パットの変身
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サッカー部の先輩から突然プロポーズされた僕の運命

AI-TS小説

【内容紹介】大学2年生の樹は5月の連休に帰省した際に父親から、重要顧客の社長宅での夕食に同行するよう頼まれる。その社長の息子である健太郎は同じ高校のサッカー部で2年上の先輩だった。夕食の席で健太郎から「これは見合いだ」と言われて樹は仰天する。

第1章

 僕の名前は深澤いつき、東京のマンモス大学の2年生だ。

 大学2年生になって1年の時とどう変わったかと聞かれても返答に困る。19歳の誕生日に、昨日までの自分とどう違うかと聞かれるのと同じで、実際の所は何も変わらない。しかし、同じ大学の3年生は急にジタバタし始めたように見える。大学3年になると就職活動が始まるからだ。大学4年間の前半が終わったばかりなのに、2年後の就職の準備に入らなければならないとは酷な話だ。超一流大学ではない学生にとって、就活とは途方もないほどの難題なのだ。自分も1年後には同じ状況になると思うと他人事ではないが、就職のことは考えないようにしていた。

 そんな心細さもあって、5月の連休は故郷の秋田で過ごすことにした。秋田に帰れば高校時代の友達にも会えるし、久々に母のコロッケを食べたかった。

 4月28日の夜、新宿バスタで22:50発の高速バスに乗ってアイマスクをするとあっという間に眠りに落ちた。どこでも寝られる人間にとって夜行バスは最高の移動手段だ。横手で停車した時に一瞬目が覚めたが、終点の秋田駅東口にバスが到着するまで寝直した。実家までは徒歩20分弱。太平川の橋を渡って一つ森公園の方に歩く。今年の桜はとっくに満開を過ぎている。東京とは一味違う冷たい空気が僕の体を爽やかに洗う。

 実家の建物が目に入ると胸が熱くなった。父は深澤モック有限会社という名前の町工場のオヤジで、工場の隣の2階建ての質素な木造家屋が僕の実家だ。なんだか涙が出そうになる。

 玄関の鍵は開いていた。「ただいま」とできるだけ明るい声で言いながら玄関から家に上がる。居間には父と母が僕を待っていた。嬉しくて、何となく気恥ずかしい。

「遅かったな、いつき
と父が時計を見ながら言う。午前9時を過ぎたところだ。

「バスは時間通りに着いたよ」

「今日の夕方は空いているな? 津保物産の社長さん宅での食事に誘われているから樹も一緒に来てくれ」

 唐突な話に驚いた。

「えっ、どうして僕が一緒に行くの? 仕事上の誘いだろう?」

 僕は戸惑いを隠せなかった。母はただ黙って料理を続け、父は新聞を読みながら落ち着いた口調で答えた。

「協力してくれ。必ず息子さんを連れてくるようにと言われているんだ。豪華な料理が食べられるし、津保物産の社長と知り合いになるのは樹の将来にとって悪い話じゃないと思うぞ」

 心の底に押し込めていた就活への警戒感が「僕の将来」というキーワードのせいで目を覚ました。津保物産は東北を代表する上場企業であり、大学の友人たちは僕が津保物産の社長と会食をしたと聞いたら羨ましがるだろう。しかも社長の自宅に呼ばれての家族付き合いなのだから。

「お父さんの仕事の役に立つのなら、もちろん協力するよ」

 津保物産の社長といえば、高校時代にサッカー部で一緒だった津保先輩の父親だ。先輩は僕が1年生の時に3年生だったため、ほとんど接点はなかった。彼は俊足で知られるエースアタッカーだったが、僕はただ見とれるばかりの下級生だったから、先輩の方では僕を覚えていないかもしれない。津保先輩は勉強も良くできて、K大学に進学したはずだ。

「風呂に入って一番いい服を着て準備するんだぞ」

「僕の服装なんてどうでもいいと思うけど」

「新しいカッターシャツとネクタイを用意しておいたから」
と母にも言われたので、単にご馳走になりに行くのではなく、父の会社のための大事な行事なのだと思って気持ちが引き締まった。

第2章

 午後4時に家を出た。母が軽自動車で父と僕を津保家の大邸宅の前まで送ってくれた。塀で囲まれた一角には、広大な庭園が広がり、レンガ造りの建物が立っている。秋田には似つかわしくない洋館だ。父のことは町工場のオヤジと思っていたが、こんな一流企業の社長の家に呼ばれるほどの付き合いをできる立場だったとは意外だった。父を見直した。

 父と僕は背広にネクタイ姿で津保邸に入った。津保社長自らが僕たちを玄関で迎えてくれた。30年後の津保先輩はこうなるのかと思えるほど似ていて笑えた。津保先輩と同じく、見上げるほどの長身だった。

 豪華なダイニングルームへと案内された。社長夫人の姿を見て思わず息を飲んだ。テレビに出て来るどんな女優にも引けを取らないほど美しくて品がある。僕と同じぐらいの身長だから女性としては長身の部類に入る。

 彼女は僕を見て親しげに微笑んだ。

いつきさん、私を覚えてる?」

「僕が奥さまを? えーと、覚えているようないないような……」

「うふふ、正直ね。私は健太郎の試合の応援に行った時に、ユニフォームを着て大声で応援していた樹さんをはっきりと覚えているわよ」

「1年生でしたのでベンチじゃなく観客席からの応援だったんですよね……」

 その時、カジュアルなポロシャツにスラックス姿の長身の青年がダイニングルームに入って来た。サッカー部のユニフォームか学生服を着た姿しか見たことがなかったが、間違いなく津保先輩だった。

「おお、深澤、久しぶりだな」

「津保先輩、ご無沙汰しています。僕の名前を憶えていてくださって光栄です」

「勿論覚えていたさ。仮に忘れていても、父から今日のゲストの名前は聞いていただろうけど」

「そ、そうですよね、エヘヘ」

 大きなダイニングテーブルを囲んで座った。津保先輩は僕の正面に腰を掛けた。一目でお手伝いさんだとわかる中年の女性と一緒に津保夫人も自ら給仕をしてくれて、豪華な料理がテーブルに並んだ。大きなワイングラスが僕の席にも立っている。社長が赤ワインのコルクを開けて手慣れた様子でテイスティングをしてから、父、津保先輩と奥さまのグラスにワインを注いだ。

「樹さんはまだ19歳よね?」
と津保夫人が僕に微笑む。

「はい、来年の3月に20歳になります」

「じゃあ今日はグレープジュースで我慢してね」
 僕のワイングラスに他の4人と同じ色の液体が注がれた。

 津保社長が乾杯の音頭を唱えた。
「両家の新しい出会いを祝って」

 両家の出会いとは少し変な言い方だなと思ったのと同時に、母がこの席にいないことにふと寂しさを感じた。

 想像を絶するほど美味しい料理だった。僕が普段食べている食事とは素材のひとつひとつが別格でだった。津保先輩は小さい時から毎日こんな料理を食べたから、こんなに大きく、美しく、格調の高い体に育ったのだろうなと思った。僕は大人たちの話を心地よく聞きながら料理を味わった。普段はバカ話しかしない父が教養のある会話についていけているのには驚いた。社長と奥さんは時々僕に話題を振って、僕が孤立しないように気を配ってくれた。津保先輩は大人の話に加わり、僕とはほとんど言葉を交わさなかった。

 お腹いっぱいになって、食事が終わりに近づいた。お手伝いさんがデザートとフルーツを僕と津保先輩の前に置いた。

「それでは、この場は若い二人にまかせて、我々は退散しましょうか」
と社長が発言して立ち上がり、奥さんと父は社長の後を追ってダイニングルームから出て行った。

 思いがけない成り行きに僕は戸惑った。未成年は僕だけだが、大人たちが仕事の話をする間に、僕が津保先輩とサッカーの話でもするようにと気を使ったのだろうか? もしそうだとしても「若い二人にまかせて」とは奇妙な表現だった。

 津保先輩は僕の様子を見て微笑んだ。

「やっと深澤と二人になれた」

「あ、はい……。サッカー部では一対一でお話しさせていただけるような立場ではありませんでしたから、僕も光栄です」

「光栄と言うのは2度目だね。かたくならないで。サッカーは続けてるの?」

「いいえ。大学では演劇部に入部しましたが、通行人の役しかもらえないので辞めました」

「人を見る目がない監督だな」

「先輩はK大学のサッカー部で活躍されているんですか?」

「去年の夏の大会までプレイしていたけど、プロになるだけの才能がないことは分かっていたし、就活が忙しくなったから辞めたよ」

「先輩がどうして就活を? 津保物産で働かれるのではないんですか?」

「何年かは他人の飯を食って修行するのさ」

「僕も来年になったら就活が始まるのかと思うと気が重いです……」

「オレの親父がなんとかしてくれるさ」

「えっ、マジっすか?!」

「もしかして……。深澤、今日ここに呼ばれた理由を聞いていないのか?」

「父の会社の――小さな町工場ですけど――大切なお客さまとの会食に息子を連れてくるように言われたそうですので……」

「そうか、聞いてなかったのか。オレが親父に頼んでセッティングしてもらったんだ。これは、何というか……見合いなんだよ」

「見合いって、まるで昭和の婚活みたいな言葉ですね。男どうしの会合を見合いと言うのは面白いジョークです、アハハハ」

「ジョークなんかじゃない。オレは5年前に深澤がサッカー部に入部した時から好きだった。大学に入ってからも深澤のSNSは欠かさず見ていた。今年になって同性婚が合法化されたから、付き合いを申し込む機会を探っていたんだ」

「同性婚だなんて、本気でおっしゃってるんじゃないですよね?」

「こんなことを冗談で言えると思うか? 深澤はオレにとってドストライクなんだ。男に対してそんな感情を抱くのはおかしいと思っていたんだけど……。しかし、同性婚が合法化されたから、オレが深澤と結婚したいと思うのは決して異常ではなかったんだと確信した。両親に相談したらびっくりしていたけど、結局応援を約束してくれた」

「普通の親なら息子が男を好きだと言い出したら激怒しません?」

「オレの姉ちゃんが事故で死んで、旦那が2歳の双子を育てている。オレの親は孫娘を溺愛しているから親権を取るべく交渉中なんだ。だからオレはグッドアイデアを思いついて親父に提案した。オレが深澤と結婚して姉ちゃんの娘を養子にすれば、津保物産は次の次の世代まで跡目争いもなくて安泰になるんじゃないか? オレの提案を聞いて親父が乗り気になった。オフクロはサッカー部の応援に行った時に見かけた美少年が印象に残っていたらしくて、他の男ならいやだけど深澤ならいいんじゃないかと言ってくれた」

「そんな風に思っていただいたのはとても光栄なんですけど……」

「光栄という言葉は二度と使わないでくれ」

「すみません。でも、本当にそう思っているんです。超イケメンで背が高くて頭も良くてサッカー部のエースストライカーだった理想の男性から好きだと言われると、うれしくないはずがありません。でも、僕は男です。生まれた時からずっと、自分が結婚する相手は女性だと思って生きてきましたから、いくら理想的でも男性とお付き合いするのはムリです」

「そりゃあ、いきなり男から告白されたらびっくりするよな! 深澤の気持ちはよくわかる。だけど、オレの気持ちもわかってほしい。今すぐ結婚の約束をしてくれとは言わない。とにかくオレと付き合って、オレという人間を理解してほしい」

「男どうしで、どうやって付き合うのか……想像もつきません」

「オレが最初から見合いと言ったのは軽率だった。固く考えなくても年上の友達と思えばいいんだよ。とりあえず明日カラオケに行こうよ。いいだろ?」

「歌うのは得意じゃないんですけど……」

「じゃあ、駅前のまねきねこの前で明日午後5時に会おう」

「でも……」

 男どうしカラオケに行くだけだと言われても、こんな話を聞いた上で二人で会う約束をしたくなかった。しかし、父の重要取引先の子息でありサッカー部では雲の上の存在だった津保先輩に対して、失礼な態度を示すことはできなかった。ちょうどその時、大人たちが部屋に戻って来たので、僕が明確な意思表示をしないまま話は中断した。

 気まずい時間を過ごした後、父と僕は津保家の邸宅を後にした。別れる間際にLINEの友達登録をさせられて「明日5時にね」と念を押された。

***

 家に帰ると父に食ってかかった。

「先輩にこれは見合いだと言われたよ。何も言わずに連れて行くなんてひどいじゃないか!」

「すまなかった。実は会社がピンチに陥っているんだ。事業拡大のために大型3Dプリンターを導入したんだが、設備を生かせるような仕事が殆ど取れていない。資金繰りが追い付かなくて、このままだと倒産する。津保物産は最後の頼みの綱で、社長に頭を下げに行ったら、前向きに検討すると約束してくれた。その時に食事に誘われたんだ。息子さんが樹を気に入っていて二人が会う機会を作りたいと言われて、何か変だなとは思ったが、見合いとは想像がつかなかった。お前たち二人を残してリビングルームに移った時に、先方の意図を告げられた」

「どうしてその場で断ってくれなかったんだよ」

「申し訳ない。その場で発注書をもらったんだ。これで年内は食いつなげる」

「会社をつぶさないために僕を売ったのか! とんでもない。はっきりと断ってくれ。先輩から明日カラオケに来いと言われたけど僕は行かないよ。明日東京に帰ることにする」

「今断ったら発注は取り消されるだろう。月末には不渡りを出して、何もかもおしまいになる。そうなったら一家心中か……。いや、樹を道連れにはしたくないが、大学は出してやれない……」

「そこまで差し迫った状況なの?!」

「樹、お願いだ。父さんと母さんのために時間をつないでくれないか? とにかく明日はカラオケに行って、津保の坊ちゃんに『先輩のことは尊敬しているし、好意を持っていますが、自分はまだ2年生だから、結婚を考えるのは早すぎます。同性婚は考えたこともなかったので、お付き合いしながら、ゆっくり考えさせてください』とかなんとか言って、結論を先延ばしにするようトライしてほしい。父さんは必死で頑張って、津保物産からの受注が途絶えても食いつなげるように経営を立て直すから」

 父が僕に対してそこまで下手したてに出たのは生まれて初めてだった。

「たのむ、樹。協力してくれ」

 驚いたことに父は僕に向ってテーブルの上に額がゴツンと当たるまでお辞儀をした。近くに立っていた母も僕に深く頭を下げた。

 これほど礼を尽くされて断るのは男ではない。

「わかった。やってみる」

と僕は答えた。


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