偽装のカップル(TS小説の表紙画像)

偽装のカップル

【内容紹介】男性が一般職OLとして働く羽目になるTS小説。主人公は高校のサッカー部以来の親友の豪太から、状況予定の両親との食事に同席してくれと頼まれる。豪太は大会社の社長の跡取り息子で、親から主力銀行の頭取の娘との見合いを迫られており、断るために女装をして彼女のフリをしてほしいとのことだった。

第一章 水仙ロード

「好きな花は?」と聞かれて真っ先に頭に浮かぶのは水仙だ。鼻の奥から頭全体に浸みわたって陶酔させるような匂いが好きだ。特に陽光を浴びた水仙が放つ香りにはうっとりとしてしまう。

 親友の朝比奈豪太あさひなごうたと一緒に房総にある水仙の名所に出かけた。内房の鋸南保田きょなんほた駅まで電車で行って二、三時間かけて水仙ロードを歩いた。道路の左右の斜面や平地のいたるところに水仙の花畑があって、空気の流れが滞留する場所に差し掛かると、身体が麻痺しそうなほどの水仙の香りが立ち込めていた。それを満喫したくて数分間佇んだ。

「いつまでも同じ場所に立っていたら日が暮れてしまうぜ」
 水仙畑を眺めながら匂いを楽しんでいる僕に豪太が呆れ顔で言った。

「ここは水仙の香りの吹き溜まりだよ。今日は遠くまで来た甲斐があったね」
 目と口を閉じてゆっくりと大きく息を吸い込んだ。

「香りの吹き溜まり? そうかなあ」

「豪太ってニオイ音痴なの? 水仙の匂い、分かるよね?」

「バカにするなよ。俺だって水仙の匂いぐらいは分かるさ。この場所が他の場所より少し匂いが強いってことも分かる。ただ、お前みたいに有難がる気になれないだけだ」

「こんなに素晴らしいのに……。僕たちって価値観が違うよね」

「オイオイ、男どうしで水仙を見に行こうと誘われて遥々とド田舎まで付き合ってやったんだぜ。価値観が違うよねだなんて、まるで女が別れ際に言うせりふじゃないか」

 確かに豪太の言う通りだった。水仙ロードに豪太を誘ったのは、二年間付き合った彼女とクリスマスの日に別れたことがそもそものきっかけだった。ひと月ほど過ぎて悲壮感は消えたが空虚な気持ちが残っていた。

 僕が中堅商社に就職することが決まってから彼女の僕に対する態度が微妙に変わった。言葉や仕草の端々から僕に対する敬意が失われたのだ。自分の人生のための稼ぎ手として僕では役不足だと彼女が判断したようだった。クリスマス・イブの日に「ゴメンナサイ」と言われてほっとした気がしたのが自分でも不思議だった。元々、彼女が居ないというのは恥ずかしいので、二回生の時に合コンで出会った可愛い顔の中柄で細身の女子を彼女にしただけだ。僕の理想のタイプではなかった。

「水仙の花言葉はうぬぼれ・自己愛。学名はナルシッサス。水面に映る自分の姿に恋をして、花になってしまった少年の名前、ナルシスに由来する」

「豪太って物知りだな。ナルシスの話は聞いたことがあるけど」

「昨夜ネットで調べたのさ。かえではここに立ち止まって、美しい自分の姿に恋をしてたんじゃないのか」

「殴るぞ。僕はナルシストなんかじゃない」

 僕は豪太に「楓」と呼ばれたことに腹を立てていた。「かえで」は女性と紛らわしい名前なので、基本的に友達には苗字で「佐藤」と呼ばせようと努力している。

 朝比奈豪太と僕は高校のサッカー部のチームメイトだった。といっても、豪太は一年の夏からレギュラーになった百八十センチを超える大型フォワードで、僕は補欠見習いとでもいうべき存在だった。練習のきつさに耐えられず一年の冬に退部した。僕が「元サッカー部員です」と言うとまともなサッカー部員から怒られそうなので、サッカーをしていたことは人にはしゃべらないようにしている。僕は百六十三センチで、すばしっこいが超軽量級だ。豪太と並んで歩くことは実はできるだけ避けているのだが、今日のような場合は仕方ない。

「まあ、そうカリカリするな。親友じゃないか」
 豪太にそう言われるといつまでも怒っているわけにはいかない。

 水仙ロードの終点の頂上で折り返し、同じ道を水仙ロードの入り口にある露店まで戻った。そこの畑で栽培された水仙や、柚子、梅干しなどが陳列されている露店だった。豪太は水仙の大きい方の束を買った。二百円と表示されていた。僕は豪太が花を買ったことに驚いた。豪太がビールのジョッキか何かを花瓶にして生花をする姿を想像して微笑んでしまった。

 鋸南保田駅で帰りの電車に乗った。千葉駅で総武線に乗り換える時も豪太は水仙の花束を大事そうに抱え、総武線に乗るとカメラが入ったバッグを棚の上に置いて座ったが水仙の花束だけは大事そうに手に持っていた。可憐な水仙の花束を大男が両手で胸の前に持っている姿は、他の乗客には異様に映ったのではないかと思うが、女性客の大半は豪太に好意的な視線を送っていた。その好意的な視線が彫りの深い整った顔の大柄な男性に対するものなのか、水仙の花を持った男性に対するものなのかは僕にはわからない。

 亀戸駅で電車を降りると午後五時だった。普段のパターンだとラーメンでも食べるか、コンビニで弁当を買って豪太か僕のアパートに行くかのいずれかだった。

「今日は用があるから帰るよ」
 僕は落胆を顔に出さずに、
「やっぱりそうか、水仙はその子にあげるために買ったんだな」
と豪太を冷やかした。

 豪太はそれには答えずに僕に言った。
「今日はありがとう。楽しかったよ。楓が自分のアパートでも水仙の香りを楽しめるようにと思って買ったんだ」

 予測不可能な一言だった。
「あ、ありがとう」

 そう言うのが精いっぱいだった。豪太が大事に抱えて持って帰ってくれた、二時間の重みがある最高のプレゼントだった。豪太は「じゃあな」と言って大股で立ち去り、僕は豪太の姿が見えなくなるまでその場で見送った。

第二章 代役の依頼

 ペットボトルにカッターナイフで細工をして花瓶を作り水仙の花を生けた。それは僕の部屋を匂いの吹き溜まりにしてくれた。僕はアパートから外に出るのが億劫になった。寒気のせいもあったが、ずっと水仙の匂いに浸っていたかったのだ。

 豪太も僕も卒業に必要な単位は確保できていた。卒論も書き終えて、あとは発表会を残すだけだった。時々大学に顔を出せばよい。四月一日にサラリーマン人生が始まるまでの至福の時間だ。豪太は来週末から二人の友達と卒業旅行に出かけることになっている。ひと月かけてインドネシア、シンガポール、タイ、バングラデッシュの四か国を回る計画を同じゼミの篠崎浩二が立てて園山栄太と豪太がその計画に飛び乗った。僕も誘われたが危険で汚い場所を平気で回るツアー計画の内容を聞いて、パスすることにした。ゆっくりと読書でもして過ごす方がいいと思ったのだ。

「ナルシスってどんな気持ちで水辺に立っていたんだろう」

 僕は花瓶を両手で持って、匂いに浸りながら姿見の前に立った。ナルシスが豪太のような外観の男性ではなかったことは確実だ。僕のような比較的小柄できゃしゃな体格で、どちらかというと女性的な美しい顔をしていたのだろう。認めたくはないが僕もそんなタイプだった。小さい時から親戚や近所の人たちから僕に対する褒め言葉は、きれい、可愛い、姉よりも女の子らしい、素直、優しい、という類の、必ずしも男子には歓迎されない形容詞だった。十分ほどそのつもりで鏡を見ていると、水仙の花と共通した清楚で可憐な美しさを鏡の中の自分に見つけた。でも自分に恋をすることはなかった。僕は自分が好きなタイプの外観からは程遠いのだから……。

 水曜日の朝早くに豪太からLINEの着信があった。
「今晩空いてるか? 楓のアパートで話がしたい。ビールと食い物を持って行くからよろしく」

「空いてるよ。何時に来るの?」
と返事をしておいた。

 しばらくして「六時頃行く」と返信があった。豪太が僕のアパートに来るのは二か月ぶりだった。水仙の花束をもらった時の気持ちを思いだして頬が火照った。部屋を大掃除して、傷んでいた花を二、三本花瓶から間引きした。昼過ぎに小松菜入りのラーメンを作って昼食を済ませてからもう一度掃除をして、シャワーを浴びた。五時を過ぎると、豪太が早めにくるかもしれないと思ってドアの外の音が気になり始めた。豪太は六時を十分過ぎても来なかった。イライラし始めた頃、コンビニの袋を下げて豪太がやって来た。

 豪太が持ってきたのは、缶ビールの大が四本、スパイシー・チキンのから揚げとのり弁二つの入った袋だった。

「豪華だね。いくらだった? 半分払うよ」

「今日は俺のおごりだよ。ちょっと頼みたいことがあって来たから」
 言い難いことがありそうな感じだった。

「僕にできることなら遠慮なく言ってくれ」
 水仙の花束のお礼として、と心の中で付け加えた。

「後で話すよ」
と豪太が言って、僕たちは缶ビールで乾杯した。スパイシー・チキンは僕の大好物でビールも美味しかった。

「スパイシーなものが好きなら東南アジア旅行に一緒に来ればよかったのに」

「僕、不潔なのはダメなんだ」

「楓って女みたいだな」

 面と向かって女みたいと言われると怒るところだが、豪太の言葉に悪意のかけらもないことは分かっていた。

 僕はお酒は弱い方なので缶ビールの大を一本飲むとかなり酔いが回った。

「そうだ、お前、偽装のカップルの最終回を録画していないか?」

 豪太が思い出したように言った。水仙ロードを歩いている時に、偽装のカップルというテレビドラマの話題が出て、僕が録画して毎週見ていることを豪太も知っていた。

「僕はもう見たけど、まだ消していないはずだよ」

 テレビのスイッチを入れて再生リストを表示させたところ、消さずに残してあったので再生ボタンを押した。

「悪いなあ、二回も見させてしまって」

「豪太と一緒ならもう一度見るのも楽しいよ」
 僕はまるで豪太の彼女であるかのように言った。

「偽装のカップル」はホモ(ゲイ)の男性が、母親から見合いを迫られ、元カノだった女性に婚約者のフリをしてもらうという話だ。主役の男性以外にもLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)という性的マイノリティーの人たちが出て来て、コメディータッチで性的マイノリティーを肯定する内容だった。最近はアイルランドの同性婚だとか、同性カップルに関する渋谷の条例とか、LGBTの話題が沢山出てくるが、このドラマを見た人はゲイやトランスセクシュアルの人に対する拒絶感が和らぐだろうと思った。

 エンディングの部分に差し掛かった時に豪太の口数が少なくなり、鼻水を吸い上げる音がした。豪太の顔を見ると、涙が頬を伝っていた。僕は笑いそうになるのを必死でこらえた。

「よかったなあ、本当に良かった」
 ドラマが終わっても豪太は感動にひたったままだった。

「確かに面白いドラマだったとは思うけど、泣くほど感動的だった?」

「お前、俺をバカにしてるな。他人事だと思うからそんなことが言えるんだ」

「ま、まさかお前、ゲイじゃないだろうな……」

 僕は思わず豪太から身体を遠ざけた。日曜日に水仙の花束を渡された時に胸がドキドキしたことを思い出した。冷や汗が出た。

「待て、心配するな。俺は楓が好きだが、それは親友としてであって、いやらしい気持ちは全く無い。俺が他人事だと思えなかったのはだなあ、つまりその、『偽装のカップル』の主人公と同じように、親から見合いを迫られているからだ」

「二十一才で見合いだと? お前の親父は大会社の社長だからお前を政略結婚させようとしているのか?」

「福島では大手だが大会社というほどではないよ。主力銀行の頭取が俺のことを気に入っていて、娘と結婚させたがってるんだ。その娘も今年大学を卒業する」

「そうか、親が望んでいる頭取の娘との結婚ならブスでも仕方ないじゃないか」

「それがミス福島で上位に入ったスタイル抜群の美女なんだ。百七十以上あるからハイヒールを履くと俺に近い身長になる。楓も知っている通り俺は小柄で可愛い女が好みなんだ」

「親にそう言えばいいじゃないか」

「前から言ってあるよ。でも、それほどの美人を断るなんて、俺はホモじゃないかと両親が言い始めたんだ」

「テレビの見過ぎじゃないの? どうせお前の親も偽装のカップルを見てたんだろう」

「まさにその通りなんだよ。俺はその見合いの話から逃げまくっていたんだが、俺が一ヶ月も卒業旅行に出かけることを知って、その前に俺と話をしたいと言って、両親が日曜日に福島から出てくることになったんだよ」

「偽装のカップルみたいな話だな。じゃあ、友里恵か誰かに婚約者の役を頼んで親に会わせたらいいんじゃない?」

「さすが楓だな。物分かりがいいから話が早い。だから今日はビールと食い物を持って頼みに来たんだよ」

「友里恵に頼む役を僕に引き受けろっていうの? それは荷が重いな。豪太が自分で頼めよ」

「楓、お前は重大な誤解をしている。俺は女にモテるんだぞ。そんなことを女の子に頼んでみろ。婚約者のフリをしてもらったのがキッカケになって本気で結婚を迫られるのがオチだ」

「そりゃあそうだけど……。じゃあ僕に何をして欲しいと言うの?」

「お前に婚約者の役を頼みたいんだ。引き受けてくれ」

「ま、ま、ま、待ってくれ。豪太と僕がゲイだという設定か! そんなことをしてみろ。二度と福島には帰れなくなるぞ。豪太と僕は親同士も知り合いだから、大変なことになる」

「お前こそテレビの見過ぎだ。ゲイのカップルのフリをするんじゃなくて、お前が俺の彼女になるんだ。佐藤楓じゃなくて、例えば鈴木佳代子として俺の親と会うんだよ」

「バカ野郎、僕に女装しろと言うのか。あり得ない!」

「レストランで一緒に夕食を食べるだけだ。俺の人生を狂わせないように、たった二時間だけでいいんだ。頼む、協力してくれ!」

「サッカー部の時に豪太の家には何度も行ったし、お前のお母さんはサッカー部の試合の時に飲み物を差し入れに来てくれたから、少なくともお母さんは僕の顔を覚えているよ」

「女の姿で会うんだから、お前だと分かるはずがない」

「いやだ。とにかく僕は女装だけは一生しないと心に誓ってるんだ。僕みたいな顔と身体だと、一度女装を引き受けたら皆が面白がって何度もやらされるのが目に見えてる。とにかくスカートは絶対にお断りだ」

「お前、親友の一生に一度の頼みを聞いてくれないのか? そういうことなら俺にも覚悟があるぞ。あのことをバラされてもいいのか?」

 あのこととは去年の秋の飲み会の後のスキャンダルのことに違いない。錦糸町での飲み会の二次会の後、夜遅く豪太と帰る時に駅のトイレに行ったのだが、僕は泥酔のあまり間違えて女子トイレに入ってしまったのだ。下痢しそうな感じがしたので大便のブースに座り込んだのだが、しばらくすると周囲に女性の声がし始めて、僕は女子トイレに入ってしまったことに気付いた。真っ青になって酔いがさめ、豪太のスマホあてに「女子トイレの出入り口の所で待っていてくれ」とLINEを送った。トイレに女性の気配が無くなった所でトイレから走り出て、豪太の蔭に隠れた。僕は顔を伏せて豪太に身を寄せ、豪太の彼女のフリをして改札を出たのだった。

「あの時はトイレを出たところに沢山人がいたから、俺がお前を抱くように歩かなかったら、警察に突き出されていたぞ」

 誰でも食いつきそうなネタなのだが豪太は僕のことを思いやって内緒にしていてくれたので僕もほっとしていたのだ。

「待ってくれ。それだけは勘弁してくれ」

「ありがとう。恩に着るよ」
 豪太は僕の両手を強く握りしめた。僕は豪太の頼みを聞く覚悟をした。

「服はどうするんだ? 友里恵から借りるのか? 友里恵なら僕と同じぐらいの体格だから着られるかもしれないが、僕が女装をすることは豪太以外には知られたくないな」

「貸衣装屋に行ってみるか?」

「女装している所を店員に見られるのは恥ずかしいよ。それに貸衣装って高いらしいぞ」

「ネットで買う方が安いかもしれないな。ちょっとアマゾンで見てみよう。俺はプレミアム会員だから今注文すれば明日届く。女の服といえばワンピースだな。ええと、春物、ワンピースで検索するか」

 豪太はスマホを操作してすぐに「これがいい」と言って、服を着たモデルの画像を僕に見せた。それはアンサンブルのように見えてワンピースになった濃いピンクのドレスで、黒いリボンタイがアクセントになっている。ふんわりと広がったスカートの裾と袖口が白いレースで縁取られているお嬢さま風の洋服だった。

「楓に似た感じのモデルだろう? 駅前で同じような服を着た女の子を見て可愛いと思ったことがあったんだよ。これが送料込みで二千九百八十円とは安くないか? もし他にお前が着たいワンピースが見つかればそれでもいいよ。但し翌日配達可能なものじゃないと駄目だぞ」

「他に着たいワンピースなんてあるわけないだろう。それにしてもこんなヒラヒラの服を僕が着なきゃならないの?」

 そのページには春物のワンピースが色々表示されていた。男として見る分にはワクワクする可愛い服が沢山あったが、それを着ろと言われると勘弁してくれと叫びたくなる服が殆どだった。豪太が選んだワンピースは色もデザインも大人しいし衿を含めて開口部が少なく、スカートの長さもさほど短くなかった。豪太なりに僕の気持ちを考えて選んだのだろう。豪太が巻き尺で肩幅を測ってサイズを選び「カートに入れる」のボタンを押した。

「ワンピース以外に必要なものは、パンストと下着、それにウィッグだな」
と豪太が言った。

「パンストじゃなくてタイツの方がいいんじゃないか? つま先まで覆うやつを買えば女物の靴下を買わなくて済む。でも靴は必要だな」

「靴まで買わせるのか? まあ仕方ない」

 豪太は僕のサイズを測っては一つ一つ「カートに入れる」のボタンを押していった。

「下着はこれにしよう。写真を見るだけで勃って来たぞ。ワイヤー入りと書いてある」
と豪太が言ってブラジャーとショーツのセットの画像を見せた。

「僕がどうしてこんな下着を着けなきゃならないんだ?」

「しっかりしたブラジャーをつけないと胸の形が作れない。やっぱり女と言えば巨乳だろう。Eカップを注文しよう」

「バカ野郎。僕も巨乳は好きだが巨乳女になれと言われると話は別だ。それに、大人のおもちゃの店でゴムのオッパイでも買うつもりか? 余計な金がかかるぞ。大きさはCぐらいにして布きれでも詰めればいい」

 豪太は巨乳にこだわりがあるらしくブツブツ言いながら僕の胸囲を測りCカップのブラジャーとショーツのセットを注文した。

 ウィッグは豪太の好きなロングのストレートを選んだ。

「さあ、これで全部だ。レジに進むのボタンを押してと……。全部で九千八百六十円だ。女の服って安いんだなあ」
 豪太は登録済みのクレジットカードで決済を済ませて僕に言った。
「明日ここに配達されるから全部届くまで外出するなよ」

 女物の服や下着が僕あてに届くというのは恥ずかしいが、それを着て豪太の両親に会うのは更に恥ずかしい。

「ひとつ忘れていた」

 豪太がはっとした表情で言った。

「化粧しなきゃな。お前、髭は殆ど生えていないけど、よく見るとまばらに髭が出ているな。剃らずに毛抜きで抜けよ。オカマの対談を見た時に、毛を抜く話をしていた。毛を抜いてからカミソリで剃って、その後で黒いブツブツの上にコンシーラーを塗ってからファンデーションを塗るらしい」

「細かいことまでよく知ってるな。豪太ってひょっとするとソノ気があるんじゃないの?」

「バカ言え。俺が女になった姿を想像してみろ」

「それもそうだな」

「よし、化粧品はこれから駅前の百円ショップに買いに行こう」

 僕たちは酔った勢いでアパートを出て駅前の百円ショップに行った。化粧品コーナーに行くのは恥ずかしかったが豪太と一緒なので勇気が出た。化粧水、コンシーラー、ファンデーション、マスカラ、チーク、アイシャドー、アイライン、口紅を良く見ずに手早くカゴに入れた。

「さっき思いついたんだけど、女って必ずハンドバッグを持ってるよな。それに人に会う時には何かアクセサリーをつけてる」

 豪太はそう言ってバッグに見えなくもないポーチ、一目でオモチャと分かりそうなイヤリング、指輪、ネックレスをカゴに入れた。

「オイオイ、高校生でもこんなオモチャは身に着けないぞ。これは小学生用だろう」

「美人の楓が身に着けていれば本物に見えるさ」
 そう言われると悪い気はしなかった。

 全部で十二アイテムの入ったカゴを持ってレジに行った。豪太に「お前は俺の後ろに隠れるように立っていろ」と言われて理由は分からなかったがその通りにした。「成功だ。レジのオバサンにお前を女だと思わせたから怪しまれなかった」と豪太に言われて、そのために後ろに立たせたのかと腹が立った。

「帰ったらネットで化粧品の使い方を調べて練習しておけよ」

 百円ショップの前で豪太と別れた。大変なことを引き受けてしまった。手に持っているビニール袋の中に入っているのが化粧品やアクセサリーだと思うと、恥かしいような、ぞくぞくするような、そして自分が変態になったような気がした。


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