性を失った少年
【内容紹介】小6の時に不幸な事故によって男性のシンボルを失った俊樹は、それを隠して通学するが、秘密はあっという間に知れ渡り深い疎外感を味わう。俊樹にとっての救いは義理の姉になった洋子だった。俊樹と同級生たちの関係や、俊樹が中学、女子高、女子大に進み運命の人と結婚するまでの心と身体の変化がリアルに描かれたTS小説。序章
「男と女は同じ動物じゃない。人間とチンパンジーが違うように、男と女は違うんだ」
僕がそう言うと友人たちが「へえ、そうなんだ」と感心したように言った。
友人たちには言わなかったが、これは兄からの受け売りだった。僕自身が本当にそう思って言ったわけではなく、深く考えてもいなかった。三人兄弟の末っ子の僕には高校生の長兄のすることは何でも格好良く見えて、真似するのが誇らしかった。
この言葉には男子から見て女子をチンパンジーと人間の間に位置づけるような響きがあり、女子の不可解さの陰に男子の優越性を示唆する気持ちが隠れているから、格好良く見えたのかもしれない。
ただ、冷静に考えると、僕の彼女の洋子が同じことを言えば男子をチンパンジーと人間の間に位置づける響きになるかもしれない。
「男は女と同じ動物とは言えないわ。人間とチンパンジーが違うように、女と男は違うのよ」
実際には男子と女子には非常にわずかな差しかないと僕は思う。特に小学生の場合はトイレで立ってするか座ってするかという以外に本質的な差があるのかどうか疑問だ。大人の場合は子供が産めるかどうかという決定的な差があるが、それ以外の差異は本質的なものではなく、意外に簡単に乗り越えられるものかもしれない。
乗り越えられるかどうか、実際にやってみないと分からないのだが……。
第一章 穴に潜む危険
初恋の人は誰かと聞かれると返答に困る。話す相手によってよく考えて答えないと誤解されたり変人と思われる可能性があるからだ。小学校時代の知り合いに聞かれたら迷わず「初恋の相手は長澤洋子だった」と答える。それが最も真実に近い答えだと思う。
長澤洋子とは小学校二年から四年まで同じクラスだった。五年のクラス替えで別のクラスになった時はショックでしばらく学校に行くのが嫌だった。
小学校二年のクラスで隣の席になった洋子は成績がトップで、身長が一番高かった。僕は三月生まれだったせいもあって、男子で小さい方から三番目だった。洋子は絵にかいたような優等生で模範生だったが、担任の教師が一度だけ洋子を叱ったことがあった。
「長澤さん、楠田君と仲良くするのは良いことだけど、楠田君だけじゃなくて他の人ともお話ししなさい」
洋子は授業中も休み時間も僕の方ばかり見て、僕とばかり話をしていたので、教師が見るに見かねて注意したのだった。教師がその時に注意したのは洋子だけで、僕には何も言わなかった。僕は特にやんちゃ坊主ではなかったが休み時間には普通に男子の友達と走り回っていたからだろう。僕にとって洋子は友達の一人だった。
でも、洋子が先生に叱られてから僕も洋子のことを意識するようになった。担任の教師の前では仲良くしすぎないように気を付けたが、お互いを一番の親友と認識していた。
放課後に洋子と遊ぶようになったのは三年生になってからだった。僕は学校が引けると家に帰ってランドセルを置き、毎日家から飛び出した。友達と待ち合わせをして近くの公園や城跡で遊ぶのだが、友達との約束が成立しないことが週に一、二日あり、そんな時には一人で洋子の家に遊びに行った。洋子の父親は大病院の院長で、洋子は広い庭のあるお屋敷に住んでいた。洋子は毎日のようにお稽古事をしたり塾に通っていたので、僕が遊びに行っても留守の場合が多く、僕は隣の小さな公園で洋子がお稽古事を終えて帰宅するのを待つのが常だった。
洋子には三歳上に権太という兄が居た。名は人を表すと言われるが、権太は近所の悪ガキたちのリーダー格で、僕は権太が大の苦手だった。小さな公園で洋子の帰りを待っている時に権太を見かけると、物陰に隠れたりして接触を避けた。
洋子がお稽古事から帰ると、僕たちは庭で遊んだり、洋子の家の居間や洋子の部屋で話をした。洋子の母親は洋子に似た顔の上品で温かい女性だった。洋子と僕が遊んでいると、紅茶とケーキを持ってきてくれて、優しく微笑みかけてくれた。権太は家の中で僕を見かけると、「男のくせに人形遊びか」とか、「女と遊ぶのが楽しいか」とバカにしたように言ったが、洋子が「放っといて」とドアをバタンと閉めると、それ以上ちょっかいは出さなかった。
長澤家には「玄さん」と呼ばれる若い運転手が居て、いつも車庫の辺りでブラブラしていた。父親の院長の病院への送迎や、母親が買い物に行くときに運転をしたり、よろず雑用係の役割だったようだ。玄さんは権太をお坊ちゃん、洋子をお嬢ちゃんと呼んで、一家の用心棒のように振舞っていた。刑事もののテレビドラマに出てくるチンピラのような感じだったが、僕を洋子の仲良しの友人と認識しているのは明らかで、怖いと思ったことはなかった。
僕の人生を変える事件が起きたのは小学校六年の夏休みの少し前だった。洋子の家に遊びに行くと、洋子は日本舞踊のレッスンに出かけていて三十分ほどで戻るとのことだった。僕は隣の小さな公園で時間を潰そうと思ったが、権太が四郎という評判の悪い少年と一緒にいるのを見たので、踵を返して公園とは反対方向に歩き、洋子の家があるブロックを反対周りに一周して時間を潰すことにした。
三十分ほどして、反対方向から小さな公園に差し掛かると、先ほど権太たちが居た場所に人影は無くなっていたので、僕は安心して小さな公園に入った。
「おい、俊樹」
突然、立木の陰から権太が出てきて僕の前を遮り、後ろから出てきた四郎との間に挟まれた。
「さっき俺たちを見て避けただろう。前にも同じようなことがあったから洋子が帰る頃にお前があっちの方向から回ってくることは察しがついていたんだ」
「避けたりしてないです」
「俺を怖がってるんだな。けど、俺がお前をなぐったことがあるか?」
「怖がってません。仲良しの友達のお兄さんだから」
「お前、震えてるな。小便をもらしてるんだろう」
四郎が僕の背後で言った。
その時、「楠田君、待たせてごめーん」という声がして、洋子が駆け寄ってきた。僕は洋子に手を振って、一緒に小さな公園から出ようとしたが、四郎が洋子の向こうに素早く移動したので、洋子と僕は逃げ場を失った。
「洋子、面白いものを作ったからちょっと見てくれ」
笑顔の兄に言われて洋子は兄の方に歩いて行き僕も並んで歩いた。
「この木の壁に穴が開いてるだろう。穴の中に洋子へのプレゼントを置いて待っていたんだ。取っていいよ」
笑顔の権太はいつになく優しい声で洋子に言った。洋子が兄に言われたままにその穴に手を突っ込もうとしたとき、僕は何か悪い予感がした。
手を突っ込んだ洋子は「ギャーッ」と大声を出した。木箱の中で犬が暴れる音がした。穴から出した洋子の手は血だらけだった。家に逃げ帰ろうとする洋子の前に四郎がたちはだかった。勇気を振り絞って、自分の身体の倍はありそうな四郎に横から体当たりをすると四郎が倒れた。その隙に洋子は「お母さーん!」と叫びながら家に逃げ帰った。
玄さんが洋子の叫びを聞いて小さな公園に駆け付けたときには、もう洋子は家に逃げ帰った後だった。僕は四郎を突き飛ばした後で権太に捕まり、四郎と権太に小突かれているところだった。
「お嬢ちゃんをどうしたんだ」
玄さんが僕たち三人に向かって言った。
「玄さん、こいつをどうにかしてくれ。こいつが洋子をだまして、この木の箱の穴に手を突っ込ませたんだ。洋子は手を咬まれて血を出した。その後に来た俺と四郎は、この穴の中にチンチンを突っ込んで小便をしたら願いが叶うと言われた。話が怪しいから穴から中を覗いたら犬が居たから、今こいつを小突いていたところなんだ」
「ウソだ、そんなのウソだ。権太さんたちがやったことじゃないか」
僕は玄さんに無実を必死で訴えた。
「お嬢ちゃんに怪我をさせて、お坊ちゃんまでだまそうとするなんてとんでもない坊主だ。しかも、そんな卑怯な手を使って」
「違う、ウソだ、信じて、玄さん」
「俊樹、お前があの穴の中に小便をして願い事を叶えればいい」
玄さんは僕のズボンとパンツを下げさせた。抵抗する僕に穴の中に小便をさせようと箱に身体を押し付けさせた。
「ギャーッ」
僕は大事なものにガブリと噛み付かれて悲鳴を上げた。背後から膝でお尻を押されて動きが取れなかった。犬は鋭い歯で僕の大事なものを引っ張りまわした。あちこちに歯を立てられて僕は気を失いそうになった。
「何をしてるんだ」
誰かの声が聞こえて、玄さんがやっと僕から離れ、僕は仰向けに倒れた。
「救急車だ、救急車を呼べ」
ピーポー、ピーポーという救急車の音を聞きながら意識が遠のいた。
***
目が覚めると病院のベッドの上だった。注射針が腕に差されていて、ベッドの頭部に吊るされた輸液のバッグまで管が伸びている。ぼーっとして足腰の感覚が無く身動きできなかった。
「気がついたのね、俊樹。よかった」
そこには母の顔があった。母は僕の枕もとのスイッチを押して
「息子の意識が戻りました」
とナースコールした。
「消防署から電話があってびっくりしたよ。母さんが病院に駆け付けた時には俊樹は手術中で、神様にお祈りしながら手術室の前で待っていたの。お医者様に命に別状はないと言われたけど私は心配で心配で……」
「アソコに噛み付かれたんだ。痛かった。死ぬかと思ったよ」
「可愛そうに、ひどい目に合ったわね」
「僕は悪くないんだよ。悪いのは洋子ちゃんの兄ちゃんたちなのに、玄さんは信じてくれなかったんだ」
「洋子ちゃんはお父さんの病院で手当てを受けながら、お兄さんたちがした悪さについてお父さんに話したのよ。だから俊樹が悪くないことは皆が知っているよ」
「ああ良かった。それよりも洋子ちゃんの怪我はどうだったの」
「何針か縫ったけど、多分噛まれた跡は残らないだろうって聞いたわ」
「良かった。女の子だから傷が残ると困るから」
「俊樹の傷の方がずっとひどいのよ……」
「いいよ、ズボンをはいていたら見えない場所だし、男だから傷が残ってもどうってことないよ」
その時、医者と看護師が入ってきた。機器のメーターの数値を見て僕がどんな気分かを聞いた後、
「もう大丈夫です。できるだけ休ませてあげてください」
と母に言った。
「俊樹、目を閉じて眠りなさい。母さんは横に座っているからね」
***
夜中に痛みで目が覚めた。噛まれた局部からお尻の穴にかけて、鋸で切られているかのように痛んだ。僕が「ウーンッ」と呻いているとベッドの横の長椅子に寝ていた母が僕の手を握ってくれた。
「痛いよう。噛み切られるみたいに痛い」
母がナースコールのボタンを押すと、すぐに看護師が来てくれた。痛みを訴えると、しばらくして若い医師が来た。僕の怪我の部分をチェックした後、注射してくれたので楽になり、眠ることができた。
翌朝は土曜日だった。痛みは前夜よりいくらか和らいでいて、朝の回診の時に注射をしてもらうと殆ど痛みが無くなった。今日はまだ痛いが明日の夜までに退院できるだろうか? 月曜日に学校に行けないと皆勤賞が取れなくなるので焦りを感じた。
そんな暗い気持ちは洋子の顔を見た時に吹き飛んだ。
「楠田君、大丈夫なの?」
洋子は右手の手首から上を包帯で巻き、首から吊るしていた。
「骨が折れたの?」
「折れていないわ。傷口を動かさないように吊るしているだけよ」
「ああ、良かった。あんなに血が出ていたから、僕ずっと心配していたんだ」
「私の怪我なんて、楠田君に比べたら何でもないわ。ごめんね、お兄ちゃんや玄さんが酷いことをしてしまって」
洋子は目に涙をたたえていた。
「僕はへっちゃらさ。男だから、このぐらいの傷、どうってことないさ」
洋子の涙を見て、僕の心は男らしく高揚していた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
洋子はベッドに仰向けになっている僕の肩に顔を置いて泣きじゃくった。僕は洋子に抱き付かれたことは初めてだったので心臓が飛び出すのではないかと思うほど鼓動が高まった。
「泣かないで。僕は男だよ。全然何とも思っていないから」
「でも食いちぎられたのに……」
大げさだな、と思っていたら、トイレに行っていた母が帰ってきた。
「長澤さん、お見舞いに来てくれたのね。ありがとう。手は大丈夫なの?」
「ええ、私は二週間で治ると言われました。でも楠田君は、もう……」
母は洋子の言葉を聞いて慌てた様子だった。
「俊樹には怪我の事をまだ説明していないのよ」
「怪我の事って、何? 母さん、長澤さん、教えてよ」
母と洋子はしばらく顔を見合わせていたが、母が僕の手を握って真剣な顔で話し始めた。
「俊樹、もう少し痛みが治まってから言うつもりだったんだけど、噛まれた傷はとても酷かったの。救急車で運び込まれた時には大事なものが殆ど取れかけていたのよ。お医者様が傷を縫ってつなげてくれたから一応アレはくっついた状態だけど、とても酷い傷なのよ。いつ治るかはまだ先生にも分からないらしいの」
「そんなに酷かったの? でも食いちぎられたわけじゃないんだろう? 当分オシッコするときに痛いということなの?」
「楠田君、男の子って丸い玉が二つついているじゃない?」
洋子は頬を赤くしながら言った。
「キンタマのことだね」
その単語を聞いて洋子の顔は真っ赤になった。
「その玉は食べられちゃって、もう無いの。ごめんなさい」
「無くなってもオシッコはできるよね……」
「無くなったら子供ができないのよ」
「僕は男だから子供を産むわけじゃないけど……」
「男の子の睾丸で作られた精子が女の子の卵巣で作られた卵子と出会って赤ちゃんができるのよ。男子はまだ教わっていないかもしれないわね」
「聞いたことはあるけど、僕、よく分からない」
「楠田君、男性ホルモンも同じところでできるから、無くなると男性ホルモンが出ないのよ」
僕は食われたと聞いて、困ったとは思ったが、そのことが僕にどれほどの厄災をもたらすのか理解できなかったので、それほど大変な事だとは実感できなかった。野球をしていて受け損なったボールがその玉に当たって死ぬほど痛い思いをしたことがあったが、ポジティブな意味のある存在という認識ではなかった。
「長澤さん、傷口が塞がってから先生に診断していただかないと、俊樹の身体がどうなるかは、まだ分からないと思うわ」
と母が洋子に言った。「でも、父がそんなことを言ってたから……」
「ここって長澤病院なの? 僕は救急車で長澤さんのお父さんの病院に運ばれたんだ。奇遇だね」
「そういうことだから、今度院長先生に診て頂くまでは悲観的なことは考えないことにしましょう」
母は笑顔を繕って言ったが、それがやせ我慢であることは僕の目にも分かった。
***
僕は土、日の二日間、母に言われた通り、できるだけ何も考えずに寝ていた。痛みは段々収まってきた。栄養は注射で入れるから食べる必要は無いと言われていたが、特に空腹感は感じなかった。尿は尿道に差し込まれた管から出るので気にしなくてもいいとのことだった。
月曜の朝、洋子の父である院長が来て患部をチェックした後、僕は検査室に連れて行かれ、寝たままCT検査というものを受けた。しばらくして院長が部屋に来た。
「今日の検査の結果を見るまでは確定的なことを申し上げたくなかったので、俊樹君の前には来ないようにしていました。俊樹君、本当に申し訳ない。うちの権太が大変な事をしでかしてしまった。玄さんは俊樹君が洋子に怪我をさせたと思い込んであんなことをしたようだが、あれは犯罪だ。クビにして警察に突き出した」
「玄さんをクビにしちゃったんですか……」
「それは当然のことだ。玄さんや権太がしてしまったことは全て私が責任を取る。俊樹君、誠に言いにくいが、男性のシンボルが皮一枚でつながっているとでも言うべき状況だったが、検査の結果、元通りにならないことが分かった。オチンチンの残った部分と神経線維を活かしてクリトリスとして残すのがせめてもの救済策だ。その際、陰嚢の皮膚を残して将来の陰唇の形成手術に配慮しながら外観上不自然の無い陰列を形成しておきたい」
聞いたことの無い熟語を並べ立てられても理解できるはずがなかった。最も気になっていたのは排尿のことだった。
「そのクリトリスがあればオシッコができるということですか?」
「クリトリスは長さが数ミリしかないし排尿とは無関係な器官だ。その下にある穴から排尿することになる」
「女の子みたいに座ってすることになるんですか?」
僕はほとんど泣きそうだった。
「申し訳ない。外観上は女の子と同じになるんだ。他人に見られても普通の女の子と区別がつかないぐらい完璧な状態に仕上がると思うよ」
僕は立って小便ができなくなると聞いて、どうしたらいいのか分からなくなった。アソコが洋子と同じになるということは、僕は女の子とどう違うんだろうか……。ひとまず声をあげて泣くしかなかった。母はその場に崩れ落ちた。
院長たちが部屋から出て行った後、母は泣いている僕を部屋に残して
「お父さんに電話してくる」
と言って部屋から出て行った。
お昼頃、父が初めて見舞いに来た。父は配管工事の仕事をしているが、週末は隣県に工事に出かけていて、今朝帰ってきたのだ。
「俊樹、酷いことになったな。かたきは取ってやるからな」
父は充血した目でそう言ったが、院長から玄さんは警察に突き出されたと聞いていたし、権太や四郎に仕返しをしても僕が無くしたものが戻ってくる訳ではないと思った。
院長が部屋に入ってきた。
「長澤さん、息子を男のシンボルが無い身体にしてくれたそうじゃないか。もうこいつは男じゃない、女だ。子供を産めない女と同じだ」
父が僕を女と呼んだのには驚いた。胸に手を突っ込まれてかき回されたような気がした。
「お詫びの言葉もございません。俊樹君のこれからの人生での痛みを少しでも緩和できるよう一生サポートを続けます。勿論ご両親には金銭的な賠償も誠意をもってさせて頂く所存です」
「男でなくなった息子を一生世間様から隠して育てなきゃならない俺たちの身にもなってくれ」
「お言葉ですが、俊樹君をお荷物のように見なすのはいかがなものでしょうか……」
「現にお荷物になるんだからしょうがないだろう」
「私は俊樹君をそんなお父様にお返しするわけには行きません」
「上等じゃねえか。じゃあ、あんたが引き取って一生面倒をみてやれよ」
「分かりました。それでは養子に頂くことにしましょう」
売り言葉に買い言葉で二人の男たちの間で僕を楠田家から長澤家に養子に出すことが決まり、驚くような額の示談金の額がその場で決まった。父はあっけらかんとした表情で病室を去った。しばらくして弁護士が書類を持ってきて母に手渡し、母は一旦家に帰ったが、署名捺印した書類を持ってきた。院長、洋子のお母さんと洋子が病室に来た。
「楠田さん、俊樹君はこれで長澤家の子供になります。俊樹君は確かに頂きました。大事に育てます」
母は泣きじゃくっていた。
「楠田さん、俊樹君は長澤家の子供になっても、産みの母があなたであることには変わりはありません。私は責任を持って育ての母としてあなたからバトンタッチさせていただきます」
「俊樹のことをどうぞよろしくお願いします。ふがいない親でお恥ずかしい次第です。俊樹、新しいお父さん、お母さんがおっしゃることを聞いて可愛がっていただくのよ。ごめんね」
泣きながら母は去った。
「俊樹君、これからは親子なんだから何でも遠慮しないでね。困ったことがあったら、お母さんに相談するのよ」
「私も遠慮せずに叱るからな、わっはっは」
「今日からはお姉ちゃんと呼ぶのよ、俊樹」
今まで楠田君と呼ばれていた洋子に俊樹と呼び捨てにされた。いきなり弟扱いにされてショックだった。
「どうして? 同級生じゃないか」
「私が四月生まれで俊樹は三月だから一年も違うのよ。背の高さも十センチ以上違うわ。私、弟か妹が欲しかったから嬉しいわ」
それから三日後に手術が行われ、犬に噛まれて滅茶苦茶になっていた僕の股間は、雪崩の後の山肌のように何もない状態になってしまった。嫌がる僕の手を押しのけ、洋子は僕に出来た割れ目をしげしげと観察した。
「私と同じだわ。俊樹は私の弟じゃなくて妹になったのね。俊樹じゃなくて俊子って呼ぼうかな。俊江が良い? 他になりたい名前があったら早めに決めなさい」
「お姉ちゃん、僕のおチンチンが無くなったことは絶対に誰にも言わないでね」
「何でも私の言うとおりにするなら、俊樹が本当は女の子だってことは内緒にしてあげる」
退院した日は終業式の日だった。洋子の部屋の隅に新しい勉強机が置かれていた。
「俊樹は洋子と同じ部屋よ」
と新しい母に言われ、戸惑いながら洋子と一緒に部屋に行った。
「私がお父さんとお母さんに頼んだのよ。一緒の部屋にしたいって。俊樹も一人だと寂しいでしょう」
それは洋子の言う通りだった。兄の権太は僕の入院中に一度形式的に謝りに来た時に顔を合わせただけだったが、もし一人部屋で、いきなり権太に入って来られたら怖いだろうと思った。
以前は僕と向かい合って座るとスカートの裾に手を置いて隠していた洋子なのに、今は下着姿で話するのも平気だし、それどころか服を着替える時に僕の前で裸になるようになった。それは家族になったからというよりは、股間が自分と同じになった僕に隠す必要は無いと考えているからだと思った。
楠田の父母や兄二人と会えなくなったこと、友人たちと城跡や公園で長いこと遊んでいないこと、苗字が変わってしまったこと、女の子のように座って用を足すしかなくなったことなど、悲しいことは幾つかあったが、朝起きた時から夜寝る時までずっと洋子と一緒に居られる喜びは、嫌なこと全てを補って余りがあった。一番好きな女子と毎週七日間、一日二十四時間デートしているようなものだから。
お盆の前に兄の権太が中学のサッカー部の合宿で軽井沢に行き、新しい両親が香港旅行に行って、丸五日間洋子と僕の二人だけで過ごすことになった。母は五日分の料理を作りラップして冷凍庫を満杯にしてくれていたので、僕たちはチンして食べるだけだった。くれぐれも一日中戸締りを厳重にして、訪問者があっても留守のふりをするよう言われた。
父母が空港に向かった朝、洋子は玄関と裏戸の鍵を確認してから、僕にシャワーを浴びるように言った。僕は言われたままに風呂でシャワーを浴び、出てくると、洋子から小学校の制服を渡された。それは洋子が四年の時の制服だった。
「いやだよ、女の子の制服を着るなんて」
「お姉ちゃんのいう事を聞けないの? じゃあ、俊樹の身体が女の子だってことを学校でばらしちゃうわよ」
「いじわるしないで! お姉ちゃん、お願い」
「前から言ってるでしょう。私の言うことを何でも聞いたら内緒にしてあげるって。お父さんやお母さんの旅行中だけの我慢よ」
洋子の言葉を聞いて、洋子は五日間ずっと僕にコスプレを続けさせるつもりなのだと分かった。
「私の四年の時のスカート、俊子には長すぎるわね。でもその前にはいていたスカートは捨てちゃったから仕方ないわ。ウェストを折るしかないわね」
洋子がスカートのウェストを二回折りしたので、恥ずかしくなるほど短くなった。
「俊子、来なさい。ファッションショーよ」
洋子は自分には小さくなったワンピースをいくつか出してきて僕に着せた。着替えるたびに女の子っぽい仕草をさせられて写真を撮られた。
「俊子にはこれが一番似合うわ」
洋子が選んだのはノースリーブの赤地に白の水玉のワンピースで、裾と襟はレースで縁どられていた。洋子は僕に自分をワタシと呼んで女子の言葉でしゃべるように強要した。
胸が締め付けられるような気持ちと、洋子が相手にしてくれる喜びが交互に僕を支配した。それは僕がそれまでに経験したことの無い、サスペンスと甘美な快感に満ちた五日間だった。
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