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スイッチ
 今日から女の子になりなさい

【内容紹介】男子が女子高生の制服で通学させられるTS小説。サッカー部のエースの小笠原は女子にモテモテ。調子に乗りすぎて、先生から集合がかかった時にも気づかずに女子とのおしゃべりに夢中になっていたら、先生から「お前は女子かっ!」と怒鳴られ、翌日からは女子の制服で学校に来いと言われた。小笠原はセンスの良い冗談でその場を凌ごうとするが、それが却って裏目に出る。小笠原のおしゃべりの相手は成績が学年トップの夕子だったが夕子が「私も同罪です。小笠原君を罰するなら私も罰してください」と名乗り出て、「小笠原君が女子になるなら私は男子になります」と主張したのだった。「それならそうしろ」と言われて二人は家に帰るが、先生はどうも本気なようだったと心配になる。相談を受けた二人の母親は「事は重大」と判断し、先生と面談をするため4人で学校に行く。先生、母親と夕子は小笠原が予想しなかったことを合意し、小笠原は背筋が寒くなるのだった。涙なしには読めないシリアスなラブストーリー。

序章

「中学生が首つり自殺。教師の暴力が原因か?」

 スマホをチェックしていると悲しいニュースが目に飛び込んで来た。

「またか」

 今年、中学生の自殺のニュースを見るのはこれで三人目だ。でも、大々的に報道されない自殺はずっと多い。内閣府が発表した統計によると平成二十七年度の十九歳以下の自殺者は五百二十九人で、内訳は男子三百三十八人、女子百九十一人だ。毎月四十四人もの未成年者が自殺しているという計算になる。

 教師の暴力が原因というニュースはショックだった。記事を読むと、自殺した中学三年の少年はサッカー部のキャプテンとして活躍する責任感の強い少年で、他校との練習試合でふがいない敗北を喫したことについて顧問の教師から厳しく叱られ、サッカー部員を代表して尻を殴られたとのことだった。

 私も中学時代はサッカー部に所属していたので他人事には思えなかった。でも私の感覚だと人間は尻を殴られたぐらいでは自殺しない。きっと他にも悩みや苦しみがあったのだろう。

 友人からの虐め、失恋、家族との不和。悩みや苦しみのタネは尽きない。男子中学生を経験していない人にはピンとこないかも知れないが、男子の方が孤立しやすくて脆弱なのだ。それは内閣府の統計を見ると一目瞭然だ。

 でも死んだらオシマイじゃないか。生きていたら巻き返しのチャンスもある。いや、立ち向かう勇気が無いなら逃げればいい。親に相談して転校するのもアリだ。死ぬぐらいなら引きこもりになった方が、親としてもまだ打つ手があるのに……。

 勿論教師の肩を持つわけではないが、昔は教師が多少の暴力を振るってもそれが大きな問題として取り上げられることは稀だった。私が中高校生だった二十数年前の時代は、怪我でもさせない限りある程度の体罰は事実上容認されていた。私が先生からポカッと殴られたのは二回や三回ではない。好奇心が強くて茶目っ気の多い私は、しょっちゅう集合に遅れたり、授業中に悪友とメモを交わすのを見つかったりした。先生にしてみれば私を叱る理由などいくらでもあったと思う。

 先生に殴られた日に家に帰って夕食時にその話をすると、「お前が落ち着きがないから叱られるんだよ」と言われただけで、親は先生の肩を持っていた。確かに先生は正当な理由なしに怒るような人物ではなく、殴る時にもそこそこの手加減をしていたように思う。親から見ても、信頼できる教師だったわけだ。

 しかし、先生は一度だけ私に過度で理不尽な罰を与えたことがある。それは中三の時の話だが今思い出しても納得できないほど過度な罰で、殴られたり蹴られたりしたのではないが私にとっては非常に厳しい「体罰」だった。もしあの事件が無ければ私は全く別の人生を歩んでいたに違いない。あの事件のことを思い出すと、今でも胸が苦しくなる。

 それは私が中学卒業を間近に控えた一九九〇年の三月のことだった……。

第一章 スイッチ

 僕の名前は小笠原拓馬たくま。逍遥大学付属中学三年四組の生徒だ。三年生の二月というと普通の中学生は高校入試でヒーヒー言っているが、僕たちは相変わらず伸び伸びと部活にいそしんでいる。中高一貫校だから成績が悲劇的なほど悪くない限り四月には逍遥高校に進むことができるからだ。

 うちの中学のサッカー部は破竹の勢いだった。ライバル校は秋から三年生が入試準備に入って二年生中心の新体制に移行したが、うちのサッカー部の主力は三年生のままだ。中学の場合、三年生と二年生では経験と技量の違いだけでなく体格が違いすぎるので二年生のチームと試合をしても負ける気がしない。平均すると中学生男子は身長が一年間に七センチ伸びるから、自分たちより平均七センチも小柄な選手たちと対戦することになる。楽なものだ。

 もっとも、僕は中二の冬あたりで身長の伸びが止まってしまったようで、中三の四月の身体測定で百六十二センチだったのが十か月過ぎた今でもほぼそのままだった。中二の春までは平均より少し背が高かったのに、今ではチビの部類になってしまったので少し焦りを感じていた。それでも僕がサッカー部のエース・ストライカーであることには変わりがない。ゴール前でのヘッディングには背が高い選手の方が有利だが、ゴールするために最も重要なのはキックの精度だ。ここぞというタイミングで狙った場所に蹴りこめれば点は入るのだ。

 クラス担任の山本先生はサッカー部の顧問で、ソコソコ成績もよかった僕は先生から頼りにされて可愛がられていた。山本先生は自分自身がサッカー部員だった時の尺度で僕たちを厳しく指導した。練習の態度が悪い生徒を見かければ頭を拳骨でコツンと叩いて叱りつけた。僕もチャラチャラしながらボールの後片付けをしていて「校庭十周!」と言われたことが何度もあったし、頭をコツンと叩かれる程度のことは日常茶飯事だった。

 でも頭にコブが出来るほど強く殴るわけではなく、殴られた方も反省すべき理由が分かっていたから、誰も文句は言わなかった。

 僕の周りにはいつも女子が群がっていたという記憶がある。サッカー部のエースとして知られていたし、外観的にも同級生の女子たちの好みに合ったのだろう。身長は低めで顔はいわゆるイケメンではなかったが「ミス三年四組コンテストの陰の一位」と言われる美少年タイプだったからだ。女子は美人の同級生を敬遠するものだが、同性でない僕が敬遠される理由はなく、女子たちは僕と友達になりたがっていた。

 一番の親友は長尾夕子という学年でも成績がトップの女子で、小学校一年以来何度も同じクラスになり、一緒に付属中学の試験を受けて合格した九年来の友人だった。夕子は小学校の時には僕よりずっと小柄だったが、中学に入ってから急に背が伸びて、ついに中三の春には僕と同じ身長になってしまった。夕子は男子並みのショートカットの髪型が好みで、遊びも僕たちと一緒に野山を駆け巡り、お城の石垣を登ったり泥ダンゴを投げ合ったりと、危険なことをするのが好きな女の子だった。

 しかし、夕子はいわゆるお転婆ではなく落ち着いた感じの女子だった。夕子は僕のことが大好きで、小二の時に「私、大人になったら小笠原君と結婚したい」と言われたことがある。僕は「いいよ」と答え、二人で指切りげんまんした。幼いころの淡い思い出だ。その後、夕子との間でその話が出たことはなく、夕子は忘れてしまっているのではないだろうか。僕と夕子の関係は彼と彼女というよりは「気の合う親友」と表現するのが最も適切だと思う。

 三月も半ばを過ぎて中三生活が残り少なくなったある日の午後の体育の授業の時だった。その日の体育はサッカーで、男女合同でのゲーム形式の授業だった。サッカー部のエースの僕にとって女子との合同のサッカーのゲーム形式の授業は遊びのように感じられて、たがが緩んでいたのは確かだった。いつものように女子たちに取り囲まれて、僕は女子たちの真ん中で夕子と春休みの遊びの計画についてぺちゃくちゃとおしゃべりしていた。

 先生から集合がかかり、男子は先生の前まで走って行って整列したのに、女子は緩慢な態度でブラブラと集合した。間合いの悪いことに、僕は先生の怒った表情に気づかず、集合してからも女子の真ん中で夕子とおしゃべりしていた。

「小笠原、何をしてる!」
 先生から爆弾が落ちるまで、僕は自分の置かれた状況を認識していなかった。

「お前は女子かっ!」

 同級生たちがどっと笑った。周囲を見回すと女子ばかりだった。全員が僕を見て笑っているので僕は少し調子に乗ってしまい、
「バレタ! 実は女子になりたかったんです」
と言ってから、本来の位置に戻るべく、女子の間をかき分けて男子の列に行こうとした。

「動くな、そのままで良い」
と先生にどなられて、僕は仕方なく、女子の列に並んだ。

 それからオフサイドについて先生の話があった。オフサイドについて知っている女子は少ないのではないかと僕も予想していたが、殆どの女子がオフサイドを理解していたことが分かって先生は拍子抜けだったようだ。その時僕は重大なミスを犯してしまった。調子に乗って
「アタシタチだってオフサイドぐらいは知ってるわよね」
と女子の真似をして言って、皆の爆笑を取ったのだ。

 その時、山本先生の顔が真っ赤になったので「マズイ!」と思ったが手遅れだった。僕は頭を何発も殴られるか、校庭十周は免れないだろうと思った。

「小笠原、望み通り、女子にしてやる」
 先生が突拍子も無い事を言い出したので僕は焦った。

「明日からは女子の制服で学校に来い。女子になって、心ゆくまで女子とおしゃべりすればいい」

 先生がどこまで本気なのか全く読めなかった。同級生たちもシーンとなって先生の顔色を見ている。

「もうすぐ卒業ですから今更女子の制服を買うのも惜しいですし……」
 僕は懲りずに冗談モードから抜けないまま、しどろもどろに答えた。

「お前の二年上の姉ちゃんの制服があるだろう。もし明日スカートで来なかったら、逍遥高校への推薦は取り消すからな」

 僕はビビった。中高一貫とはいえ担任の教師が落第点を付けたら逍遥高校には進めない。事実、何年か前に教師に刃向かった生徒が県外の高校に行った例があると聞いたことがあった。

「で、でも、先生。逍遥中学も逍遥高校もひとクラス男女二十人ずつですから、もし僕が女子になったら男子十九人と女子二十一人のクラスになってしまいますよ。何かと不都合じゃないでしょうか」

 僕は焦ってしまっていて、無意味な屁理屈をどもりながら言うのが精一杯だった。

「ハイ、先生。意見があります」
 サッとお手を上げたのは長尾夕子だった。

「なんだ、長尾。言ってみろ」

「私が小笠原君を女子の中に引っ張り込んでおしゃべりに夢中になったのがいけなかったんです。小笠原君だけが罰せられるのは不公平です。私も処罰してください」

 先生は夕子の予期せぬ介入に不意打ちを食わされ、僕と夕子の顔を交互に睨みつけた。

「どう罰して欲しいんだ?」

「ハイ、小笠原君を女子にするのでしたら、私を男子にしてください。そうすれば男女二十人ずつになってバランスが維持できます。小笠原君と私は身長体重が同じですから、私たちが服を交換すれば済みます」

 夕子が真面目な顔をして先生を説得しようとしていることに驚いた。冗談で言っているのでは無さそうなことが口調と表情でわかる。同級生たちがザワザワとし始めた。夕子がこのタイミングで変なことを提案することによって話がこじれないだろうかと僕は心配になった。

「いいだろう。お前たち、スイッチしろ。明日から小笠原は女子、長尾は男子になれ」

「ま、待ってください。その罰は卒業までという事ですか?」

「当分の間だ。大学入試までに元に戻れると良いな。精進しろ」
 そう言って授業は終り、先生は教員室へと引き上げた。

「小笠原君、よろしくね。今から服を交換しようよ」

 夕子は僕の手を引っ張って教室に連れて行った。男子たちは体育館の更衣室に着替えに行った。

 女子たちがキャーキャーと面白がって僕たちを取り巻いた。

「さあ、早く脱ぎなさい」

 嫌がる僕は夕子たちに体操服を脱がされてパンツ一丁にされた。シャツとブラウス、スカート、ソックスを力ずくで着させられ、最後にジャケットを着させられた。
「私は体育館に行って小笠原君の服を着てくるわ」
と夕子が言って部屋を出て行った。僕は夕子を追いかけたかったが、この姿でクラスの男子が居る場所に行く勇気は無かった。女子たちは僕に構わず、体操服を脱いで着替え始めたので、僕は自分の席に顔を伏せて、女子たちを見ないようにしていた。

 しばらくすると男子たちが戻って来た。僕の姿を見て
「小笠原、お前やっぱり美人だな。女子になって正解だよ」
と囃し立てた。

「オイ、元気を出せよ」

 肩をポンと叩かれて、男子だと思った生徒が夕子だったことに気づいた。夕子は颯爽とした感じで、小柄ながらイケメンの男子に見えた。

「こうなったんだから仕方ないだろう。楽しもうぜ」
 夕子は男子になりきっている。

「お前、そんな恰好をしてよく平気でいられるな。どうしてくれるんだ。さっき山本先生に叱られた時に夕子があんなことを言い出さなければ、僕が謝って許してもらえたはずだったのに」

 僕は夕子を見上げて責めた。

「往生際が悪いやつだな。先生は本気だったよ。目を見て分かった。とにかく、女子になったんだから、その言葉遣いは何とかしろよ」

 先生が入って来てクラス委員が「起立」と叫んだ。皆に合わせて先生にお辞儀をして座った。スカートの中がスースーして裾が気になった。

 山本先生は夕子と僕に対して特別な言葉はかけず、ホームルームはいつものように行われた。同級生たちは僕のことを忘れたかのように立ち上がって帰り始めた。

「オイ、小笠原、一緒に帰ろうぜ」

 夕子が誘いに来たので、僕は立ち上がって夕子の後を追った。こんな姿をして一人で学校を出て道を歩く勇気は無く、夕子が頼りだった。

「どうするんだよ、夕子。今日明日だけだったら我慢するけど、さっきの先生の剣幕だと下手をすれば高校もこのままで通わせられそうな感じだったよ。夕子はズボンをはいても似合うけど、スカートをはかされる僕の身になってくれよ」

「お前、女子の言葉でしゃべらないんだったら、もう相手をしてやらないぞ」

 そう言われても、いきなり女言葉をしゃべれるはずがない。僕が黙っていると夕子は怒った表情で足早に歩き始めた。

「待ってよ、夕子」
と僕は初めて女言葉で夕子に言った。

「俺は男子だぜ。長尾君と呼べよ」

「長尾君、お願いだから、私の気持ちを分かってよ」

「まあ、小笠原さんがちゃんとした態度で俺に話すのなら聞いてやってもいいけど」
 小笠原さんと女子みたいに呼ばれて胸をグサッと刺されたような妙な気持ちになった。

「こんな恰好で家に帰ったらママが腰を抜かすわよ。頼むから長尾君も一緒に来てママに説明して。お願い」

 夕子を連れて家に帰ると、案の定、母が腰を抜かしそうになった。

「仮装行列の練習なの? そんな恰好で学校から帰ったらご近所の手前恥ずかしいじゃないの」

「ママ、違うんだ。僕、明日からもスカートで登校しなきゃならなくなったんだ」

「拓馬、気でも狂ったの? 一体何があったのか説明しなさい」

 その時、姉の晶子と妹の由美子が帰宅して駆け寄って来た。

「やっぱり私たち姉妹の中で拓馬が一番美人だったわね」
と晶子が悔しそうに言った。

「お兄ちゃんがお姉ちゃんになっちゃうの? ちょっと残念な気もするけど、三人姉妹もいいかも」
と由美子。

「僕、頭の中が混乱しているから、長尾君から説明してくれない?」

「いいよ」
と言って、部屋の入り口で居づらそうにしていた夕子が母の前に来た。

「長尾君? どこかで見たような顔だけど……」
母はしばらく夕子を見ていたが、ハッとした顔になって
「長尾夕子さんなの?」
と夕子の顔を食い入るように見た。

「はい、そうです。実は今日、体育の時間にこんなことがあったんです」
 夕子は事の次第を母に詳しく説明した。

「先生は本気なのかしら? 拓馬にお灸をすえただけじゃない? まさか拓馬がスカートのまま家に帰るとは思ってなかったんじゃないかな」

「いいえ、先生は本気でした。高校も小笠原さんは女子、私は男子として進学することになります」

「長尾さん、あなた、それでいいと思っているの?」

「私は前から男子になってみたかったので構いませんけど」

「先生は本気じゃないと思うけど、あなたたちが本気にしているのなら困ったことね。長尾さんのお母さんとも相談した方が良さそうだわ」

 渋る夕子を母が説得して、僕たち三人は夕子の家まで歩いて行った。

「ちょっとここでお待ちください。私、先に母に説明してきますから」
 夕子は僕たちを玄関前で待たせて家の中に入って行ったが、五分ほどしてお母さんと一緒に出てきた。

「本当、小笠原君だわ」
 夕子のお母さんは僕の肩に手を置いて、嬉しそうに言った。
「以前から女の子にしたら可愛いだろうなとは思っていたのよ。予想以上に綺麗で可愛いわ。夕子とは大違い」

「長尾さん、私はこの子たちの話を聞いて、先生が本気でそんなことを仰ったのかどうか懐疑的なんですけど、明日は拓馬にズボンをはかせて登校させても大丈夫でしょうか?」

「夕子の話が本当なら先生は本気だと思います。でも、重大なことですから、親としてはすぐに学校に行って先生に聞きに行くべきかもしれませんね」

「それもそうですね。じゃあ、今からご一緒しましょう」

 話が決まって、僕たち四人は学校を目指した。

 

 職員室に入ると、山本先生は机の前で書類を読んでいた。
「小笠原拓馬の母でございます」
「長尾夕子の母でございます」

 先生は「あっ、これはどうも」と言って立ち上がり、僕たちを隣の会議室に案内した。

「今日はうちの息子がご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
 僕の母が深くお辞儀をして話が始まった。

「うちの息子と長尾さんが、明日からは男女をスイッチして登校するようにと先生に言われて、本気にしているみたいなんです。あれは冗談だったと先生の口から仰って頂けないでしょうか?」

「冗談ではないですよ。そもそも小笠原君が自分は女子になりたかったと皆の前で告白したので、希望通りに処罰したんです」

「拓馬、本当なの?」

「僕が女子になりたかったと言ったのは本当だけど、勿論冗談だよ」

「その上、長尾さんが、自分も同罪だから男子にしてくれと食い下がったので、その希望も聞いて、二人のスイッチを決めたわけです」

「二人がそのような発言をしたことは認めましょう。でも、デリケートな年頃の子供に異性装をさせるというのは如何なものでしょうか?」

「小笠原君はサッカー部のエースとして女子に人気があるのは良いのですが、チャラチャラして落ち着きがないし、言うこと為すことが上っ面と申しますか、このままではいけないと感じていました。男女の役割や思考についても、どっちつかずで、よく分かっていないようなんですよ。ここはしばらく女子の生活を経験させることで、深みのある人間になれるのではないかと思います」

 僕には意味の無い屁理屈のように聞こえたが、夕子のお母さんと夕子が「ふんふん」と納得したように頷いていたのでヒヤヒヤした。

「私もある種の高い壁にぶち当たっているんです。このままでは自分の人生が味気の無いものになるような気がして悩んでいました。お願いです。一旦言われたことを簡単に覆さないでください。私に男子を経験させてください」

 また夕子が熱弁をふるった。

 僕の母までが
「そうなの? 長尾さんはそんなことを考えていたのね」
と感心したように呟いた。

「学年で成績トップの長尾さんが言うことには、やはり説得力がありますなあ」
と先生も感心していた。

「小笠原君のお母さん、しばらくスイッチしてみませんか? 私はとてもいい考えだと思いますわ。こんなことは本人がやってみたいと思っても、誰でも経験さできることじゃありませんもの」
と夕子のお母さんが賛成に転じた。

「そうですねえ。私も中高校時代に一ヶ月でも二ヶ月でも男子を経験するチャンスがあれば、人生に対する見方が変わっていたかもしれないと思います。拓馬にとっては一皮むけた大人になるためのチャンスかも知れませんね」
 四対一の状況に直面して僕は焦った。

「待ってよ、ママ。冷静になって考えてみてよ。近所の人たちは僕を小さい時から見ているんだよ。僕がいきなりスカートをはいて登校し始めたら、オカマになったと思われるよ。最近よくあるじゃない、性同一性ナントカいうやつ。テレビに出てくる大盛カップ焼きそばのオバサンみたいな……」

「私、いい考えがあります。しばらく小笠原君と夕子を交換しませんか? 小笠原君が女子でいる間、うちで預かって夕子の部屋に住んでもらいます。夕子は小笠原君のお部屋で生活すれば、ご近所の方も、不自然とは思わないんじゃないでしょうか。人に聞かれたら親戚の子を預かっているとでも言っておけば大丈夫でしょう」

「それはいい考えですね!」
 母が説得されてしまった。絶体絶命の危機だった。

「グッドアイデアだわ。小笠原君と私は体格が同じだから、今日制服を取り替えたら全然普通に着られたもの。お互いの部屋に住んでお互いの服を自分の服だと思って着ればいいんだから、手間がかからないわ」

「そうね、じゃあそうしましょう」
 母が賛成して夕子のお母さんと握手した。

「現実的な問題として、小笠原君を女子の扱いで逍遥高校に進学させるとなると、LGBT関係の報告にも含める必要があるし、女子トイレを使わせるのに特例ルールを作るとか、色々面倒な手続きが必要になります。それに、後で男子に戻す際には、逆の手続きをしなければなりません。長尾さんについても同様です。そんな面倒を避けるための便法として、小笠原君は長尾夕子に成りきり、長尾さんは小笠原拓馬に成りきるということにしませんか? つまり手続きは一切せずに中身がそっくり入れ替わるということです」

「グッドアイデアですね。ところで先生、スイッチする期間としてはどの程度と思っていればよろしいでしょうか?」

「とりあえず高一の一学期までということにしておきましょう。夏休み以降のことは改めて協議するよう、高校の担任の先生に引き継いでおきますから」

「ママ、僕の気持ちを考えてよ。そんなの絶対イヤだ!」

「拓馬、もう皆で決めたことよ。元々拓馬が皆の前で先生に言ってこうなったんだから、男らしく決定には従いなさい。じゃないわね。女らしく諦めなさい」

「僕、イヤだよう……」

「あなたは今日から女の子よ。女らしい言葉を使いなさい」
 夕子のお母さんにまで叱られて、僕はどうしたらよいのか分からなくなった。

「じゃあ、そういうことで」
 先生が立ち上がり、僕たちも会議室を出た。僕たち四人は追い出されるように学校を出た。

「小笠原君と私は自分の教科書や参考書を取りに行ってからお互いの家に行くことにしようよ」

 僕は家に帰って教科書、参考書、筆記用具などを学校のカバンに入れた。入りきらないものはスポーツバッグに詰めたが、しばらく家に帰れないと思うと持って行きたいものが色々ありすぎて迷った。特にゲーム機関係は全て持って行きたかった。段ボール箱に関連の本と一緒に入れた。

「お前まだグズグズしていたのか。早く帰れよ。お母さんが待ってるぞ」

「夕子ったら、すっかり男子に成りきっているな」

「夕子はお前だろう。俺のことは今後小笠原君と呼べ」

「そんな……」

「早く行けよ」

「結構荷物が増えたから、二、三回に分けて運ぶよ。それとも、夕子も手伝ってくれる?」

「小笠原君と呼べ」

「小笠原君、運ぶのを手伝って」

「勉強道具だけ持って行けばいいんだ。この箱の中身は何だ?」

「メガドライブだよ。知らないの? 最新鋭のゲーム機さ。他にも色々持って行きたいものがあるから、ちょっと時間をくれよ」

「時間をくれよ、じゃなくて時間をちょうだい、と言え」

「どうでもいいけど、お願い」

「女子になったら色々やることがあるし、ゲーム機なんか構っていられなくなるぜ。俺もゲーム機には興味あったんだ。そのゲーム機は小笠原拓馬の所有物だから、今日からは俺の物ということになるな。夕子はとにかく勉強道具だけを持って早く家に帰れよ」

 夕子は僕のスポーツバッグの中をチェックして、勉強と関係のないものを取り出した。スポーツバッグは随分軽くなった。

「さあ、行けよ」
 夕子に部屋から追い出され、玄関へと追いやられた。

「お母さん、夕子を家まで送って行ってきます」
 夕子が靴を履きながら大声で僕の母に言うと、母が出て来た。自分の部屋に居た姉の晶子と妹の恵子も階段を降りて来た。

「じゃあ夕子ちゃん、元気で女の子の生活を楽しんでね」
 母はすっかりその気になって楽しんでいるようだ。僕は母と離れる寂しさで一杯なのに……。

「拓馬、元気でね。じゃなかった、夕子さん、四月に高校で会おうね。アハハハ」
と晶子。

「お兄ちゃん、早く帰って来てね。宿題で分からないところがあって、教えて欲しいの」

 由美子はもう僕を無視して、夕子のことをお兄ちゃんと呼んでいる。

「良かったわね、由美子。お兄ちゃんは成績トップの秀才だから、これからは何でも教えてもらえるわよ」
と母が言うと、
「知ってるわよ。私の友達でも長尾夕子さんに憧れている子は多いのよ。その人がお兄ちゃんになってくれて、私、皆に自慢できるわ」
と由美子が目を輝かせて言った。

「僕には一言の挨拶も無いのか?」
と由美子に文句を言ったところ、
「ごめんなさい、夕子さん。体に気を付けてね。でも、その言葉、早く何とかした方が良いわよ」
という返事が返って来た。

 僕のスポーツバッグを肩にかけて大股で歩く夕子に小走りでついて行った。スカートが脚にひっかかり気味で変な気持ちだった。

 夕子の家に着くと、夕子は玄関のドアを開けて
「こんにちわ、小笠原です」
と大きな声で言った。お母さんが出てくると
「夕子さんを送ってきました。俺はこれで失礼します」
と言ってお辞儀をした。

「小笠原君、わざわざありがとう。また遊びに来てね。夕子、荷物を置いて着替えて来るのよ。早く台所に来て夕飯の支度を手伝いなさい」

「はい……」

「じゃあ、俺、帰るよ」
と夕子が僕に言って、僕が黙っていると、
「夕子、送ってきていただいたのにお礼も言わないの?」
とお母さんに叱られた。

「小笠原君、今日はどうもありがとう」
と僕が言うと、
「いいよ。じゃあ明日学校で会おうな」
と言って夕子は僕の家に帰って行った。


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