので、ひとまず
「はい、小芝さん」
と答えた。

「サラさん、せっかく男に生まれたのに玲央に見初められたばかりに大変なことになったわね。でも、一緒になると決めたからには、どこに出ても恥ずかしくない女性になりなさい。女のたしなみについては姑になる私がじっくりと教えてあげるから。あら、娘の結婚相手でも嫁・姑と言えるのかしら? おほほほ」

 上機嫌のお母さんたちがタクシーに乗るのをレストランの前で見送った。


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