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ファラオの心臓

古代エジプトへの奇妙な旅

原作:The Sarcophagus Heart

A Timeslip Novel of Ancient Egypt

by Yulia Yu. Sakurazawa

第一章 灰色の教授

ポール・グラント教授は、まるでヤドカリが借り物の殻に収まるかのように、自身の研究室に収まっていた。機能的には完璧にフィットしているその場所が、本当の意味で彼自身のものだと感じられたことは一度もなかった。

オックスフォード大学人類学部の三階にあるその部屋は、埃と、声には出されない静かな敗北感の貯蔵庫だった。イングランドの空を覆う鉛色の雲の切れ間から、気まぐれな太陽の光が差し込むときだけ、斜めの光の筋が書棚を横切った。そこにあるのは彼が読んだ本ばかりで、自ら書き上げた本は一冊もない。その光は、まるで他人の物語の脚注にのみ存在するような人生が、ゆっくりと、しかし優雅に朽ちていく様を照らし出しているかのようだった。

彼は自らの失敗を、まるで出土品を分類するように整理していた。年代順に、感情を排した正確さで。 結婚、ジェーン、一九九八年〜二〇〇五年。失敗の原因:野心の欠如。 結婚、ミナ、二〇〇七年〜二〇一二年。失敗の原因:情熱の欠如。 父親であること、イライジャ、二〇〇六年〜現在。状況:陳腐化の兆しあり。 それは生きたのではなく、ただ陳列されてきただけの人生だった。

五十五歳になったポールは、存在感が希薄になりつつあった。かつては品の良い茶色だった髪も、空の色と見分けのつかない曖昧な灰色へと褪せていた。その背は、まるでとっくに来たはずの失望に今さら身構えるかのように、常に何かを謝罪し続けるような姿勢で丸まっていた。学部会議で彼が発言しても、それなりの響きを持つはずの声は、彼の口から同僚たちの耳に届くまでの空気の間に溶けて消えてしまうようだった。彼らは曖昧に頷き、その視線はすでにジェーンの方へと滑っていく。

ジェーン。今やジェーン・コネリー博士。彼の元妻であり、元教え子であり、そして現在の学部長だ。彼女は、インカの生贄が持つ社会儀礼的機能に関するポールの萌芽期の理論を、その攻撃的な魅力で磨き上げ、彼女自身の画期的な研究として発表した。彼女は、ポールがファラオか飢えた獣にしか見たことのないような確信をもって、世界を闊歩していた。ポールは彼女の成功を妬んでいるというより、それを推し進める意志の力の圧倒的な激しさに戸惑っていた。それは彼の知らない言語だった。

彼はコンピュータの画面に映る、プトレマイオス朝の埋葬習慣に関する書きかけの講義ノートを眺めていた。彼自身の渇望は微熱のようにくすぶり、神話的なスケールの世界に対する絶え間ない疼きとなっていた。征服欲ではない——彼にそんな度胸はない——求めているのは、理屈抜きの、ありのままの感情に満ちた人生だった。彼がヌビアの王女に見たのは欲望の対象ではなく、葛藤を知らない絶大な力の化身だった。彼は肌を焦がす太陽を、神々すら従わせるほどの絶対的な愛を、ナイルを氾濫させるほど広大な悲しみを夢見ていた。それは肉体の幻想ではなく、魂の幻想だった。原色で描かれた人生に焦がれながら、彼自身は灰色へと褪せていくばかりだった。

「ねえ、父さん」

その声が、彼を古代の埃の中から引き戻した。戸口にはイライジャが立っていた。ポールのモノクロの世界を切り裂く、鮮やかな色彩の奔流。十八歳の息子は、鋭い輪郭と気負いのない自信に満ちていた。ポールの知らない土台の上に建てられた建築物のようだった。一週間後には発ってしまう。コネチカットへ。イェール大学へ。遥か遠い世界へ。

「ドライヤー、借りていい?」イライジャは、断じて灰色ではない豊かな髪を手でかき上げながら尋ねた。

そのあまりに平凡で、あまりに現代的な頼み事は、まるでオートミールの粥の中に投げ込まれたガラスの破片のように、場違いだった。ポールは息子に残ってくれと懇願し、必死な商人のようにオックスフォードやケンブリッジの輝かしい将来性を並べ立てた。だがイライジャは、母親譲りの、憐れむような目で彼を見た。その眼差しが語っていた。『見慣れたものばかりだ。お父さんのものが、多すぎる』と。

「ああ、もちろん」ポールは、やっとのことで声を絞り出した。「洗面所の棚にある」

イライジャは短く頷くと姿を消した。彼が残した静寂は、以前よりも重く、深かった。ポールは狩猟採集社会における「空の巣症候群」の専門家であり、古代ギリシャにおける家族の絆の儀礼的断絶についても何時間でも講義ができた。だが、彼自身の胸にぽっかりと開きつつある空洞は、彼が地図を持たない領域だった。

いつもこうだったわけではない。少年時代、内気でどもりがちだった彼は、地面が裂けて自分を丸ごと飲み込んでくれればいいと願っていた。学問の世界は聖域であり、厄介で恐ろしい人間関係の営みよりも精神の営みが優先される場所だと思っていた。間違いだった。大学もまた別のジャングルに過ぎず、自分は捕食者ではなかった。

携帯電話が震えた。ジェーンからのメッセージだ。『学部会議は四時に変更。遅れないで』。挨拶もなければ、丁寧な言葉もない。ただの命令。彼は腹の奥が、慣れ親しんだ疲労感で締め付けられるのを感じた。

彼は机から身を引いて窓辺に歩み寄り、手入れの行き届いた学内の芝生を見下ろした。学生たちが頭を反らして笑い合っている。彼らの人生は、鮮やかな糸の束となって目の前に繰り広げられていく。ポールは分厚いガラスの向こうから彼らを眺めているようだった。彼は灰色の教授、他人がどう生きたかについては全てを知り、自分がどう生きるかについては何も知らない男だった。

彼の視線は机の上に戻った。何年も前の発掘現場で撮った一枚の写真。エジプトの太陽の下で目を細め、偽りのない笑みを浮かべている若いポール。ジェーンと出会う前、長く緩やかな侵食が始まる前の姿だ。彼はあの太陽の感触を、骨の髄まで不安を焼き尽くしてくれるような乾いた熱を覚えていた。あの頃の自分は、確かで、本物だった。

激しいとさえ言えるほどの渇望が、彼を捉えた。戻りたい。エジプトへ行きたいというだけではない。灰色に染まる前の時代へ。人生がいくつもの脚注の連なりではなく、壮大で、恐ろしく、そして壮麗な物語そのものである場所へ。彼は窓の冷たいガラスに額を押し付けた。結露が、外の鮮やかな世界を滲ませた。彼は死者を研究することに人生を費やしてきた。そして今、ようやく自分がその一人になってしまったことに気づいた。 自分は石棺なのだと。外側は知識と学位で精緻に彫り上げられているが、内側はからっぽ、完全に空虚だった。

第二章 金色の鳥籠

そのメールは火曜日に届いた。ポールの受信トレイというデジタルの灰色の世界に灯った、取るに足らない光の点だった。件名は『緊急提案:ナイル川西岸遠征隊』。差出人はケラーマン財団。野心的で、潤沢な資金を持ち、そして少々無謀な考古学プロジェクトの代名詞ともいえる名前だった。ポールの心臓——いつもは緩慢で信頼のおける臓器——が、奇妙な跳ね方をした。水面に投げた石が、一度だけ跳ねて沈んでいくときのように。

彼はメールを開いた。最近発見された、末期王朝時代のあまり知られていない墓群を調査するための、小規模な専門チームを編成するという提案だった。末期王朝時代——それは衰退と文化融合が織りなす、魅惑的な時代だ。葬儀の儀礼と樹脂分析に精通した、上級の人類学者が求められていた。彼らは、彼を必要としていた。

その機会は、扉が開かれたというより、息の詰まる部屋の窓が叩き割られたように感じられた。新鮮で、危険な空気が暴力的に流れ込んでくる。一週間、彼の心は揺れ動いた。今の生活——注意深く築き上げた、惨めな均衡——を離れること、それを乱すことへの恐怖は凄まじかった。休職を申請しなければならない。そのためにはジェーンとの会話が避けられない。彼女の、あの薄く人を小馬鹿にしたような笑みが目に浮かぶ。『砂漠に逃げるの、ポール?ずいぶんロマンチックなことね』

だが、留まるという選択肢は、もはや耐え難いものになっていた。研究室の壁が迫ってくるように感じられ、古い紙と冷めた紅茶の匂いが、まるで自分自身の防腐処理液の匂いのように思えてくる。金曜日、彼は震える指で「返信」をクリックし、彼らしからぬ、たった一行の決然とした文章を打ち込んだ。

『ご提案をお受けします』

二週間後、彼はカイロ近郊の私設飛行場の滑走路に立っていた。陽炎が立ち上る地面からの熱気は、オックスフォードの湿った冷気とは別世界の、物理的な攻撃だった。肺から息を奪い、思考から灰色を焼き尽くしていく。胃のあたりで常に固まっていた、あの慣れ親しんだ結び目が、少しずつ緩んでいくのを感じた。

チームの面々がランドクルーザーの周りに集まってきた。彼らは皆、ポールよりも一段高い解像度で存在しているかのような人々だった。

放射線科医のアイヴァン・マッカートニーは、人参色の髪をした三十代後半の男で、マンチェスター・ユナイテッドのファンが全てを見尽くした後に見せるような、陽気で動じない雰囲気をまとっていた。「よう、教授!」彼はポールの方を力一杯叩いた。その勢いでポールはよろめきそうになる。「ミイラを何体か料理する準備は万端かい?」

それから、ジリアンとバーナバスがいた。二人とも二十代後半で、ポールに自分が千歳も年老いたように感じさせる、気負いのない有能さを放っていた。法医学イメージングの専門家であるジリアンは、何一つ見逃さない、鋭く知的な眼差しをしていた。彼女は颯爽とした、運動選手のような優雅さで動き、肩にかけたラップトップのバッグはまるで矢筒のようだった。バーナバスはもっと物静かで、その手は粘土と絵の具の跡で汚れていた。彼はチームの法医学彫刻家であり、忘れ去られた死者を媒体とする芸術家だった。しかし彼の目は夢想家のそれではなく、職人の持つ、集中的で分析的な目をしていた。

「グラント教授」ジリアンが、乾いた固い握手を求めてきた。「頭蓋骨の復元に関する先生の論文、拝読しました。光栄です」

ポールは率直な賞賛にうろたえ、意味のわからない言葉を何か呟いた。自分が最年長で、リーダーであるはずなのに、まるで人気者の後をついて回る、居心地の悪い男子生徒のような気分だった。彼らが機材——分光計、地中レーダー、ペットボトルの水のケース——を運び込む間、彼は何十年もかけて体に染みついた習慣で、無意識のうちに一歩下がり、自らを小さくしていた。

ギザの台地から数マイル離れた場所に、仮設キャンプが設営された。広大な黄土色の風景を背景にした、白いキャンバス地のテントが立ち並ぶ小さな街だ。ピラミッドが遠くにそびえ、その象徴的な幾何学模様はあまりに有名で、まるで絵葉書が現実になったかのように非現実的に見えた。夕方、日が地平線に溶けて空気が急速に冷えていく中、チームはポータブルテーブルを囲んだ。

アイヴァンが、ファラオと話すラクダのジョークを言った。ジリアンとバーナバスが笑う。ポールは、彼らとの間に横たわる年齢と気質の溝を感じながら、力ない笑みを浮かべるのが精一杯だった。彼らは一つのユニットであり、気楽な仲間意識で機能する生態系だ。自分は外部の要素、異物だった。

彼は疲労を口実に席を立ち、自分のテントの孤独へと引きこもった。この遠征は、金色の鳥籠だった。本と夢の中でしか知らなかった土地に、自分の人生に意味を与えてくれる仕事に囲まれて、彼はここにいる。それなのに、彼自身が作り上げた古い鳥籠——内気さ、自信のなさ、そして根深い疎外感——もまた、決して置き忘れることのできない透明な手荷物のように、彼と共に旅をしてきていた。

テントのジッパーを開けて外を見た。空は深く、星屑を散りばめた藍色で、光害に汚れたイングランドの空では決して見ることのできない闇の深さだった。静寂は絶対的で、砂の上を渡る風のかすかな囁きだけがそれを破っていた。

イェール大学の寮に落ち着き、新しい音、新しい人々、新しい生活に囲まれているであろう息子、イライジャのことを思った。嫉妬ではなく、深い、父親としての悲しみが胸を刺した。ヘブライの預言者イライジャ(エリヤ)の名前を付けた息子に世界を与えてやりたかったのに、自分が見せてやれたのは、自分の小さな書斎の四方の壁だけだった。

明日から、本当の仕事が始まる。彼らは墓へと入っていく。何千年もの埃を払い、死者と顔を合わせる。彼の内に、古くからの、本物の学問的情熱の火花が散った。ここが彼の舞台だ。静かなる者、忘れ去られた者たちの中にあって、彼は灰色の、透明な教授ではない。彼は翻訳者であり、導管であり、骨が語る物語に耳を傾けることのできる男なのだ。

彼はテントのジッパーを閉めた。その音は、広大な静寂の中では不自然なほど大きく響いた。簡易ベッドに横たわり、慣れない乾いた空気を肺に満たす。久しぶりに、彼は微かでスリリングな予感の囁きを感じていた。 彼は知らなかった。自分がただ墓を暴くためにここに来たのではないことを。彼自身が、発掘されるためにここに来たのだということを。

第三章 石灰岩の女王

墓の入り口は、岩肌に開いた、目立たない傷口のようだった。朝の光を飲み込んでしまうような、暗い裂け目。三日間、チームは容赦なく照りつける太陽の下で作業を続け、下級役人たちの墓の外側の部屋を調査し、整理してきた。出土品はありきたりで、予測の範囲内のものばかりだった。陶器の破片、色褪せたヒエログリフ、下級貴族たちの散乱した骨。ポールは細心の、ほとんど機械的な精密さで自らの職務をこなしていた。慣れ親しんだ作業は、新しい環境がもたらす不安に対する慰めとなっていた。

それを見つけたのは、バーナバスだった。彼は一番奥の部屋の壁をなぞり、その指先で石の微かな凹凸を確かめていたが、ふと動きを止めた。

「教授」と、彼の低く落ち着いた声が響いた。「こちらをご覧になった方がいい」

それは隠し扉ではなかった。漆喰と石灰岩の破片で作られた偽の壁で、周囲の岩肌と完璧に溶け込むように設計されていた。見事な偽装だった。アイヴァンとジリアンが携帯用の照明を持ってくる間、ポールは膝まずき、息を呑んだ。これは違う。この入念さ、隠蔽にかけられた途方もない労力は、何か重要なものの存在を物語っていた。

壁を慎重に取り壊すのに二時間を要した。石を一つ一つ、丹念に取り除いていく。背後の空間から流れ出てきた空気は、ひやりと静まり返っていた。古代の樹脂が放つ乾いたスパイスのような香りと、そして何か別の……古い血か、忘れ去られた魔法を思わせる、定義しがたい金属的な匂いを運んでいた。

その先の部屋は小さく、オックスフォードにあるポールの研究室ほどの広さもなかった。そして、たった一つの物体が、その空間を支配していた。

石棺だった。

それはまるで重力に逆らうかのように、奥の壁に立てかけられ、黒く磨かれた玄武岩の低い台座の上に鎮座していた。新王国時代のファラオたちのような、金で飾り立てられた派手な様式ではない。もっと古く、もっと厳かな何かだった。淡い石灰岩の一枚岩から彫り出され、その表面は彫刻でびっしりと埋め尽くされている。長年の研究によって鍛えられたポールの目は、その図像を貪るように読み取った。全能の太陽神アメン・ラー。境界の守護者であるジャッカル頭のアヌビス。冥界の玉座に座るオシリス。

だが、彼を虜にしたのは中央の人物像だった。女王。彼女が手にしていたのは、王妃の伝統的な象徴だけでなく、王杓と穀竿——絶対的な支配、ファラオ自身の紋章だった。これは異常だった。確立された秩序の破壊であり、純粋な学術的発見の戦慄がポールを貫いた。

ジリアンはすでに写真を撮り始めていた。彼女のカメラのフラッシュが、薄闇の中で無音の爆発を繰り返す。「名前の記されたカルトゥーシュがないわ」彼女の声は、専門家らしく冷静だった。「意図的に削り取られている」

「記憶の破壊行為だ」ポールは呟いた。彼の心は猛烈な速さで回転していた。「誰かが彼女を歴史から消し去りたかったんだ」。彼は名前が彫られていたはずの、滑らかにされた楕円形の部分を、手袋をした指でなぞった。まるで傷跡のように感じられた。

その時、彼はそれを見つけた。台座の近く、装飾的な睡蓮の渦模様にほとんど隠れるようにして、ずっと小さく、もっと個人的なヒエログリフの列があった。それは王室の書記官が用いる格式張った文字ではなく、別の、もっと私的な手によるものだった。彼は身を乗り出し、携帯用のライトで浅い彫り込みをくっきりと浮かび上がらせた。彼の古代言語の知識は錆びついていたが、その意味は驚くほど鮮明に、まるで彼自身にだけ宛てられた手紙を読んでいるかのように、すっと頭に入ってきた。

『リサンドラ:最も輝かしく、最も華麗なる光』

その名前は、小さく静まり返った部屋に響き渡った。リサンドラ。それは発見というより、記憶に近い感覚だった。説明のつかない、 visceralな繋がりが彼を襲い、目眩がするほどだった。夢の中で自分の名前を呼ばれた時のような感覚。

「教授?大丈夫ですか?」バーナバスの静かな声に、心配の色が滲んでいた。

ポールは背筋を伸ばし、咳払いをした。「大丈夫だ。ただ……素晴らしい」彼はその銘文を指さした。「彼女の名は、リサンドラだ」

石棺を開ける作業は、緊張を伴う繊細なものだった。アイヴァンが特殊な空気圧式のレバーを使う。圧縮された空気が漏れるシューという音だけが響いた。重い石灰岩の蓋が、三千年前の封印に抗って呻き声を上げる。ついに蓋が持ち上がった時、中からの香りが一層強くなった——没薬ミルラ、カシア(シナモン)、ナトロン、そして微かな、甘い腐敗の匂い。

中には、乾いた亜麻布の寝床に、女性の形に作られた木製の棺が横たわっていた。完璧に保存されていた。真っ直ぐな黒髪のかつらが、包帯に覆われた顔を縁取っている。様式化されたコブラ、ウラエウスが額に鎮座し、彼女が王族であることを示していた。彫刻が描いていた通り、王杓と穀竿を胸の上で交差させている。

「なんてことだ」アイヴァンが息を呑んだ。「新品同様だ」

ポールはただ見つめることしかできなかった。これが彼女だ。リサンドラ。公式の記録からは消され、愛の秘密の文字によって記憶された女性。彼は猛烈で、非合理的な庇護欲に駆られた。

ジリアンは携帯用のX線スキャナーを設置し始めた。「あなたが誰だったのか、見せていただきましょうか、陛下」彼女の口調には、専門家としての好奇心と畏敬の念が混じっていた。

「彼女を丁寧に扱ってくれ」ポールが言った。その言葉は、彼が意図したよりも鋭く響いた。

ジリアンは顔を上げ、驚いた表情を浮かべたが、気分を害した様子はなかった。「もちろんです、教授」

ジリアンのラップトップの画面に最初の画像——包帯の中で形を成していく幽霊のような骸骨——が浮かび始めると、ポールは奇妙な予感を覚えた。突然、鮮明な顔のイメージが頭に浮かんだ。高い頬骨、誇り高い真っ直ぐな鼻筋、そして少しつり上がった、猛々しく知的な光に満ちた目。

「彼女の顔の骨格はかなり華奢ね」ジリアンは3Dモデルを操作しながら呟いた。「頬骨弓が非常にはっきりしている」

「高い頬骨だ」ポールは、ほとんど独り言のように言った。「彼女は頬骨が高かった」

ジリアンは動きを止め、画面とポールを交互に見た。「ええ。その通りです。どうして分かったんですか?」

ポールには答えられなかった。ただ棺を、石灰岩と亜麻布の中に横たわる女性を見つめることしかできなかった。彼はまるで崖っぷちに立っているかのように感じていた。彼の合理的で学術的な世界の確かな地面が崩れ落ち、あり得ない、恐ろしい神秘の奈落が現れる。そしてその底で、暗く知的な瞳が彼を待ち受けているような気がした。

第四章 幻視と狂乱

復元作業は、キャンプ本部に設置された、空調の効いた大きなテントの中で行われた。そこは彼らの移動研究室として機能していた。テントの中は静まり返った、無菌室のような集中力に満ちており、墓の埃と熱気とは別世界だった。中央のテーブルにはリサンドラの棺が横たえられ、電子機器のハミング音に満ちた部屋の中で、古代の神聖な力の塊として存在感を放っていた。ポールは、長時間その棺から目を離すことができなかった。まるで磁石のように、彼の精神のまだ地図にない領域を強く引き寄せているかのようだった。

バーナバスが仕事に取り掛かった。ジリアンが作成した高解像度の3Dスキャンを使い、彼はすでにリサンドラの頭蓋骨の完璧な、骨のように白いレプリカをプリントアウトしていた。今、彼はそれをスタンドに設置し、肉付けの準備を整えた。

「組織深度マーカーだ」と彼は説明した。その声は、熟練の職人が自らの技術を解説するときの、穏やかで落ち着いた響きを持っていた。彼は解剖学的に正確な位置に、小さな杭を頭蓋骨のレプリカへと打ち込み始めた。「確立された平均値を使うが、いつだってこれは半分は芸術で、半分は科学なんだ。どう思う、教授?華奢なタイプか、それとも頑健なタイプか?」

ポールは考える必要がなかった。答えはそこにあった。彼自身の名前と同じくらい確かなものとして、完全に形作られて。 「華奢だ」と彼は言った。「だが、顎の線は強い。彼女は虚弱ではなかった」

バーナバスは頷き、その手はすでに正しいマーカーを選んでいた。「それで、身体の方は?」ジリアンが口を挟んだ。彼女は自身のスクリーンに浮かぶ骸骨のモデルから顔を上げた。「骨盤は少なくとも一度の出産を経験していることを示しているわ。身長は170センチくらい。当時としては長身ね」

再び、幻視がポールを襲った。それは思考ではなく、感覚だった。彼のものとは思えない、肉体的な記憶。彼は、満ち足りた健康的な身体の重み、長い手足の力強さ、引き締まってはいるが締め付けられてはいない腰の曲線、そして力強く張った腰の膨らみを感じていた。

「豊満だ」彼は言った。その言葉は、無機質な研究室の空間には奇妙なほど官能的に響いた。「重いんじゃない。強いんだ。踊り子の身体だ、おそらく。あるいは戦士のか」

同僚たちは顔を見合わせた。それは嘲笑の表情ではなかった。純粋な驚きだった。物静かで、ためらいがちだった教授が、奇妙で情熱的な確信に満ちた口調で話している。まるで生涯をかけて知り尽くし、愛した女性を描写しているかのように。

芸術家であるバーナバスは、それを理解したようだった。彼は何も問わなかった。ただ作業を始めた。その指は、巧みで直感的な優雅さをもって動いた。彼は頭蓋骨の上に粘土の帯を重ね、顔の筋肉——側頭筋、咬筋、眼輪筋——を形作っていく。彼は沈黙のうちに作業を進め、その集中力は絶対的なものだった。

骨から顔が浮かび上がってくるにつれて、ポールは目の奥に増していく圧力を感じていた。黒い眉が描く弧、優しく広がった小鼻、そして誇り高く、気品のある口元。

「唇だ」ポールは、自分の声がかすれた囁きになっているのに気づいた。「もっと豊かに。上唇の……弓形が、とてもはっきりしている。鋭い弓形だ」

バーナバスは手を止め、ポールを見てから、自らの作品に目を戻した。彫刻刀の繊細なタッチで、彼は粘土を調整した。そして、それはそこにあった。彼の幻視と寸分違わぬ形が。

テントの中が暑くなってきた。空調のハミング音が、遠くのドローンのように薄れていく。ポールは自分の手足に奇妙な痺れを感じた。二つの場所に同時にいるかのような、方向感覚を失わせる感覚。彼は二十一世紀のテントの中に立っている。それなのに、重い金の耳飾りの幻の重みや、肌を滑るリネンの涼やかな感触を感じていた。

最後の仕上げは彩色だった。バーナバスは小さなパレットの上で絵の具を混ぜ、古代エジプト人の持つ豊かなブロンズブラウンの色調を、その芸術家の目で再現していく。彼はふくよかな唇を、ワインのように濃い赤色に染めた。そして、最も細い筆を手に取り、目を描こうとした。

その瞬間、あまりに強烈な感情の波がポールを襲い、彼の膝は崩れ落ちそうになった。それは彼自身の感情ではなかった。巨大な、海のような悲しみだった。彼を溺れさせてしまいそうなほど、深く広大な喪失感。それは、リサンドラのものだった。熱く、刺すような涙が彼の目に溢れた。滲む視界の向こうで、彼はバーナバスが目を描くのを見ている——アーモンド形で、少しつり上がった黒い目。その瞳に、直截的で、知的で、そして古代の、耐え難いほどの悲しみに満ちた光が宿っていくのを。

作業が終わると、ジリアンは天井の照明を落とし、完成した胸像の上だけにスポットライトが当たるようにした。

彼女は、彼らの前に立っていた。

それは模型ではなかった。復元でもなかった。時の流れから引き裂かれ、テントの静かな空気の中に実体を与えられた、一人の人間だった。彼女の存在感は絶対的だった。力、官能、失意、そして不屈の意志の光線が、彼女から放たれていた。彼女は女王だった。未亡人だった。母親だった。女神だった。

ポールはよろめきながら一歩前に出た。彼の理性的で分析的な脳——彼の全人生を支配してきた部分——は、単純にシャットダウンした。処理能力を超えた現実に、ヒューズが飛んでしまったのだ。残されたのは、原始的で、圧倒的な衝動だけだった。彼は王の前にひれ伏す臣下であり、女神の前に祈る信徒だった。

そうするつもりはなかった。決断したという自覚すらなかった。彼の身体が、ただ動いた。彼自身にも理解できない力に動かされて。彼はざらついたキャンバスの床に、膝から崩れ落ちた。額を地面に押し付け、その身体は制御不能な、激しい嗚咽に震えていた。それは献身と、再認と、三千年の時を経て感じられるのを待っていた悲しみの狂乱だった。熱い涙がキャンバスに染み込み、恐ろしく、目眩のするような一瞬、彼は彼女の悲しみを受け止める大地そのものになった。

誰かの手が肩に置かれるのを、ぼんやりと意識した。アイヴァンの力強い腕が彼を抱え上げ、ジリアンの穏やかな声が、一瞬意識を失っていたのだと告げている。彼らはポールを外の涼しい夜気の中へと連れ出した。頭上の星々は、混沌とした、無意味な飛沫のように散らばっていた。

「彼女は……彼女は、あまりに美しかった」彼がどうにか言えたのはそれだけだった。その言葉は、彼が今しがた経験した大激変を収めるには、あまりに哀れな器だった。

バーナバスは、彼自身も動揺している様子で、小さく、誇らしげな笑みを浮かべた。「どうやら、私の仕事は気に入っていただけたようですね、先生」

ポールはまだ涙に濡れた目で、その若い芸術家を見つめた。 「それは」彼は、自らを丸裸にするほどの誠実さに満ちた、生の声で言った。「控えめな表現、というものだよ」

第五章 招待状

眠りに逃げ場はなかった。ポールは簡易ベッドに横たわり、薄いマットレスは彼の心の混乱をほとんど和らげてはくれなかった。リサンドラの顔が、瞼の裏に焼き付いて離れない。目を閉じるたびに、彼女がそこにいた。その悲しげで気高い眼差しが、彼自身の視線と交差する。研究室で感じた感情の奔流——他者の悲しみ、他者の力——が、今も彼の神経系に反響し、まるで一枚皮を剝がされたように、彼を生々しく無防備なままにしていた。

チームの面々は親切だった。彼の失神を、暑さと疲労、そして発見がもたらした感情的な重圧が混ざり合った結果だと解釈してくれた。彼らはポールに水を飲ませ、休息を取るよう強く勧めた。彼はその診断を受け入れた。オックスフォードから来た五十五歳の学者が、あり得ないことに、正気を失いつつある、という本当の診断を口にすることはできなかったからだ。

月が高く昇り、砂漠を銀と黒の厳しいモノクロームの風景に染め上げる頃、彼は眠ることを諦めた。深い見当識失調の感覚が、彼をテントから駆り立てた。キャンプは静まり返り、古代の広大な空虚の海に浮かぶ、人工的な生命の小さな円環となっていた。空気は冷たく、薄い。彼は当てもなく歩いた。柔らかい砂に足が少し沈み、その静寂が心地よい膏薬のように感じられた。

彼は、見えない糸に引かれるように、墓の方へと歩いていることに気づいた。近づくつもりはなかった。ただ、遠くから崖の黒い輪郭を眺めたかっただけだ。だが、低い砂丘の頂上に立ったとき、リサンドラの墓室の入り口近くで、光が揺らめくのが目に入った。

それは炎ではなかった。まるで緩やかな心臓の鼓動のように、穏やかなリズムで明滅する、柔らかく内側から発光する燐光だった。彼の学術的な脳は、即座に合理的な説明を探し始めた——湿度の変化で活性化した生物発光菌類か、置き忘れられた機材の反射光か。だが、彼の直感——彼が信頼することを学び始めたばかりの部分——は、それが違うと知っていた。この光は、彼の世界のものではなかった。

彼は近づいた。好奇心よりも強い引力に、警戒心は無効化されていた。それは認識の引力だった。墓の入り口、バーナバスが道具を置いたのと同じ石の上に、一つの壺が置かれていた。

それは、彼が夢で見たものと、あるいは彼が生きていない人生から記憶していたものと、寸分違わなかった。月光をその内部に閉じ込めたかのようなガラスでできており、その優美な胴体には、エジプトの神々を描いた精緻な小像が彫り込まれている。そして中では、液体が渦を巻いていた——揺らめく淡い薔薇色の、微かな泡を立てる液体。それが光の源だった。広大な闇の中に灯る、柔らかく、誘うような輝き。

彼は数フィート手前で立ち止まった。心臓が肋骨を激しく打つ。これは狂気だ。ストレスと脱水症状が見せる幻覚だ。引き返してテントに戻り、水を一リットル飲むべきだ。

しかし、彼は動かなかった。ただ、じっと見つめていた。その壺は単なる物体ではなかった。一つの申し出であり、招待状だった。それは月光の下に鎮座し、静かで、深遠な問いを投げかけていた。

彼は自らの人生を思った。それは突然の、残酷なほどの鮮明さで彼の前に広がった。灰色の研究室。ジェーンの瞳に浮かぶ、丁寧な軽蔑。息子の目に宿る、静かな失望。彼は、来る日も来る日も、静かで平凡な墓へと向かう、慎重で計算された一歩を刻むだけの、終わりのない日々の連続を見た。情熱を研究しながらも感じたことのない男、権力を記録しながらも手にしたことのない男、他人の人生を発掘しながらも自らの人生を生きたことのない男の姿を見た。

そして彼は壺に目を戻した。それは、理性的な人間が望むようなもの——富も、長寿も、幸福も——何一つ約束していなかった。ただ、未知を約束していた。それはどこか別の場所への扉であり、彼は、あらゆる恐怖を凌駕する確信をもって悟った。ここよりは、どこか別の場所の方がいい、と。

それは無謀な自暴自棄の瞬間ではなかった。彼が人生で下した、最も意識的で、明確な意志に基づいた選択だった。彼は歩み寄り、壺を手に取った。ひやりとした感触で、腕を伝わる微かな振動が、低い唸りのように手の中に響いた。彼はためらわなかった。結果について考えなかった。疑念の入り込む余地は、もはやなかった。

彼は野戦ジャケットの深いポケットに壺を隠した。不思議な、優しい光が彼の身体に隠れる。キャンプに戻る道すがら、眠そうな笑みを浮かべる若いエジプト人の衛兵に頷いた。

テントの中、彼は簡易ベッドの端に腰掛けた。壺の低い、リズミカルな鼓動が、彼自身の心臓の鼓動と同期しているかのようだ。彼はポケットから壺を取り出した。薔薇色の液体が、催眠術のように誘いながら渦を巻いている。彼は壺の縁を口元へ運んだ。液体は、睡蓮の花と砂漠の雨の香りがした。

彼は一口飲んだ。 星を味わうかのような、不思議な鉱物の風味を帯びた甘さだった。心地よい、解放的な温もりが胸に広がり、緊張していることにも気づかなかった筋肉の結び目を解きほぐしていく。彼はもう一口、深く飲み、さらにもう一口、壺が空になるまで飲み干した。

深く、底のない倦怠感が彼を襲った。不安の鋭い角が溶けていく。歳月と、積み重なった後悔の重みが、ただ、持ち上げられて消えていく。身体が軽い。自由になった気がした。彼は簡易ベッドに身を横たえ、ゆっくりと、偽りのない笑みが口元に広がった。世界が溶けて消える前に彼が最後に見たのは、壺に彫られた、翼を持つイシスの精緻な姿だった。

第六章 見知らぬ肌

意識への帰還は、穏やかな浮上ではなかった。それは突然の、暴力的なまでの没入だった。一瞬前まで、そこには音のない夢も見ない虚無があった。次の瞬間、そこには感覚があった。圧倒的で、異質で、そして絶対的な感覚が。

太陽の光。イングランドの朝に見るような、フィルターのかかった申し訳程度の光ではない。閉じた瞼に圧し掛かる、分厚い黄金の奔流。空気は、テントの中の乾いた無菌のそれではなく、川水の匂い、咲き誇るジャスミン、そして炒った穀物の香りに満ちた、生命体そのものだった。音の洪水が彼を襲う。遠くから聞こえる、知らないはずなのに何故か理解できる言葉でのざわめき。臼と杵が打ち鳴らすリズミカルな音。空を旋回する鳶の鋭い鳴き声。

目を開けようとしたが、瞼は、まるでこれまで経験したことのない深い眠りで固く糊付けされたかのように、重かった。手で擦ろうとしたが、応じた腕は彼のものではなかった。より短く、より華奢で、頬に触れた肌は滑らかで柔らかく、アーモンドオイルの甘い香りをかすかに纏っていた。

冷たく鋭いパニックが、心の霧を貫いた。彼は無理やり、目を見開いた。

世界は、色と光で滲んでいた。見上げているのは白いキャンバスの天井ではない。巨大な彫刻の施された柱に支えられた、暗く彩色された木の天井だ。横たわっているのは簡易ベッドではなく、上質でひんやりとしたリネンが何層にも重ねられた低い寝台。頭を乗せている枕は、動くたびにカサカサと音を立てる、何か柔らかいもので満たされている。

彼はポール・グラントではなかった。

いや、むしろ、彼はポール・グラントでありながら、囚われていた。彼は機械の中の幽霊であり、他人の目を通して外を見つめる同乗者だった。自分のものではない肉体に閉じ込められた、一人の観察者だった。

彼は起き上がった。その動きは流れるようで、優雅で、まったくもって異質なものだった。見下ろすと、そこには九歳か十歳くらいの少女の身体があった。肌は温かいブロンズの色で、手足は子馬のようにしなやかで長い。彼女は、富を物語る精密なプリーツが施された、シンプルな膝丈の白いリネンのシースを身につけていた。

無数の香りが、彼の新しい感覚に洪水のように流れ込んできた。一つ一つがはっきりと、そして強烈だった。近くの水盤から漂うナイル川の鉱物の香り、花瓶に生けられた睡蓮のむせ返るような芳香、くすぶる香炉から立ち上る没薬ミルラの燻るような甘さ。これは夢ではない。夢とは、色褪せた薄っぺらい写真のようなものだ。これは、生きて、呼吸し、五感を圧倒する現実そのものだった。立ち上がろうと決めたというより、立ちたいという意思が身体に波紋のように広がるのを感じると、少女の身体はたやすく、生まれ持った優雅さでそれに応えた。彼女の素足が、ひんやりと磨かれた石灰岩の床に触れた。

彼——彼女——は、太陽が降り注ぐ中庭を見渡せる開かれたアーチ道へと歩いた。世界はカーネリアンとラピスラズリで彩られ、彼の人生の灰色のパレットに対する鮮烈な攻撃だった。目眩がするような浮遊感、他人の人生のテクストに記された脚注になったかのような、恐ろしくも高揚する感覚に襲われた。

「いたのか!お寝坊さん!」

甲高い少年のような声が、その呪文を破った。ポールが宿る身体を持つ少女と瓜二つの少年が、部屋に飛び込んできた。同じブロンズの肌、同じ黒い瞳。だが、彼女が落ち着いているのに対し、彼は目まぐるしいエネルギーの竜巻だった。論理を超えた確信をもって、ポールは理解した。これが彼女の双子の片割れ、アキラスなのだ、と。

「父上がお呼びだ」アキラスはそう告げながら、すでに小さなテーブルの上の鉢から蜜漬けのナツメヤシを一つかみ掴んでいた。一つを口に放り込み、頬を膨らませる。「それから母上が、昼餉ひるげの前に手紙を書き終えなきゃだめだってさ」。彼は粘ついたナツメヤシを彼女に差し出した。「いる?一番大きいの、取っといてやったんだ」

少女の手が上がり、差し出されたものを受け取った。動きは彼女のものだったが、好奇心はポール自身のものだった。彼は、彼女がその果実を唇に運び、その繊細な皮が歯で破れるのを感じた。そして次の瞬間、彼の感覚は、純粋で混じりけのない喜びの衝撃に圧倒された。その甘さは爆発的で、彼がこれまでに経験したどんなものよりもリアルで鮮やかな味だった。それは、後悔によって薄められていない、生命そのものの味だった。

「俺は馬小屋に行く」アキラスは口いっぱいに頬張りながら言った。「西の砂漠から新しい子馬が来たんだ。俺のだぞ。父上がそう言ったんだ」。彼は彼女の腕を乱暴に、しかし親しみを込めてぎゅっと握ると、現れた時と同じくらい素早く姿を消した。少年らしい傲慢さの小さなサイクロンだった。

しかし、少女の注意はすでに別の場所にあった。ポールは、ある引力——優しく、本能的な渇望——が、彼女を華やかな部屋から中庭を抜け、宮殿の中でもより静かで質素な一角へと引き寄せるのを感じた。彼女は目的をもって動いた。その小さな足は石畳の上を確実にとらえ、まるで生まれつき備わった知識であるかのように、広大な複合施設の中を迷いなく進んでいく。

彼女は、書記たちの居住区画に近い、日陰になった小さな列柱廊へとやってきた。そこは埃と乾きかけのパピルスの匂いがした。柱に背を預けて、もう一人の少年が座っていた。彼はアキラスより数歳年上、おそらく十二歳くらいで、アキラスよりも物静かで、より強い意志を感じさせる佇まいをしていた。彼が身につけたリネンのキルトは清潔だったが簡素で、彼は鋭いフリントのナイフで彫っている小さな木片に集中していた。

彼女が近づくと、彼は顔を上げた。その顔に、ゆっくりとした穏やかな笑みが浮かんだが、その微笑みは彼の目までは届いていなかった。彼の瞳こそが、人をはっとさせるものだった。若々しい顔に宿る、老人のような瞳。静かで、物事を知る者の持つ重力がそこにはあった。これが、キャンだ。その名前は、深い井戸の底から石が浮かび上がるように、ポールの意識に浮かび上がった。

少年は何も言わず、ただ木片を掲げてみせた。彼は、小さな、優雅なトキを彫っていた。その長い嘴は完璧に表現されている。素朴で、美しいものだった。

彼女が彼の隣に座ると、ポールは、少女の興奮しすぎた心が落ち着き始めるのを感じた。この少年の周りの空気は穏やかで、宮殿の混沌とした活気の中にある、小さな静寂の泉のようだった。彼は彫刻を彼女に差し出した。彼女はそれを受け取り、その小さな指で木の滑らかな線をなぞった。言葉は交わされなかったが、ポールは二人の間に、言葉よりも深い、共有された理解に基づく深遠なコミュニケーションが流れるのを感じた。

彼はポール・グラント。自らの人生において、透明人間になったかのように感じている、年老いた人類学者。そして今、彼はここにいる。エジプトの王女の心の中の、物言わぬ観察者として。彼自身のものではない魂の地図製作者として。彼は彼女の世界の、騒々しい兄の、そして影の中で鳥を彫るこの物静かで意志の強い少年の、目撃者となった。彼女の人生は彼の目の前で繰り広げられていく。そして彼には、それを生きる以外の選択肢はなかった。

第七章 光と影の兄弟

それからの日々は、覚めることのない夢、熱に浮かされるような混乱と発見の連続だった。ポールは楽園の囚人となり、その意識は若き王女リサンドラに繋がれていた。彼は彼女の思考の合間に存在することを学び、若く、まだ何ものにも汚されていない彼女の心というフィルターを通して世界を解釈することを学んだ。蜜漬けのイチジクの味に感じる彼女の素朴で混じりけのない喜び、神官文字の授業に対する子供らしい苛立ち、そして彼女が生きるこの陽光に満ちた世界への、深く、変わることのない愛を感じていた。

彼女の生活は、穏やかでゆったりとしたリズムに支配されていた。午前中は、厳格だが心優しい家庭教師との授業。午後は、宮殿の広大で壁に囲まれた庭園での遊びの時間。そこはイチジク桑の木々、睡蓮の池、そして隠れた東屋が点在する、緑豊かなオアシスだった。

ポールがリサンドラの世界を支える二つの極——二人の兄弟——を真に理解したのは、この庭園でのことだった。

双子の兄であるアキラスは、自然の力そのものだった。彼は騒々しい小さな太陽であり、そのエネルギーは熱狂的とさえ言えるほどだった。いつも走り、叫び、貴族の息子たちと取っ組み合いをし、小さな弓矢の練習をしていた。彼はリサンドラを、気安く、所有物に対するような愛情で扱った。それは兄としての義務感と、生まれたときからいつか神になると教えられてきた少年が持つ、生来の傲慢さが入り混じったものだった。ポールは、リサンドラが彼を、兄妹としての素朴で疑うことのない忠誠心で愛しているのを感じた。だがそれは、近しさからくる愛であり、魂の愛ではなかった。アキラスは既知の存在であり、太陽が昇るのと同じくらい、馴染み深く予測可能な存在だった。

キャンは、月だった。

彼は宮殿の華やかな中心部には住んでいなかった。彼の家は、宮殿の主要な敷地のすぐ外にある、一層建ての小さなレンガ造りの家で、権力の影の中にある静かな尊厳の場所だった。彼はファラオの下級の側室の一人、ナウニーの息子だった——宮廷の役人がかすかな侮蔑を込めて囁くのを、ポールは聞いた。「奴隷の側室」だと。彼は王族でありながら、そうではなかった。血は繋がっていながら、隔てられていた。

そして彼こそが、リサンドラにとっての重力の中心だった。

ポールは彼らの絆を、一つの出来事としてではなく、織り合わされた無数の小さな瞬間として経験した。彼は、二歳年上のキャンが、平たい石を睡蓮の池の水面で跳ねさせる方法を、辛抱強く低い声で教えるのを見た。少年でありながら、その手は安定し、頼もしかった。アキラスが自らの力強さを自慢するのに忙しい間、キャンはリサンドラに、トキの一家が隠れて巣を作る場所を教え、黙っていてほしいという共犯のしるしに、指を唇に当ててみせた。

ある午後、特に退屈な王朝の系譜に関する授業の最中、リサンドラは苛立ち、葦のペンを投げ出してパピルスにインクを飛び散らせてしまった。家庭教師は激怒し、アキラスは彼女の不器用さを笑った。後になって、庭のパピルスの茂みの陰に恥ずかしさを隠していると、彼女は隣に誰かの気配を感じた。キャンだった。

彼は何も言わなかった。ただ座り、割れた陶器の欠片に炭の棒で絵を描き始めた。彼は家庭教師の唸るような顔を描き、巻物についたインクの染みを、そして最後に、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、睡蓮の花冠を頭に乗せたリサンドラの絵を描いた。その絵は素朴で子供っぽかったが、深く、はっとするほどの共感に満ちていた。彼は、彼女が言葉にしなくても、その苛立ちを理解していた。彼は、彼女を見ていた。

物言わぬ観察者であるポールは、リサンドラの胸に広がり、心の奥深くに落ち着く感謝の温かさを感じた。それは友情以上のものだった。それは、二つの魂が同じ静かな周波数に同調しているかのような、深く、本能的な認識だった。

彼らの絆は、こうした共有された沈黙の中で、言葉が必要とされない空間で築かれていった。アキラスが避けられないようにキャンに競争やレスリングを挑むと、キャンはしばしば、どこか達観した、ほとんど静謐とさえ言えるほどの落ち着きをもってそれに応じた。彼はアキラスよりも速く、そして強かったが、異母弟に恥をかかせることは決してなかった。もし彼が勝つときは僅差であり、しばしば彼は最後の瞬間にわざとつまずいてみせ、アキラス自身でさえどこか虚しさを感じるような勝利を王子に与えた。ポールは、感嘆の念と共に悟った。キャンはすでに、宮廷の危険な潮流を渡り歩く術を心得ていたのだ。彼は自らの立場を、そして王位継承者の影を薄めてしまうことの危険性を知っていた。

だが、彼がリサンドラと二人きりになるとき、彼の本当の性質が現れた。彼は彼女に星図を見せ、その長く細い指で、ラーの聖なる船の軌跡をなぞった。少年でありながら、彼の知識は百科事典のようだった。彼はアキラスのように征服や権力について語るのではなく、星々の法則について、ナイルの氾濫について、そしてそれに依存して生きる農民や漁師たちの生活について語った。彼はその物静かで真剣な瞳に、世界の重みを宿していた。

蒸し暑いある午後、彼らは宮殿から離れた川のほとりに座っていた。アキラスは投げ棒の練習をしていた。リサンドラは川辺の花で首飾りを編んでいた。

「いつか」アキラスは、誰に言うでもなく大声で宣言した。「俺は軍を率いる。ヌビア人もヒッタイト人も征服してやる。誰もがファラオ・アキラスの力の前にひれ伏すだろう」

リサンドラはキャンに目をやった。彼は川を見つめ、その表情は読み取れなかった。彼女は、まだ名付けることのできない感情の揺らぎを感じた——芽生え始めた庇護欲、彼の不安定な立場に対する漠然とした理解。

「あなたは、どうするの、キャン?」彼女はそっと尋ねた。

キャンは彼女を見なかった。視線は対岸に据えられたままだった。「穀物倉が満たされているようにするだろう」と彼は言った。その声は、葦のささやきに消え入りそうなほど低かった。「ファラオの第一の務めは世界を征服することではない。民を養うことだ」

その瞬間、二十一世紀の人類学者であるポール・グラントは、十歳の王女の心を通して、深遠で、はっとするような確信が響き渡るのを感じた。この少年こそが、王になるべき人間なのだ、と。キャンは影であり、より弱い光から生まれた存在だった。だが、王冠の真の重みを理解しているのは彼の方だった。そしてリサンドラもまた、子供らしい無邪気さで、すでにそれを知っていた。


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