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LGBT婚活コンシエルジュ
 (浅草猟奇殺人事件)

【内容紹介】男性が女装勤務させられるTS小説。大学3年生の主人公は大手出版社のインターン社員として週刊誌の編集グループに加わり産休の女性編集者のピンチヒッターとして取材に加わる。初仕事はOLの死体が浅草ホテルで発見された猟奇殺人事件。被害者と2人の容疑者が婚活サービスの会員だったと判明し潜入取材を命令される。

第一章 長期インターン社員

「加賀見君、十時から編集会議があるわよ」

 編集長の的場修子から声が掛かった。

「はいっ、冷たいお茶でいいっすか?」

「お茶出しじゃなくて、編集者見習いとして編集会議に出るチャンスをあげようかと思ったんだけど」

「マジっすか? 是非、出させてください」

 思わずガッツポーズをした。ヤッターと叫びたい気持ちだった。

 僕はN大学文学部の三年生。神楽坂書店株式会社の長期インターン社員となって一週間、上司たちの罵声にもめげずに頑張ってきた。長期インターン社員とは、大学生が社会人としての勤務を体験するための期間限定社員で、実質的にバイトと同じだ。時給は千二百円と高く、一般的なバイトと比べて汚れ仕事や不当な酷使は少ないはずだから、今年の夏休みのバイトとしては良い選択だったと思う。

 何よりも大事なのは、就活に役立つということであり、そもそも就活に派生して出来た制度だ。僕は編集の仕事に憧れているが、一流未満のマンモス大学の文学部の学生にとって大手出版社への就職は容易ではない。長期インターン経験があれば、エントリーシートの志望動機を書く際に他の学生と差別化できるし、採用面接で話のネタに使える。就活を少しでも有利に進めるために有力な武器になるはずだ。

 但し、長期インターンで勤務すれば、その会社で採用してもらえるかというと、そう甘くはない。神楽坂書店の場合は事前説明の際に「際立って優秀なインターン社員を特別選考枠に回すことはありますが、原則として採用選考において長期インターン社員が優先されることは無いと思ってください」と釘を刺されていた。

 僕は十時五分前に会議室に入り、会議テーブルの横のパイプ椅子に腰を掛けた。編集者と並んで席につくのは恐れ多いと考えたからだ。

 的場編集長、園村敦子、神崎晋三、玉井綾香、吉峰摩耶が会議室に入って来た。

「加賀見君、後ろで見ているだけでいいの? 編集会議に参加したいのなら、そこの席に座りなさい」

「あざーっす!」

 僕は吉峰摩耶の横の末席に座った。

「篠崎さんが産休に入ったから、穴埋めとして加賀見君に手伝ってもらおうと思うの。加賀見君、インターンが担当者としての仕事を体験できるチャンスは滅多にないんだから、頑張りなさい」

「はいっ、何でもやらせてください」

「編集長、いくらなんでも学生に取材を担当させるのは無理じゃないですか。社内で誰か引っ張ってこないと仕事が回りませんよ」

と冷めた口調で言ったのは週刊ウォマンリー編集部ナンバーツーの園村敦子だった。

「そんな予算があったら苦労しないわよ。加賀見君のインターン期間が終わるまでには誰か見つけて来るから、ここは皆さんに踏ん張ってもらうしかない。それどころか、週刊ウォマンリーの発行部数がこれ以上落ち込んだら廃刊の恐れもあるんだから、フンドシを締めてかかりましょう」

「あら、編集長。フンドシを締められるのはアタシと加賀見君の二人だけよ」

 神崎晋三が僕を右手小指で指さして「加賀見君」と言ったので、背筋がぞっとした。編集者としては優秀らしいが、濃い顔の四十歳のオジサンがオネエ言葉を使うのには馴染めなかった。

「晋ちゃん、それセクハラよ」

 つまらない冗談は勘弁してほしいという口調で的場編集長が言った。

「そうですよ。加賀見君に対するセクハラですよ。私たちは何とも思わないけど」

と入社四年目の吉峰摩耶が言った。

「さあ、無駄口を叩いている暇は無いわ。まず、浅草猟奇殺人事件から行くわよ。綾香、報告して」

 三十二歳の実力派編集者、玉井綾香が担当する案件だった。

「七月七日の朝、浅草のビジネスホテルで下半身に損傷のある制服姿のOLの変死体が発見された事件で、警察は社員証を基に台東区の派遣社員、須藤美奈二十歳と発表しましたが、その後須藤美奈は偽名であり、本名は須藤光男、男性と判明。乳房と股間をナイフでえぐられていたため、当初性別が誤認されたものです。司法解剖の結果、性転換手術は受けていないことが判明。聞き込みを行ったところ、須藤美奈は複数の男性との交際があったことが判明。ここまでは他誌も把握している内容です」

「股間がえぐられていたのに、性転換手術は受けていないとどうしてわかるの?」

「性転換手術とは単に男性器を切除する事ではなく、大陰唇、小陰唇、クリトリス、膣を形成する性別適合手術を意味します。股間は大きくえぐられていたので大陰唇、小陰唇、クリトリスがあったかどうかは不明ですが、数センチ以上の深さの膣は存在していなかった可能性が高いという検死結果だそうです。つまり、須藤美奈は複数の男性と交際していたが女としての性交はできなかったということです」

「交際していた男性全員がアナル好きだったとしたら話は別だけど……。続けて。まだ他誌が掴んでいない綾香の調査結果を聞きたいわ」

「交際していた男性は鎌田智明、四十歳と、貝塚雅治、五十七歳でいずれも婚活サービス会社ユーフォリアネットに会員登録をしていたことが分かりました。そして、須藤美奈もユーフォリアネットの会員であったという事実を掴みました」

「彼らがユーフォリアネットの会員だったことを他誌はまだ把握していないのね?」

「その形跡はありません」

「綾香、よくやった。スクープのにおいがするわ。須藤美奈は性別を偽って婚活サービスに会員登録し、カモの男性を捕まえて詐欺を働こうとした。それが露見した結果の復讐または怨恨殺人というストーリーを追っているわけね?」

「編集長、その程度のスクープじゃないんです。現代社会の深部に潜む闇が感じられる事件なんです」

「もったいぶってないで、早く具体的に話して」

「須藤美奈はLGBT会員として登録していたんです。ユーフォリアネットはLGBTというニッチな分野での婚活市場に着目し、六月からLGBT会員の募集を開始しました。須藤美奈はLGBTのT、すなわちトランスジェンダーとして会員登録していました」

「LGBTか! キーワード的にもインパクトがあるネタね! 須藤美奈は戸籍上は男性で、女装してOLとして暮らし、男性との交際を望んでいたというわけか。じゃあ相手の男性二人は、ホモなのかな、それとも女装男性が好きってこと?」

「それが、二人ともノーマルなようです」

「それにしてもLGBT会員の定義がよくわからないわ。女装男性を男性に紹介するのは婚活サービスじゃなく、いかがわしいアダルト交際サービスだよね。戸籍上の性別を変更済みの人だけに会員を限定すれば、婚活と言えるかもしれないけど。性転換手術を完了して性別変更手続き中の人にまで対象を広げないと会員数が確保できないのかな?」

「ユーフォリアネットで取材を試みましたが、ガードが固くて、LGBT会員制度の詳細については情報が取れませんでした。LGBT会員は自分がLGBTであることを知られたくないという人も多く、週刊誌に興味本位で採り上げられると肝心の顧客であるLGBTの人たちの足が遠のくのではないかと恐れているようです」

「それで、綾香、どうするつもり?」

「潜入取材しかありません。実際にLGBT会員として登録し、婚活サービスを受けながら取材を行います」

 全員の視線が神崎晋三に集中した。神崎晋三は満更でもない表情で言った。

「まあ、いいわよ。でも婚活サービスって結構お金がかかるらしいわ。言っとくけど、会費は全額会社負担よ」

「綾香、どのぐらい費用が掛かるの?」

「登録申込料が一万円、登録料が二万円、初期費用として十万円、それに毎月二万円の会費がかかります。ちなみに、結婚に至った場合は成婚料として五万円がかかります。最低加入期間は三ヶ月ですから、三ヶ月で退会するとして十九万プラス、デート代等の実費ですね」

「もしアタシが見染められて結婚した場合は成婚料の五万円は会社が払ってくれるのかしら?」

「約二十万円プラス実費ね、いいわよ。晋ちゃん、頼んだわよ」

「まかしといて!」

「すみません、申し上げにくいのですが……」

と綾香が口ごもった。

「実は、入会資格に『オカマは除く』とありまして……」

「何ですって! 綾香、アタシがオカマだと言うの?」

「いえ、神崎さんは女もうらやむほどの美しさなんですが、ユーフォリアネットの入会審査基準として、一見して男性ではないかと疑われる外観の人はダメだと……」

「アタシだっておめかしして完全にメイクすれば、男性だと疑ったりする人はいないわよ」

「……」

「……」

 神崎晋三に反論する勇気のある人は出てこなかったが、そこを編集長が上手に仕切った。

「申し訳ないけど、晋ちゃんには、他にも重要な仕事があるから無理だわ。ということは綾香が男装してトランスジェンダー男子会員として潜入捜査することを考えてるわけか……」

「そこまではちょっと……。というのは、万一そんな情報が婚活市場に流れたら、三十二歳の私の将来にとって壊滅的打撃となる可能性があるので……。今、ちらっと頭に浮かんだんですけど、加賀見君にやってもらったらどうかなあ……」

 的場編集長は右手でゲンコツを作って左掌を叩いた。

「そりゃそうよね。灯台下暗し! うってつけだわ」

「ま、ま、待って! 勘弁してください。僕には女装婚活なんてできませんよ」

「私のたっての願いを聞き入れてくれないの?」

「いくら編集長でもこれだけは聞けません」

「仕方ない、これから人事部に篠崎さんの穴埋めの人員増を頼みにいくか。インターンは今日で終わりということで」

「それは困ります。バイトがなくなると生活に響きます」

「じゃあ、やってくれるのね?」

「いやあ……」

「この案件には大きな可能性があるわよ。週刊ウォマンリーにとって起死回生のスクープになって、社長表彰されれば、担当のインターン社員は特別選考枠での採用対象になるかも」

 僕がこの出版社に就職できるとしたら特別選考枠に入れてもらうのが事実上唯一の道だ。女装はイヤだ、絶対にイヤだ。でも、これはビッグ・チャンスなのだ。僕の人生の可能性を大きく広げるには、今しかない! 

「やります。やらせてください」

 こうして僕の挑戦が始まった。

第二章 会員登録

 的場編集長の指示により僕は玉井綾香の指揮下でユーフォリアネットの取材にあたることになった。産休の篠崎の担当業務は園村敦子、神崎晋三、玉井綾香、吉峰摩耶が四分の一ずつ分担することになった。

「加賀見君、ユーフォリアネットのLGBT会員登録ページのURLをメールで送っといたから、登録申し込みしといて」

 綾香のメールに記されたアドレスをクリックすると、「LGBT会員登録」と書いてあり「フェイスブックで登録」のボタンを押さないと次に進めないようになっていた。僕のフェイスブックアカウントをLGBTと結び付けられるのは避けたいところだ。もしフェイスブックの友達から加賀見はトランスジェンダーだと思われたら、僕の人生設計自体が崩れてしまう。

 よく見ると登録ボタンの下に説明が書かれていた。

「フェイスブックで登録していただくのは本人確認が目的です。お客様がユーフォリアネットに登録していることが、フェイスブックを通じて第三者に知られることはございません」

 そういうことなら大丈夫だろう。

「フェイスブックで登録」のボタンを押すと、申し込みページに辿り着いた。住所、氏名、生年月日、戸籍上の性別、連絡先メールアドレス、LINEのID、携帯電話番号を記入するフォームがあり、「お送りいただく本人確認書類と厳密に合致する必要があります」と書かれていた。本人確認書類のリンクをクリックすると運転免許証などの公的な書類が列記されていた。

「綾香さん、申し込みページに入るのにフェイスブックから登録させられたんですけど、さらにLINEのID、携帯電話番号、運転免許証のコピーまで要求されています。これに申し込んだら本人が完全に特定されてしまいますよ。逃げ隠れ出来なくなります」

「へえ、そうなんだ。しっかりした会社ね。加賀見君、フェイスブックで登録したページに遡って、加賀見くんがどんな情報を出したのか、スクリーンショットを撮って克明に記録しておくのよ。面白い記事を書くには、そういう具体的な詳細情報が役立つから」

「はあい。てか、僕の情報を出して申し込みしなきゃダメでしょうか?」

 綾香は僕の質問には答えず、顔をしかめて「愚問だわ」と吐き捨てるように言った。これはまずい。機嫌を直してもらわなくては。

「綾香さん、連絡先メールアドレスは、会社のアドレスと個人のアドレスのどちらを記入すべきでしょうか?」

「スマホで連絡を受けるのが自然だから、スマホで使っているメルアドにしなさい」

 僕は申し込みフォームの空欄を全て埋めて「申し込む」というボタンを押した。数秒後にスマホにメールの着信振動があった。

「まだ会員登録は完了していません。このリンクをクリックして会員登録申し込みを行ってください」

 なるほど、これでメールアドレスが本人のものかどうかを確認するのだな。僕はそのリンクをクリックした。

 会員登録申込というページが表示された。

「会員登録申込料として一万円をお支払いの上、申込面談のご希望日時を第三希望までお知らせください。ユーフォリアネットのコンシエルジュがお客さまと面談し、結婚に向けての想いや価値観、パートナーの年齢、身体的特徴、その他ご希望条件について聴取させていただきます。面談結果によってお客さまがお住まいの地域でのマッチングデータを抽出し、ユーフォリアネット独自の成婚可能性評価システムにより、一年後の成婚率が三十パーセントを越えると判断される場合にのみ、お客さまを会員として登録させていただきます」

 その下に会員登録申込料の支払い方法の選択と面談希望日時の第三希望までの入力欄がある。

 クリックする度に話が具体化してくる。書かれた内容から判断して、会員登録申込料の一万円というのは、審査手数料と考えられる。客に対して、面談をして基準に合えば登録してやるというのは主客転倒ではないだろうか。そんなことは会員登録の入口ページに全部書くべきだ。少しずつ情報を出させ、ハードルを上げていくというのはズルいのではないかと思った。

 僕はこのページをPDF文書として印刷し、綾香に提出した。

「ユーフォリアネットって非常に合理的なシステムを持っているのね。審査面談を行うことで、成婚可能性の低い客を申込段階でふるい落とせば、成婚率は確実に上がるわ。こんな仕組みで市場での評価が高まり、顧客満足度も上がるというわけなのね」

 綾香がポジティブに受け止めるとは予想していなかった。僕は自分の意見を先に言わなくて良かったと冷や汗をかいた。

「そうですよね。僕もそう思いました。で、一万円は会社から振り込んでいただけます?」

「何言ってんのよ? 会社の名前が出たらアウトでしょ。個人のクレジットカードで払って、経費精算するのよ」

「領収書ってもらえますかね?」

「バカねえ。会社の存在を臭わせちゃダメと言ったでしょう。支払ったことがわかるページのスクリーンショットを印刷して、そこに編集長のハンコをもらったら領収書代わりとして処理してもらえるわよ。今後も、支払いの都度私に言った上で同様に処理しなさい」

「じゃあ、申し込み手続きをしますからね」

 僕は普段使っているヤフージャパンのクレジットカードで一万円を支払い、面談希望日時として今日の午後五時、明日の午前九時、午後一時の三つの枠をクリックした。スクープを目指した取材が目的だから、早く情報を取らなければ意味が無い。

 送信ボタンを押すと「会員登録申込受付を完了しました。面談予約に関するコンシエルジュからの連絡をお待ちください」というページが表示された。

「綾香さん、申込が完了しました。面談予約の連絡をお待ちくださいとのことです」

 僕は手柄を上げたかのように意気揚々と綾香に報告した。

「加賀見君、会社は小学校じゃないんだから、そんなことまでいちいち先生に言いに来なくていいのよ」

 綾香がわざと編集部全員に聞こえる声で言ったので失笑が湧きあがった。

 一時間ほど経って、もうすぐ昼休みだなと思っていた時に、スマホにメールの着信振動があり、ユーフォリアネットというテロップが表示された。メールを開くと「LGBT会員登録面談予約の件」と書かれていた。

「加賀見 そら

 この度はユーフォリアネットLGBT会員の申し込みを頂きありがとうございました。コンシエルジュの石本さやかと申します。まずは加賀見様と面談し、結婚に向けてのお考えや価値観、ご希望のパートナーの年齢、身体的特徴などをお聞かせいただきたいと存じます。つきましては、加賀見様より第一希望としてご提示いただいた本日午後五時よりユーフォリアネットにお越しくださいますようお願いいたします。

 ユーフォリアネット

 コンシエルジュ

 LGBT担当 石本さやか」

 僕は早速綾香に報告した。

「綾香さん、面談予約が取れました。今日の午後五時です!」

 初めての記者としての活動で、これだけ早く動けたことを自慢したかった。

「今日の夕方? 本当にそんなにすぐに準備できるの?」

「どんな準備が必要なんでしょう? 第一希望に今日の五時と書いたらOKになったんです。ということは、石本さんという人は暇なんじゃないでしょうか」

「加賀見君の準備のことよ。服はあるの? 夕方までにお姉さんとかガールフレンドから借りられるの?」

「まさか、いきなり女装して行けとおっしゃるんですか?」

「バカじゃないの? 性同一性障害の加賀見君が結婚相談所に審査面談に行くんだから、ある程度きれいじゃないと相手にしてもらえないわよ」

「えーっ、マジですか?! 無理ですよ。まず、そのコンシエルジュに普段の僕を見てもらってから、今後LGBTとして婚活するためにどうすればいいかを、教えてくれるのが婚活サービスじゃないんですか?」

「あんた、理解してないのね。ユーフォリアネットとは男女をマッチングさせて結婚させる会社であって、LGBTの相談所じゃないのよ。加賀見君が外観的に結婚可能な女性に見えない状態で審査面談に行っても落とされるだけよ。そうなったら取材はストップになる。仕方ない。私が手伝ってあげるから、ついてきなさい」

 綾香は僕を編集部から廊下を隔てた場所にある女子更衣室に引っ張って行った。抵抗もむなしく、更衣室に押し込まれた。

「私が急なデート用に置いてあるワンピースを貸してあげるわ。服を脱ぎなさい」

 もじもじしていると

「もうすぐ昼休みになるから、ぐずぐずしていると大勢の女子社員が更衣室に入って来るわよ」

と脅された。僕は仕方なくパンツ一丁になり、ワンピースを頭からかぶった。背中のジッパーを綾香が引き上げた。

 肋骨の下の方がぴっちりと身体に密着していて窮屈な感じがするが、それ以外の部分はゆったりしていた。ふわりとしたスカートは丁度膝が隠れる長さだ。

「ハイウェストの切り返しのところが入るかどうか不安だったけど、加賀見君の上半身が細くてよかったわ。靴は、このパンプスを貸してあげるから履き替えなさい」

 光沢のある黒いハイヒールは僕には少しきつかった。

「ソックスを脱がなきゃ。ストッキングの上に直接履くんだから」

 靴下を脱いでハイヒールを履くと、丁度良い大きさだった。

「二十四センチのポインテッド・トウ・パンプスが丁度フィットするのね。加賀見君、靴に関する限りは女として楽に生きていけるわ」

 正午を知らせるメロディーがスピーカーから流れた。まずい、女子社員が更衣室に入って来る……。

「編集長に見せなくちゃ」

「こんな恰好で更衣室を出るんですか?」

「いやならひとりで更衣室に残れば?」

 その時ドアが開いて、編集部の吉峰摩耶ら三人が入って来た。摩耶は僕を見ると

「加賀見君、かわいい!」

と言って寄ってきた。僕は綾香の後にくっついて逃げるように更衣室を出た。

「何よ、そのへっぴり腰!」

 僕が歩く様子を見て綾香が笑った。生まれて初めてのハイヒールで、どうしても足を踏み出す時に腰が曲がってしまう。その上、パンプスの幅が狭く、先の尖ったハイヒールになっているので、非常に不安定だった。紐を絞めずにスケート靴を履いているのとおなじようなものだ。

 スカートがフワフワ揺れるし、足を踏み出すたびにまとわりつく感じが異様だ。足から太ももの付け根までスースーしていて、裸で歩いているようなものだった。

「編集長、こんな感じになりましたけど、どう思われます?」

 綾香の質問に、的場編集長はしばらく腕を組んで僕を見ていたが、顔をしかめて首を横に振った。

「これでは婚活は無理だわ。一目見てボツになるのが確実よ」

 神崎晋三が席から僕を見て

「オカマのニワトリみたいだわ」

と批評した。

 僕の責任ではないと思ったが、酷評されて悔しかった。

「仕方ないわ。綾香、加賀見君をどこか美容院に連れて行ってくれる? それから、下着を買って胸に詰め物をすれば、一応女に見えなくもないでしょ」

「分かりました、編集長」

 綾香はスマホを取り出して、僕も使っているホット・ペッパー・ビューティーのアプリで美容院を予約した。

「割引クーポンを使っても加賀見君を何とか見られるようにするために八千六百四十円もかかるのよ。そのうちメイク代が半分。バカバカしいけど、仕事のためだから仕方ないわ」

「すみません……」

 自分がとてもブサイクだから会社に迷惑をかけているという気がして辛かった。

「昼ご飯を食べに行って、その帰りに下着を買いに行くわよ」

「無理です! オカマのニワトリみたいな格好で食堂や下着売り場に行くのは勘弁してください」

 僕は泣いて訴えた。

「それもそうね。じゃあ、私がお弁当と下着を買ってきてあげる」

 そう言って綾香は部屋から出て行った。

 僕はできるだけ人から顔を見られないように、うつむいて席に座っていた。昼休みなので編集部の席にいる人は普段の三分の一程度だが、その人たちの視線が怖かった。

「加賀見君、ちょっと来て」

 編集長から言われて「はい」と歩いて行く。

「昼休みで悪いけど、この資料を八セットコピーしてちょうだい」

「ええっ、この恰好で……」

 僕は仕方なく資料を受取って、編集部の端にあるコピー機まで行き、原稿をセットしたが、用紙が切れてコピーが途中で止まってしまった。普段はコピー機の横に二、三箱積んであるA4の用紙も切れていて、僕は備品棚まで歩いて行ってA4の用紙を取って来なければならなかった。

「加賀見君、今日から女の子になったのね」

「あら、加賀見君ってソチラ系だったんだ」

 他の雑誌の担当の女性とも顔を合わせてしまって、そのたびに何か言われた。

 一番ショックだったのは結崎ゆうざき美鈴みすずが、備品棚の前ですれ違った時に、僕の爪先から頭まで目を走らせ、微笑んだだけで何も言わずに立ち去ったことだった。美鈴は僕が働き始めた初日から密かに憧れていた二十代前半のすらりとした美人だ。まるで品定めされて「ブスなオカマね」と言われたような気持ちになった。

 やっとコピーを取り終えて編集長に持って行った。編集長はそのうちの一部を僕に渡して言った。

「これ、総務の三隅さんに渡してきて。急ぐから」

「編集長、お願いです。オカマのニワトリの姿を社内に晒すのはどうかご勘弁ください」

「晋三ちゃんが変なことを言ったから気にしてるのね。あれはかなり羨望が入ったコメントだから言葉通りに受け止めない方がいいわ。あ、これは晋三ちゃんには言っちゃダメよ。今から婚活を始める女性として見るとちょっとだけ難があるけど、普段着のOLとしてはさほど不自然じゃないわよ。まあ、気持ちは分かるから、総務の三隅さんには昼食に行くついでに私が自分で届けることにするわ」

「ありがとうございます。もうひとつだけご相談があるんですけど……」

 僕はコピーをしていてスカートの中がスースーしてお腹が冷えてしまい、オシッコが我慢の限界に達していた。でも、この恰好では男子トイレには行けないし、女子トイレに行くのは犯罪だった。窮状を打ち明けると編集長は笑った。

「二階の女子トイレなら使う人が少ないから、私が連れて行ってあげる。オフィスのエアコンの温度設定や風向きが女性にとってデリケートかつ深刻な問題であることが、加賀見君にも分かったでしょう?」

 僕は編集長について行ったが、エレベーターや廊下で大勢の人から見られてしまった。何人かからは不審者を見るような視線を感じた。編集長が連れて行ってくれた女子トイレには誰もいなかったが、後で手を洗っている時に、トイレに入って来た年配の女性からジロリと見られた。

 トイレを出ると編集長と一緒にエレベーターに乗ったが、編集長は総務部に行くために途中で降りてしまったので、僕は一人で席に戻らなければならなかった。

 大勢の人にこの姿をさらしたが、不審な視線を向ける人は多くないことに気づいた。インターン社員として働き始めてから一週間しか経っていないので、他のフロアーの人には顔が売れていない。パッと見て異常と見えるほどはオカマっぽくないのかもしれないと思うと、少しは気持ちが軽くなった。

 綾香は一時過ぎに帰って来た。僕は小会議室に連れて行かれて、ワンピースを脱がされ、綾香が買って来たショーツ、ガードル、ストッキングとブラジャーを身に着けるように言われた。綾香は会議室にあった新聞紙をくしゃくしゃにしてボールを作り、僕のブラジャーに突っ込んだ。

 ワンピースを着ると、お腹も冷えた感じがしなくなった。

「下着って、本当に大切ね。身体の線が全然違ってきたもの」

と、綾香が感心したという口調で言った。

 大きな鏡が無いので僕自身にはわからないが、胸が盛り上がったことで女らしく見えるのだろうと思った。

 小会議室を出て席に戻った。編集長が僕を見て「随分良くなったわ。これなら、美容院に行きさえすれば婚活できるわ。ねえ、晋三ちゃん」

 神崎晋三は「ふん」という目で僕を見てから答えた。

「女の色気ってものが感じられないけど、だれでも最初はこの程度かしら」

 これはかなり誉めてくれているなと感じた。

「美容院の予約は三時だから、メイクの時間を考慮しても五時までには余裕でユーフォリアネットに着けると思うわ。審査面談が終わったら直帰していいわよ」

 僕は二時半に綾香と一緒に会社を出て美容院に向かった。一人で行くように言われたが、どんな髪やメイクにしたいのかを美容師から聞かれたらどう答えていいか全くわからないので、綾香が一緒に行ってくれることになった。今朝着て来た服と靴は女子更衣室の綾香のロッカーの中なので綾香に頼んで取って来てもらい、紙袋に突っ込んで持って行こうとしたが、綾香から「不恰好よ」と言われた。編集部にあった撮影見本用のハンドバッグを借りて財布、スマホとアパートのキーだけを入れた。

 美容院は会社から歩いて五分ほどの距離にあった。受付には予約の入っている美容師が待っていた。

「この子、五時から異性装パーティーがあるので、女の子らしい髪にしてやって欲しいんです。メイクもお任せします」

 女性でないことは美容師には確実にばれるだろうと心配していたので、綾香がそう言ってくれてほっとした。

「へぇ、男性だったんですね! この方なら女性としてお見合いできるほどの仕上がりになりますよ。髪の毛は女性のカットにしちゃっていいんですか? どんなイメージをお好みですか?」

「加賀見君、好きな女優だと誰になりたい?」

「そりゃあ、広瀬すずですけど」

「美容師さん、この子を広瀬すずに仕上げられます?」

「いくらなんでも広瀬すずは……」

「そりゃそうですよね。じゃあ、逃げ恥の時のガッキーあたりはどうでしょう?」

「サイドの長さがちょっと足りないんですよね」

「髪を伸ばす前の波瑠で手を打ちますけど」

と、僕が自分で答えた。

「高い目標を持つのはいい事だと思いますが……」

「じゃあ、波瑠でお願いします」

 綾香は僕を残して美容院を去った。

第三章 審査面談

 メイクが終わったのは四時半だった。僕はカットとメイクの間、殆ど目を閉じていたが、目を開けるたびに鏡の中の自分が劇的に変化していくことに驚いた。メイクが出来上がった時には、もう僕自身ではなかった。美しさの中に子供っぽさが残る二十歳の女性が鏡の中に居た。

 僕はスマホで二、三枚自写して綾香あてにメールで送ってから美容院を出た。

 ユーフォリアネットまでは半時間近くかかる。僕は小走りで地下鉄の階段を下りた。吹き抜ける風でスカートがフワッとなるたびに、前方から階段を上がってくる人にスカートの中が見えないだろうかと心配になった。時々ヒールをひっかけて転びそうになりながら道を急いだ。

 電車の中で綾香からメールの返信があった。

「晋三さんに写真を見せた後で、これは加賀見君だと教えた所、立ち直れないほどのショックを受けたようです。『アタシの時代は終わった』とつぶやいていました」

 丁度五時にユーフォリアネットの受付に到着し「コンシエルジュの石本さやかさんとお約束があるのですが」と言って待っていると、三分ほどして三十代後半のしっかりした体格の女性が迎えに来た。ハイヒールではないのに僕と同じぐらいの背の高さだから、百六十六、七センチありそうだ。

「加賀見様ですか? 生年月日を見て楽しみにしていましたが、予想以上にお綺麗なので驚きました。コンシエルジュの石本さやかです。どうぞ、こちらにお越しください」

「はじめてなので、どうしたらよいのか分からないんです」

「お見合いは何度経験されました?」

「いえ、まだ一度も」

「こんなにお綺麗なんですから、付き合っている方はいるんじゃないんですか?」

「いえ、高校時代からの彼女と半年前に別れてからは、誰とも付き合っていません。勿論、女友達は何人かいますけど」

 そう言ってしまった後で、男女を逆に言うべきだったと気づいた。

「アハハハ。若いっていいわね。半年前までは彼女と付き合うのが楽しかったけど、これからは自分が『彼女』になるべきだと気づいたのね。それで、早くお嫁さんになりたいと思い立ってユーフォリアネットに申し込んだ。そんなところかな?」

 石本さやかが急にタメ口になった。でも、年齢が倍近くの相手であり、こちらもその方が気楽に話せると思った。

「ええ、まあ。私の考えていたことが、よく分かりましたね」

 通されたのは四人掛けのテーブルが一つあるだけの小部屋だった。

「加賀見さんなら婚活サービスに頼らなくても多くの男性からバンバン声がかかるでしょうけど、そんな女性だからこそユーフォリアネットを利用すべきなのよ。だって、声をかけて来る男性がどんな人か予測できないから『運を天に任せる』状況になっちゃう。その中で一番押しの強い男性が加賀見さんを獲得する。勿論、強く言い寄られるのは女にとって嬉しいことだけど、一生その男性の奥さんとして過ごさなきゃならないんだから、結婚してから『こんなはずじゃなかった』ってことになってしまう。

 私は加賀見さんの担当のコンシエルジュとして、加賀見さんがどんな男性が好きなのかを色んな角度から聞いたり、結婚後の生活、子供はどうしたいのか、どんなお嫁さんになりたいのかということをお聞きした上で、こんな男性と結婚したら加賀見さんは幸せになれますよ、というアドバイスができるの。

 加賀見さんのご希望にピッタリの男性で、かつその男性も加賀見さんのような女性を希望しているというマッチングを当社のデータベースから抽出して、デートの機会を作って差し上げる。その間、その男性を担当するコンシエルジュとも打ち合わせをして、お互い納得のいく形での交流ができるようにガイドするの。

 お付き合いが始まったら、二人が結婚というゴールに到達できるよう、しっかりとサポートする。それがコンシエルジュの役割よ。

 長々と説明したけど、加賀見さんの場合は、誰でもいいから結婚したいとお考えならユーフォリアネットに登録する必要はないし、お互いに条件の合う男性のお嫁さんになって頭に描いたような結婚生活を送りたければ、私を頼りにしてくれればいいと思うわ」

「石本さんにお世話になるのが幸せになるためにはベストだとよく分かりました」

「じゃあ加賀見さんの結婚のイメージを教えて。二十歳ということは大学三年生ね。卒業をするまでに結婚して、そのまま専業主婦になりたいの? それとも結婚してからも働きたい?」

 就職するという以外の選択肢について考えたことはなかったが、石本に対してどう答えるべきか判断できなかった。

「ええと……。どっちでもいいですけど。希望の会社に就職できれば働きたいし、どこからも内定がもらえない場合は専業主婦でもいいし……」

「相手の男性は今の返事を聞いたら熱が覚めるわよ。内定が取れない場合は専業主婦になるという選択肢は男性にはない。だから男性は死に物狂いで就職活動するの。女にしかない逃げ道を意識している人に、男性は好意を感じないのよ」

「すみません。私、就職したいです。でも、そうなったら、家事は分担してくれるんですよね? 就職した上で家事も全部やれと言われたら、損しますよね」

「親の時代と違って、今どきの男性は家事を手伝う人が多いのは事実よ。でも、加賀見さんが本気で結婚するためにユーフォリアネットの門を叩いたのなら、家事は女がすると覚悟したうえで人生設計を考えるべきだと思うわ」

「へぇー、女って大変なんですね」

 僕はつい人ごとのように言った。

「それなら、出来るだけ高収入の人を見つけて、専業主婦になるという線で相手を探してください」

「本音が出て来たわね。それでいいのよ。加賀見さんなら、条件を欲張ってもマッチングする相手は見つかると思うから、自分の希望を正直に話してね」

「はあ」

「背は最低何センチ以上とか、条件はあるの? 自分より小さくなければいい? まれには自分より小柄な男性を希望する人もいるけど」

「女性として男性と結婚するんだったら、やっぱり大きい人の方がサマになりますよね。百七十五以上にしといてください」

「加賀見さんは百六十ぐらいかな?」

「百六十三ですけど」

「百七十五センチで年収五百万の人と、百七十センチで年収二千万の人から同時にプロポーズされました。さあ、あなたはどちらを選ぶでしょう?」

「そりゃあ、二千万でしょう」

「百七十五に限定したら、百七十で年収二千万の人は対象外になるのよ。百七十五以上を条件にすると母集団が非常に小さくなる。悪いことは言わないから百七十で我慢した方が良いわよ」

「じゃあ、百七十で手を打ちます」

「学歴や職業は? 医者か弁護士に限るという女性もいるけど、成婚率は極端に下がるわよ」

「それはどうでもいいですよ。私は一流半の大学ですが、私の大学を二流だと思っている人も居るし……。相手の人は高卒でもいいですけど、卑下されるのはいやだから、大卒ならどこでもいいということにしといてください。技術屋はカッコいいと思いますけど、職業は問わないということにして、年収だけで制限をかけましょう」

「年収は年齢によって大きく変わってくるのよ。年収を一千万以上にすると三十代で該当する人は稀で、四十代か五十代が大半になっちゃう」

「ええっ、私の倍以上の年齢ですか? それはちょっと……」

「二十代中半の方も対象にしたければ五百万にしておいていいかな?」

「はい、五百万で手を打ちます」

 もし、本気で婚活に来ていたら、そんなにいい加減な妥協はしなかったと思うが、どうせフリをしているだけなので細かいことにこだわらなくてもいいと思った。

「今お話していて、加賀見さんは、三十代以上の高身長、高収入で、強くリードしてくれる男性に、言われる通りについて行くという感じの結婚が向いてると感じたんだけど、どうかしら?」

 僕はそろそろ面倒くさいと思い始めていたので相づちを打つことにした。

「まさにその通りなんです。希望する男性についての詳細条件は、石本さんが思われた通りにインプットしておいてください。私自身より石本さんの方がよく分かっていらっしゃるような気がします」

「まあ、私はこの道のプロだもの。さて、次は加賀見さんのプロフィール・シートを作りましょうね。先にこちらを書いていただくと話が硬くなるから、結婚相手に関する希望を先にお聞きしたのよ。私、コーヒーをいれてくるから、その間に記入しといてね。コーヒーのお砂糖、ミルクは?」

と言って石本さやかはA4裏表のプロフィール・シートの用紙を僕に渡した。

「ブラックでお願いします」

と答えてそのシートの空欄を埋めていった。

 申込時にインプットした住所、氏名、生年月日、戸籍上の性別、連絡先メールアドレス、LINEのID、携帯電話番号は既にプリントされていて、職業、勤務先、最終学歴、収入、純資産、住居は持ち家か借家か、借入金の総額、身長、体重、BWH、足のサイズ、血液型、病歴、家族構成と同居・別居の別に至るまでガチガチの個人情報を書かされた。BWHは測定したことがないので空欄にしておいた。

 丁度書き終えた頃に石本がコーヒーを持って戻って来た。

「BWHは私が目分量で記入しておくわね。ところで最終学歴がN大学三年で、出版社にお勤めと書いてあるけど、どういうことなの?」

「就活の一環として、長期インターンシップ社員として働いているんです。今日も三時まで働いていました」

「なるほど、ということは、普段は就活用のスーツを着て会社に通勤してるのかな?」

「そうですよ。スーツにネクタイ、じゃなくて黒のスカートスーツで通勤しています」

「加賀見さん、ご存じないのね。次回からは是非その就活スーツでいらしてね。マッチングした男性と同日時に来ていただいて、上の階の部屋で初対面になる場合があるの。そんな場合に若い女性が就活スーツを着ていると好感度が高まるのよ。男性というものは、若い女性が真面目に就活に取り組んでいる姿を見ると、身近な好意を感じて、助けてやりたいと思うものなのよ。豪華ドレスより就活スーツ。覚えておいて損はないわよ」

「はあ」

「スマホで写真を撮らせてもらって良い? 写真館で撮ったお堅い写真よりもカジュアルなスナップ写真の方が好感度を取りやすいのよ」

 僕はその場に立たされて、いろんな角度から写真を撮られた。

「レンズを見ながら自己紹介をしてください。お名前と年齢を言って微笑むだけでいいわよ」

 僕は言われた通りに数秒の自己紹介をした。相手の男性を担当するコンシエルジュが、プロフィールシートの「動画挨拶」のリンクをクリックすると、その動画が表示されるとのことだった。

「審査面談はこれで終わりです。加賀見さんの場合は一目で一年後の成婚率が五割以上あると保証できるわ。おきれいでも我の強い方は成婚率が低くなるんだけど、加賀見さんは結婚できやすいタイプの女性だから担当させていただく私も非常に楽だわ。今日のデータをインプットした上で成婚率を正式に試算して、ご連絡しますね。その時点で登録料の振り込みが完了次第、マッチングする男性の紹介が開始されます。他に何かご質問はないかな?」

「普通の男女の婚活みたいな感じでしたけど、LGBTでも同じなんでしょうか?」

「それはお客さまごとに大きく違うのよ。加賀見さんの場合は、若くてお綺麗だから、相手の男性の範囲がぐっと広がる。実は一般の男性のお客さまへのアンケートには相手の女性が子供を産むことが出来ることが必須かどうかという質問が含まれているの。必須ではないと答える男性に対しては、相手が美女だった場合にMTFトランスジェンダーすなわち元男性だった女性を許容するかどうかという追加質問が出る。それにOK乃至は写真を見てから判断すると答える男性も結構存在するのよ。バイセクシュアルの男性、及びFTMの元女性、更に言えばレズビアンの女性でMTFトランスジェンダーの相手を許容する方、これらのお客さまにとって加賀見さんはドストライクの相手だ言っていい。だから、つい私も、普通の若い女性のお客様と接するのと同じように加賀見さんとお話してしまったみたい。ユーフォリアネットの登録会員では二十歳の女性というだけで希少価値があるから、お顔を拝見してこの方ではどうかなと思った女性でもすぐに成婚になって驚くことがあるのよ。加賀見さんの場合は、あっという間に売れると思うわ」

「へぇー、そんなもんですか。就活なんかやめちゃって専業主婦で大学中退を目指すことに方針変更した方がいいかもしれませんね。あ、今のは冗談ですけど」

「今後の加賀見さんと私のコミュニケーションはLINEになります。加賀見さんのIDで友達登録を入れますから、承諾しておいてね」

 石本に受付まで送られ、僕はユーフォリアネットを後にした。


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