危険な誘惑:ファンタジー・シミュレーター(TS小説の表紙画像)

危険な誘惑
ファンタジー・シミュレーター

【内容紹介】ファンタジー・シミュレーターという装置により性別が変わるSF系のTS小説。24歳のOLの目を通して女性にとっての快感とは何かを究極まで問い続ける。秋葉原を舞台として軽快なタッチで始まるストーリーを楽しく読み始めると、あっという間にファンタジー・シミュレーターが展開する世界に引きずり込まれる。

序章

 あなたはどんなファンタジーをお持ちですか? 

 私はちょっとした偶然によって自分のファンタジーを実現してくれるマシンに出会いました。そのファンタジー・シミュレーターという名前のマシンは私の心の中にある願望や妄想を読み取り、その通りの世界に私を連れて行ってくれるのです。

 でも、私のファンタジーとは具体的にどのようなものなのか、実際にそれが実現されるまでは自分自身でも明確に認識できていませんでした。

 自分が行きたい世界とはどんなものかを箇条書きにして提出し、書いた通りに実現してくれれば話は簡単なのですが、そのマシンは私の脳を潜在意識の領域まで隈なくスキャンし、願望、欲望、欲求、妄想などの全ての情報を読み取った上で、私にとって本物のファンタジーを押しつけがましいほどの鮮明さで見せてくれたのです。

第一章 ファンタジー・シミュレーターとの遭遇

「この辺りのはずなんだけどなあ」

 連休明けの土曜日の午後、私は秋葉原の中央大通りから一筋西に入った通りを、左右の雑居ビルの看板を見上げながら歩いていた。その店はギャラクシー・コスモスという名前で、ツクモ電機の手前の角を秋月電子の方に左折したビルの四階にあるはずだった。グーグルマップを表示させたスマートフォンを左手に持って四階の看板を探す。

 丁度その角を左折した時、秋月電子の方から走って来た大柄な女の子と衝突して、私は跳ね飛ばされ胸からドサッと路上に倒れた。スマートフォンを見ながら走っていた彼女の右胸が、四階の看板を探しながら歩く私をはね飛ばしたのだった。

 倒れる際にとっさに右手で体重を支えたので、その右掌と膝がヒリヒリしていた。倒れたまま髪をかき上げて、衝突した相手の女性に目をやると、彼女はその場にしゃがみ込んで痛そうに胸を押さえていた。フリルだらけのメイド服を着て膝まである白いソックスを履いている。

「大丈夫ですか?」
 私は自分が落としたスマートフォンを拾い上げてから女性に近づいた。彼女の足元に彼女のスマートフォンが落ちていたのを拾って彼女に手渡した。

「ちゃんと前を向いて歩いてよね、オバサン」

「オ、オバサン!」
 このシチュエーションで、それは私に対する最大の侮辱だった。両手で数えられるほどしか年の差が無い、しかも知性のかけらもなさそうな化粧をした太目のメイド女にオバサン呼ばわりされる筋合いは無い。痛む膝を見ると、黒のストッキングが擦り切れて白い脚が見えている。幸い血は出ていないようだ。

「あんたこそスマホを見ながら走ってくるからぶつかったんじゃない。どうしてくれるのよ」
 スマートフォンの地図を片手に上を向きながら角を曲がったことに関する反省の念は私の頭の中から完全にすっ飛んでしまっていた。私は惨めに伝線した膝を指さしながらメイド服の女に突っかかった。

「ウッセー、このばばあ」
 メイド服の女は丁度駆けつけてきたもう一人のメイド服と、外国の言葉でしゃべりながら末広町の方向へと去っていった。言葉の意味は分からないが、私をオバサン呼ばわりしていることだけは間違いない。

 四時に優樹菜と会う約束だった。そのために着てきた買ったばかりの黒いワンピースは特に擦り切れたり傷んだりしてなさそうなので安心した。パフスリーブで長袖のフレアワンピースだが、可愛い伸縮性のベルトをハイウェストに留めると着やせするのでとても気に入っていた。光沢のあるスカート部分に付着した白い土のような汚れは、スカートを手で二,三度掃うとすっかりきれいになった。でもミドル丈のスカートでは膝の伝線は隠し切れない。この年で素足で歩くのは無理だから、コンビニかどこかでストッキングを買ってはき替えなければならない。

 髪の乱れやスカートの汚れは手で払うだけで元通りになっても、オバサンという悪態は耳にこびりついて離れそうになかった。あと二回誕生日を迎えると三十の大台に乗ってしまう。
「今は二十代で結婚する子の方が少ないわよね」
 会社でのOL同士の会話では誰かが必ずそう口にするが、本心で言っているわけではない。トイレの鏡の前で二十代前半の子と並ぶと肌理とハリの差は一目瞭然でどんな化粧品を使っても隠しようがない。メイド服の女はそれを十分認識しているからこそあんな悪態で私に勝利したのだ。

 一瞬の人だかりが解消されて、私は道行く人々の流れの中に挿された一本の邪魔な杭のように立ったまま、角を曲がって左上に見えるはずの看板を探していた。

「お怪我はありませんでしたか、お嬢さん?」

 その時、傷心した未婚OLに近づいて優しい声をかけたのは深いロイヤルブルーのスーツに同じ色のネクタイをした長身の美しい紳士だった。彫りの深い哀愁の漂う顔に浮かべた微笑みと、「お嬢さん」という甘美な呼称が私を無防備にした。五十がらみだろうか。場違いなロイヤルブルーの正装が何の不自然も無く秋葉原の裏通りに溶け込んでいた。

「ええ、大丈夫です。ストッキングの伝線以外は」
 私は彼を見上げて、お嬢さんという呼称に相応しいとっておきの微笑を返した。

「これはお嬢さんのような美しい女性の夢を叶えて至高の安らぎを提供するファシリティーのご案内です。本日限定の無料サービス券になっていますからお試しになればよろしいですよ。たった五分しかかかりませんから」

 男性のスーツと同じロイヤルブルーの薄いプラスティックのカードには「ファンタジー・シミュレーター」と書かれていて、店の場所を示す地図が描かれていた。秋葉原の路上で初対面の異性に言われて本気にできる内容でないことは、美しい女性と言われて理性を混濁させられた私にも分かっていたが、その男性の放つ不思議なオーラが私をさらに無防備にした。

「不思議な名前ですね。五分で至高の安らぎが得られるんですか? じゃあ、トライしてみようかな」
 私は今年に入って自分の口から出した声の中では、最も高くて可愛い声で言った。

「そこのS通商の隣のビルの五階にあります。四階はギャラクシー・コスモスです」
 私は軽い会釈をして、自分の後姿への彼の視線を感じながら、男性が右手で示したビルの階段に向かってエレガントに歩いた。数秒後、階段の登り口で男性に微笑みを送ろうと振り返ったが、男性の姿は跡形もなく消え去っていた。

 それは不思議な出会いだった。私がギャラクシー・コスモスに行こうとしていたことは誰も知らないはずなのに、彼は私の頭の中を透視していたかのように道案内をしたのだった。でも私は全く胡散臭さを感じず嬉々として狭い階段を上っていく。

 四階の階段の狭い踊り場の右側にあるドアは開放されていて、フロアー全体がギャラクシー・コスモスの店舗になっていた。三方の壁面とその間の棚にはゲームやDVDや書籍が所狭しと並んでいて、若いオタクの男の子たちが慣れた感じで各々の探し物をしていた。

 私が買いたかったのは「危険な誘惑」というボブゲの攻略本だった。ボブゲという略語は現代略語に精通している女子高生の間でも意外に認識率が低かったりするが、ボーイズラブゲームを意味している。何故ボラゲでなくボブゲというのかは私にもわからない。「危険な誘惑」の攻略本はヤフオクなどで探したが見つからなかったので秋葉原の専門店に探しに来たのだ。

 私がはまっている「危険な誘惑」は、ボーイッシュな美しい女性が主人公の、女性向け専用のボブゲだ。勿論男性でもプレイしてよいが面白いとは思えないかもしれない。主人公の大金持ちの祖父が全寮制の男子校の理事長をしていて、主人公は男子のフリをして男子校に転校する。その男子校は学力だけでなく外観審査が厳しく、美しい男子だらけで、生徒同士の恋愛が盛んに行われている。主人公には特殊能力があり、五秒以上のディープキスをすると相手と性器が入れ替わる。つまり、狙いの同級生を誘惑して五秒以上ディープキスをすると、その同級生の股間が女性になり、彼のペニスが自分の股間に転移するのだ。うろたえる彼を犯し、オーガズムを与えるとポイントが増え、自分が射精してもポイントが増える。ポイントが増えるとパワーアップできて、誘惑能力がどんどん高まる。オーガズムと射精が同時に起きるとポイントが四倍になる。もう一度五秒以上のディープキスをしない限り性器は元に戻らないので、キスを四.五秒で止めたりして相手をじらせながら毎日犯すのがポイントを上げるコツだ。但し、彼を妊娠させてしまうとゲームオーバーになり、クレジットカードでゲームの会社からポイントを買わない限り再開できなくなる。ポイントがゼロだと同級生を誘惑する力もゼロになるからだ。

 キスに誘い込むテクニック、相手のオーガズムと自分の射精を同期させる方法や避妊テクニックの難易度が結構高く、なかなか思い通りにならなかったり、すぐに相手を妊娠させてしまうという奥の深いボブゲだ。高校時代に好きだった男の子や、会社で付き合っている彼氏(と、少なくとも私が彼氏と自認している男性)を相手に見立てて毎晩のようにプレイするが、彼が自分の股間にできた割れ目に気付いてうろたえるシーンや、女のようにオーガズムに喘ぐシーンを見ると、乳首が快感でムズムズするし、自分が射精するシーンでは、実際に射精したかのような錯覚に陥るのが不思議だった。本当によくできたゲームだ。

 勿論、私がそんなゲームをしていることは誰にも話してはいない。「腐女子」のレッテルが貼られるのは確実であり、そのレッテルは一見あたりの良いコミカルな響きとは裏腹に、結婚対象としての評価において決定的なディスアドバンテージになるからだ。

「あのう、すみません。危険な誘惑の攻略本を探しているんですが、どこにあるでしょうか?」
 棚をしばらく探したがどこに何があるか分からなかったので、レジのお兄さんに小声で質問した。

「ああ、あの人気のボブゲですね。右の一番奥の棚の上から二段目にあると思いますよ」
 その店員は表情を変えずに親切に教えてくれた。さすが本場のプロの店員だ。例え「二十代後半の倒錯OL」と認識したとしても表情が少しでも揺らぐようでは本当のプロとは言えない。

 それはすぐに見つかった。B5版の薄めの古本でサランラップされているため試読はできず、三千五百円の価格シールがついていた。レアだけに足元を見た価格設定だが、躊躇わずに買った。

 私はその本をケイトスペードのオーストリッチエッグのバッグにしまい、店を出て五階への階段を上がっていった。ギャラクシー・コスモスの真上にあるそのショップはいたってシンプルな造りで、ロイヤルブルーに白抜きで「ファンタジー・シミュレーター」と書いたロゴのあるガラスの自動ドアを通ると、正面に銀行のATMのようなマシンがあった。マシンの左側に「入口」と表示された自動ドアがあり、右側には「出口」と表示された自動ドアらしきものが見える。無人のショップのようだ。

「会員番号を入力するかサービスカードを挿入してください」
という女声の合成音声が聞こえて、カードの挿入口に赤いランプが点滅した。

 私は数分前に不思議な男性からもらったばかりの無料サービス券をそこに挿入した。すると、マシンの画面に「あなたの会員番号は19xx0306RSです。緑の点滅をご覧ください」と表示された。画面の上の緑の点滅を見つめると、約二秒後に点滅が消えて画面に「虹彩の登録が完了しました」と表示された。会員番号は私の生年月日とイニシャルを組み合わせたものであり、その情報が既に無料サービス券に保存されていたと考えるのが妥当だろう。私がギャラクシーコスモスに行くことを知っていたあの男性は、私の生年月日とイニシャルまでも知っていたということになる。私は少し怖くなった。

「お客さまの無料サービス券は乖離度一の体験を一単位受けるのに有効です。所要時間は五分間です。希望される場合はYESのボタンを押してください」
と画面に表示された。

 私が画面に表示されたYESのボタンにタッチすると、「左の入り口からお入りください」と表示された。

 左の入り口はタッチ式の自動ドアになっていて、「開く」と書かれた場所をタッチするとドアが開き、私が中に入るとドアが閉じた。それは真ん中にソファーがあるだけの小部屋で深いロイヤルブルーの単一色で塗装されていた。私が入って来たドアだろうと推定される部分があることは分かったが、出入り口も何もない、約二畳の完全に閉じた空間だった。

 私はソファーの真ん中に腰を下ろした。他の選択肢は思いつかなかったからだ。その部屋は無機質で誰かに見られているような感覚は一切なかったが、私は伝線を隠したい気がしてスカートの裾をできるだけ前に引っ張り、閉じた膝の上にバッグを置いて、何かが起こるのを待った。

 顔を動かさずに目だけキョロキョロと上下左右を見まわしながら緊張と期待を高めていると、部屋が段々暗くなってきた。ベートーヴェンの田園を編曲した交響曲が静かに流れ始め、部屋が真っ暗になった時点では身体全体が揺さぶられる程の大音量になっていた。ヴィオラの奏者の一人一人がどこにいるかが認識できるほどのリアルな音響と臨場感だった。オーケストラの指揮者の後ろに奏者と向かい合わせにソファーが置かれているような気がした。

 私の頭の中に引っかかっていた幾つかの些細な患いを大音響が跡形もなく吹き飛ばし、コントラバスの響きが背骨を震わせ、木管楽器から流れるメロディーが左右の乳房と共鳴した。あの不思議な男性が「至高の安らぎ」といったのはこれだったのだな、と感じた。私の好きな「危険な誘惑」の一シーンがちらりと頭に浮かび、すぐに消えた。それは心をくすぐられる瞬間だった。軽いしびれが全身を包み、身体が空中に浮いている感覚があった。完全な漆黒の闇の中に、何もかもがきらきらと光り輝いていた。

 クライマックスの後、音量が徐々に低下し、しばらくすると静かになった。それは耳の中のキーンという音が大きすぎると感じられるほどの完全な静寂だった。

 真っ暗だった部屋に徐々に光が戻り、私は深いロイヤルブルーの空間の真っただ中に腰を下ろしている自分に気付いた。

「ふうーっ」
 目を閉じて満足の吐息を出した時、出口の自動ドアが開いた。ソファーから立ちあがって出口から出ると背後でスウッとドアが閉まった。マシンを右手に見ながらファンタジー・シミュレーターのショップの出口から外に出て、ヒールに気を使いながら狭くて急な階段を一階まで降りた。

 左手首の時計を見ると優樹菜との約束の時間まではまだ三十分以上あった。優樹菜のアパートは昭和通りを超えた佐久間町のリバーサイドにあり、徒歩で十分程度しかかからないが、少し早く行っても大丈夫だろう。

「まずはストッキングを買わなくちゃ」
 私は秋葉原駅の一階を反対側に抜ける通路を通り、昭和通りの信号を超えた所のコンビニに入り、サブリナのバーモンブラウンのタイツを買ってバッグに入れた。相手が優樹菜でなければコンビニのトイレを借りてはき替えるところだが、買ったばかりのワンピースを狭いトイレで汚したくないし、気心の知れた優樹菜が相手なら今日の苦労話のネタになるだろうと思った。

 スマホにメール着信を知らせるバイブがあった。
「もし早めに秋葉原についたらいつでも来てくれていいわよ」と書かれた優樹菜からのメールだった。私が秋葉原に早めに来て約束通りの時間にチャイムを鳴らすために時間をつぶすだろうということを優樹菜は熟知している。

 神田佐久間町のアパートに着いて受付機に優樹菜の部屋番号を入力した。
「凛子でーす」
というと自動ドアが開き、エレベーターで三階に上がって優樹菜の部屋のチャイムをピンポーンと鳴らす。

「凛子、久しぶりね、わざわざ来てくれてありがとう」
 優樹菜の顔を見るといつもホッとして心が温かくなる。

「もう何週間も会ってないものね。会いたかったわ」
 私は優樹菜をハグした。

「よしよし」
 優樹菜は私の頭に右手を乗せて子猫のように撫でてくれた。

「変よね、私たち。レズっ気はゼロなのに、優樹菜にボディータッチされると気持ちが落ち着くのよ」
 私は本心からそう言った。

「その膝どうしたの? ひどい伝線じゃない」
 優樹菜が私のストッキングの惨めな伝線に気付いた。

「そうなのよ。聞いて、聞いて。デブのメイドにやられたのよ」
 私は思い出したくもない今日の出来事について、優樹菜に洗いざらいぶちまけた。

「オバサンよ、オバサン。一番言われたくないことを、あんなレベルの低い女に言われたんだから」

「気にする必要はないわ。単に、バカヤローという意味の下品な悪態に過ぎないわよ。凛子はスタイルも良いし、可愛めの服を着れば二十四でも通るんじゃない。でもそのワンピースはなかなかエレガントで、その割にフレアーにボリュームがあっていいわね。最近買ったの?」

「ありがとう。連休に彼と旅行に行くために買ったばかりなの。アマゾンで買ったノーブランドのワンピとは思えないでしょう? 今日初めて着たのよ」

「ちょっと待って。連休の旅行のために買ったのに、どうして今日初めて着たの?」

「よく聞いてくれたわね。これも思い出したくないことだけど優樹菜には話すわ」

 私は会社で付き合っている四歳年下の男性と四泊五日のツアーで佐渡ヶ島に行く約束だった。連休の初日の朝に新宿駅のバスターミナルを出て、新潟港からフェリーで佐渡ヶ島の両津港に渡るというバスツアーだ。

 私は前日の夕方に美容院に行き、このワンピースをベッドの横に吊るして浮き浮きした気持ちでパックをしていた。シャイな彼を私の方から旅行に誘ったからには、それだけの覚悟と勝算があった。彼がはにかみながら私の誘いに乗ってくれた時、私の頭の中にはウェッディングドレスに包まれた自分の姿がチラチラしていた。

 それなのに、パックをそろそろ剥がそうとしていたころにスマホに着信があった。彼がオロオロした声で、山梨の実家の祖母の容態が悪化したので佐渡ヶ島には行けなくなったと言った。

「いいのよ。私のことは気にしないで。おばあちゃんが良くなることを祈ってるわ」
 いい女なら、そのシチュエーションで返すべき言葉は他に選択肢が無いと思った。

 振られたわけじゃない。祖母が死にそうなら仕方ない。本当なら彼について山梨に行ってあげたいところだが、まだご両親に紹介されたわけでもなく、それは無理だ。私は全身から張りが抜けてしまって、ハンガーに掛けたこの黒いワンピースが自分の葬式のための喪服のように見えた。

 旅行をキャンセルしようと思ってツアーの規約を読んだところ、前日の午後五時までにキャンセルすれば旅行代金の三割が返金されると書いてあった。私が全額負担して振り込んだ代金がパアになるのは惜しいので母を誘ったが、友達との約束があるから駄目だと断られた。妹は勿論、父親でさえ話に乗ってこなかった。仕方なく、私は翌朝一人で新宿のバスターミナルに向かったのだった。

「このワンピースを見ると彼との旅行に賭けていた自分の薄っぺらい打算を暴かれるような気がしたから、旅行には別の服を着て行ったのよ」

「そうなの、でも振られたわけじゃないから、まだ」
と優樹菜が言った。

「まだ、という言葉が少し引っかかるけど」
と私は率直に言った。

「悪いけど、聞いていて何かすっきりしないのよね。元々旅行代金を全額凛子に払わせるとか、前夜ギリギリにドタキャンするとか。その男、凛子の旅行明けには出社してたの?」

「ええ、来てたわ。でもお互いバタバタしてたから木・金と言葉を交わす機会はなかったけど」

「山梨のお土産とか持ってこなかった?」

「会社でお土産の箱とかやり取りすると交際してることが他の人にばれるじゃない」

「四人分のほうとうの入った箱をお土産にする必要はないのよ。山梨のレアな蜂蜜の小瓶とか、小さくても気の利いたものは色々考えられるわ。この週末に埋め合わせをしてくれるとかいう話も無かったの?」

「なかったわ」

「凛子には気の毒だけど、彼と会ってちゃんと話した方が良いわよ」
 私もバカではないから優樹菜の言ったことはひとつの可能性として頭の片隅にあった。優樹菜の言う通り、明日にでも彼と会うのがいいかもしれない。

「パンスト履き替えたら? 買い置きがあるからそれを使いなさい」

「ここにくる途中にコンビニで買ったの。おトイレを貸してくれる?」
 私はバッグからサブリナのパックを取り出した。

「いいわよ、私たちの仲なんだから、トイレなんか使わなくても。パンティを脱ぐわけじゃないし、ここで着替えなさい」

「じゃあそうさせてもらうわ」
 私は立ちあがってスカートをお尻の方で捲って伝線の入ったストッキングを脱いだ。優樹菜は私の方を見ないように、テレビを見ていた。サブリナのタイツを袋から取り出し、両手の指をタイツのつま先部分まで差し込んで、膝まで履いた。結構タイトなので、太ももから上に引き上げるには少し力が必要だ。私は優樹菜にお尻を向けてスカートの前を捲ってタイツを上まで履こうとした。

 私の股間の異常に気付いたのはその時だった。股間がもごもごして、体験したことの無い感触がある。そこには何かが入っていて、異様な盛り上がりがあった。

「こんなところに何を入れてしまったのかな」
 私はパンティを下げてその異物を覗きこんだ。

「ギャーッ!」
 大きな悲鳴を上げて、私はへなへなとその場に座り込んだ。私の股間にはグロテスクなペニスと毛だらけの二つの睾丸がついていたのだった。

第二章 同性との異性愛

「どうしたの、凛子。何があったの?」
 私の叫び声に驚いた優樹菜が飛んできた。

「あ、あれよ!」
 床に倒れた私は、股間の小動物から少しでも遠ざかろうと身体を出来るだけ伸ばしながらこわごわと指差した。

「一体何なのよ?」
 優樹菜は私のスカートをめくり、私の股間の異物を発見した。

「バカねえ、こんなもので私が騙されると思ったの?」
 アダルト用のフェイクの玩具と思った優樹菜は、マッシュルームの部分を指で弾いた後、玩具を剥ぎ取ろうとして二つの玉の皮を下から掴んでグイッと引っ張った。

「ギャー、やめてえええ!」
 死ぬかと思うほどの痛みだった。例えオッパイを力まかせに引っ張られてもこんなに痛くは無い。私は膝を抱え込んで、優樹菜がそれ以上私を虐待しないよう防御の姿勢を取った。

「迫真の演技は面白いけど、そろそろネタを明かしたら? それにしてもよくできてるわね。これまでに見たアダルトグッズは必ず勃起した状態のものだったけど、凛子のおちんちんは萎んだ状態だから新鮮ね」
 優樹菜はまだフェイクだと信じているようだ。

「サプライズで遊ぶんだったら、もっと可愛いものを貼り付けるわよ。こんなものが突然生えてきた私の身にもなってよ。家を出る前にトイレに行ったときには普通だったのに。どうしましょう」
 真剣な目で優樹菜に訴えた。

「まさか、マジじゃないでしょうね。じゃあ、もう一度見せなさい」

「絶対に乱暴に扱わないでね、すっごく痛かったんだから」
 私は膝を抱いていた両手を腰の後ろに立てた。優樹菜は私のスカートをめくって、まじまじと観察した。付け根の部分を人差し指の腹で探り、ペニスの外側の皮膚が、切れ目なくおへその下までつながっていて、接着剤による段差がないことを確認した。

「本当だ。確かにこのおチンチンは凛子の身体から生えてるみたいに見えるわ」
 何を思ったのか、優樹菜は右手でマッシュルームを掴み、手を上下に動かし始めた。

「痛い、何するのよ!」

「本物だったら、こうすれば大きく固くなるはずでしょう。本物かどうか確かめるにはこれが一番確実よ」

「私はレズじゃないんだから、優樹菜にシコシコされても勃起するはずがないでしょう」

 その言葉の端から、私はそれまでに経験したことの無い感覚がおへその下に芽生えて、乳首が勃つのを感じた。「何よ、これ」と思う間もなく、股間の物はあっという間に太さも長さも倍以上になり、天井を向いて屹立した。薄い皮膚が充血して血管が見えている。

「ちょっと待って」
 優樹菜は立ちあがって洗面所に行き、水で湿らせたタオルを持って戻って来るとそのタオルで股間のモノを隅から隅まで綺麗にした。その冷たい感触を受けて、私のそれはますますビンビンに硬く熱くなった。

「何するのよ」
 喘ぐように胸を反らした私の股間に優樹菜が頭をうずめた。

「ああっ、やめて」
 私の叫びに拒絶の意志が含まれていないことは、言葉を発した自分自身が一番よく分かっていた。優樹菜は上目遣いに私をからかうように見ながら、自由奔放におしゃぶりゲームを楽しんでいる。

 その棒と二つの玉から発した熱いセンセーションが、太ももと下腹部に広がり、背骨を通して頭にまでしびれが伝わった。私の上半身は仰向きに寝て、無意識のうちに私の両手は服の上から胸を揉んでいた。ワイヤー入りのブラが邪魔をして、私の両手は目的を達成できない。強く揉もうとすると乳房がブラから洩れてしまって乳首がワンピースの裏地に擦れてビリビリと感じ、頭のしびれに拍車がかかる。

「来そうよ、もうすぐ来そう……」
 太腿のしびれが増して膣の奥から身体が捩られるような感覚が高まる。優樹菜が目で私に「さあ、出しなさい」というメッセージを送っているのが分かる。でも、どうすれば射精できるのか分からない。ヴァギナを絞めるイメージをしてみるが何も変化はない。乳首に親指をあてて強くこねてみるが射精は起きてくれず、焦りが高まる。

 それは突然やってきた。内部からの爆発というのだろうか、マグマによって暖められた地下水が大涌谷から蒸気として噴出するかのように、精液が身体の奥からグイグイと昇って来て、ペニスの真ん中を貫く繊細で感じやすいパイプをズルズルと通って優樹菜の口壁に激突したのだった。

 私は、パルス状に噴き出る精液に共振するように上半身を反らせ、あっ、あっ、と喘いだ。それはいつものオーガズムの感覚とは異なるもので、頭にしびれがあったのはほんの数秒間だけだった。ただ一つ確かだったのは精液がペニスの中の尿道を通過する時の快感の新鮮さだった。尿口に炎症があるときに排尿する際のヒリヒリした感じを調理し直したかのような快感とでも表現すべきだろうか。

 射精が終わって十も数えないうちに私のオーガズムは砂浜から波が引くように消え去ってしまい、その波は打ち返すことも無く、私の頭と身体は平常に戻った。貴重な体験ができたことは喜ぶべきかもしれないし、もう一度ぐらい男性のオーガズムを感じてみたい気はするが、とにかく早く元に戻りたい。私の性的興味の対象は男性であり、美しくて可愛い優樹菜は大好きだが射精の瞬間も優樹菜に対する性的興味は全く感じなかった。万一元に戻れなかったら私は自殺するかもしれない。

 ただ……

 もしも危険な誘惑のボブゲの世界のように、好きな男性に五秒以上のディープキスをして、彼氏の股間に花びらと割れ目をつけることができれば……。うろたえて股間を手で隠し、恥ずかしそうに私を見て、目に絶望の涙が浮かぶ彼を優しく抱き、おもむろにスカートをめくって私の屹立したペニスを露出させ彼の股間を貫いた時に無防備に反り返る彼の姿が目に浮かぶ。彼のオーガズムと私の射精を同期させるテクニックをある程度は知っているし、今日買った攻略本を読めば思い通りに彼をイカすことができるだろう。

 でも、完璧な男性性器を持った今の私が彼にディープキスしてお互いの性器が転移しても、男同士(正確には正常男性と、性器だけが男性の女)ではセックスが成立しない。では、優樹菜に五秒以上のディープキスをして優樹菜と性器を取り替えることができれば、私は元通りの女に戻って、明日にでも彼氏に危険な誘惑を仕掛けることができる。勿論、それは優樹菜から了承が得られた場合に限る。私は親友の優樹菜におちんちんを押し付けて逃げるような悪人ではない。とにかく、私が入りこんでしまったこの異常な世界が、ボブゲの危険な誘惑の妄想と何らかの関係があるかどうかを調べてみる価値はある。それ以外には私が異常な世界と関わりを持つ可能性について思いつかないからだ。

 優樹菜を見ると、楽しそうに、でも射精前よりはゆっくりと私のペニスをしゃぶっていた。私の精液を飲み込んでしまったようだ。

「優樹菜、もういいわ。私のオーガズムは終わっちゃったから」

「私はまだ気持ちいいわよ」
 そう言いながらも優樹菜が私のペニスを口から離すと、既に力を失っていた巨大なナメクジは、私のお腹の上にペトリと音を立てて倒れた。優樹菜は濡れタオルで自分の口の周りを拭いてから、私の下腹部から性器全体をタオルですっかりきれいにしてくれた。

「ありがとう」
 尿意が高まっていた私はトイレを借りることにして、いったん便座に腰かけたが、「そうだ」と思いなおして立ちあがり、便座を上げて便器に向かった。立小便というものを試すのに良い機会だと思いついたのだ。小さい頃、近所の男の子たちが立小便をするのを見て羨ましいと思ったことがある。ボブゲの危険な誘惑にハマったのもそんな幼児体験が潜在意識の中に強く残っていたからかもしれない。

 左手でスカートを上げて、右手でペニスを持ち放尿した。ところがオシッコは狙った場所よりも遥かに高い位置に放出され、便器の蓋に当たって音を立てた。まずい、と股間をすぼめると、オシッコはピタリと止まった。緩めるとパッと出て、すぼめるとピタッと止まる。「すごい!」と私は自分が獲得した新しい能力に感動した。ペニスの先をずっと下の方に向けてオシッコを再開し、右手でペニスを動かすと、かなり正確にターゲットをオシッコで叩けることを実感した。トイレットペーパーでペニスの先を拭いてから、その殆ど湿っていない紙で、先ほど汚してしまった便座の蓋の裏とその周辺を丁寧に拭いた。便座を下ろしてパンティとストッキングを上げて、ワンピースの襟元から手を差し込み、ずれたブラをあるべき位置に整えた。

 優樹菜のところに戻って私は先ほどの思いつきを試してみることにした。

「ねえ、優樹菜も経験してみたくない?」

「男性としてのセックスのこと? 勿論一度やってみたいとは思うわ。でも凛子みたいになって、元に戻れなかったら困るけど」

「私の推論が正しければ、優樹菜にも経験させてあげることができるわ。そして、すぐにその性器を私に戻すことも。やってみる?」

「本当に元に戻してくれるならやってみたいわ」

「じゃあ、試してみようか」
と言って、私は自分の口を優樹菜の顔に近づけた。

「何するのよ」

「キスするだけよ。優樹菜だって私の大事なところを口に含んだんだから」

「そりゃそうだけど……」

「ディープキスしないと入れ替われないのよ」

 嫌がる優樹菜に唇を合わせ、両手で優樹菜の頭を強くひきつけながら舌を差し込んだ。一、二、三、四、五とゆっくりと五つ数えた。

 身体の中から潮が引くように男性性器が消え失せて割れ目が復元することを期待していたが、何の変化も感じない。もう三つ数えてキスを止めた。

 優樹菜はがっかりした私の顔を見て、「ぷっ」と吹き出した。

「何よ、女同士で気持ち悪い。私にそんな趣味は無いわ」
と言いながら股間に手をやった。

「う、う、うわーっ!」
 優樹菜が大声を上げて自分のスカートを捲り、パンティーを下ろした。そこには、つい先ほどまで私の物だったグロテスクな生き物が鎮座していた。私は自分の股間に手を当てて、何もないことを確かめた。再確認のため、パンティを下げて覗きこむと、確かに元通りの花弁と谷間がそこにあった。

「思った通りだった」

「元に戻してくれるんでしょうね」
 優樹菜が私にせっついた。

「勿論よ。私は五秒以上ディープキスをすると、その相手と性器を交換する特殊能力を身につけたみたいなの」

「どういうこと? 分かるように説明して」

「ボブゲって聞いたことある?」と優樹菜に聞くと「無いわ」という答えが返って来た。私はボーイズラブゲームと危険な誘惑について解説した。

「危険な誘惑については理解できたけど、そのゲームの主人公の能力を、どうして現実の世界の凛子が身につけることになったの?」

「まさにその点なのよ。私も色々考えたんだけど、ひとつだけ思い当たることがあるの」

 私はロイヤルブルーのスーツを着た男性からもらった無料サービス券による、奇妙な体験について説明した。

「下の階で危険な誘惑のゲームのことばかり考えていて、すぐ後にファンタジー・シミュレーターの部屋に入ったし、音楽を聞いて気持ちよくなった時にゲームのことを一瞬思い浮かべたのよ。それが中途半端な形で実現したんじゃないかと思うの。もしあの時に、ゲームの中で自分が身につける能力について頭の中でもっと正確に考えていたら、ペニスを付けて部屋から出てくるんじゃなくて、元々の自分の性器のままで能力だけ身に着けられたんじゃないかな。もっとも、その場合は実際に五秒以上のディープキスをしない限り、自分がそんな能力を持っていることは分からなかったでしょうけど」

「何だか信じられないけど、そんなことがあったのね」

「まあ、原因についてある程度想像がついただけでも良かったわ。じゃあ、優樹菜に迷惑をかけられないから、元に戻してあげる」

 私は優樹菜を立たせて肩に両手を置いてキスをした。二人とも身長は百六十三センチで同じような体型なので、ブラのトップが丁度かち合う。優樹菜のペニスは萎んだままスカートの中に隠れていて私は優樹菜と女同士で唇を合わせることには相当な違和感がある。不潔とは感じないが、他の女と割れ目どうしを押し付け合ったら感じるであろう場違いで非常識な感覚が消えない。私は優樹菜が大好きだから、もし毎日キスすれば段々慣れてくるかもしれないが……。

 でも、もしかすると男女の仲も同じようなものかもしれない。子供の時に男の子のおチンチンを見ても、それを自分の割れ目にあてがえば気持ちいいだろうなどとは全く思わなかった。今、優樹菜と唇を合わせる感覚と同じようなものではないだろうか。男性のことを思い浮かべてドキドキするようになったのは、第二次性徴以降に「男性とは憧れるべきものだ」という概念を、本で読んだり、テレビで見たり、友人と繰り返し語り合ったり、美しい男の子のことを頭に浮かべたり、何千回も繰り返し頭に叩き込んだ結果、パブロフの犬のように、「男」というと「恋・快感」が条件反射的に浮かぶようになっただけなのかもしれない。

 もし、女イコール快感という反復刺激を自分に与えていたとしたら、女を見ると条件反射で熱くなる身体になっていたかもしれない。記憶を手繰ると、大人の男性の身体のイメージについて、小学生から中学の始めのころは、汚らしくて臭い、忌むべきもののように認識していたような気がする。美しい、好ましいと感じるようになったのは、生理のショックを乗り越えてから相当な期間を経た後ではないかと思うが、そんな私は女として普通なのだろうか。

「凛子、待って」
 優樹菜が私の肩を押して、唇を離した。

「せっかくの機会だから、私にも男性としてのセックスを体験させて。いいでしょう?」

「まあ、いいけど。でも、私はレズっ気は完全にゼロだから、白けたままかもしれないわよ」

「フェラぐらいしたことあるでしょう」

「そりゃあ、あるけど」
 本当のところは、私はまだ彼のモノを口に入れたことは無かった。

「服を着たままじゃだめみたいね」

 優樹菜は男性が女性にするかのように、左手を私の首に回して右手で背中のジッパーを下ろし、ワンピースを脱がせようとした。でも、私のワンピースは切り返しまで厚手の素材が使われていて、細く見せるためにアンダーバストをギリギリに絞った造りで、パフスリーブの下から袖口までがタイトになっているので、優樹菜がじたばたしても、私のワンピースはびくともしなかった。

「無理よ、自分で脱がないと」
 私は優樹菜を突き放してスカートを頭まで捲って、両手でワンピースを脱いだ。

「自分でしか脱げないワンピなんて彼氏と旅行に行くのに着るべき服じゃないわね。おまけに、こんなに無理したワイヤー入りのブラの上にがっちりした服を着ているとオッパイも揉んでもらえないわよ」
 優樹菜はブツブツ言いながら自分も服を脱いでシワにならないようダイニングの椅子にワンピースと下着を掛けた。シラけた二人の女はパンストも脱いで裸体で向き合った。

 改めて優樹菜が私の肩に両手を置いて私を抱き寄せる。両乳首がお互いにぶつかった。

「高さも幅もピタリ同じだなんて、私たちの身体って本当によく似ているのね」
 私はしみじみとそう思って、優樹菜の首筋から形の良い双丘の間に視線を走らせた。自分は優樹菜が好きなのだという気持ちの小さな塊が身体の中でほんのりとした温かみを持ち始めた。微妙な身体の動きで乳首のてっぺんが優樹菜の乳房にほんのわずかだけ接触すると、頬から耳にかけて軽いしびれが走った。

 優樹菜も同じ快感を得たようだった。私たちはわざと身体を少しだけ揺すって乳首の接触がもたらすしびれが背中全体に広がり、膝の少し上から頭の後部の皮膚までが熱い静電気に浸食される感触を楽しんだ。

「私、優樹菜とならレズできるかもしれない」
と感じて優樹菜のことが恋しくなった。

 その時、にょっきりと勃ってきた優樹菜のペニスが私の割れ目に当たった。

「ああっ」
 それは皮膚に異物が触れただけの感触だったが、私は思わず声を出してしまった。優樹菜の目は私の中に芽生えた優樹菜への憧れに満ちた渇望を見逃さなかった。優樹菜は私との間隔をやっと乳首が触れ合うかどうかに保ったまま、腰をゆっくりと前後させて、透明な液体がわずかに浸み出し始めたペニスの先で、私の閉じた花弁をツンツンと突いた。私は両手で優樹菜に抱き付きたくて手を上げようとしたが優樹菜は両手を私の肩から私の両肘に移動させて私の動きを制した。

 優樹菜は私の両肘を掴んだまま、ツンツンという動きをゆっくりと繰り返した。私は身体の奥から優樹菜への愛情が湧き上がってくるのを感じた。優樹菜のペニスが触れるたびに抱き付きたい、キスしたいという渇望が間欠泉のように湧き出て、喘ぎと懇願の視線が優樹菜に向けて放たれた。

 それでも優樹菜は乳首とペニスの先が少し触れるだけの動きのペースを変えようとせず、これ以上耐えられそうにない私の焦りと悶えを楽しんでいるようだった。

「ああっ、ああっ、ううっ、ミューっ……」痙攣したかのように太ももを上下に激しく貧乏ゆすりして喘ぎに切れ目が無くなったのを見た優樹菜は勝ち誇ったように私を床に押し倒し、乳房をわしづかみにしてから、透明な液体が滴りそうなペニスを、愛液がお尻まで濡らしそうになった私の割れ目にゆっくりと差し込んだ。マッシュルームを入れてもすぐにスポンと抜いて、私が「ああっ」と懇願すると、今度はもう少しだけ深く差し込んだ。私が焦りで気が狂う寸前まで優樹菜はそんな動作を繰り返した。

「どうしてそんなにじらすの? 優樹菜は早く出したくないの?」
 言葉としては出てこなかったが、私の身体が何度も何度も優樹菜への懇願を表現した。

「好きよ、優樹菜、大好き」
 その時、私は世界中で優樹菜以上に好きな人はいないと実感した。会社の彼なんて取るに足りない存在のような気がした。彼とセックスしたのは三度だが、シャイで、私がリードしていなければ挿入に到ったかどうかすら怪しいし、まだ濡れていない私が痛いことに気づきもせずに、あっという間に発射して終わってしまった。「凛子も感じたの?」という愚かな質問をして、「とてもよかったわ」という譲れる限界の返事をしたら喜んでいた。女がそんなに簡単にオーガズムを得られるはずがないのに。

「好きよ、優樹菜のためなら何でもする」
 優樹菜の挿入は徐々に深度を増して、私はより深い喜びをもらい続けた。「ああっ、ああっ」ほんの少しづつ前回より深く挿入されるのに、いつまでたっても奥まで入れてくれない。からだをよじってネコのように泣き続けても優樹菜は懇願を聞いてくれない。膣の底がひくひくし始めた。

「ううっ、ううっ、お願い」
 段々私を取り巻く世界の輪郭がおぼろげになり、優樹菜が私の底まで届いたことが感じられた。突かれる度に頭の中に白い花火が広がって、何度目かの突きが私の底に入った時、世界が真っ白になって身体が宙に浮いた。

 どのくらい長く空を飛んでいたのか分からないが、意識が戻った時、優樹菜はまだ私をゆっくりと突き続けていて、優樹菜自身も恍惚とした表情で「ああっ、おおっ」と呻きを洩らしていた。私の口からは大量のよだれが出て、髪を湿らせている。

「ああっ、行きそうだ。行く、行く、ううっ……」
 優樹菜は私の上で何度も跳ねて、そのたびに暖かい液体が私の膣の奥深く注ぎ込まれた。射精を終えても、優樹菜はペースを落としてピストン運動を続けた。目をつぶったまま、ゆっくりと平泳ぎするように、一定のリズムで「ううっ」と言いながら私を犯し続けた。また膣がひくひくし始めてくる。「ああっ」声がどこからか出始め、腰を左右に揺すった。また来そうだ、来る……。

 二度目のオーガズムは一度目よりも深くて長かった。挿入したまま私の上に倒れ込んだ優樹菜を硬く抱きしめ、私は再び飛翔したのだった。

 気がつくと優樹菜がペニスを抜こうとしていた。私は優樹菜のペニスをタオルで綺麗にしてあげたいと思ったが、まだ身体を動かしたくなかった。

「凛子、ありがとう。すっごく良かった」

「私こそ本当にありがとう。優樹菜のためなら何でもするわ。優樹菜が世界一好き」

 私たちは一緒にバスルームに行って、お互いの身体を洗い合った。優樹菜のペニスが愛おしくて、ずっと握っていたかった。自分に付いていた時には触りたいなんて思わなかったのに……。私たちは今のセックスでどんな快感があったのか、シャワーを浴びながら語り合った。私はオナニー以外で初めてオーガズムを体験したことを正直に話した。優樹菜の話から判断すると、優樹菜が男性としての性交で得た快感は、少し前に私が彼女のフェラで射精した時の快感とは比較にならないほど深くて長いものだったようだ。同じ性器を使って女性と交わっても、快感を得る能力には人によって差があるのだと分かった。

「私はこのまま優樹菜に一生ついて行きたい気持ちだけど、約束だからディープキスで性器を元通りに戻しましょう」

「そうね。私もおちんちんが付いたままでは生活に支障があるから、やっぱり凛子に引き取ってもらうわ。でも、もし凛子のおちんちんがいつまでも元通りにならないようなら、私たち二人がセックスする時には性器を交換してからにしましょう。その方が相性が良いみたいだから」

「そうね」
と私は言って優樹菜に軽くキスをした。

「凛子、今夜は泊って行くんでしょう?」

「勿論。飲み明かしておしゃべりをするつもりで来たわよ。まさか優樹菜とセックスするとは思ってなかったけど」
 私たちは顔を見合わせて笑った。

「じゃあ、明日の朝帰るときにディープキスをして私の性器を返してくれる? 今夜もう一度したくなったら、このままの方がいいから」

 それから私たちは二人で近くのスーパーにすきやきのための食材を買いに行った。私は万一のことを考えて優樹菜にパンストの上からガードルをはかせた。何かの拍子で優樹菜が性的な刺激を受けてスカートの真ん中に棒が突き出たら困ったことになるからだった。私は優樹菜と手をつなぐか腕をからませて歩きたかったが、優樹菜に断られた。私の優樹菜に対する従順な憧れの気持ちと、優樹菜の私に対する気持ちの間にはセックスの前後で微妙な性差が生じていた。

 優樹菜は中学一年から三年まで同じクラスだった。成績優秀な優樹菜は福島最難関の県立高校に進み私は私立の女子校に進んだが、二人とも東京の大学に入って交流が復活した。事あるごとに電話やメールで相談したり、時々会ったりする関係が続いている。私にとって優樹菜は自慢の女友達で、優樹菜も私を信頼してくれていた。

 私たちはすきやきとお酒を楽しみながら夫婦のように会話し、同じベッドに寝た。私は優樹菜の横に寝て身体に触れるだけで幸せだったが、寝てしばらくして優樹菜は我慢ができなくなったらしく、私に再び挿入した。私の股間に生えていた時を含めると三回目のセックスになるのに、「それ」は全く力を失っていなかった。今度は私が騎乗位になり、時々優樹菜の乳房を弄びながらゆっくりとじらすように馬乗りを続けたが、優樹菜は私が気持ちよくなっても、まだ行きそうになかった。私がフェラされたときはあっという間だったが、流石の逸物でも三回目には時間がかかるのかもしれない。私だけが行ってしまいそう、と思った矢先に、突然優樹菜が声を出し始め、私の乳房を掴んで激しく腰を上下させた。私たちは同時に行ったのだった。

 優樹菜が男性になって私と結婚してくれたらどんなにいいだろう、と私は思った。


続きを読みたい方はこちらをクリック!